17 - やけにムズ痒い反応にて
目を開けたヴァイオレットの目線がしっかりと“敵意”を帯びるまで、だいたい十数秒ほど。
けっきょく気絶させられてたのか眠らされてたのか俺にはついぞよく分からなかったが、そんな状態から目を覚ましてから短時間でそんな表情を作れた精神力はなかなかすごいのかも知れない。
それとも、これが若さってヤツなのか? イヤまぁ、つっても俺だって歳はたかだか二五、六そこらでしかない(なお正確な歳についてはもう分からなくなっている)が。
「……ン」
「ん? いろいろ不満みたいだな」
取り付けられたマスクで喋れないまま目だけ細めて威嚇する小娘の視線に、俺は軽口で応じてみる。
「おいクサカ、挑発じみた物言いはするな。……さて、ヴァイオレット・キンケイド。お前に尋問を始める。それと、その口枷については万が一お前が舌を噛み切らんように固定している物だ。さすがにスパイ嫌疑が掛かってる人間相手にそれを外すのはリスクが大きい、まずはこちらの信用を勝ち取ることだな」
すかさず俺への注意を飛ばした後、トルネルがいつもより一段と低い声でこれからの概要を述べた。どうも威厳というか、尋問らしく相手へのプレッシャーとかそういうのを意識しているらしい。それに年齢差のことも考えるとそれなりの効果も期待できるかも知れない。
「…………」
「おいトルネル、こんな歳の子供相手に強く出過ぎじゃないか? だいたい喋れる状態でもないのに“信用されるようにしろ”とか、言ってること割と無茶だろ」
だが一方のヴァイオレットはというとマスク越しにでもわかるような膨れっ面で今度はトルネルを睨んで、あまりの反応に傍らのスンドグレーンですら見かねたように口を出してくる。しかしトルネルは涼しい顔でそれらを無視した。
「首は動かせるだろう? こちらの質問には頷くか、首を振るだけで良い。それに声で唸るだけでもやり取りは出来る」
「ンン」
一応俺の上官にあたるこの男はよっぽどヴァイオレットのコミュニケーション手段を制限したいらしかった。もしかして、三日前情けなくも失敗した俺に尋問の手本を見せようとしてるとかそういうのか?
確かに俺がやった尋問のときは、俺の独断でマスクを取って自由に喋らせた結果いろいろと調子に乗らせてしまったと言えなくも……イヤ、そもそもあんときだって大丈夫だったんだから今さら自決の心配なんてせんで良いとも思うが。
「まぁ、お前がそれで進めるつもりってんなら別に構わんけどな。その年頃の女の子相手にその態度はいろいろ難しいと思うぞ?」
「スンドグレーン、さっきからお前はどっちの立場で物を言ってるんだ。情報を引き出したいのか? 庇いたいのか?」
二人の間に若干の温度差が出てきたところで、今度は完全に第三者になっていた俺が口を挟む。
「……あのさ、この場に俺が連れてこられた理由って何だよ? このままそっち二人で尋問続けるんなら別に俺いらなくないか」
こう言うと同時に、トルネルからやれやれとでも言いたげな視線が送られてくる。
「お前は言うなれば『保険』だ。三日前こそ相手の講じた策により暴れられはしたが、それはそもそも“相手が状況を見越した上での策を用意できたから”という話なのは分かるよな? そして現在、お前がその策を打ち破って小娘を無力化できている」
なるほど、そういう扱いか……と思って一旦納得しかけたものの、よくよく考えると文章がイマイチ繋がっていないことに気がついて怪訝な顔になるのが俺自身にも分かった。で、トルネルはそれでも俺が声を出さないうちに言葉を次いでいく。
「つまりだな、この前提だからこそお前が回復して目を覚ますまで尋問するのを遅らせていたわけだ。お前の役目は小娘が再び暴れないようにするための“脅し”で、またイザというときのための“非常手段”とも言えるな」
「非常手段? 普段は役立たず扱いして来といてそう言うのか?」
思いも寄らない評価が聞かされて、俺はちょっと卑屈っぽいリアクションを取ってしまった。
正直、しばらくずっと行動を共にしているスンドグレーンとかならまだしも、コイツからは前科のことですっと厄介扱いされているイメージしかない。それが出し抜けにこんなことを聞かされるとは……そりゃ俺だって混乱くらいする。
対するトルネルはこっちの気も知ってか知らずか、見るからにウンザリしつつボソッと答えた。
「……その発言はイヤミなのか謙遜なのかで判断に迷うが。確かに普段のお前は“更生の呪い”のおかげで役には立たんだろう。だが非常事態では違う。今まで何度となく法の不備をすり抜けて首の皮を繋いで来てるんだ、その点に関して言えばそれは『我々からの立派な信頼』でもある。つまりまぁ……いることに意味があるとでも思っていてくれ」
なんだなんだ、今日のコイツらは揃いも揃って妙に気持ち悪いこと言ってくるじゃねェか。でもそんな俺からの内心の評価は一旦置いとくとして、俺は“まぁまぁ信頼されてる存在”なりに意見を述べてみる。
「だったらちょっと提案していいか? 意見の“具申”ってヤツで。俺はスンドグレーンの言ってる通り、そのマスク……口枷っての? 外しても良いと思う。首を振らせるだけでコミュニケーション取ろうって、そりゃさすがに相手のこと“人として見てなさ過ぎ”だ。それに、もう向こうがコイツ使って何かしてくる様子は無さそうなんだろ?」
「あのな、さすがにそこまでこちらは譲歩するつもりはないぞクサカ。それともさっき言ってたことを聞き逃してたのか? 口枷を外すのは——
「舌を噛み切るかもってのだろ? ンな、どこぞのスパイみたいなことをこの歳のガキに教え込むなんて無茶も良いとこじゃないか? それこそチビの時から囲い込んで教育がてら洗脳するとかしない限り。でも三日前の俺の尋問のときの喋りではそんな精神が歪むようなことされてる感じはなかった。それこそいかにも歳相応の子供って感想がせいぜいだ」
反論しようとしたトルネルの言葉に俺は喰い気味で言葉を重ねた。
そりゃ、状況から考えて向こうの言ってることのほうに分があるのは俺だってさすがに分かる。というかこっちの言ってることはあくまで屁理屈に過ぎないし、三日前のヴァイオレットが演技であのように振る舞っていたことも今さら動かしようのない事実だ。
……それでも俺には、尋問のときのコイツの反応が完全に自分を偽ったものではないように思えて仕方がなかった。
「何ならここで多数決でも取るか? その場合、俺とスンドグレーンに対してお前の『二対一』でお前の負けになっちまうけど」
「あぁもう分かった、分かったって! ったく、ちょっと褒めたらすぐコレだ……頼むからそれ以上あれこれ言ってくれるなよ、不毛な議論に付き合わされる身にもなってくれ」
「悪い、恩に着る」
そんなこんなでトルネルがようやく折れて、俺はまたヴァイオレットの口を締め付けてたマスク……口枷を外す。
アゴがようやく自由になったヴァイオレットは待ってましたとばかりに口をすぼめて、威勢よく俺にツバでも——吐こうとしてさすがにやめたらしかった。……つか、こういうとき相手に向かってツバを吐こうとするヤツ本当にやるんだな、欧米人。
「……何でわざわざこんな利益にならないことしたの?」
おずおずと、というよりは困惑に近い表情を浮かべつつヴァイオレットはそんなことを質問する。
「“利益にならない”って、一応お前の利益にはなってんだろ? 息しづらそうだったし」
「あたしの話なワケないでしょ、あんたたち刑事局にとっての話! なんでこんな情けかけるような……」
やはりというか何というか、どうにも納得できない措置のように感じるらしかった。
とはいえこちらとしてはそうするだけの真っ当な理由だって俺には一応ある。
「そりゃ簡単、そっちも喋ってこっちも受け答えする方がお前の“思ってること”が把握しやすいからな。どうせそっちだって俺のスキルの情報くらい把握してんだろ? お前は邪魔で不快なマスクを外せて快適、こっちはイザってときの有利に対処しやすくなって安心、お互いに嬉しい状況ってワケな」
「嬉しい状況って……」
ヴァイオレットは納得したような、それでいて何故かちょっと落胆したような何とも言えない表情を作った後、
「まぁ、ありがと」
そう言ってまた口をちょっとすぼめた。




