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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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七章 大国主 三話 那岐の孤児育成

 戦の爪痕が残る村々を巡りながら、那岐は身寄りを失った子供たちを一人ずつ集めていった。焼け落ちた家の陰でうずくまる者や、倒れた母の傍を離れようとしない者、食べ物を求めて誰もいなくなった集落をさまよっている者もいた。


 年齢も生まれた土地も異なっていたが、皆一様に痩せ、汚れた衣服をまとい、大人を見る目には深い怯えが宿っていた。


 那岐は無理に手を引こうとはせず、少し離れた場所に腰を下ろして、持っていた干し飯や木の実をゆっくり差し出した。ただ静かに、自分が危害を加えない者だと伝わるまで待った。


「食べてもいいよ」


 それだけを告げると、那岐は子供たちから視線を外した。

 最初に手を伸ばしたのは、まだ五つか六つほどの少女だった。少女が干し飯を口へ運ぶと、それを見ていた他の子供たちも恐る恐る近づいてきた。


 そのようにして集まった孤児は、いつしか数十人にまで増えていた。

 那岐は彼らを連れ、戦によって住む者のいなくなった土地へ向かった。そこには焼け残った家が数軒あり、周囲には荒れ果てた田畑が広がっていた。水路は泥や折れた枝で塞がれ、畦は崩れ、田には背丈ほどの雑草が生い茂っており、かつて誰かが暮らしていた痕跡だけが残っていたが、人の声はどこにもなかった。


「ここで暮らそうと思う」


 那岐が告げると、子供たちは不安そうに辺りを見回した。


「ここで……?」

「うん。家も直せば使える。田も、もう一度水を通せば甦るよ」


 年長の少年が、疑うように荒れた田を見つめた。


「こんなところで、米ができるのか」

「できるさ」


 那岐は穏やかに笑った。


「田は人が手を入れなくなると荒れてしまうけれど、死んだわけではない。もう一度、土と水を整えてあげればいいんだ」


 翌朝から、那岐は子供たちとともに働き始めた。


 まずは住む場所を整えるため、焼け残った家から傷んだ柱や板を外し、まだ使える材木を選り分けた。屋根に空いた穴には束ねた草を重ね、隙間には粘土を詰めていく。小さな子供たちは落ちている枝を集め、年長の者は那岐に教わりながら縄を結び、柱を支えた。


 慣れない作業で手を擦りむく者や、重い木材を運ぼうとして転ぶ者もおり、そのたびに那岐は手を止めて怪我を確かめた。


「できないことを無理にする必要はないよ」

「でも、何かしないと飯をもらえないんだろ」


 少年の言葉に、那岐は目を瞬いた。

 子供たちの多くは、戦の前から貧しい暮らしをしていたのだろう。役に立たなければ食べさせてもらえず、働けなければ捨てられると、そう思い込んでいる者は少なくなかった。


「ここでは違う」


 那岐は少年の前に膝をついた。


「働けない日があっても、食べていい。病気になっても、ここにいていい。小さな子は、大きくなることが仕事だからね」


「何もできなくても?」

「何もできない人なんていないよ。ただ、まだ自分にできることを知らないだけだ」


 少年はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 家を直し終えると、次は水路に詰まった泥を取り除いた。


 那岐は鍬の持ち方から教え、力任せに振り下ろすのではなく、刃を土へ斜めに入れて体重を使いながら掘り起こすよう伝えた。取り除いた泥も捨てず、田へ運んで広げていく。


「水路の泥を田に入れるの?」


 少女が不思議そうに尋ねた。


「この泥には、川から運ばれてきた細かな土や、腐った草が混じっている。田の土を肥やしてくれるんだ」


「汚いのに?」

「汚れて見えるものでも、使い方を知れば役に立つことがある」


 那岐は泥のついた手を見せながら笑った。


 子供たちは水路の中へ入り、泥を籠へ詰めていった。初めのうちは顔をしかめていた者たちも、やがて互いの顔に泥をつけ合い、笑い声を上げるようになった。その声を耳にしながら、那岐は黙って鍬を動かし続けた。


 数日をかけて水路を開くと、山から流れてきた水が田へと注ぎ始め、乾いてひび割れていた土がゆっくりと水を吸っていった。


「水が来た!」


 子供たちは歓声を上げ、水路の脇を走っていった。

 那岐は崩れた畦を直しながら水の流れを確かめた。高い場所には水が届きにくく、低い場所には水が溜まり過ぎるため、子供たちを田の中へ立たせ、足元の深さを確かめさせた。


「田は平らに見えても、少しずつ高さが違う。水を見れば、その違いが分かるんだ」


 年長の子供たちは真剣な顔で耳を傾けた。


 那岐が彼らに教えたのは、田の耕し方だけではなかった。食べられる野草と毒のある草の見分け方や、山で迷った時に方角を知る方法、火を絶やさず保つ方法、魚を捕るための罠の作り方、濁った水を飲めるようにする方法、傷を洗って布を煮沸し清潔に保つ方法など、生きるために必要な知恵を一つずつ伝えていった。


 教えるたび、那岐は必ず理由も説明した。


「覚えるだけでは駄目だよ。なぜそうするのか分かっていれば、道具がなくても考えられる」


 子供たちは何度も失敗した。火種を湿らせて夜のうちに消してしまった者もいれば、罠を仕掛ける場所を間違えて一匹も魚が入らなかったこともある。野草を採り過ぎて根まで抜き、那岐にやんわりと注意されたこともあった。


「全部採ってしまったら、来年は生えてこない。必要な分だけ残しておくんだ」

「でも、また食べ物がなくなったら……」


 そう呟いた少女の声には、飢えへの恐怖が滲んでいた。

 那岐は責めることなく、地面へ残った小さな芽を指した。


「怖いからこそ、残すんだよ。今日だけ生きるのではなく、明日も、その次の日も生きるためにね」


 少女は根を抜いてしまった草を見つめ、静かに頷いた。

 持ち主を失った田を整える一方で、那岐は新しい田を拓くことにもした。


 集落の外れには、まだ手の入っていない湿地が広がっていた。水は豊富だったが、そのままでは深過ぎて稲を育てられないため、那岐は地面の傾きを調べ、水を逃がすための細い溝を掘った。湿地をいくつかに区切り、土を盛って畦を作ると、子供たちにも縄を持たせてまっすぐな線を引かせた。


「曲がってるぞ」

「そっちが引っ張るからだろ」

「二人とも、同じ力で引かないと真っ直ぐにならないよ」


 那岐が笑うと、二人の少年は顔を見合わせ、今度は声を掛け合いながら縄を張った。


 一人ではできないことも、互いに力を合わせれば形になる。那岐はそうしたことも、日々の作業を通して教えていった。


 日が暮れる頃には、皆で大きな鍋を囲んだ。採ってきた野草と少量の穀物を煮込み、川で捕った魚を入れる。決して豊かな食事ではなかったが、誰かに奪われる心配もなく、全員に同じだけ分けられた。


 幼い子が眠れば年長の者が寝床まで運び、泣き出す子がいれば近くにいる者が背を撫でた。


 初めの頃、子供たちは食事を衣服の中へ隠していた。次に食べられるのがいつになるか分からないという恐怖が、体に染みついていたのである。


 那岐はそれを咎めず、毎日同じ時刻に食事を作って必ず全員へ配り、鍋に余りがあれば誰にでも見える場所へ置いた。


「腹が減ったら食べていいよ」


 そうした日々を重ねるうちに、食べ物を隠す子は少しずつ減っていった。

 夜になると、亡くなった家族の夢を見て泣く者がいた。那岐は眠れない子供の傍に座って黙って朝まで付き添い、無理に忘れさせようとも、泣くことを止めようともしなかった。


「母ちゃんの顔を忘れそうだ」


 ある晩、少年が震える声で言った。


「忘れたくないのに、声が思い出せない」

「顔や声を思い出せなくなっても、大切だったことまで消えるわけじゃない」

「本当に?」

「うん。誰かを大切に思った気持ちは、君の中に残る。その気持ちが、今度は別の誰かを守る力になるんだ」


 少年は涙を拭い、隣で眠る幼い弟分へ毛皮を掛け直した。




 那岐が投馬国で、大倭壱国連合各地の戦災孤児を引き取り、世話をしているという噂は、いつしか国々の境を越えて広がっていた。


 表舞台から退いて久しいとはいえ、那岐は今なお大倭壱国の民にとって生ける神に等しい存在である。長い歳月の中で数え切れぬほどの邑を救い、人々に田畑の拓き方や水の治め方を教え、飢えや病から多くの命を守ってきた。その恩は、世代を重ねても決して忘れ去られてはいなかった。


 やがて噂を聞きつけた者たちが、各地から少しずつ那岐のもとへ集まり始めた。


 訪れたのは、家督を子に譲って隠居した老人や、故郷を離れても差し支えのない独り身の者たちが多かった。彼らは自ら進んで炊事や洗濯を担い、幼い子供たちの遊び相手となり、年長の子供には農作業や手仕事を教えた。


 誰もが口を揃えて、恩返しをしたいのだと言った。


 彼らの先祖を遡れば、多かれ少なかれ那岐に助けられ、導かれ、面倒を見てもらった者へと行き着く。那岐自身がすでに忘れているような小さな恩まで、子や孫へと語り継がれていたのである。


 中には周辺諸国へ足を運び、戦で親を失った子供がほかにいないかを探して回る者も現れた。行き場を失った孤児を見つけると、現地の者と話をつけ、食糧や衣服を与えながら投馬国まで連れ帰ってきた。


 そうして那岐のもとへ集まる子供と大人の数は、日を追うごとに増えていった。


 初めは粗末な小屋がいくつか並ぶだけだった場所にも、新たな住居が建てられ、共同の炊事場や倉が設けられ、周囲には畑が拓かれていく。子供たちの笑い声が絶えることもなくなり、辺りには朝から晩まで人々の働く姿が見られるようになった。


 もはや小さな集落と呼ぶには収まらない。


 このまま人が増え続ければ、遠からず一つの村となるだろう。誰かがそう口にすると、周囲の者たちは笑いながら頷いた。


 那岐はただ孤児たちを放っておけず、手を差し伸べただけだった。


 それでも彼が一つの場所に留まれば、そこには人が集まり、田畑が生まれ、いつしか新たな村が形作られていくのであった。


 そんな中、どうしても田の仕事に馴染めない孤児が一人いた。

 名を、建御雷たけみかづちという。


 まだ少年でありながら、いかにも武人を思わせる立派な名であった。だが、生まれた時からそう呼ばれていたわけではないらしい。本人が以前の名を捨て、自ら名乗り始めたのだという。


 建御雷は同じ年頃の子供たちと比べて体が大きく、力も強かった。しかし、田へ入って泥に足を取られながら苗を植えたり、腰を屈めて草を抜いたりする仕事をひどく嫌っていた。


 初めのうち、那岐は辛抱強くやり方を教えていたが、建御雷は露骨に顔をしかめ、少し目を離せば手を止めてしまう。だからといって怠け者というわけでもなかった。


 那岐は考えた末、新田を開くための木の伐採や、切り倒した幹を運ぶ仕事を任せることにした。


 すると建御雷は、それまでとは別人のようによく働いた。

 まだ細い腕で斧を振り上げ、何度も幹へ打ち込む。倒れた木を運ぶ時も、大人に交じって率先して幹を担いだ。額から汗を流し、掌に豆を作りながらも、不満を口にすることはなかった。


挿絵(By みてみん)


「田の仕事は嫌いなのに、こういう仕事は好きなんだね」


 那岐が尋ねると、建御雷は斧を肩へ担ぎ、得意げに胸を張った。


「体を鍛えられるからな」


 その答えを聞いた時、那岐は単に力比べが好きなだけなのだろうと思っていた。

 だが、そうではなかった。


 その日の仕事を終えた夕暮れ、二人は切り開かれた丘の上に座り、山の向こうへ沈んでいく夕日を眺めていた。


 伐り倒された木々の間から、赤く染まった空が見える。遠くでは、孤児たちが声を上げながら村へ戻っていくところだった。

 那岐は隣に座る建御雷へ静かに問いかけた。


「建御雷は、体を鍛えてどうしたいの?」


 建御雷はすぐには答えなかった。

 膝の上で固く拳を握り、沈みゆく夕日を睨みつけている。その横顔は少年のものとは思えないほど険しかった。


「武人になる」


 やがて、低い声で答えた。


「誰よりも強い武人になって、出雲へ復讐する」


 那岐は思わず建御雷の顔を見た。


 建御雷は不弥国の生まれだった。

 出雲軍が攻め込んできた時、暮らしていた家を焼かれ、蓄えていた食糧をすべて奪われた。父も母も、その時に殺されたのだという。


「父上も母上も、何も悪いことなんかしていなかった」


 握り締めた拳が、小さく震えていた。


「なのに、出雲の奴らは殺した。家も田も、全部奪っていった」


 その声には涙よりも深い怒りが滲んでいた。


「だから決めたんだ。いつか必ず出雲へ行く。父上と母上を殺した奴らを、一人残らず討つ」


 建御雷という名も、その時に自ら付けたものだった。

 両親に呼ばれていた以前の名を捨て、弱かった自分も捨てるために、武人らしい強く猛々しい名を選んだのだという。


 那岐は何も言えなかった。

 復讐などやめるべきだと諭すことは容易い。だが、家を焼かれ、両親を目の前で奪われた少年に向かって、その怒りを忘れろとは言えなかった。


 建御雷の胸の内では、沈みゆく夕日よりも赤く激しい炎が燃えている。

 那岐にできたのは、いつの日かその炎が少しでも和らいでくれることを、ただ願うことだけだった。


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