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【第1話】硝子細工の揺り籠


 ()(かい)から(かん)(ぜん)()(はな)されたかのような、(ふか)(よる)(そこ)だった。


 かつて(むね)(おく)()てつかせていた「あの(ひと)()きでいて」という(のろ)いのような(こと)()は、(いま)はもう、(うつく)しい(ひょう)(しょう)(おも)(かげ)となって(しず)かに(むね)(おく)(ねむ)っている。


 すべての()(れん)(けつ)(べつ)し、(わたし)は、あの(ぎん)(ぱつ)(せい)(ねん)(おな)じ「(とも)()(ばん)(にん)」としての(やく)(わり)(けい)(しょう)していた。


 ()(かん)()まった(はざ)()()(かい)で、(まよ)える(たましい)や、(ゆが)んでしまった()(かい)(ことわり)調(ちょう)(りつ)する(そん)(ざい)


 それこそが、(いま)(わたし)(あた)えられた(あたら)しい宿(しゅく)(めい)だった。


 (わたし)(かん)()する「(とう)(だい)」と()ばれる(ふる)(よう)(かん)(まど)(そと)には、()てしない(やみ)と、(とき)(おり)きらめく(ほし)()(へん)のような()(おく)(おり)(ひろ)がっている。


 その(よる)(やかた)(さい)()(そう)にある「(きょう)(かい)(もん)」の()(りん)が、(ひく)く、重々(おもおも)しく()(ひび)いた。


 ()(りん)()るということは、この()(かい)(ことわり)からこぼれ()ちた「(なに)か」が、(わたし)(とも)()(もと)めて辿(たど)()いたことを()()している。


 (わたし)(ふか)(ぐん)(じょう)(いろ)のロングコートの(そで)(うで)(とお)し、(しん)(ちゅう)(せい)のランタンに(ちい)さな(あお)()(とも)した。


 この()だけが、()(かい)(ざつ)(おん)(しゃ)(だん)し、(わたし)という(そん)(ざい)(きょう)(かい)(やみ)(つな)()めてくれる(ゆい)(いつ)(みち)(しるべ)だった。


 (なが)()(せん)(かい)(だん)()り、()(あつ)(てつ)(とびら)()ける。


 (れい)()(あし)(もと)をかすめた。


 そこは、(げん)(じつ)()(かい)(はざ)()をつなぐ「(なみ)()(ぎわ)」のような()(しょ)だ。


 (もん)(まえ)(ひろ)がっていたのは、(ふか)(きり)


 そして、その(きり)()こう(がわ)に、ぽつんと()かれた()(みょう)なものが()(かい)()()んできた。


 それは、(きょ)(だい)(とり)(かご)のようでもあり、(せん)(さい)()(かご)のようでもある、すべてが(とう)(めい)な「(がら)()(ざい)()(うつわ)」だった。


「これは……」


 ランタンの(ひかり)(ちか)づけると、(がら)()(ひょう)(めん)(ほどこ)された(ふく)(ざつ)(ちょう)(こく)が、(あお)(ほのお)(はん)(しゃ)して(あや)しくきらめいた。


 ()(けい)()(ぐるま)や、(つる)(しょく)(ぶつ)のモチーフが(から)()うその()(かご)(なか)に、(だれ)かが(よこ)たわっているのが()える。


 (わたし)(いき)()んだ。


 そこにいたのは、(いち)(まい)(かい)()のように(うつく)しい、ひとりの(しょう)(じょ)だった。


 (ねん)(れい)(じゅう)()(ろく)(さい)ほどだろうか。


 (よる)(やみ)をそのまま()かし()んだかのような(つや)やかな(くろ)(かみ)が、(とう)(めい)(がら)()(ゆか)(ひろ)がっている。


 ()(まと)っているのは、()()ての()い、しかしどこか()(だい)がかった(しろ)()(ふく)だった。


 (かの)(じょ)(かん)(ぜん)()(しき)(うしな)っており、(なが)(まつ)()()(どう)だにしない。


 ただの(まよ)(びと)ではないことは(ひと)()(わか)った。 


 (かの)(じょ)身体(からだ)(しゅう)()には、()(すう)の「()()」が、まるで()()()(ほたる)のように(あわ)(はつ)(こう)しながら()(ゆう)していたからだ。


 ()れれば(こわ)れてしまいそうな(がら)()()(かご)


 (わたし)(しん)(ちょう)にランタンを()き、(ゆび)(さき)でその(とう)(めい)(ふた)()れた。


 カチリ、と()(かい)(びょう)(しん)(ふたた)(うご)()すような(おと)が、(わたし)(のう)()(ちょく)(せつ)(ひび)く。


 (つぎ)(しゅん)(かん)(しょう)(じょ)(ひとみ)(しず)かに(ひら)いた。


 それは、(ふか)(うみ)(そこ)(おも)わせる、どこまでも()んだ、けれど(かん)(じょう)()()ちた(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)だった。


 (かの)(じょ)()(せん)(さま)()わせることなく、まっすぐに(わたし)(かお)()つめてきた。


「……ここは、どこ?」


 (すず)(ころ)がすような、けれどひどく(かわ)いた(こえ)だった。


「ここは『(とう)(だい)』。()(かい)(きょう)(かい)(せん)(うえ)にある()(しょ)です。あなたはどこから()たの?」


 (わたし)()いかけに、(しょう)(じょ)はゆっくりと(じょう)(たい)()こした。


 (かの)(じょ)(うご)きに()わせて、(しゅう)()()(ゆう)する()()たちが、()(もん)のように(ひろ)がっては()える。


()からない。(わたし)は……ただ、()()(つづ)っていた。()(かい)のあちこちで(こぼ)()ちる、(だれ)かの()(おく)や、(だれ)かの(かん)(じょう)を、(ひろ)(あつ)めて、(ほん)にするために」


 (かの)(じょ)()(ぶん)(しろ)(ほそ)(ゆび)(さき)を見つめた。


 その(ゆび)(さき)は、まるで(がら)()でできているかのように、わずかに(ひかり)(とう)()させているように()えた。


()(まえ)は?」


「……ノア。(わたし)()(まえ)は、ノア」


 ノア。その()(はつ)した(しゅん)(かん)(かの)(じょ)(はい)()(くう)(かん)(ゆが)み、()(かい)(いっ)(ぺん)した。


 ゴォーーーと(はげ)しい(かぜ)(おと)(とどろ)く。


 いや、それは(かぜ)(おと)ではなく、(すう)(ひゃく)(すう)(せん)もの(ひと)(ささや)(ごえ)(いっ)(せい)(うず)()き、()(まく)(はげ)しく()さぶる()()()()()りだった。


 (しょう)(じょ)()(しき)()(もど)したことで、(かの)(じょ)がこれまで()()んできた()(かい)()(おく)が、(いっ)()(ぼう)(そう)(はじ)めたのだ。


 (がら)()()(かご)が、パキパキと(おと)()ててひび()れていく。


 (しゅう)()(やみ)から、(くろ)(かげ)のような()(けい)のモノたちが次々(つぎつぎ)姿(すがた)(あらわ)した。


 それは、(ひと)(びと)の「(つた)えられなかった(おも)い」や「(ゆが)んだ()(れん)」が(じっ)(たい)()した、(きょう)(かい)(かい)(ぶつ)たちだった。

 

 それらはノアが()(きょう)(だい)()(おく)(ちから)()()せられ、(かの)(じょ)()らおうと(さっ)(とう)してくる。


(あぶ)ない!」


 (わたし)(さけ)び、(あし)(もと)()いていた(しん)(ちゅう)のランタンを(かか)げた。


 (あお)()が、(わたし)()()(おう)じるように(おお)きく()(さか)る。


(わたし)(うし)ろへ!」


 (わたし)はノアの(まえ)()ち、(せま)()(くろ)(かげ)()けてランタンの(ひかり)(はな)った。


 (あお)(ほのお)(こう)(せん)(やみ)()()き、(かい)(ぶつ)(せん)(たん)()(はら)う。


 しかし、()(けい)(かず)はあまりにも(おお)かった。


 さまざまな(ひと)(うら)み、(かな)しみの(なみだ_)(はげ)しい(いか)り――それらが(にご)った(きょ)(だい)(おお)(なみ)となって、(しん)(まい)(ばん)(にん)である(わたし)(ちい)さな(とも)()(まる)ごと()()もうと、()(まえ)まで(せま)ってくる。


 ランタンを()(わたし)(うで)が、その(じゅう)(あつ)(かす)かに(ふる)えた。


(くっ……、この(かず)(ゆが)みを、(ひと)()(おさ)()むのは……!)


 その(とき)(はい)()から(つめ)たく、けれど(りん)とした()(はい)(ちか)づいてくるのを(かん)じた。


(とも)()(ばん)(にん)。あなたの()は、(じゅん)(すい)すぎる」


 ノアの(こえ)だった。


 (かの)(じょ)はいつの()にかひび()れた()(かご)から()()がり、(わたし)のすぐ(となり)(なら)んでいた。


 (かの)(じょ)(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)には、(きょう)()(いろ)など()(じん)もなかった。


 ただ、()()めた(ほこ)りのようなものが、その(ちい)さな身体(からだ)から()()がっている。


(わたし)()()を、あなたの()()べて。そうすれば、あの(ゆが)みたちを(もと)の『(かたち)』へと(かえ)すことができる」


(わたし)()に、あなたの()(おく)を……?」


「ええ。(わたし)たちは、()()うべくして()()ったのよ」


 ノアは(ちゅう)(ちょ)することなく、(みずか)らの()のひらを(わたし)のランタンにかざした。 


 (かの)(じょ)(ゆび)(さき)から、(はつ)(こう)する()(すう)()()(あふ)()し、ランタンの(あお)(ほのお)へと()()まれていく。


 その(しゅん)(かん)(ほのお)(いろ)が、(しず)かな(あお)から、まるで(よる)(そら)(あざ)やかに(いろど)るオーロラのように、(いく)()もの(いろ)()ざり()(げん)(そう)(てき)(かがや)きへと(うつ)()わった。


調(ちょう)(りつ)を――」


 ノアが(しず)かに(つぶや)くと(どう)()に、(わたし)はランタンを(おお)きく()()いた。


 ()()せていた(くろ)(かげ)たちは、その(きょく)(さい)(しょく)(ひかり)()れた(しゅん)(かん)()(めい)()げるのではなく、まるで(すく)われたかのように(しず)かに(ゆう)(かい)していった。


 ()(まく)()さぶっていた(はげ)しい(おと)がピタリと()んだ。


 あたりに(ひび)くのは、(ふる)(ほん)のページがパラパラと(しず)かにめくれているような、(みみ)(ここ)()よい()んだ(おと)だけだった。


 (くろ)(かげ)(かたまり)だったものは、すべて、きらきらと(かがや)くきれいな「(こと)()」へと姿(すがた)()え、(よる)(そら)へとゆっくりと()()んでいく。


 (あた)りに、しんとした(せい)(じゃく)(もど)ってきた。


 (わたし)(かた)(おお)きく(いき)をしながら、()()ったランタンを()つめた。


 オーロラのように(はげ)しい(かがや)きを(はな)っていた(ほのお)は、いつの()にか、いつもの(しず)かな(あお)(ちい)さな()へと(もど)っている。


 (わたし)(となり)(なら)んで()つノアへ()(せん)()けた。


 (かの)(じょ)(ちから)使(つか)()たしたのか、(すこ)(かた)(ふる)わせて(いき)()らせていたが、その(ひとみ)は、まっすぐに(わたし)()つめ(かえ)していた。


(わたし)()()()()と、あなたが(とも)()。この(ふた)つの(ちから)があれば、()(かい)のどんな()(へん)も、きっと(もと)(ただ)しい姿(すがた)(なお)せるわ」


 ノアは、はにかむように(ちい)さく、けれど()るぎない(けつ)()()めて(ほほ)()んだ。


 その()みは、(こわ)れやすい(がら)()(ざい)()のように()(わい)らしく、どこか(むね)()()けられるほど(はかな)げだった。


「ノア。これから、どうするの? どこかへ()()てはある?」


 (わたし)()いかけに、(しょう)(じょ)(しず)かに(くび)(よこ)()った。


(わたし)には、(かえ)(いえ)も、これから()かうべき()(しょ)もないの。ただ、()(かい)からこぼれ()ちる(こと)()(あつ)めて()(ろく)することだけが、(わたし)()きる()()だから。……ねえ、あなたと(いっ)(しょ)に、この(とう)(だい)()らしてもいい?」


 その(こと)()(みみ)にした(しゅん)(かん)(わたし)(むね)(おく)がキュッと(あつ)くなった。


 かつてあの(ぎん)(ぱつ)(せい)(ねん)が、()()のない(わたし)(こころ)(すく)ってくれたあの(よる)()(おく)が、(やさ)しく(よみがえ)る。


 ――(こん)()は、(わたし)(だれ)かの(あたた)かな()()(しょ)になってあげる(ばん)だ。


「いいよ。ずっと、ここにいて」


 (わたし)(かの)(じょ)()(まえ)に、そっと(みぎ)()()()べた。


(わたし)(やく)()は『(とも)()(ばん)(にん)』。この(とう)(だい)(かく)()にして、()(かい)(ゆが)みを(ただ)したいの。ノア、あなたの(ちから)(わたし)()して。(ふた)()(ちから)()わせれば、きっともっとたくさんの(まよ)える(こころ)(すく)()せる」


 ノアは、()()された(わたし)()のひらを()つめ、その(ぐん)(じょう)(いろ)(ひとみ)(うれ)しそうに(かがや)かせた。


 そして、もう(まよ)うことなく、(がら)()のようにひんやりとした、けれど(たし)かな(ぬく)もりを宿(やど)した(ちい)さな()()ばし、(わたし)()をギュッと(つよ)(にぎ)りしめた。


「よろしくね、(ばん)(にん)さん。(わたし)(つむ)()()が、あなたの(すす)(みち)()らす(ひかり)になりますように」


 ()(かい)のすべての(おと)から(しゃ)(だん)された、(ふか)(よる)(そこ)で、(あたら)しい(うん)(めい)()(ぐるま)がゆっくりと(まわ)(はじ)める。


 ずっと(ひと)()きりだった(さび)しい(とう)(だい)に、たった(ひと)()の、かけがえのない「(あい)(ぼう)」ができた(しゅん)(かん)だった。


 これが、(わたし)とノアという、(ふた)()(とも)()(ばん)(にん)(あゆ)()す、(なが)(なが)(たび)の――(なに)より(たい)(せつ)な、(さい)(しょ)の一ページとなった。



(だい)()(つづ)く。



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