12 - 打ち解けた言葉の裏にて
「というかこの顔に貼られてるこの紙切れなんなの? いい加減に剥がしてってば」
焦燥感で口の中が急速に渇いていく俺を余所に、ヴァイオレットは相当うんざりしたような声でそんなことを言う。小娘の状態は当然縛られて鎖ぐるぐるのままだが。
「…………」
当然こっちとしては言葉なんて何も次げない。というか思考も何もまとまらない。
それくらいに俺は動揺していた。そりゃそもそも洗脳を解こうとしてたのは事実だが、向こうで勝手にスキルが解けたなんてのはさすがに事情が違う。違い過ぎる。
取り敢えず、一方のコイツはどうにも俺の言葉が急に通じるようになったことに違和感は感じてないらしい。どうせ向こうからすれば俺が英語(でいいんだよな?)を普通に喋っているように聞こえてるとかなんだろうが……。
「あと、あんたアジア系の顔だけど何処の国の人? さっきから流暢なイギリス英語だし、まさか同郷とかそういうオチだったりする? だって普通、アジア人が喋る英語なんてアメリカ英語ばっかでしょ? まぁコレは単にあたしの偏見てだけなんだけど」
……“英語に聞こえてる”ってのは当たってたようだ。答え合わせ早過ぎだろ。
そういやコイツ、さっき洗脳状態でイギリス出身とか言ってたんだっけか。つまりその部分については本当のことって可能性が高いワケだ。イギリス英語云々って部分もこのことの関係みたいだった。
とはいえ、勘違いさせたまま置いとくのも忍びないので。
「お、俺は日本人な……んで、こっちとしては日本語以外喋ってない。顔の札が“元の世界”で言うところの翻訳機の役目を果たしてんだよ」
こんな感じでネタバラシは早いうちにやっておく。
その方が齟齬なんてのも出てこないだろうし。
「あ、やーっとこっちの質問に答えた。さっきまでやたら独り言うるさかったのに、何で会話しようとしたら逆に口数減んの?」
「仕方ねェだろ、こっちとしてはここでお前が喋れるようになる予定じゃなかったんだよ」
「なら余計に何だったの、あの独り言! てかそのことならこっちもまだ質問は終わってない。何であたしは地下水路のとこのアジト前から記憶が無くなってんのさ? でもって此処はどこ? てか、この顔の紙切れが翻訳機代わりってのも意味分かんないし……この世界の魔法ってそんなことまで出来んの?」
そら向こうからすれば疑問点しかないのは分かる。
それにしても一応、俺はさっきまで明らかに敵対してた人間だぞ。ここまで普通に質問して来れるコイツは何なんだ? 良い方に解釈するなら純粋で人を疑わないとか言えそうだが、悪く解釈するならツラの皮が分厚いとかそういう次元じゃないとも言えそうだ……イヤまぁ別に良いが。
「ま、かなり便利らしいな、魔法。生活水準だけで言えば“向こうの世界”にも遜色ない程度には」
俺は気を取り直してヴァイオレットの質問に引き続き答える。
「まぁでも、一口に魔法ったってそこまで万能でもないけどな。この札だって、現地民相手にならともかく転移者同士の場合だとお互いに持ってないと効果は無いんだとよ。さっきまで俺の日本語がそっちに通じてなかったのはそれが原因。人呼んで翻訳札、そのまんまだ。……つまり今ソレ剥がしたら会話出来んようになるから我慢しててくれ、拘束解いたら別んとこにでも貼りなおしてやるから」
「へ⁉︎ こっちの世界ってそんな便利な魔法あんの……? こっちはずっと仲間内の英語通じないヤツとか相手にずっと苦労してたのに!」
ヴァイオレットはこの世界のことに関して相当なカルチャーショックを受けているらしい。それなりに苦労してきたってことだろうか。
「で、ここからはお前の質問の前半部分の答えだ。“記憶が無くなってる”ってとこの解説な」
分かりやすく聞こえるよう会話を区切る。一気に言えば混乱するだろうし、それに……。
「つってもタネは簡単だ。俺は“あの部屋の男”からスキルとして『洗脳』って能力を押し付けられた。お前がどこまで記憶あるかは知らんけど、とにかくお前はあの地下道で俺に洗脳されてる状態になって、ここ……刑事局庁舎まで連行されてきたってワケだ。分かりやすいだろ?」
「は? ちょ待、せ、『洗脳』⁉︎」
……ほらやっぱり。普通の人間は洗脳なんて聞いたら当然混乱する、てか警戒する。
「ああ、“そこ”に関しては安心してくれ。少なくとも俺は『更生の呪い』ってヤツでスキル使用を制限されてる。他人に悪意を持ってスキル使えないんだよ。だからこんな悪意の塊みたいなスキルだとほぼ人に向けることが不可能なワケだ。さっきの地下んときは俺自身の命の危機だったから辛うじて使えたってだけで」
「そ、そう……びっくりしたけどとにかく、その、あたしに変に力は使ってないってこと?」
「お前にどころか詐欺以外の目的で他人にこのスキルは使ったことはない。まぁ信用してくれとか言うつもりもないけどな」
顔が曇りそうになるのを無視して俺は吐き捨てる。
こう言った理由は簡単、どう足掻いても俺が前科者なのには変わりないからだ。
つまり疑われても弁明する気なんてハナからないし、そもそもそんなことする権利なんてのも無いってな具合に俺は腹を括っているつもりでいた。これまでの転落人生で思い知っていた、とも言うが。
「……じゃあ良い。そう言うなら今はそうだって思っとく」
しかしヴァイオレットはそれだけ言って気を取り直したようだった。
「あと取り敢えず、他にもあたしが知らないこと知ってたら色々教えてよ。日本人って幼く見えるっていうけど明らかにあんた歳上っぽいし、たぶん“こっち”の知識とか人生経験とかもあたしより豊富でしょ?」
別に嫌悪感を感じてる様子もないし、反応も思った以上に気安い感じだ。何でここまで警戒されてないのかそれはそれで不安になるが……。
てか、対する俺自身も思ったより案外いつも通り喋れている自分に驚いていた。さっきまでの流れは俺からしたら“想定外のトラブル”だったんじゃないのか? 何で動じずに話せてんだ、俺?
まぁ何にせよ、今は“最初の目的”の方が重要だろう。
「“教えてよ”ってかなぁ、いま質問するのは逆に俺のほうだ。自覚あるかは知らんけど、こっちはお前に『尋問』しようとしてんだよ。今は大人しく答えろ、捜査協力の姿勢によっては恩赦とかもあるだろうしな」
「じゃ答える、ってか色々教える。まず、あたしはそもそもあのアジトで門番やってたの。今は没収されてるけど、あたしの盾あったでしょ? あの涙型のヤツ。あれを振り回したりとかで結構な戦力扱いだったんだよね、あたし」
何だ何だ、思ったよりベラベラ内情とか喋ってくるぞコイツ……と面食らいそうになったところで、俺はそのことと別の違和感の存在に気が付いた。
“何か”が明らかに納得できない、確かに馴れ馴れしい態度とかも変っちゃ変だがそうじゃない、そこじゃない。
「それにあたしのスキル……『磁力操作』のことってどうせもう喋ってるよね? そのスキル使えばもっと暴れら——
「いや待て、悪いが他の質問がいま出てきた」
それを聞き出すよりも先に聞いときたいことがある。
「なぁお前、本当に翻訳札のこと知らないのか? 実は昨日の街中でな、あの大穴んとこで盗賊団の所属っぽい男と出くわしてんだよ。まぁ自爆したヤツなんだけどな。で、そいつとは普通に会話出来た。今と同じく俺は日本語で喋ってるつもりでよ。つまり、間違いなくあの男は翻訳札を持ってたハズなんだ。……けど、だったら。なら何で門番やってたお前が、つまり組織の上層部から下っ端まで広く顔を合わすことになるハズのお前がそれを把握してないんだ? 答えてくれ」
今までの情報を全て思い出して細かく拾い上げてみると、確かに道理の通らない部分が出てくる。さっき感じた違和感の正体はコレだ。あの地下水道でコイツに出くわしたことから考えても門番が事実なのは疑いようもない、しかしそうだとするなら、いま聞いた情報が致命的に食い違ってこないか?
……この疑念が当たっているのなら、こいつは何を目的としてる?
「はぁ、もうバレた。あの人がそんなに現場フラついてたとはね」
小娘という表現が急に不釣り合いに思えるような、殺気の籠った声。
ヴァイオレットはもう見るからに別人と化していた。今までの馴れ馴れしい様子とは明らかに目つきの鋭さが違う。明らかに害意を持ってここまで来たのは一目瞭然だった。というか、その害意を隠そうともしていない。
「おい、暴れるなよ。お前を拘束してるその鎖はいま磁力じゃ操れないようになってて——
「お生憎。そういうの無効化する手段くらいもう持ってる、あたしらはね」
そんな一言と共にジャラリ、という物々しい音が鳴って。
磁力に反応しないよう魔法がかかっていたハズの鎖は蛇のような動きで自らそのとぐろを解き、弾け飛ぶような動きで俺に襲い掛かってきた。




