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【第2話】寂しさを言葉に、星空に還る遊園地


(ねむ)ることのない(よる)(そこ)に、(しず)かな(あさ)(おとず)れた。


 ()(かい)(きょう)(かい)(せん)(うえ)()つこの(とう)(だい)には、(げん)(じつ)()(かい)のようなまぶしい(たい)(よう)(のぼ)らない。


 ただ、(まど)(そと)(ふか)(ぐん)(じょう)(いろ)(やみ)が、(すこ)しずつ(あわ)(うす)(むらさき)(いろ)(きり)へと()まっていくだけ。

 

 それが、この()(しょ)における「(あさ)」の(あい)()だった。


 (わたし)(ひと)(ばん)(じゅう)(しん)(ちゅう)(せい)のランタンに(あお)()(とも)(つづ)けていた。


 そのせいか、()()みやすい(わたし)(ゆび)(さき)には、まだ(かす)かなぬくもりが(のこ)っている。


 (いっ)(かい)()()()りると、そこにはもう(せん)(きゃく)がいた。


 (さく)()(がら)()(ざい)()()(かご)から()()めた(しょう)(じょ)――ノアが、(ふる)びた(もく)(せい)(まる)()()にちょこんと(こし)()けていた。


 (かの)(じょ)(つや)やかな(くろ)(かみ)は、(うす)(むらさき)(いろ)(ちょう)(こう)()びて、(しず)かな(こう)(たく)(はな)っている。


 その()(もと)には、いつの()にか(いっ)(さつ)()(しろ)(ほん)(ひら)げられていた。


 (かの)(じょ)(しろ)(ほそ)(ゆび)(さき)でそっと(ちゅう)をなぞると、(くう)(かん)から(あわ)(はつ)(こう)する()()(あふ)()し、インクも使(つか)わずにその(しろ)いページへと()()まれるように、トントンと(つら)なって()(ろく)されていく。


「あ、おはよう、(ばん)(にん)さん」


 ノアは(ゆび)(さき)()め、(わたし)()てはにかむように(ほほ)()んだ。


「おはよう、ノア。もう(たい)調(ちょう)(だい)(じょう)()(さく)()はかなり()()をさせてしまったから、(しん)(ぱい)していたの」


「ええ、(へい)()よ。あなたの(とも)()(あたた)かかったから、(わたし)()()()()いたわ。(いま)はこうして、()(かい)から(こぼ)()ちてくる『(わす)れられた(こと)()』を(すこ)しずつ(ひろ)(あつ)めているの」


 (かの)(じょ)(いとお)しそうに(ほん)のページを()でた。


 そこには、(さく)()(わたし)たちがそっと()()めた、あの(はげ)しい()()(かたまり)――かつて(だれ)かが(いだ)き、そして()いていくしかなかった(せつ)ない()(れん)(こと)()たちが、(しず)かな()のようにならんでいた。


(わたし)たちは、()()うべくして()()った……ノアは(きの)()、そう()ってくれたわね」


 (わたし)(かの)(じょ)()かい(がわ)(こし)()け、(さく)()からずっと()になっていたことを(たず)ねてみた。


(わたし)()と、あなたの()()。それが()わさることで、あの(はげ)しい(かたまり)がすうっと()()った。それって、どういう()()みなのかしら」


 ノアは(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)(すこ)しだけ(ほそ)め、(まど)(そと)(きり)()つめた。


(わたし)(ちから)は、()(かい)(あふ)れる()(おく)(かん)(じょう)を『()()』として(かたち)にすること。でも、それだけだと、()()はたくさんの(ひと)(おも)いを()いすぎて、(おも)くなりすぎてしまうの。(さく)()のように、()()をなくして(ぼう)(そう)してしまうくらいにね」


 (かの)(じょ)(いち)()(こと)()区切(くぎ)り、(わたし)()(もと)にあるランタンを(ゆび)()した。


「だけど、あなたの(とも)()は、それらの(おも)すぎる()()(つつ)()んで、(じゅん)(すい)な『(ねつ)』へと(かえ)すことができるの。つまり、(わたし)(ひろ)()げた(こと)()を、あなたの()(やさ)しく()きしめて、あるべき()(しょ)(おく)()す。だから、(ふた)()(ひと)つというわけ」


「なるほどね……。(こと)()を、()()べるのね」


 これまでは、ただ(まよ)える(たましい)(みち)(しるべ)になるだけだった(わたし)(とも)()


 それが(かの)(じょ)(そん)(ざい)によって、()(かい)(あふ)れるさまざまな(おも)いを「()()める」ための(おお)きな(ちから)へと()わった。


 その()(じつ)に、(わたし)()()()(いとお)しさと、それ()(じょう)(せき)(にん)(かん)じていた。


 その(とき)だった。


 ジリリ、と()()(すみ)()かれた(ふる)(しん)(ちゅう)(でん)()()が、けたたましい(おと)()てて()(ひび)いた。


 この(でん)()()(とき)は、(げん)(じつ)()(かい)で「(だれ)かの(おも)いが(おお)きく(あふ)()している」という(あい)()だ。


 (わたし)(じゅ)()()()って(みみ)()てると、(げん)(じつ)()(かい)(ざつ)(おん)()ざって、()(すう)(ひと)(たの)しそうな(わら)(ごえ)、それから、それを()()くような(さび)しい()(ごえ)が、(すな)(あらし)のようなノイズと(とも)()こえてきた。


「ノア、お()(ごと)みたい。(げん)(じつ)()(かい)とこの(きょう)(かい)(はざ)()で、(さび)しがっている()(おく)があるわ」


 ノアはしっかりと(うなず)き、(すわ)っていた()()から()()がった。


 その(しろ)()(ふく)が、(しず)かな(けつ)()(かす)かに()れる。


()きましょう、(ばん)(にん)さん。(わたし)(ほん)が、(つぎ)(まよ)()()んでいるわ」



――(げん)(じつ)()(かい)()(ほう)()()(かた)(すみ)にある「(はい)(ゆう)(えん)()」。


 (わたし)たちは(きょう)(かい)(もん)(とお)り、その()(しょ)()()った。


 (しゅう)()(げん)(じつ)()(かい)のはずなのに、(なに)かがおかしかった。


 (そら)はどんよりとした(はい)(いろ)(よど)み、(くう)()(みょう)(なま)(あたた)かく、まるで(だれ)かの「()(ねつ)」の(なか)(まよ)()んでしまったかのような、(むね)がそわそわする()(ゆう)(かん)があった。


 (さび)ついた(かん)(らん)(しゃ)やメリーゴーランドの(あし)(もと)には、まるで(おも)たい(どろ)のような「(くろ)(きり)」が()()()めている。


(くう)()がお(はだ)にまとわりつくみたい……。(さび)しさが、ここに()まってしまっているのね」


 (わたし)はロングコートの(えり)()わせ、ランタンの()をほんの(すこ)(つよ)くした。


 (あお)(ひかり)(わたし)たちの(しゅう)()(くろ)(きり)(やさ)しく()(かえ)すが、(きり)(おく)からは、(だれ)かに()づいてほしいような、()(ころ)した()(すう)()(はい)(かん)じる。


()()けて、(ばん)(にん)さん。ここは、ただの(いや)()(しょ)じゃないわ」


 ノアは(ほん)(むね)()()めながら、(しゅう)()をそっと()(まわ)した。


「たくさんの(ひと)の『(たの)しかったお(おも)()』と、それが()わってしまったことへの『(はな)れたくないという(しゅう)(ちゃく)』が()ざり()っているの。この()(しょ)(へい)(えん)した(とき)の、(まち)(ひと)たちの『もっとここにいたかった』という(つよ)(あい)(ちゃく)が、ここで(おお)きな(おり)になっているのね」


 その(こと)()(おう)じるように、(はい)(ゆう)(えん)()(おく)から、キィ……キィ……と(さび)ついた(きん)(ぞく)(おん)(ひび)いてきた。


 (くろ)(きり)(ちゅう)(おう)(あつ)まり、(おお)きな(かたち)(つく)っていく。


 それは、かつて()(ども)たちを()せて(はし)っていたであろう「(ちい)さな()(しゃ)()(もの)」の(かたち)をしていた。


 しかし、その(しゃ)(たい)からは()(すう)(くろ)(かげ)(しょく)(ぶつ)(つる)のように()び、(しゃ)(りん)()わりに(ゆが)んだ()()(かたまり)(ひっ)()(うごめ)いている。


『おいていかないで』


『もっとあそびたかった』


『どうして、なくなっちゃうの?』


 ()(しゃ)(しゅう)()()かぶ()()は、()(ども)たちの(じゅん)(すい)ゆえに(はげ)しい、(かな)しみの(こと)()だった。


 それらは(にく)(かい)(ぶつ)などではなく、ただ、()いていかれた(さび)しさに()(さけ)(こころ)姿(すがた)そのものだった。


「ノア、あの(こと)()()()めるわよ! (じゅん)()はいい?」


「ええ、いつでも!」


 ノアが(ほん)(ひら)くと、(かの)(じょ)(ゆび)(さき)から、まばゆい(きん)(いろ)()()次々(つぎつぎ)(つむ)()された。


 その()()は、()(しゃ)(しゅう)()(うず)()(かな)しみの(こと)()たちを、そっと(なだ)めるように(つつ)()んでいく。


 しかし、(こん)(かい)(おも)いは(そう)(ぞう)()(じょう)(おも)く、()(ふか)いものだった。


 ()(しゃ)は「まだここにいたい!」と(さけ)ぶような(はげ)しい()()りを()げ、ノアの()()(ちから)(まか)せに(はじ)()ばした。


 (くろ)(きり)(なみ)(しゅう)()()()れ、(わたし)たちは(おも)わず(あし)(もと)をすくわれそうになる。


「くっ……! (おも)いがそれだけ(きょう)(れつ)なのね……!」


(ばん)(にん)さん、(こと)()(ひょう)(めん)だけじゃ(おさ)えきれない! もっと、この()(しょ)(ほん)(とう)(かか)えている『(いち)(ばん)(ふか)(おも)い』を(つか)まないと……!」


 ノアの(ひたい)に、うっすらと(あせ)がにじむ。


 (かの)(じょ)(ゆび)(さき)が、(かん)(じょう)(おも)さに()えかねて(がら)()のように(はげ)しくきらめき、(いま)にもパチンと(くだ)けてしまいそうだった。


 このままでは、(かの)(じょ)(から)()(ひと)(びと)(つよ)(しゅう)(ちゃく)()まれてしまう。


(なに)か、この(こころ)()きほぐすための(かぎ)があるはず。この(ゆう)(えん)()が、(ほん)(とう)にここに(のこ)していったものは何かしら?)


 (わたし)はランタンを(かか)げながら、(ひつ)()(しゅう)()()(しき)()()った。


 (くろ)(きり)(すき)()から、(さび)ついた()(しゃ)(しゃ)(たい)に、(うす)れて()えかけた「()()」が()えた。


 それは、かつてこの(ゆう)(えん)()(つく)った(ひと)、ここで(はたら)いていた(ひと)が、(おとず)れる(ひと)(びと)()けて(きざ)んだ、(ふる)(しん)(ちゅう)のプレートだった。


「ノア! あの(しゃ)(たい)(した)(かく)れている()()()んで! あそこに、みんなの(おも)いの(しゅっ)(ぱつ)(てん)があるわ!」


「わかった……! あっ()える、()えるわ!」


 ノアは(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)(げん)(かい)まで()(ひら)き、(はげ)しく(あば)れる()(しゃ)(あし)(もと)をじっと(ぎょう)()した。


 (かの)(じょ)(のう)()に、かつてこの()(しょ)(ひかり)()(あふ)れ、たくさんの()(がお)()たされていた(ころ)(こう)(けい)(なが)()んでいく。


 それは、「()わるのが(さび)しい」と(おも)うほどに、ここで(すご)した()(かん)(しあわ)せだったという、()てしない「(いとお)しさ」の()(おく)だった。


「……(つか)まえた!」


 ノアが(さけ)ぶと(どう)()に、(かの)(じょ)(ほん)から、これまでにないほど(やさ)しく、ぽかぽかと(あたた)かい(ひかり)(はな)(いち)(れん)()()(れつ)()()した。


(ばん)(にん)さん、これを()()って! あなたの()に!」


「ええ、まかせて!」


 (わたし)はランタンの(ふた)()け、ノアが(つむ)いだ「(さい)()(こと)()」を、その(あお)(ほのお)へと(むか)()れた。


 ()(いきお)いよく()()がる。


 (あお)(ほのお)(しゅん)()(おお)きく(ふく)らみ、(ゆう)()(どき)(たい)(よう)のように、どこか(さび)しげでありながらも(しん)から(あたた)かい「(あかね)(いろ)」へと姿(すがた)()えた。


「――ありがとう、たくさんの(おも)()を」


 (わたし)はノアの(こと)()()(ぶん)(こえ)()せて(やさ)しく(かた)りかけ、(とっ)(しん)してくる(きょ)(だい)()(しゃ)(むか)()つように、(あかね)(いろ)(ほのお)(ひかり)()(ぜん)(かか)げた。


 (ひかり)()(しゃ)(やわ)らかく(つつ)()む。


 (つぎ)(しゅん)(かん)(はげ)しい()()りは(うそ)のように()み、(ゆう)(えん)()(ぜん)(たい)(つつ)んでいた(なま)(あたた)かい()(ねつ)は、(いっ)()清々(すがすが)しい(あき)()(かぜ)のような(すず)しさへと()わっていった。


 (くろ)(きり)はサラサラと(くず)()ち、そこから()(すう)(ひかり)(りゅう)()()()がる。


 それは、ここで()いていた「もっと(あそ)びたかった」という(しゅう)(ちゃく)が、(ほん)(らい)の「(たの)しかった」という(じゅん)(すい)(おも)()(もど)った姿(すがた)だった。


 それらは(そら)へと(のぼ)り、(よど)んでいた(はい)(いろ)(そら)を、(まん)(てん)(ほし)(ぞら)へと()えていく。


 (おお)きな()(しゃ)姿(すがた)()し、そこにはただ、(ちい)さな、(ふる)びたおもちゃの()(しゃ)だけが、ぽつんと()(めん)(のこ)されていた。


「……()わったわね、ノア」


 (わたし)(ふか)(いき)()()し、(あかね)(いろ)から(もと)(しず)かな(あお)へと(もど)ったランタンを()つめた。


「ええ。とても(あたた)かい(こと)()だった。(さび)しかったのは、それだけあの()(しょ)(だい)()きだったからなのね」


 ノアはそっと(あゆ)()り、()(めん)(のこ)されていたおもちゃの()(しゃ)(やさ)しく(ひろ)()げた。


 その(ひょう)(じょう)には、(はげ)しい(たたか)いの(あと)だというのに、(だれ)かの(たい)(せつ)(たから)(もの)(まも)()いたような(おだ)やかさがあった。


 (かの)(じょ)(ひら)いている(ほん)()ると、(あたら)しく調(ちょう)(りつ)された(ゆう)(えん)()()(おく)が、(うつく)しい(おう)(ごん)()()でしっかりと(きざ)まれていた。


「この(まち)(ひと)たちの(おも)いは、もう(だい)(じょう)()(かたち)のある()(しょ)がなくなっても、(むね)(なか)(たの)しかった()(おく)は、()えずに(のこ)(つづ)けるわ」


 ノアは(ほこ)らしげに、けれど(やさ)しく(ほほ)()んだ。


 その姿(すがた)は、(さく)()()()ったばかりの(はかな)げな(しょう)(じょ)ではなく、(ひと)(こころ)()()う「(とも)()(ばん)(にん)」の(たの)もしいパートナーそのものだった。


(かえ)りましょう、ノア。(わたし)たちの(とう)(だい)へ」


「ええ、(ばん)(にん)さん。なんだかお(なか)()いちゃった。(とう)(だい)(もど)ったら、(なに)()()しいものでもあるかしら?」


「ふふ、(かん)(たん)なものなら、(わたし)(つく)ってあげるわ」


 (わたし)たちは()()け、(ふたた)(きょう)(かい)(もん)へと(ある)()した。


 (はい)()では、(あたら)しく調(ちょう)(りつ)された(うつく)しい(ほし)(ぞら)が、(わたし)たちの()()(みち)(しず)かに()らしてくれていた。


 ()(どく)だった(わたし)(たび)()に、ノアという(たし)かな(ひかり)(くわ)わった。


 (だれ)かの(さび)しさや、()()れない(おも)いは、これからも()(かい)(あふ)(つづ)けるだろう。


 けれど、それらは(けっ)して(にく)(わる)(もの)などではない。


 (かの)(じょ)(つづ)()()と、(わたし)(とも)()があれば、どんな(ふか)(やみ)(そこ)からでも、その(いとお)しい(おも)いをすくい()げ、(しず)かに()きしめることができるのだから。


 (げん)(じつ)()(かい)()(ねつ)(あと)にしながら、(わたし)たちは()(ぶん)たちの(いとお)しい()()へと(かえ)っていく。


 (ふた)()(ばん)(にん)(つむ)(もの)(がたり)は、まだ(はじ)まったばかりだった。



(だい)3()(つづ)く。




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