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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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一章 徐福伝説 八話 蓬莱山

 紀元前二百八年 秋。


 朝靄の向こうには、巨大な山が天を突くようにそびえていた。

 熊野を発った船団は数日の航海を経て東へ進み、穏やかな海の彼方にその姿を捉えていた。海上に浮かんでいるかのように見えるその山は、周囲の山々とは明らかに異なっていた。広大な裾野はどこまでも続き、頂は白い雲を突き抜けている。まるで天地を繋ぐ柱のような威容に、船上の誰もが言葉を失った。


 船首に立つ徐福は静かに目を細めた。


「……蓬莱山」


 誰かの呟きが風に流れる。方士たちも漣も、そして那岐も、その巨大な山を見上げていた。


「あれが不死山ふしざんか」


 那岐の声には畏れにも似た響きがあった。海岸からでも圧倒されるほどの存在感を放つその姿は、神々しいという言葉さえ生ぬるく感じられるほどだった。

 だが徐福の目に宿るのは畏怖ではなく、始皇帝が求め続けた不老長寿への執念だった。自らの命を守る唯一の希望、その答えがこの山に眠っているかもしれないのである。


 船団はやがて北麓にある小さな村へ到着した。人口も多くない質素な集落だったが、徐福は休む間もなく村長との会談を求め、通訳として漣と那岐もその席へ同席した。挨拶や歓迎の言葉が一通り交わされた後、話題は自然と不老長寿の霊薬へ移っていった。


 徐福の質問を聞いた村長は、しばらく黙り込んだ。


 そして重い口を開いた。


「山には昔から不死草の伝承がある」


 広間の空気が変わる。

 徐福の目が鋭くなった。


「詳しく聞かせてほしい」


 村長は頷いた。


「昔、この山には火の神の力が流れていると言われていた」


 山の奥深く、火山の霊脈が通る土地にのみ生える草があり、人々はそれを不死草と呼んでいた。


「だが、その草は猛毒だ。そのまま食べても、煎じて飲んでも、粉末にして服用しても命は助からず、試した者は皆苦しみながら死んでいった。だが、その猛毒を口にしながらも、ただ一人生き残った者がいたという。その者は老いることがなくなったのだ」


 村長は静かに続けた。


「十年経っても変わらず、二十年経っても変わらず、五十年を経ても若さを失わなかったという男に、人々は驚き、やがて畏れを抱くようになった。男は不思議な妖術を使うようになり、人の心を見透かすような言葉を口にし、重い病に苦しむ者を癒し、ときには未来を言い当てることさえあった。人々は彼を神の使いとして崇め、やがて誰一人逆らえなくなった」


 だが年月と共に男は変わっていった。誰も逆らえず、誰も意見できなくなったことで、男は次第に邑の支配者となっていった。

 気に入らぬ者を殺し、娘を奪い、人々を恐怖によって従わせる暴君へと変貌していった。

 ついに反発した村人たちは、男が眠る夜を狙った。

 寝込みを襲い、その首を斬った。


「首を斬られた男の血は三日三晩燃え続けたとも、死の直前まで若者の姿のままだったとも語られている」


「だが結局、男は死んだ。不老ではあったが、不死ではなかった」


 村長はそう締めくくった。


「以来、不死草は禁忌となった」


 広間は静まり返った。

 しかし徐福だけは違った。口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。その草が実在する……その事実だけで十分だったのである。

 翌日から探索が始まり、方士たちは山中を歩き回って植物を採取した。そして数日後、火山の噴気孔付近にて、ついに伝承と一致する特徴を持つ草を発見した。赤黒い茎と青白い葉を持ち、根元からは鼻を刺すような独特の臭気が漂っている。

 徐福は草を確認すると即座に決断した。


「実験を始める」


 その命令によって船団と共に連れてきた奴隷たちが一人ずつ研究室へ連行され、縄で縛られたうえで不死草を服用させられた。

 集められた奴隷の中には男も女も、老人も若者もいたが、その誰もが自分の運命を悟ったように青ざめた顔をしていた。


 当然ながら拒否する権利などなく、最初の奴隷には煎じた薬が飲まされた。

 結果は数分後の死亡だった。最初の犠牲者が出た時、徐福は一瞬だけ目を閉じた。だが次の瞬間には実験を再開した。二人目には乾燥葉の粉末を服用させたが三十分後に死亡し、三人目も根のみを用いた処方によって数時間後には命を落としている。


徐福はそのたびに記録を書き続け、苦悶の叫びや嘔吐、痙攣にもほとんど関心を示さなかった。奴隷が死ぬたびに方士たちは顔をしかめたが、徐福にとってそれは失敗ではなく、生き残る者へ辿り着くための過程に過ぎなかった。


「徐福様……ここまでされなくても……死者はすでに十人を超えています」


 しかし今の徐福には届かない。


「……次だ」


 徐福はそれだけを告げると、処方を少しずつ変えながら実験を続けた。量を変え、煎じる時間を変え、ときには他の薬草を混ぜる。一つずつ条件を変えながら試行を重ねるたびに、死体だけが増えていった。

 漣はその光景を最後まで見届けていた。夜になっても奴隷たちの悲鳴は耳から離れず、薬を飲まされた直後は何事もなかった者が数刻後には血を吐いて倒れ、全身を痙攣させながら命を落としていく姿が何度も脳裏に蘇る。徐福はそのすべてを、まるで畑の収穫量でも記すかのように淡々と記録していた。


 漣はすでに気付いていた。その夜はどれだけ寝返りを打っても眠ることができず、布団の上で身を縮めながら暗闇を見つめ続けていた。


 自分もいつかあの列に並ぶ日が来る……そんな予感が消えなかった。奴隷が尽きれば、次は通訳である自分たちへ順番が回ってくるだろう。


 所詮は倭人と難民。那岐が薬を飲まされ、血を吐いて倒れる光景を想像してしまう。


 徐福なら躊躇わないだろう。不老長寿のためなら誰を犠牲にすることも厭わない人物だと、漣は嫌というほど理解させられていた。


 漣は静かに起き上がると、宿舎を抜け出した。

 夜風は冷たく、森の木々が揺れる音だけが静寂の中に響いている。

 集落から少し離れた丘の上には、漣に呼び出された那岐がすでに待っていた。那岐は何も言わず隣へ座る場所を空け、漣も黙って腰を下ろす。

 二人は並んで不死山を見上げたまま、しばらく言葉を交わさなかった。


 月光を浴びた不死山の黒い影は夜空を覆うようにそびえ立ち、その巨大な姿は闇の中でも圧倒的な存在感を放っている。


「最近ずっと怖い……」


 長い沈黙の末に漣が呟いた。その声はかすかに震えていた。


「……うん」


 那岐も静かに頷く。


「私たちも、不死草を飲まされると思う」


 那岐は否定しなかった。それだけで十分だった。二人とも、いずれ自分たちにも順番が回ってくると考えていたのである。

 その時、生き残れる保証はどこにもない。

 漣はそっと那岐の肩に頭を預けた。


 二人は幼い頃からずっと一緒だった。開拓村で育ち、畑を耕し、山を歩き、ときには喧嘩をしながらも笑い合ってきた。そんな日々が永遠に続くものだと信じていたが、その当たり前が終わろうとしていることを今は嫌というほど理解していた。


「ねえ」


 漣は消え入りそうな声で呼びかける。

 しばらく躊躇うように視線を落としてから、ゆっくりと口を開いた。


「もし私が死んだら、覚えていてくれる?」

「忘れるわけないだろ」


 那岐は迷うことなく答えた。

 その言葉に漣はかすかに微笑みながら顔を上げる。月明かりに照らされた瞳が重なり合うと、その奥にある不安や恐怖、そして互いを失いたくないという想いまでが、言葉を交わさなくても伝わってきた。

 月光が降り注ぐ丘の上には静かな風の音だけが流れている。


 明日の朝になれば、どちらかが実験台に選ばれても不思議ではない。そんな現実を理解しているからこそ、二人は失うかもしれない未来ではなく、今この瞬間に互いが生きていることを確かめるように身を寄せた。

 漣がそっと那岐の肩にもたれかかると、那岐は何も言わずにその身体を抱き寄せる。


 互いの鼓動を感じられるほど近くで寄り添いながら、二人はただ相手の存在を胸に刻み続けた。不死を求める者たちが眠る夜の中で、死を恐れる二人だけが限られた命の尊さを噛み締めていたのである。


 月明かりの下で重なった二人の影は、やがて夜の闇に溶け込むように一つとなり、過ぎ去っていく時間さえ惜しむような夜が続いていった。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


流行りのジャンルでも、激しい格闘ものでもない作品ですが、テーマを出来るだけ伝えられるよう頑張っていきます。


もしよろしければ、反応いただけると執筆の励みになります。

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