六章 倭国大乱 十八話 投馬国陥落
長く苦しい夏を越え、筑紫の地にもようやく秋が訪れた。
朝晩の冷え込みは例年より早く、田を渡る風にはすでに冬の気配が混じっている。稲穂は一面を黄金色に染めることなく、ところどころ青さを残したまま、弱々しく頭を垂れていた。
寒冷化の影響は、筑紫にも重くのしかかっている。
日照は少なく、雨は長く続き、実りの悪い田も多かった。刈り取った稲を束ねても、以前なら一束から得られたはずの米には到底及ばない。籾の中身が痩せ、殻ばかりが目立つものも少なくなかった。
それでも、収穫は収穫だった。
奴国をはじめ、出雲軍が占領した土地では、兵たちが武器を鎌へ持ち替え、現地の民とともに田へ入った。刈り取った稲は一か所へ集められ、厳重な監視のもとで蔵へ運び込まれていく。
得られた米は決して多くない。
占領地の民を飢えさせぬための分を残せば、出雲軍が手にできる量はさらに減った。兵たちへ満腹になるまで食わせられるほどの余裕などなく、一日に配られる粥がわずかに濃くなった程度にすぎない。
だが、それだけでも大きかった。
食料が尽きる日を数えながら生きてきた兵たちにとって、蔵の中へ積み上げられていく米俵は、何よりも確かな希望に見えた。
これで、すぐに飢え死にすることはない。少なくとも、冬を迎えるまでの猶予は得られた。
兵たちは痩せた顔にわずかな安堵を浮かべ、炊き出しの湯気を見つめていた。鍋の底まで透けて見えるような薄い粥であっても、夏の頃とは違う。今は、その向こうに次の日が見えていた。
収穫を終えて間もない頃、奴国の港へ数隻の船が姿を現した。沖合に並ぶ帆を見つけた見張りが、櫓の上から声を張り上げる。
「船団だ!」
港にいた兵たちが一斉に海を振り返った。
最初は大倭壱国の軍船ではないかと緊張が走ったが、やがて先頭の船に掲げられた印が見えると、ざわめきは別のものへ変わった。
出雲の船だった。船は一隻ではない。
後方からも次々と現れ、列を成して奴国の港へ近づいてくる。甲板には武装した兵たちが隙間なく並び、浜へ向かってこちらを見つめていた。
出雲本国から送られた援軍である。その数、三千。
船が岸へ着くと、兵たちは次々と桟橋へ降り立った。長い航海を終えた顔には疲労が浮かんでいたが、槍を持つ手には力があり、隊列も乱れていない。
港に集まった筑紫の出雲兵たちから、小さなどよめきが広がった。
戦いが始まって以来、彼らは減り続ける兵力の中で戦ってきた。傷ついた者が倒れ、病に伏す者が増え、補う者はほとんどいなかった。
久々に補充された兵力を見て、港に集まった筑紫の出雲兵たちから安堵の声が漏れた。
痩せ細った兵が、船から降りてきた同郷の男の肩を叩く。
「よく来てくれた」
かすれた声と弱々しい笑み。それでも、その表情には久しく失われていた希望が宿っていた。
一方、援軍の兵たちは奴国の町並みを見回し、言葉を失う。出雲を発つ前に聞いていた豊かな筑紫の姿はどこにもなく、目の前に広がっていたのは荒れ果てた町と痩せた民、そして疲弊しきった味方の姿だった。
秋の収穫で得た米も、三千人の援軍を養えば決して十分とは言えない。それでも、食料と兵力が同時に補われたことで、筑紫の出雲軍はようやく滅亡の危機を脱した。
蔵の米は少なく、冬はすぐそこまで迫っている。戦もまだ終わってはいない。それでも港から奴国へと進む三千の兵の足音は、疲弊した出雲軍に再び戦い続ける力を与えていた。
出雲軍では急遽、部隊の再編が行われた。
兵糧に余裕はなく、長く陣を構えている時間もない。須佐之男は編成を終えた軍勢を率いると、ただちに吉野ヶ里へ向けて進軍を開始した。
吉野ヶ里を囲む環壕は深く、その内側には高い柵が幾重にも巡らされていた。正面の門は固く閉ざされ、守兵たちは櫓の上から弓を構えている。
しかし、須佐之男は足を止めなかった。
全身から噴き上がった妖気が大気を震わせる。須佐之男が腕を振り抜いた瞬間、轟音とともに正門が内側へ吹き飛び、左右へ連なる柵までもがまとめて薙ぎ倒された。
正門を失った守兵は環壕内でなお抵抗したが、須佐之男を止められる者はいなかった。
砕けた木材と土煙が舞い上がる中、須佐之男は巨大な棍棒を肩に担いだまま、開かれた突破口へ踏み込んでいく。
「進め」
その一言を合図に、出雲軍が一斉に雪崩れ込んだ。
守兵たちは懸命に抵抗したが、須佐之男の前では陣形を整える暇すら与えられない。立ちはだかる者は瞬く間に打ち払われ、吉野ヶ里の守りは一気に崩壊した。
ほどなくして吉野ヶ里は制圧され、出雲軍は周辺の村々にも兵を送り込んだ。須佐之男自らが先頭に立つ姿を見た周辺の邑は、抵抗を断念した。
抵抗する邑はなく、いずれも次々と出雲の支配下へ入っていった。
だが、須佐之男たちが求めていたものは、どこにもなかった。吉野ヶ里の倉は空だった。
周辺の村々に建つ倉も、戸を開けば乾いた床が広がっているだけで、籾の一粒すら残されていない。
須佐之男は空になった倉の中へ入り、無言のまま辺りを見渡した。
戦には勝った。土地も奪った。それでも、出雲の民を救うための食糧だけは、何一つ手に入らなかった。
出雲軍は進路を東へ転じ、投馬国に残された最後の拠点、朝倉を目指して進軍を開始した。
朝倉へ至る道は山々に挟まれ、狭く険しい。軍勢が長い列を作って山道を進む中、投馬国の兵は木々の間や斜面の陰から姿を現し、矢を射かけてはすぐに山中へ姿を消した。
追おうにも、深い森と急な斜面が行く手を阻む。
出雲軍は盾を掲げながら隊列を崩さず、一歩ずつ山道を進んだ。襲撃は一度では終わらなかった。進軍が止まれば別の場所から矢が飛び、再び歩き始めれば、今度は頭上から石や丸太が落とされる。
それでも出雲軍は大きく足を乱すことなく、山越えだけで数日を費やした。
やがて視界が開け、朝倉の地が姿を現す。しかし、そこにはすでに投馬国軍が待ち構えていた。
高所や土塁の後ろには多数の弓兵が配置され、出雲軍が近づけば一斉に矢を放つ。出雲軍が盾を並べて前進すると、投馬国軍は無理に踏みとどまらず、一定の距離を保ったまま後退した。
追えば逃げ、止まれば近づく。
決して正面からぶつかろうとはせず、弓の届く距離だけを巧みに保ちながら、出雲軍の兵を少しずつ傷つけていく。
出雲軍が突撃を試みても、投馬国軍は深追いを避けて退き、隊列が乱れたところへ別の方向から矢を浴びせた。戦いは短時間で決着することなく、朝から夕刻まで続いた。
日が沈んでも、休息は与えられなかった。
闇に紛れた投馬国兵が陣へ忍び寄り、火矢を放ってすぐに退く。警戒の鐘が鳴り響き、眠りについた兵たちは武器を掴んで飛び起きた。
だが敵を追っても、夜の森には誰もいない。
静けさが戻り、兵が横になった頃を見計らうように、再び別の方角から鬨の声と矢が飛んでくる。
そのような夜襲が幾度も繰り返された。
昼は弓兵に足を止められ、夜は襲撃に眠りを奪われる。
出雲軍の陣には負傷者が増え始めていた。一度の戦いで見れば損害は小さい。だが、傷を負う者は日ごとに積み重なり、兵たちの顔からは次第に余裕が失われていった。
鎧の隙間に汗と土が染み込み、足取りは重くなる。食事を取る間にも武器を手放せず、眠っている者でさえ、わずかな物音に身体を震わせた。
朝倉を目前にしながら、出雲軍は敵へ近づくことすらできない。
長引く戦いと絶え間ない夜襲によって、兵たちの身体にも心にも、確かな疲労が広がり始めていた。
五十猛も須佐之男も、決して疲れを知らぬ怪物ではない。
常人を遥かに凌ぐ力と妖力を持っているとはいえ、その肉体は人のものだった。力を振るい続ければ息は乱れ、筋肉は悲鳴を上げ、妖力も確実に消耗していく。二人だけで敵陣を一息に蹂躙し続けることなどできなかった。
須佐之男は無理に突破を急がず、投馬国軍の抵抗を一つずつ崩しながら、後続の兵を着実に前進させた。
五十猛も先頭に立って敵の柵や防塁を破壊したが、深追いはしなかった。敵が退けば兵を進め、抵抗が強まれば一度足を止め、弓兵や盾兵を前へ出して態勢を整える。
そうして朝倉攻略戦も三日に及んだ。出雲軍は少しずつ前線を押し上げていった。
やがて軍勢は、投馬国の要衝である朝倉の環壕集落へと迫った。
集落を囲む深い壕の内側には高い土塁と柵が築かれ、その上にはいくつもの櫓が並んでいた。投馬国の兵たちは櫓から矢を降らせ、門へ近づく出雲兵を必死に食い止めようとした。
矢は絶え間なく降り注ぎ、壕を渡ろうとした兵が次々に倒れていく。
それでも出雲軍は退かなかった。
盾を重ねて矢を防ぎ、木材や土嚢を壕へ投げ入れ、少しずつ道を築いていく。須佐之男と五十猛も兵たちの前へ立ち、飛来する矢を打ち払いながら門へと近づいた。
先に門へ取りついたのは五十猛だった。
巨大な槌を振り上げ、厚い板を何度も打ち据える。
一撃ごとに門全体が軋み、留め木が弾け、内側から押さえていた兵たちが衝撃に耐えきれず倒れていく。
その隣では須佐之男が妖力をまとわせた鉄棒を振り下ろし、轟音とともに門柱をへし折った。堅牢だった門は内側へ大きく傾き、須佐之男の
「押し込め!」
という怒号と同時に、出雲兵が一斉に門へ殺到する。さらに五十猛が最後の一撃を叩き込むと、朝倉の門は完全に砕け散った。
防衛線を突破された投馬国は、ついに撤退を決断する。伝令が集落の各所を駆け巡り、兵士だけでなく民にも退去が命じられた。人々は持ち出せるものだけを抱え、幼子の手を引き、老人を背負い、家畜を連れて東へ逃れていく。
その行き先は大倭壱国であり、街道には敗残兵と避難民が入り交じった長い列が続いた。
やがて出雲軍は、抵抗する者のいなくなった朝倉の環壕集落を占領した。兵たちは真っ先に倉を調べたが、そこに残されていたのは空の棚と甕ばかりで、食糧は撤退に先立ってほとんど運び出されていた。
わずかに残された穀物も遠征軍を満たすには程遠く、須佐之男は空となった倉を前にしばらく無言で立ち尽くす。
求めていた食糧は得られなかった。それでも朝倉の陥落によって投馬国は事実上出雲の支配下に入り、長く進軍を阻んできた最後の障壁は消え去った。
こうして、出雲軍の前には大倭壱国へ続く道がついに開かれたのである。
投馬国から逃れてきた難民は、日を追うごとに数を増していた。
飢えに頬を痩せさせた者、幼子を背負った者、傷ついた家族を支えながら歩く者。大倭壱国の兵や役人たちは、食糧の配給、負傷者の手当て、仮住まいの確保に追われ、休む間もなく働き続けている。
日巫女もまた、次々と届けられる報告に目を通し、自ら指示を出していた。
どの邑に何人を受け入れさせるか、限られた食糧をどう分けるか、病が広がらぬようどこに療養所を設けるか、一つ判断を誤れば、救えるはずの命まで失われる。
それでも難民への対応に追われる中、日巫女の意識は常にその先へ向けられていた。
投馬国が陥ちた以上、出雲軍がそこで歩みを止めるはずはない。彼らもまた飢えた民を背負っており、退けば国が滅び、進めば他国を滅ぼす。もはや言葉だけで引き返させられる段階ではなかった。
日巫女は広げられた地図へ静かに手を置く。出雲から投馬国、そしてその先にあるのは大倭壱国。長く避け続けてきた戦火が、ついに自らの国へ迫ろうとしていた。
目を逸らすことなく地図の向こうを見据えた日巫女は、出雲軍は必ず来ると心に刻み、その覚悟を静かに固めた。




