わんこと白狐さまの一大事3
祠が無くなる話が出て以来、白狐さまは、どこか諦めたような寂しげな顔をしていた。
神社の丸ごと移転というと、ただの引っ越しみたいだけど……入れ物は移せても、肝心の中身の白狐さまの存在は無くなってしまうんだ。
夏輝がレンタルで借りて来てくれた、ジブリアニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」のビデオをみんなで鑑賞しながら、おれたちは策を練った。
失敗するわけにはいかないので綿密に計画を練ろうとしたけど、どれほど考えても神域を守る良い案は浮かばなかった。
だってビデオの最後では、動物たちは森を手放して細々と生きる道を選んでいたんだ。参考にならないじゃん!
「白狐さま!」
「あぁ、仔犬か……」
祠の奥で白狐さまは、透けるように白くなった肌を晒していた。
儚げな柔らかな笑みを浮かべて髪をかき上げた白狐さまは、くらくらするほど凄絶に色っぽかった。
「白狐さま。みんなが持ってきた生気、受け取ってないって本当?そんなに、儚くなってしまって大丈夫なの?消えてしまったりしないよね?」
「……このお社は、人間どもが災いを避けるために、願をかけて作った物なんだ。それをもう必要ないと言われたら、これ以上ここに居る意味はないだろう……?目に見えぬ我が身なぞ人間共にとっては、いてもいなくてもいいという事なんだろうよ……」
白狐さまは微笑んだが、目元に出来た深い隈のせいで何故だか泣いているように見えた。
「信仰心など元より望むべくもないが、畏怖すら感じさせられないでは荼枳尼天様も呆れているだろうよ。元々お許しがない以上、我はここから離れられないし、祠と共に消えるしかない。皆の気持ちは有難いがな……」
人間に必要とされてない自分に気がついてしまった白狐さまは、このまま自暴自棄になっていなくなろうとしている…そんな気がした。
災いから守ってくださいと願いを掛けたくせに、目先の欲だけで白狐さまに砂をかけるような真似をするのが人間なんだ。
この世界からいなくなって、白狐さまが魂魄の海へと還ってしまったら、きっともう白狐さまとは逢えなくなる。
もしそんなことになってしまったら、父ちゃんはどうするんだろう。
「おれっ……!白狐さまがいなくなるのなんて嫌だ。父ちゃんが帰ってこないんなら、おれが白狐さまのことあんあん言わす。おれの生気、取って『つるつるぴちぴちたまごはだ』でいろよ!」
おれは、その場に白狐さまを押し倒した。
長い銀糸の髪が、孔雀の尾羽のように床に広がった。
「あ…これ……、仔犬、何を……」
「いいから!黙って、おれを感じて。……こうするしかないんだ!」
おれはもう生きるのを諦めて、弱り切った白狐さまが可哀想でたまらなくなって、その場で着物を広げた。
こんな白狐さまを見るのは初めてだった。
いつも不実な恋人(父ちゃん)のために貪欲に霊体維持に励んでいた輝くばかりの美貌の白狐さまが、今は陽のあたらない高い塔の上に閉じ込められた高貴なお姫様のように青ざめて弱々しいばかりだった。
身体の中心の紅色の前しっぽも、くたりとうなだれている。ひくひくとまるで浜に打ち上げられたまま放置された魚のように空気を求めて喘ぎ、力なく痙攣しているみたいだった。
父ちゃんが後孔に潜り込んで、あんあん言わせていたはずの蕾の縁を撫でてみても、白狐さまの前しっぽは、くたりとうなだれたままだった。思わず、目元が熱くなる。
狗神の血を引く父ちゃんの恋人の白狐さまは、父ちゃんだけが大好きだけど、父ちゃんは港ごとに女がいていつも白狐さまに寂しい想いをさせている。
「おれにしろよ。絶対、寂しい想いなんてさせないから。この世の果てまで一緒に居て、あんあん言えよ」
「仔犬……おまえってば、本当にそんな風に言うところまで父親に似て……この、たらしめ。……たらしめ……」
白狐さまは、不意にほろりと涙をこぼすと、おれのことをぎゅっと抱きしめた。
おれでいいのなら、そうして白狐さま。
おれはそっと、白狐さまの薄く頼りなくなった白い胸に舌を這わせた。
膝を開いて、そうっと立ち上がりかけた甘い中心を、口に含み呑み込もうとした。
「あ……んっ……そんなことをしてはだめだ、仔犬……。長次郎に申し訳が立たぬ……」
「いいから……おれの生気、持って行って。深いところまでちゃんと送るから、感じて、白狐さま。絶対、自分から消えてしまおうなんて思っちゃ駄目だ。」
お願いだよ、白狐さま。
おれの生気、みんな持って行っていいから、いなくなったりしないで。
いつも変わらず、荼枳尼神社の祠で笑っていて。
抗う白狐さまを、羽二重のおふとんに張り付けて、おれは本気で白狐さまをあんあん言わせるつもりだった。
力任せに押し付けて、ざらつく舌でうなじを撫で上げた。
白狐さまが、固くぎゅっと目を閉じたら目尻から一粒涙が転がっておれはそれ以上のことはできなくなった。
諦めの涙が悲しかった。
「長次郎……っ」
白狐さまが思わず零した父ちゃんの名前を聞いて、おれは思わずぶちまけた。
「どうして!おれの腕の中で父ちゃんの名前を呼ぶんだよ!いないのにっ!」
この一大事にいない父ちゃんを、何でこんなに慕っているのかわからなかった。薄情な父ちゃんは、今頃どこかで誰かをあんあん言わしているのに違いないのに……!
「くそお~~~~~っ!!白狐さまのばか~~~~~っ!!!」
いつまでたっても、おれはちびの負け犬でしかなかった。




