16 - 三日経過した地下室にて
前回ヴァイオレットが暴れた刑事局のあの地下尋問室は相変わらずだだっ広い何もない空間で、それからやっぱりカビ臭さが漂っていた。確かこういう部屋が無闇にカビ臭くされがちなのにも何か理由があったような記憶があるが……まぁ、今その詳細は思い出せねェし別に良いか。
俺はトルネルとスンドグレーンの二人に連れられてまたこの部屋に踏み入る。
ヴァイオレット対策なのか、スンドグレーンの手には部屋に入る前からさまざまな道具が載せられた陶器のトレイが握られていた。よく見たら注射器とか、あまり使う光景は見たくない物品が混ざってるの気付く。……若干の寒気。
そして前回と同じく、部屋の真ん中の椅子にはグルグルに縛られているヴァイオレット。マスクで喋れないようになっているところも同じだ。ただ、前みたく翻訳札は顔の真正面からそのまんま貼られているワケではない。たぶん今回は服の下とか、目につかないところにでも貼られてるんだろう、イルヴァとかあのトルネルの秘書とかだっているワケだし。
見たところ薬だか魔法で眠らされているのか、俺らが部屋に入ってきても目を閉じたままで身動き一つしなかった。暴れられないようにこうするしかないってのはまぁそうか。
ただ、その体を縛っているのも前とは違って——
「なるほど、鎖じゃなくて布か。さすがに磁力を使うってヤツ相手に金属の鎖を使ってんのは何考えてんのか疑ったぞ」
「尋問の最初のほうはこの耳でも聞いていた、あの時みたいにイヤミを垂れ流すのなら勘弁してくれ」
「なに言ってんだ、事実だっただろアレ」
俺の言葉にトルネルはやれやれと額に手を当てた。どうも、俺がブツブツと独り言で指摘してた問題点がそのままトラブルの元になったあたりについては中々痛いとこを突いてたらしい。
で、若干答えづらそうになってきたトルネルに代わってスンドグレーンが説明を引き継いで答える。
「相手の嬢ちゃん……ヴァイオレット・キンケイドだったか? けっきょく転移者っつっても小娘の腕力だからな、耐久力のある麻布で縛ってる。鎖をそもそも磁力に反応しない銅製にするって手もあったが、そんなモンこれだけのために用意するのは時間かかるしな」
「でもいくら周りを非金属で固めても、ここの庁舎自体はどうなる? どうせ完全に石造りとかじゃなくて鉄骨みたいな金属のフレームとかも使ってんだろ? 内装の壁とかこそレンガっぽく造ってあるけどよ」
「さすがに“お前がいたほうの世界”みたいな、どこもかしこも同じような工法で統一されて建てられてるなんてこたねぇよ……つーか自分で言ってて毎回変な気分になってくる技術力だなチクショウ。まぁ何にしてもだ、この庁舎自体も何年前に出来たと思ってんだ。そら当時でも“転移者から伝来した知識”ってのの中に鉄骨の技術自体はあったハズだけどな」
途中で挟まった俺のツッコミにもスンドグレーンは淡々と説明を重ねた。
……いや待て、それは結局この庁舎の基礎部分に鉄骨とか使われてるってことなんじゃないのか? ヴァイオレットの能力の最大出力なんて俺が知るワケないが、そもそもあの涙型の盾をあれだけの威力で振り回せるような能力だ。どれだけ警戒しても過剰ってことはないんじゃないか。と、
「ただ安心してくれ、あのときにお前の洗脳が破られた仕掛けならもう分かってる」
こんな感じでスンドグレーンからすかさず付け足される。
「仕掛け?」
「つっても何てこたない。ほらこれ、イルヴァが小娘の服の下から見つけた呪符だ。呪符なんてあるならそら仕掛け放題だわな」
そう言ってから、目の前の男は手に握られたトレイから一枚の札を取り出す。
翻訳札みたいに魔力が幾分か込められてて、細かい模様のびっしり書き込まれた札だ。呪符の類を持ち歩くようになって魔力の感知くらいは肌感覚で分かるようになったが、それでも流石にこれが何の札かってのは分からない。
説明を求めるようにスンドグレーンに視線を送り、スンドグレーンはこっちを見もせずに答える。
「魔法とかじゃない。たぶん転移者の、スキルが持ってる効果の“力場”とでも言やいいのか……そういうモンが“封じ込め”られてる。盗賊団は異世界転移者の集まり、ってことを考えるとこういうことが出来るスキル持ちがいたっておかしくない。それも元になったスキルの持ち主と呪符に封じたスキルの持ち主で最低でも二人」
術を“封じ込める”……? そんなスキル聞いたことないが、それを言い出したらそんなもの全てを俺みたいな門外漢が把握できるワケがない。俺は早々に考えることを諦めて話の続きを促した。
「なるほど……? で、肝心の効果は何だよ」
「解析の連中が言うには、呪符を持ってる対象者にかけられた魔術・スキルをゆっくり吸い取る効果があったらしい。つまりだな、お前が小娘に洗脳かけて気絶させてここまで連行したろ? その術の効力を札が吸い取って、時間がある程度たった後で目を覚まさせたんだとさ。縛ってた鎖の魔法が無効化されてたのもこういうワケらしい」
「そうか、そりゃ随分と…………」
厄介な相手だ。
何が厄介って、盗賊団はこうなることを全て見越した上で“確実にそうなるよう”手を打ってきてるという点。
最初にヴァイオレットと出くわしたタイミングから考えてみてもそこは間違いない。
ヤツらの根城である地下に通じていて、それでいて刑事局に最も近い進入経路である第四進入口。ここに有力な見張りを置くのは当然で……だからこそ、相手方は門番という恐らく連中の中でも高ランクの戦士をぶつけてきた。そして陽動として戦闘させ、まんまと本命と思われる街中での自爆を引き起こさせている。
それで翌日、俺たちが地下に偵察へと派遣された時に“事前に仕込みを済ませた上で”再びヴァイオレットを俺たちにぶつけた。
前日出てきた俺たちがほぼ無傷で乗り込んでくるところまで予想していたかは分からない。だがこのときの相手が誰であれ、俺の洗脳のことを知っていたと思われる以上はここでこそ俺が引っ張り出されることを確信していたのだろう。そしてその思惑の通り、俺はヴァイオレットを洗脳して拘束して刑事局まで連れて帰った。
そしてその日の午後、刑事局で目を覚ましたヴァイオレットに庁舎内で大暴れさせ、俺たちに大損害を与えようとした……そんなところだろう。
ここの世界の建造物が単なる石造りではないのはスンドグレーンがさっき解説した通り。つまり時間さえあったら、この建造物ごと刑事局員たちを亡き者に出来たのではないか。同日中に盗賊団の襲撃があった意図まではよく分からないが……逆に言えば、まだ何か思惑が絡んでいてもおかしくない。
要するに、盗賊団の得体というか“底”が全く知れなかった。
「おいクサカ、大丈夫か。まだ体調が優れないようなら——
「あ、いや、大丈夫だ。スマン」
俺の顔を眺めていたトルネルに声を掛けられて俺は反射的というか喰い気味に答えた。
というかこんなリアクションでは相手に“何かあった”と答えてるようなものかも知れないが、何にしたって今さら取り繕うこともできない。
「今んなって怖気付いたか? 前科モン」
スンドグレーンが口元をややニヤけさせながらこっちに言葉を投げて寄越す。
……あ? 何だオイ。
「あイヤイヤ待て、イヤミ言おうとしたとかそういうんじゃない。悪かったって」
相当不機嫌な顔をしてしまっていたらしい俺を見て、スンドグレーンは面白いように態度を改めだした。
…………よ、余計に何だってんだオイ。
「そういうんじゃなくてだな、ここで怖気付いても今さら立場を放り出すわけにはいかんだろ? お前もそうだし俺もそうだ、もちろんトルネルもな。要するに皆して逃げ場なんてないワケだ、だったら背中くらい守ってやっからお互い腹括ろうぜ、ってよ」
そんなことを、スンドグレーンはバツが悪そうに目線をそらしながら言った。
気持ち悪。
「だあああッッッ、そんな目で見てくんじゃねぇよ! さっきのフォローもどきのお返しだと思っとけクソっ」
「取り込み中悪いが。そろそろこの小娘……もとい、この工作員を起こして良いか?」
呆れたようにトルネルが口を開く。俺の冷めた目線やら(余計気持ち悪いことに)若干赤くなっているスンドグレーンの耳やらにウンザリとでも言いたげだ。
「俺は問題ない」
「オレだって問題ねぇよ! 早くやろうや」
トルネルは俺たちの返事を聞いた後、スンドグレーンの持つトレイから小さな小瓶をひったくって中身をヴァイオレットに嗅がせた。気付け薬とかそういう何からしい。
「ッかはッ! ぐっ、ゲハ、コホコホ……っ」
小娘はそうやって咳き込みながら目を覚まし、それから恨めしげにこちらを睨んだ。




