13 - 意図的な力場の逆行にて
ヴァイオレットの鎖はというと、長い一本をグルグルに巻きつけていたワケではなかったらしい。
ファンタジーのRPGとかでよく見るやたら頭の多い毒蛇みたいに、リング状の金具で繋ぎ止められた幾つもの鎖の先端それぞれが追尾ミサイルみたいな動きで宙に閃く。
——明らかな殺意をもって俺を貫こうとしてくる。
「がっ、ぐ、ックソ……!」
仮に俺が曲芸とかアクションに強ければ、まだこういう場面でも余裕を持って渡り合えたのかも知れない。知れないが、残念ながら俺はそういう類の人間じゃない。必死で身を翻して何とか逃げようとするも、銃弾で撃たれるみたいに鎖の一欠が右足の膝に食い込んだ。
足に尋常じゃない痛み、とかそういう段階すら通り越したらしく、鈍痛で右足全体が麻痺しているようなイヤな感覚に襲われる。……傷口からは滴るように血が流れて立つのもやっと、膝が震えてもはや力も入らない。
というか騎士連中は何してんだ。あわよくば……俺を見殺しにでもする気か? イヤな汗が額に滲む。
「分かってるとは思うけど。あんた、今のでその右膝使えなくなったでしょ? 元から武器も持ってないのに一対一であたしの尋問しようってのがそもそも無謀ね」
「……“呆れ気味でも勝った気でい——
「あと、もちろんだけど」
俺が口を動かした途端、ヴァイオレットは唾でも吐くみたいに言葉を吐き捨てる。そして顔に貼られていた翻訳札を素早く剥がした。……これで俺の言葉はもう届かない。
おかしい、洗脳の発動条件とかうっかりでもコイツに教えちまってたか?
俺はなるべく最速で相手の感情を言い当てようとしたが、相手にはそこを見越していたかのような対処された。確かに、言葉が通じなければ発動しないワケだが……何でコイツがそれを知ってる? むしろ今までが色々と分かりやすすぎたとかか? 確かに土壇場だったからこそ、あの流れの中では小細工する隙も余裕も無かった。
「Right, that’s it. ...Ugh, that was a right pain.
(これでおしまい……あー、鬱陶しかった)」
一方の喋りが英語に戻ったヴァイオレットはというと、顔に貼り付いていた邪魔な札をやっと剥がせて清々しているようだ。ぶんぶんと首を振ってから、それから俺の顔を見つめ悪ガキ感丸出しでニヤッと笑う。
「…You already know my age anyway, don’t you? Sorry, but when it comes to reflexes, I’m not about to lose to some old bloke — or rather, you don’t actually think you can beat a teenager, do you? It’s not the sort of skill you can just activate on the spur of the moment.
(……どうせ歳のことなんかももう知ってんでしょ? 悪いけど反射神経ならオッサンには負けない、てかさすがに十代相手に勝てるとか思ってないよね? そもそも咄嗟に発動できるスキルじゃないんだし)」
さっきから言ってるみたいに俺に英語は分からないが、“何て”言われていようと“何を”言われているかくらいは誰だって分かる。それこそ顔を見れば一目瞭然、煽りだ。そらもう分かりやすく鼻で笑ってやがる。いかにも欧米出身らしい、身振り手振りだけでも伝わってくるようなボディランゲージ付きで。
……コイツの実年齢が幾つかってのはさっき便宜上聞いてみたってだけで、今となっちゃもうロクに覚えちゃいない。が、見るからな見た目のガキが調子に乗ってるのを見るのはあまり気分のいい光景じゃない。
「Anyway! with this, I don’t understand Japanese anymore, which means the effect of that… “translation tag”?—whatever you called it—that you stuck on earlier is pointless. Well, speaking of “pointless”, the words I’m speaking right now aren’t getting through to you either, come to think of it.
(とにかく! これでもうあたしに日本語は分からない、つまりあんたがさっき貼り付けてきたこの……翻訳札っての? の効果もムダなわけ。ま、ムダどうこう言ったらそもそもいま喋ってるこの言葉だって誰にも通じてないんだけどさ)」
忌々しいが要するに、“長々説明して時間をいくら無駄にしたところで、目の前の俺には何も出来ない”というのはもうバレている。そりゃそうだ、今の俺は武装らしい武装もないほぼ普段着みたいな軽装で、なおかつ洗脳を使える相手もいないのだから。
何にしても前後の流れや状況対処、この態度からしてやっぱ事前に俺自身の情報が抜かれてたってのはまず間違いない。つまり明らかに、俺があの時あそこまで来ることを察知していた上でヴァイオレットを襲撃させて来ている。どこから漏れていた? その上で何のためにこんなことを?
クッソ、何も分りゃしねェ!
——とはいえ。
(ま、やったこた無いにしてもこうするしかねェよな……マンガとかだとお約束のヤツ)
思わず口元に手をやる。……口元が歪んでいた。
ただもはや、ニヤけていたのかも顰めていたのかも俺には分からない。気が昂りに昂っていて、いつもなら理解出来ることも整理もつかない感覚がしていたからだ。
誤解の無いよう一応言っとくと、これでも頭の中では割と冷静だった。というよりは別のことで頭いっぱいで他のことに考えが及ばない状態。つまりとある覚悟を決めてたってのが近いか。
「What? That look on your face… Are you saying there’s still something left? For goodness’ sake, you can't accept defeat,, will you…‼︎
(何? その目つき……まだ何か手段を残してるっての? いい加減、往生際悪いったら……‼︎)」
このまま俺が取れる手段がほとんど無いのは俺が長々と説明した通り、あるいは(多分ってか予測でしかないんだが)ヴァイオレットが煽ってきてた通り。いくら助けが欲しくても無いものは無いし、対抗したくても出来ないものは出来ない。
少なくとも、自分が今までやってきた方法では。
それに、コイツ自体もそんな特殊な方法ではない。
さっき胸中で思ってた通り、マンガだのアニメだののフィクションとかでこういう展開はやたら見た覚えがあった。これもまた人生の蓄積ってヤツか?
ついでに加えていうなら、俺の人生でフィクションに心置きなく触れられた期間なんて大昔、人生がブッ壊れた十一歳よりも前の時代しかない。逆に言や、そんだけ昔からフィクションの世界では誰だって思いついてきた手垢ベッタベタな方法だ。
そんなことを考えながら俺はボソボソと小声を漏らす。
「“バレてたからって焦ってんじゃねェ、久々に若干やる気出してるクセしやがってよ”」
「W, wai————!!
(っ、待っ————‼︎)」
……内容が聴き取れたとは思えない。
だが俺の独り言を見て、小娘もある可能性に気づいたらしかった。
ひょっとするとこういう蓄積はサブカル大国:日本出身って部分が役に立ってたのかも知れないな。
いや、サブカルなんて俺が転移する前から全世界で流行ってたハズだが……まぁその辺は別にいいか。
「“死力を尽くして”目の前のガキが暴れんのを止めろ、俺”」
こうして俺は洗脳の矛先を初めて自分に向けて使った。




