11 - 唐突な再投獄の危機にて
トルネルの言葉に捜査本部の空気が丸ごと思考停止するのが分かる。
俺らの会話に加わっていなかったハズのヤツらも、水を打ったように立ち止まって一斉にこちらを見遣った。気まずい静寂が耳にうるさい。
「……あのな、そりゃハッキリ言って無茶だ。滅茶苦茶言うなってんだ」
俺はなるべく正直に反対しておこうと声を荒げる。
「聞いておこう、それは何故だ?」
対するトルネルは憮然とした態度と鋭い眼光で俺を睨む。
……迫力はあるが無理なものは無理だ。たじろぎそうになりながらも俺は反対材料を並べることにした。
「ザッと見てもマズい部分が三つある。まず洗脳っつったってそんな便利じゃねェんだ。何でもかんでも思いのままになるワケあるかよ。今この小娘に指示したの見てたろ? 頭で念じるだけで思いのまま動かせるみたいに都合良くいくかっての、あんな感じで言葉で指示すんのが基本だ」
「フン、なるほど?」
「つまり指示内容は細かく言語化しないと命令内容を伝えられないし、しかもそれを相手の頭でいちいち理解させないと意味がない。“相手の知らんことをいきなりやらすことは出来ない”ってワケな、これが一つ目」
「まぁ、そこまでは想像がつくが」
トルネルは視線を全く動かさないまま言う。ここまででは当然ながら、自分の意見を一歩でも歩み寄る気はなさそうだ。俺は言葉を続ける。
「次に正確性。さっき言ったみたいに口でわざわざ説明しないといけない上に、相手の知能・性格・考え方とか受け取り方の癖……全部相手が間違えないよう正確に理解させないとダメだ。でないと指示内容を間違える、当たり前だ。けどさっき出会ったばっかの人間にそういう齟齬が無いように伝達するなんて無理もいいとこだろ? これが二つ目」
「……………………」
トルネルもスンドグレーンも、イルヴァや他の局員までもが黙りこくっている。
でもって小娘……ヴァイオレットも当然無言だ。捜査本部の真ん中で俺が一人で演説してるみたいだ、とかうっすら思った。
「で、最後の最後に効果時間の問題だ。このスキルが有効なのは最大二日程度しかない。これは実際に検証したことのある期間だからな、間違いない。しかもその期間を越えたらリセット状態だ、つまり最初から洗脳掛け直し・指示出し直しになんだよ」
トルネルの顔やら部屋全体やらへ交互に視線をやりつつ、俺は声を張り上げ続ける。
「……たった二日だぞ、そんな短時間でさっき言った要素をクリアする必要がある。更にはそこから地下にあるヤツらのアジトに潜り込ませて、術の効力が途切れる前に洗脳をかけ直す必要だって出てくんだ。それも敵方に疑われないように」
トルネルがだんだんと神妙な顔になってくるのが分かった。
視線こそ揺るぎないが眼光にも翳りが見えた気がする。これで折れてくれるか?
「そりゃ、こいつを完璧に寝返らすことが出来れば洗脳し直す手間なんてのは要らなくなるかもしんねぇけどな。そもそもンな短時間で完全に心変わりさせてスパイに仕立て上げる、なんて芸当できるワケあるかっての。……問題点はこの三つだ」
後半の方はもはやノンストップでほぼ一方的に捲し立てる。
実際のところ、ここに関しては問題点として避けて通れないレベルの重大事項だった。そりゃそうだ、制約の一切無いようなスキルなんてあるワケがない。しかしどうにもトルネルはこのスキルに夢見過ぎらしかった。
まぁ、洗脳なんて聞けば何でもアリに思えてくるのはしゃーないのかも知れないが……。
「……色々と言いたいことがあるのは分かったが」
む?
「クサカ、お前がいま言った“洗脳が出来ない理由”は全て『お前の技量』の問題なんじゃないのか?」
え、イヤ……は?
「だってそうだろう、スパイを操る能力を持つ者としては“指示を的確に伝える能力”も“時間制限”も、結局お前個人が目的を達成する上での問題としか言えんだろうが。はぁ……端的に言う。ここでお前が使い物にならなかった場合、お前はお払い箱だ」
唐突に降って湧いたような願ってもない提案だった。これは俺にワザと失敗しろって言ってるのか?
トルネルとの付き合いにずっとイライラしていたのはいつか言っていた通り。それがこんな形で関係解消になるとは! こんなフザケた話やってられるか。……まぁそれは野に放たれると言うことで、つまりまた風呂から幾分か遠ざかる生活を送ることにはなるものの、それと引き換えに手に入るのは自由——
「そしてそうなった場合、お前は“見合わない実力を我々に申告して捜査の進行を妨害した『詐欺の現行犯』”ということになる。詐欺の被害対象が刑事局そのものだからな。ここまで言えば分かるな? お前は懐かしの監獄送りだ」
「へ、はぁ⁉︎⁉︎⁉︎ おい待てコラてめぇ‼︎‼︎‼︎ こっちは正式に刑期終えて出所してんだ、何の権限があってンな勝手なこと……‼︎」
そしてこれまた突然、話の方向性が百八十度転換する。
おいおいおいおい待て待て待て待て!
「勝手? いくら新設とはいえ騎士団長に向かって随分な言いようじゃないか。公式に地位がある以上、お前が何を言おうとこちらが有利なのは分かるな? 何せ、お前は前科者の浮浪者に過ぎないんだから。まぁなんだ、要するに“訓練”の成果、期待してるぞ」
……一気に面倒な話になった。
たぶんというかほぼ確実に、トルネルのヤツは途中から色々面倒になって投げやがったと思われる。これもはや発破かけるとかそういう次元じゃねェだろ……。
一方、当の小娘は自分の行く末の話が進行していくのにもやはり無表情・上の空のままだった。
時間は夕方ぐらいの刑事局庁舎地下、一応尋問に使うそれなりに頑丈な部屋。広さは大体五メートル四方かそこらで石造りの何もない空間で、若干カビ臭い。空気に嫌な湿気が立ち込めてるみたいな鬱陶しさだ。洗脳を使えるのは俺だけということで、ここにいるのは俺ともう一人、小娘改めヴァイオレットしかいない。
当然スンドグレーンもイルヴァもいない、久々に“お付き”のいない状態。
なお一応言っておくと、俺も立場が立場なので今もしっかり監視されている。が、その方法は分からない。魔法の仕組みってのがどういうものなのかはよく分からないがどうせそういうのを使ってるんだろう、少なくとも見られているような“何か”は感じない。……つーか監視カメラの代用が出来るってんなら相当便利だな?
まぁ何にしても見ての通り、急遽ではあるがそれなりの部屋を空けて貰った。なんせ相手は異世界転移者、ムチャクチャなスキルを埒外に使ってくるような人種だしな。それくらいの準備は必要だ。てか、そうでもしてくんねェとそもそもこの庁舎自体が保たんかも知れんし。
「…………」
ヴァイオレットは捜査本部と同じ状態だ。顔に翻訳札を貼り付けたままでボーッと前を見るのみ。
ただ、本人はそんな感じでも刑事局としては処遇を全く同じに出来ないらしかった。洗脳状態下で暴れる心配はないとはいえ今後どう転ぶか完全には分からない、そんなワケで少女はハリウッド映画に出てくる凶悪犯みたいな扱いになっている。椅子の上に座らされた状態でミイラみたく拘束具の鎖グルグル巻き、万が一にも正気に戻って舌を噛み切らないようにってんでマスクまで完備だ。
それにスキルの『磁力操作』とやらが悪用できないようにも策は張り巡らされていた。
部屋の中はおろか部屋の周囲からも金属製品は取り除かれている。つまりこの空間ではヴァイオレットを縛る鎖以外だけが唯一の金属だったが、この鎖には磁力に反応しないよう魔法が掛けられており、それは部屋の壁や庁舎全体を補強している頑強な鋼鉄材なんかも同じ。
もはや刑事局全体が今や磁力を跳ね除ける『石の要塞』と化していた。
まぁ、とにかく。俺にだって今さら退路なんて残ってるハズもない。
それに取り調べがこうなった以上はトルネルのヤツも容赦なんてしないだろう。もちろん俺に対してもだ。つまり下手を打てば正真正銘、監獄に逆戻り。これを回避するためにはどうすべきだろうか?
……とはいえ。
「こんなんで色々教え込もうったって無茶だろーがよ……」
脱力しながら(そして声を聞かれていること前提で)大きく溜め息をついた。
実際問題、ここまでの拘束状態だと会話も何もあったもんじゃない。この世界では学校でこういう風に授業を受けるとかだったら知らないが、それならそれで全く別の社会問題が存在してるハズだ。そしてそんなことになってるという話は一切聞いたことがない。
「……なら、まずやることっつったらコレか」
そんな独り言で頭を整理して、まずマスクに手を掛ける。外し終わったら次は何重にも巻かれた細い鎖だ。まずヴァイオレットの血管がどうにかなる前に手足をどうにかしたほうがいいだろう。
「オイどんだけ巻き付けてんだよコレ、無駄に金属だけ増やしやがってよ……いくら魔法で無効化してるからって、こいつが磁力使うとか言ってたの聞いてたのか?」
ガチャガチャという音と共に、一応手渡されていた鍵で鎖の端を固定していた錠を外した。キィンという金属特有の高音が響く。
こっちとしては捜査本部の連中に苦情を言ってるつもりでブツブツと独り言を喋り続ける。聞かれてるなら意思表明はしとくべきだと思ったし、どうせ誰も見てなかったとしても俺以外に意識のある人間はここにいない。一応後からでも言い訳は出来るように、最低限“独り言の体”だけは保って。
まぁそりゃ、ヴァイオレットが洗脳状態じゃなかったら幾分か不気味に見えてるんだろうが……。
「……あのさ、その独り言どうにかなんないの? うるさい」
——明らかに、いつの間にやら洗脳が解けていた。
どういうことだ、今までこんなことは無かったハズだ。それに間違いなくさっきまでは洗脳状態で意識もハッキリしていなかった。何でこんなことになってる? 自分でも混乱と焦りで思考が鈍っていくのが分かる。
……マズい。




