↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

わんこと白狐さまの一大事1

おれの住む花菱町には「荼枳尼神社」という女神荼枳尼天(だきにてん)を祀った、小さな祠(ほこら)がある。


神社の境内の隅っこにあるその祠に封印されているのは、天駆ける荼枳尼天(だきにてん)に仕える、目が覚めるように美々しい一匹の白狐だった。


荼枳尼天(だきにてん)の神使の白狐(男狐)は、この界隈で生きとし生けるものの憧れの的だった。

ただでさえ自分より美しいものは認めたくない、嫉妬深い荼枳尼天(だきにてん)のお気に入りの恋人と、あんあんしたのがばれて逆鱗に触れ、寂れた祠に封印されていた。


「おのれ!神使の分際で、私の情夫を寝取るとは!好色な畜生ずれめ。二度と手出しできぬように、封じ込めてくれるっ!」


「お許しください、荼枳尼天さま。あれは、わたしが誘ったのではありません。お願いです、どうぞ申し開きをさせてくださいませ」


「ええいっ!寄るなっ!色狐め!」


「きゃあぁ~」


……とまあ、どうやらこんな風な出来事があったらしい。


でも、手を出されるのも無理はないと思う。

何しろ白狐さまは、別嬪の神さまと並んでも遜色ないほど端整な神使だった。

おれの前しっぽだって、白狐さまを見るとちょっぴりおっきくなったりする。

そんなわけで、荼枳尼天さまの理不尽な怒りを受けて、白狐さまはひっそりと他の神々からも身を隠す様にして、祠に住んでいた。

神使である以上、荼枳尼天さまを刺激したり、怒らせてはいけないと思ったらしい。


人には姿の見えない銀色の髪の綺麗な白狐さまは、朽ちかけた小さなお社に住み、一人で不実な恋人を待っていた。

時々、悲しげに勃ちあがった紅色の前しっぽを一人こすって、切なげに甘いため息を吐いていた。

おれの父ちゃんの狗神が、白狐さまの本命だったりする。


「白狐さま~!父ちゃんはまだ帰ってこないの?」


「ああ……。仔犬、まだだな……今回は、ずいぶん遅い。長次郎は達者だろうか。巷で流行りの風邪なぞひいてなければいいが……」


「父ちゃんは、風邪なんてひいたこと無いと思うけどなぁ」


白狐さまは、どこか遠い目をしておれに微笑みかけた。

おれの父ちゃん長次郎は、れっきとした阿波の狗神で、この綺麗な白狐さまの恋人だったりする。

父ちゃんはさすらいの旅から帰ってきては人型に変身し、白狐さまを押し倒し思うさまあんあん言わせていた。

あんあん言う白狐さまは、真白い全身が泰山木の妙なる芳香に包まれて、輝く様に美しかった。


「お前、この姿を荼枳尼天が見たら、また嫉妬に狂うだろうなぁ……」


「あ……んっ……。そのような……」


美人の白狐さまは、荼枳尼天の封印によって祠の傍を離れられないので、父ちゃんが帰ってくるのをひたすら待つことしかできない。

好きな父ちゃんとどこまでも一緒に行きたいと願っても、それは封印を掛けた、くそばばぁ……じゃない女神、荼枳尼天さまの許しがないと決して叶わないことだった。

白狐さまは荼枳尼天さまの大人げない「無情の理(ことわり)」に縛りつけられていた。


祠に参る誰かの願い事を聞き届けながら、白狐さまにはたった一つの自分の願いさえ叶うことはなかった。


お正月に、父ちゃんが荼枳尼天さまと喧嘩したのも良くなかったと思う。

父ちゃんったら大人げないことに、荼枳尼天さまに誘われた姫初め(お正月最初のあんあんの儀式)を容赦なく断って、白狐さまの祠にいそいそとやって来たんだ。

そりゃあ、女神のプライドずたずたにされたら、荼枳尼天さまだって切れるよね。

あれだよ。ほら、可愛さ余って肉はオージービーフ……?

父ちゃんの行為が白狐さまの封印に関係してるのは確かだった。


白狐さまは美貌を維持するために、生き物の生気と人間の信仰心を糧としていた。

人型にしてやった犬や猫から生気を集めて、体内に取り込んでゆく。銀器に捧げられた白精で、今日も白狐さまは「つるつる」で「ぴちぴち」の別嬪の「たまごはだ」になるのだった。


祠に封じられた白狐さまには酷な話だけど、狗神の父ちゃんは子孫を増やすために、日本中に散った狗神の末裔の雌と交尾をする。

おれの母ちゃんジョゼフィーヌも人型になれたりはしなかったが、何代か遡れば狗神の血統だったらしい。

母ちゃんに似てきたおれを見るのは、きっと白狐さまにとってはきついと思う。


どんなに遠くに行ってしまっても、長次郎は最後には自分の所に帰って来てくれる。白狐さまにとってそれは一番大切な心の拠り所だった。


成犬になれば、交尾の相手は本能でわかるらしいから、おれにもきっと狗神の血を引く「生涯の伴侶」を見つけることができるはずだと父ちゃんは言う。

おれの飼い主、夏輝の指の匂いがする雌が現れて、おれを悩殺する日が来るのだろうか。

父ちゃんみたいに、女を蕩けさせるテクニックで、おれはいつか港ごとの雌犬をあんあん言わす予定だ。

船乗りじゃないけど。


父ちゃんを待つだけの、悲しい白狐さまは、しどけなく開いた着物を合わせもせずにぼんやりとしている。

香を薫き染めた羽二重の白い着物の裾から、おれは時々頭を突っ込んであんあん言わそうとするのだけど、いつも叱られて未遂に終わっていた。


「おやこどんぶり」は、白狐さまのポリシーとして、絶対禁止なのだそうだ。

「親子どんぶり」って名前が付くくらいだから、きっとすごく美味しいはずなのに。


つまんね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。