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わんこと白狐さまの一大事2

そんな平和なある日、夏輝が顔色を変えて走って来た。

持ってきた回覧板を、ワンルーム(犬小屋)の前で振り回していた。

夏輝ってば、子供みたいだ。


「ナイト!大変だ。神社のあの小さな祠って、今も白狐さまが住んでるんだろう?」


「わん」←住んでるぞ!


「取り壊されるかもしれない!」


「わふっ?」←まじで!?


おれは大家さんがいないのを見計らって、大急ぎで九字を切ると人型になった。


「どういうこと?白狐さまは、あの祠に封印されているから、動けないんだよ。それに、土地神も兼任してるから、花菱町一帯はれっきとした結界に護られた神域なんだ。いくら何でも神社を壊すような、ばちあたりな人間はいないだろう?」


「それがさ……」


夏輝は真剣に回覧板を読んでくれた。


新しく宅地造成し、県営住宅を誘致するのだそうだ。

今のお社は、壊されることなく原形のまま少し離れた山のふもとへと移築されるらしい。

おれはその話が、とても不思議だった。

移築する意味が分からない。


「ねえ、夏輝。花菱町ってさ、魔が関わるような凶悪犯罪って少ないだろ?それって、白狐さまが結界張ってくれているからなんだよ。白狐さまは動物霊だけど、修行を積んでいるから張った結界は神さまレベルだって父ちゃんが言ってたよ。白狐さま本体が、魔の通り道の花菱町を守る楔になってるって。だから、白狐さまの祠を壊したりしたら、それこそ町中、悪霊とか下等魔の住処になっちゃう……」


「そうなのか?お社の意味って、大きいんだな」


「そういうことが人間にはわからないから、祠を移すなんてバカなことを思い付いたんだ。あっ!夏輝、大変だ……もしかすると祠を離れたら、白狐さまが力尽きちゃうかもしれない。だって、白狐さまの霊体は祠に封じ込められてるんだもの。祠を移動させたりなんかしたら白狐さまが消えちゃう……」


おれは夏輝と顔を見合わせて、真っ青になった。


「そんなことになったら、大変じゃないか」


「どうしよう。とにかく、父ちゃんに知らせなきゃ!」


すぐさま渡り烏に声を掛け、全国を飛び回っている椋鳥にも話を付けてもらった。

野良の犬猫にも話を付けた。

とにかくおれが知る限り、白狐さまの一大事だった。

白狐さまに降ってわいた災難を早く父ちゃんに知らせたかったが、遠くさすらいの空の下にいる父ちゃんの行方は杳(よう)としてさっぱり知れなかった。


一体、どこをほっつき歩いてるんだ、父ちゃんってば。

こんな大事な時に、大好きな白狐さまの傍にいないなんて、それでも神さまの端くれなのか?

父ちゃんのばか。


回覧板には、まだ造成工事に着工する日時は出ていなかったけど、県議会で決まればきっと取り壊しの重機が入るはずだと夏輝が言う。

何も知らないのは、無責任なことだと思う。

能天気な人間たちは、白狐さまが命をすり減らして張った結界を、バリバリと平気でこともなげに崩して行く。

これまで多くの土地が、二度と生き物が住めない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する恐ろしい場所になって行ったのを、人間以外の生き物はみんな知っていた。

白狐さまが消失して、瓦解した結界の綻びから、うじゃうじゃと這い出た悪霊が溜まっていく場所になってしまうのを想像して、おれは心底怖じた。


犬も猫も猪も雉も、いたちも狸も、辺りに住む動物たちが白狐さまを心配して集まっている。

おれのワンルーム前の庭は、すっかり周辺の生き物が知恵を絞る集会所になっていた。


「白狐さま、大丈夫かなぁ……」


「やつれてしまって心配。何とかならないのかしら」


「人間って、本当にどうしようもない生き物だよなぁ」


「馬鹿な人間は、自分が一番偉いって勘違いしているからな」


みんな綺麗で優しい白狐さまのことが大好きだった。

何の正解も出ぬまま、生き物は少しでも白狐さまに元気になってもらおうと、出来るだけ多くの生気を運んでくることと決議し、近隣へ散った。

生気がたくさん集まれば、白狐さまはきっと元気になるはずだ。

祠の危機にショックを受けているはずの白狐さまに、心から元気になって欲しかった。


県議会では、祠を潰した後、新しいお社をどこか違う場所に新築するという意味のない企てをしているみたいだったが、そんな話を黙って聞いて居るわけにはいかなかった。

祠がどうのこうのではなく、建っている場所に存在意義があるんだ。でも、そんな大事なことを判ってくれる人間は、夏輝たち以外いなかった。


神域に住むものが、何かの理由で弱った時には、霊体を昇華できる移動場所(パワースポット)に籠れば済むけど、荼枳尼天に封印された白狐さまはどこにもいけない。

白狐さまの大事なお勤めが、封印された場所で許しが出るまで楔となることなんて、人間には理解できないんだ。

夏輝と文太は、おれを知っているから、素直に信じてくれたけど……。


できるなら荼枳尼天のくそばばぁ……じゃない麗しの女神さまにお願いできればいいんだけど、半人前のおれではまだ神格が足りてないから、会うことすらできないんだ。


あ~、もどかしい。


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