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【第4話】星の図鑑と引き裂かれた約束


 (ふか)(うん)(かい)(そこ)から()()げる(つめ)たい(かぜ)も、(とう)(だい)(あつ)(かべ)(さえぎ)られれば、ただの(ここ)()よい(じゅう)(てい)(おん)()ぎない。


 (あたた)(なお)したスープを()()し、すっかりお(なか)()たしたノアは、()()(なが)()()(ちい)さな()(いき)()てていた。


 その(むな)(もと)では、(かの)(じょ)の『(ほん)』が(しゅ)(じん)(ねむ)りに()わせるように、(おだ)やかな(ひかり)(なみ)()(かえ)している。


 (さく)()から(つづ)いた調(ちょう)(りつ)(たび)()は、()まれたばかりの(こと)()(せい)(れい)である(かの)(じょ)(たましい)を、(たし)かに()()らせていたのだ。


 (わたし)(かの)(じょ)にそっと(もう)()()け、(みな)(そこ)(ゆう)便(びん)(きょく)から()(かえ)った、ポストの()(もの)(かざ)(だな)へと(なら)べた。


 これで、この(とう)(だい)()(おく)する『(さび)しさ』がまた(ひと)つ、(うつく)しい(かたち)()たことになる。


 (たな)(なら)()(ほう)(たから)(もの) たちが、(まど)から()(つき)(ひかり)()びて(ひそ)やかに(いき)づいていた。


(……けれど、(げん)(じつ)()()なく(さび)しさを()()(つづ)ける)


 (わたし)(ひと)()(しん)(ちゅう)(でん)()()(まえ)(こし)()け、(しず)かにその(とき)()っていた。


 ――ジリリリリリ!


 ()(かん)(どお)り、()(ぜん)(れい)()


 (おん)(ひび)く。


 (わたし)はノアを()こさないよう、すばやく(じゅ)()()()った。


 (みみ)(おく)()()んできたのは、ページが(はげ)しく()()()(すう)(かみ)(おと)


 そして、ツンとした(ふる)いインクの(にお)いと、(ほこり)っぽい(へい)(そく)(かん)だった。


 その(おく)から、(なに)かを(はげ)しく(のろ)うような、あるいは()(ぶん)()(しん)()()てるような、(わか)(もの)()(ころ)した()(ごえ)()()こえてくる。


 (むね)()きむしるようなその()(えつ)は、(あや)うい(やいば)のように(わたし)()(まく)()った。


(こん)()は……(がっ)(こう)、かしら」


「ん……(ばん)(にん)さん? もう、(つぎ)()()し……?」


 (もう)()をずらし、ノアが(ねむ)たげな()(こす)りながら()()がってきた。


 その(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)は、すでに(せま)()調(ちょう)(りつ)()(はい)(さっ)して、(かす)かに緊張(きんちょう)している。


「ええ。ノア、()こしてしまってごめんなさい。だけど、あまり(ゆう)()がなさそうなの。(はげ)しい(きし)みと、(みずか)らを(きず)つけるような(きょ)(ぜつ)(かん)じるわ」


「ううん、(だい)(じょう)()()きましょう、(ばん)(にん)さん。……その()が、()(ぶん)(こと)()(ちっ)(そく)して、しまう(まえ)に」


 ノアは(ちから)(づよ)(くび)()り、(あい)(ぼう)である(しろ)(ほん)をぎゅっと()きしめた。


――(げん)(じつ)()(かい)(しん)()の「()(りつ)(あお)()(こう)(こう)()(しょ)(しつ)」。


 (きょう)(かい)(もん)()けた(わたし)たちが(あし)()()れたのは、(げっ)(こう)だけが(たよ)りの、(きょ)(だい)(めい)(きゅう)のような()(しょ)(しつ)だった。


 だが、(なに)かが()(じょう)だった。


 規則(きそく)(ただ)しく(なら)んでいるはずの重厚(じゅうこう)(ほん)(だな)は、どれも(ちゅう)(おう)()かって()()(ぜん)(ゆが)み、(たな)(すき)()から(あふ)()した()(すう)の『()(へん)』が、まるで()()()(くろ)(とり)(むれ)のように、(てん)(じょう)(ちか)くをバタバタと()()()()()っている。


「ひどい……。(くう)()(ぜん)()、トゲトゲしているわ。(いき)をするだけで、(のど)(おく)()すように(いた)い」


 ノアが()(ぶん)(きゃ)(しゃ)(うで)をさすりながら(つぶや)いた。


 (げん)(じつ)()(かい)(よる)()(しょ)(しつ)()つ、あの(せい)(じゃく)()(せい)(やす)らぎはどこにもない。


 そこにあるのは、()(しゃ)を、そして()(ぶん)をも(よう)(しゃ)なく(きょ)(ぜつ)するような(えい)()(さっ)()()ちた(おり)だった。


()をつけて、ノア。この()()(かみ)(いち)(まい)(いち)(まい)に、()がれ()ちた(つよ)()(かん)(じょう)が、(やいば)のように()()いているわ。()れれば(こころ)()()かれる」


 (わたし)はランタンを(かか)げ、(あお)()周囲(しゅうい)()(くら)がりを()らし()した。


 部屋(へや)(さい)(おく)、もっとも()(あつ)()(てん)(がく)(じゅつ)(しょ)(やま)(かこ)まれた(どく)(しょ)スペースに、その孤独(こどく)(かげ)はいた。


 (せい)(ふく)()(ひと)()(だん)()(がく)(せい)が、(もく)(せい)(つくえ)()()して、(きょう)(らん)したように(かた)(はげ)しく(ふる)わせている。


 (かれ)周囲(しゅうい)では、(らん)(ぼう)(やぶ)られたノートの()(はし)(たつ)(まき)のように(げき)(りゅう)となって(うず)()いていた。


 その()(へん)には、(くろ)いインクで『どうして』『(やく)(そく)したのに』『(うら)()(もの)』という()()が、(かみ)()(やぶ)るほどの(ひつ)(あつ)で、(しつ)(よう)なほど(たい)(りょう)()(なぐ)られている。


(ぼく)が……(ぼく)が、あいつの()(みつ)を、あの約束(やくそく)(さい)()まで(だま)っていれば……! (ぜっ)(こう)なんて、あんな(つめ)たい()()られずに()んだのに! (ぼく)はただ、あいつを(たす)けたくて、()(おく)れになる(まえ)に、(せん)(せい)に……!」


 (しょう)(ねん)()()かれそうな()(きゅう)から、どす(ぐろ)(きり)()のように()()し、それが(くう)(ちゅう)(かみ)()(へん)()ざり()って()(すう)()()(やいば)()し、(あらし)となって(ほん)(だな)(なら)()(しょ)(しつ)(よう)(しゃ)なく()()いていく。


 (かれ)(こう)(かい)は、()(ぶん)()(どう)()に、世界(せかい)そのものを(きょ)(ぜつ)する(かべ)となっていた。


(しょう)(ねん)()()きなさい。あなたの(こえ)は、もう十分(じゅうぶん)にその()()()いているわ」


 (わたし)がランタンの(とも)()(たて)にしながら(いっ)()(まえ)(すす)むと、(しょう)(ねん)(はじ)かれたように(かお)()げ、その()(ばし)った(ひとみ)で、(にく)しみを()めてこちらを(するど)(にら)みつけた。


(だれ)だ!? ()るな! (だれ)(ぼく)()()ちなんて()かりっこないんだ! (ぼく)はあいつを(すく)いたかっただけなのに、結果(けっか)(てき)に、(いち)(ばん)(たい)(せつ)(やく)(そく)(やぶ)ったんだ! あいつの()(らい)を、(しん)(らい)を、(ぼく)がめちゃくちゃにしたんだよ! (ぼく)は……(すく)いようのない、(さい)(てい)(うら)()(もの)なんだ!」


 (しょう)(ねん)(きょう)(らん)した(さけ)びと(どう)()に、(くう)(ちゅう)(くる)ったように()っていた()(すう)()(へん)が、(いっ)(せい)()(さき)(とが)らせて、(わたし)たち()()けて(さっ)(とう)した。


(ばん)(にん)さん、(あぶ)ない!」


 ノアが(さけ)びながら(わたし)(まえ)(まよ)わず()()し、()(ぶん)の『(ほん)』を(ちから)(づよ)(ひら)いた。


 (かの)(じょ)(しろ)(ゆび)(さき)()(ばや)(くう)()ぐと、(ほん)(ページ)から(あふ)()した(ひかり)()()たちが(きょう)()な『()()(れつ)(たて)』を(かたち)(づく)り、()()せる(かみ)(やいば)をパチパチと()(ばな)()らしながら次々(つぎつぎ)(はじ)()ばしていった。


 しかし、(しょう)(ねん)(ない)(めん)から()()(ふか)(ざい)(あく)(かん)と、(きょう)()(ちか)()()(けん)()()ざり()った(とっ)(ぷう)は、(おとろ)えるどころか(ます)(ます)(はげ)しさを()していく。


「ノア、()()をしないで! (かれ)言葉(ことば)(やいば)正面(しょうめん)から()()かうのではなく、その(おく)(かく)された、(ほん)(とう)(ねが)いを()()くのよ!」


「やってる……っ! やってるのっ!でも、この()(こと)()は、(ぜん)()()(ぶん)(しょ)(けい)するための(やいば)(かたち)をしていて……(やさ)しく(つつ)もうとしても、(こころ)(ゆる)してくれないの! (ちか)づくだけで、()()()(めい)()げて(くだ)けちゃう……っ!」


 ノアの(あお)(ひとみ)(あせ)りの(いろ)()かび、(ひたい)(にじ)んだ(あせ)(げぅ)(こう)()れて(ひかる)


 (しょう)(ねん)の『(たい)(せつ)(ひと)との(やく)(そく)(やぶ)ってしまった』という(ぜつ)(ぼう)は、あまりにも(するど)く、()(ぶん)(くら)(から)(なか)()()めていた。


(かれ)は、(うら)()(もの)という(どろ)()(ぶん)()ることで、(ぎゃく)(とも)への(あがな)いとしようとしている。……でも、そんな(いた)ましい(のろ)いが、(かれ)(ほん)(とう)(のこ)したかった(おも)いのはずがないわ)


 (わたし)はランタンの(あお)()()つめながら、その(ひかり)(かす)かに()らし()した、(しょう)(ねん)(つくえ)(はし)()かれた(いっ)(さつ)(ちい)さな()(ぶつ)()()めた。


 それは、(かど)がすり()れた『(てん)(たい)()(かん)』だった。


 (ふる)びた()(かん)の、あるページにだけ()(づく)りの(しおり)(はさ)まっている。


 (げっ)(こう)(たよ)りにそのページを()かし()れば、そこには()()(よう)(ふた)()(ひっ)(せき)で、(ゆが)んだ(ほし)()と――『(いっ)(しょ)()(ちゅう)()(こう)()になろう』という、(じゅん)(すい)(らく)()きが(のこ)されていた。


(しょう)(ねん)! あなたが(やぶ)ったあの(やく)(そく)は、(ほん)(とう)にあの()(きず)つけるため、(うら)()るためのものだったの!?」


 (わたし)(りん)とした(しん)のある(こえ)が、()(しょ)(しつ)()()れる()(へん)(ぼう)(ふう)(いっ)()()()いた。


 (しょう)(ねん)(いっ)(しゅん)(いき)()んだように()(がま)えを(かた)くする。


「あの()が、一人(ひとり)(かか)えきれない(くる)しみのなかで、()(ちが)った(みち)(あゆ)(すす)もうとしていたから……だから、(きら)われることを、(ぜっ)(こう)されることを(わか)っていながら、それでもあの()生命(いのち)を、()(らい)(まも)るために、あなたは(なみだ)(なが)しながら大人(おとな)(つた)えたんじゃないの!? その『(てん)(たい)()(かん)』に(かわ)した、あの()(いっ)(しょ)()きるという(いち)(ばん)(たい)(せつ)(ほん)(とう)(やく)(そく)を、(まも)()くために!」


 その言葉(ことば)が、(しょう)(ねん)(かた)くなな(こころ)(もっと)(もろ)(よわ)部分(ぶぶん)()(すぐ)ぐに(とど)いた。


 (はげ)しく(あれ)(くる)っていた()(へん)(うず)が、まるで魔法(まほう)()けたかのようにピタリと(うご)きを()めた。


 そして、意思(いし)(うしな)った(かれ)()のように、ハラハラと、トツトツと(ゆか)()ちていく。


「あ……あ、あ……」


 (しょう)(ねん)(のど)から、()(ころ)した、(ちい)さな(こえ)()れた。


 (かれ)()(ぶん)()()つめ、それから(つくえ)(うえ)()(かん)()(せん)()とす。



(ぼく)は、あいつに……()えてほしくなかったんだ。あいつが(ひと)()(ぜん)()()()って、(こわ)れていくのを、(だま)って()てるなんてできなかった。(きら)われても、あいつが()きていてくれれば……またいつか、あの(ほし)()()()るかもしれないって。あの(とき)は、そう(おも)うしか……これしか(ほう)(ほう)が、なかったんだ……っ!」


 (しょう)(ねん)()から、これまで(いか)りと(かた)なな(きょ)(ぜつ)(せき)()めていた(なみだ)が、(おお)(つぶ)(しずく)となって(あふ)()した。


 (しずく)(もく)(せい)(つくえ)にポタポタと(くろ)()みを(つく)っていく。


 その(なみだ)は、(かれ)()(ぶん)(しば)()けていた『(うら)()(もの)』という(こく)(のろ)いを、(やさ)しく、(しず)かに(あら)(なが)していくようだった。


()えた……! 本当(ほんとう)に、(ふか)くて(あたた)かい……この()(いのち)がけで(のこ)したかった、不器用(ぶきよう)な『(まも)りたかった』という(いの)りの(こと)()が!」


 ノアが(かん)()(ひとみ)(かがや)かせ、(ひら)いた(ほん)()けて(りょう)()(たか)(かか)げた。


 すると、(ゆか)()らばっていた(うす)(よご)れた()(へん)から、(みにく)(くろ)いインクの(のろ)いが(よう)(えん)のように()()り、()わりに、(しん)()()(ぞら)(かがや)(ほし)(ぼし)のような、(うつく)しく(きらめ)(ぐん)(じょう)(いろ)()()(いっ)(せい)()かび()がる。


 それは、(とも)(おも)うがゆえに(どろ)(かぶ)ることを(えら)んだ、(しょう)(ねん)(じゅん)(すい)な『(しん)(あい)』そのものの結晶(けっしょう)だった。


(ばん)(にん)さん、この()(おも)いを……その(とうと)()に!」


「ええ、(ひと)文字(もじ)()らさずに()()るわ!」


 (わたし)はランタンのガラスケースを()(ぎわ)よく()()げ、ノアが()(ごころ)()めて(つむ)()した(ぐん)(じょう)(いろ)(ひかり)(こと)()を、その(あお)(ほのお)へと(いざな)()れた。


 ――ガゥッ、と()(いきお)いよく()()がる。


 (つめ)たかった(あお)(ほのお)は、(しょう)(ねん)(あつ)(なみだ)(おも)いを()って(しゅん)()巨大(きょだい)(ふく)らみ、まるで(いち)(ばん)(うつく)しい(ゆう)()れの(たい)(よう)のように、どこか(さび)しげでありながらも、(こお)りついた(こころ)(しん)から(あたた)める「()(はく)(いろ)(とも)()」へと(あざ)やかに姿(すがた)()えた。


「あなたの(うら)()りは、あの()(そこ)のない(くら)(やみ)から(すく)()すための、(ほん)(もの)(やさ)しさ。(だれ)()めても、この(とも)()だけは、あなたを(ゆる)し、(たた)えるわ」


 (わたし)はノアが(あつ)めてくれた(こと)()(しん)(じつ)を、()(ぶん)(こえ)()せて、(つつ)()むような()(あい)()めて(かた)りかけた。


 そして、()(しょ)(しつ)隅々(すみずみ)まで(とど)くように、()(はく)(いろ)(ほのお)(ひかり)()(ぜん)(かか)げた。


 (あたた)かな(ひかり)波動(はどう)が、(つくえ)()()して()(くず)れる(しょう)(ねん)身体(からだ)を、お(かあ)さんの()のように(やさ)しく(つつ)()んでいく。


 (かれ)()(なか)から()えず()()していた(くろ)(きり)()(さん)し、()(もん)()ちていた表情(ひょうじょう)から(けわ)しさが()え、まるで(なが)(あく)()から(かい)(ほう)されたかのような、(おだ)やかな()(がお)へと()わっていった。


 同時(どうじ)に、(ゆか)(かべ)()()くしていた()(すう)()(へん)が、サラサラと(ひかり)(りゅう)()となって(くだ)け、(てん)(じょう)へと()()がっていく。


 それはまるで、(よる)()(しょ)(しつ)(なか)(あらわ)れた(まん)(てん)(ほし)(ぞら)のようだった。


 (しょう)(ねん)たちが『(てん)(たい)()(かん)』を()()げながら(ゆめ)()た、あの(ほし)(まばた)きが、いま、(かれ)(こころ)(すく)いの(しょう)(めい)として部屋(へや)(うつく)しく(いろど)っているのだ。


 (つぎ)(しゅん)(かん)(ここ)()よい(よる)(かぜ)()(しょ)(しつ)()()け、(くる)おしく(ゆが)んでいた(もく)(せい)本棚(ほんだな)は、何事(なにごと)もなかったかのように(もと)(ただ)しい姿(すがた)へと(もど)っていった。


 (しょう)(ねん)(げん)(えい)は、その(ほし)(ひかり)(なか)へと(しず)かに()けるように()()り、(だれ)もいなくなった(つくえ)(うえ)には、(ちい)さな『(ほし)(かたち)をした(もく)(せい)()(まわ)しオルゴール』だけが、ぽつんと(しず)かに(のこ)されていた。


 ()(はく)(いろ)(ひかり)(おだ)やかに(おさ)まり、(あらし)()った()(しょ)(しつ)には、いつもの(せい)(じゃく)だけが(もど)っていた。


 あの(はげ)しかった文字(もじ)(やいば)も、(いま)はノアの「(しろ)(ほん)」のなかで、(やさ)しい(ひかり)(つぶ)となって(ねむ)っている。


「……よかった」


 ノアの(くちびる)から、ほっとしたような(ちい)さな()(いき)()れた。


 けれど、その(きゃ)(しゃ)身体(からだ)限界(げんかい)(むか)えたように(おお)きく()らぎ、(わたし)(とつ)()彼女(かのじょ)(ほそ)(かた)()()めた。


 ()まれたばかりの言葉(ことば)(せい)(れい)である彼女(かのじょ)(たましい)は、この()(こく)調(ちょう)(りつ)(たび)()で、|さらに(ふか)()()れていた。


 その(ささ)えた()(さき)から、ノアの記憶(きおく)(かけ)()が、(あわ)(ひかり)となって(わたし)(こころ)(なが)()んできたのは、その(とき)だった。


 それは、彼女(かのじょ)があの(がら)()(ゆり)(かご)()(さま)す、ほんの(すこ)(まえ)景色(けしき)――。


 ノアは、ただ自然(しぜん)()まれた存在(そんざい)ではなかった。


 この世界(せかい)のどこかで、(だれ)にも(とど)くことなく()()ろうとしていた、ある(やさ)しい「(いの)り」の(こと)()――その最後(さいご)(ひと)(しずく)(あつ)まって、ひとりの(しょう)(じょ)姿(すがた)(むす)んだのだ。


 (だれ)かを(あい)し、(すく)いたいと(ねが)いながらも、ついには(とど)かなかった(せつ)ない(いた)み。


 その(いの)りから()まれた彼女(かのじょ)だからこそ、自分(じぶん)(たましい)(けず)ってでも、(あれ)(くる)(こと)()たちを(つね)(やさ)しく(つつ)()むことができるのだろう。


「ノア……」


 (いと)おしさと、(むね)()()けるような(せつ)なさに(ふる)えながら、(わたし)(ねむ)りそうな彼女(かのじょ)をそっと(うで)のなかに()()げた。


 (つくえ)(うえ)(のこ)された、少年(しょうねん)(こころ)結晶(けっしょう)であるオルゴールを大切(たいせつ)にポケットへとしまい、(わたし)たちは、ひとまず(やす)らぎの(いえ)である(とう)(だい)へと(かえ)ることにした。


(だい)5()(つづ)く。




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