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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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六章 倭国大乱 六話 北部制圧

 不弥国攻防戦に敗れた大倭壱国連合軍は、もはや一つの軍として形を保てなくなっていた。


 大倭壱国軍は崩れた隊列を立て直す余裕もないまま南へ退き、投馬国軍もまた自国を守るために戦場を離れていった。誰も彼らを責めることはできなかった。敗戦の衝撃はあまりにも大きく、出雲軍の追撃を受けながら他国の防衛まで支える余力など、すでに残されていなかったのである。


 その一方で、奴国の敗残兵には帰る場所がなかった。


 奴国はすでに出雲軍の手に落ち、不弥国もまた目前まで敵に迫られている。逃げ延びた兵たちは血と泥にまみれた姿で不弥国の砦へ集まり、折れた槍を握り締めたまま、ただ息を荒げていた。


 砦の門が閉ざされると、外の平野には敗走の跡だけが残った。


 倒れた者を弔う時間もなく、傷ついた者を十分に手当てする余裕もない。兵たちは互いの顔を見合わせながら、自分たちが最後の防壁になったことを悟っていた。


 不弥国の砦には、重苦しい沈黙が落ちていた。


 攻城の命令が下ると、出雲軍は砦を四方から完全に包囲した。八千矛隊と八島士奴美隊は、それぞれ正門と西門へ展開し、太い丸太を縄で吊るした破城槌を据え付ける。


「打て!」


 指揮官の号令とともに数十人の兵が一斉に破城槌を振るい、重い丸太が門へ激突した。鈍い衝撃音が砦中へ響き渡り、分厚い門板は大きく軋む。間髪入れず二撃、三撃と叩きつけられるたびに門は悲鳴を上げるように震え、二つの門を狙った同時攻撃によって、砦は激しい攻城戦へと突入していった。


 八千矛は自ら破城槌の先頭に立ち、兵たちとともに重い丸太を何度も門へ叩きつけた。鈍い衝撃音が砦に響き渡り、軋みを上げていた門はついに耐え切れず、激しい音を立てて砕け散る。


「今だ!」


 八千矛が剣を抜いて駆け出すと、待ち構えていた兵たちも鬨の声を上げ、一斉に砦の内へ雪崩れ込んだ。


 激しい乱戦となった。やがて八千矛隊は砦の内側からもう一方の門の閂を外す。待ち構えていた八島士奴美隊は一気に雪崩れ込み、砦内へ突入した。


 八島士奴美は、八千矛に先を越されたことへの焦りと苛立ちを隠せなかった。父・須佐之男の期待に応え、誰よりも武功を立てなければならないという思いが理性を押し流し、血走った目で兵たちを見渡すと怒号を響かせる。


「全てを殺し尽くせ! 一人たりとも生かすな!」


 その命令は敵兵だけではなく、武器を捨てた者も、逃げ惑う者も、老いた者も、女も子供も、砦の中で息づく命すべてを消し去れという意味だった。一瞬ためらう兵もいたが、将の命令は絶対である。やがて兵たちは雄叫びを上げ、一斉に砦の奥へとなだれ込んでいった。


 砦の中は血に染まり、鼻を突く鉄錆のような血臭が辺り一帯を覆っていた。その濃さに耐えきれず、顔を背けて嘔吐する兵までいる。


 櫓には幾本もの矢を受けた兵が上半身を垂れ下げたまま絶命し、板壁を伝って滴る血が静かに地面を赤く染めていた。門前には討ち取られた兵たちが幾重にも折り重なって通路を塞ぎ、進軍の妨げとなった亡骸は脇へ無造作に積み上げられていく。


 出雲軍は砦内で息のある者を徹底的に捜し出し、兵も民も、男女の区別なく次々と斬り伏せていった。泣き叫ぶ声も命乞いも剣戟と悲鳴の中に飲み込まれ、砦は暴虐と殺戮の渦に包まれていった。


 八千矛は手の中の小さな木の玩具を見つめた。

 子どもの手で何度も握られたのだろう、角は丸く擦り減っていたが、今は赤黒い血に濡れ、本来の色を失っている。


 踏み越えようと足を上げかけるものの、胸の奥が締めつけられ、どうしても動けなかった。それは武器でも兵の持ち物でもなく、この砦で暮らしていた幼い子どもの宝物だったからだ。


 八千矛は静かに膝をついて玩具を拾い上げた。すでに温もりは失われ、手のひらには乾き始めた血だけが重くまとわりついていた。


 男女の区別なく刃が振るわれていた。幼い子を抱き締めた母親は、我が子を庇ったまま親子ともども斬り伏せられ、逃げ惑う老人は背中から槍で貫かれる。武器を捨てて命乞いをする兵にも容赦はなく、降伏の声は悲鳴へとかき消されていった。


 血煙の中では、命令に従うまま笑みを浮かべて剣を振るう兵がいた。

 鼻を突く濃い血の臭いに、何人もの兵がその場で吐き戻していた。それでも殺戮は止まらない。泣き声も叫び声も、やがて途切れ、残るのは刃が肉を断つ音と、兵たちの荒い息遣いだけだった。


挿絵(By みてみん)


「……なんだ、これは」


 八千矛の喉から漏れた声は、自分でも驚くほど震えていた。


「なんなんだ……これは……」


 足元には、小さな木の玩具が血溜まりに浮かんでいる。

 一歩踏み出そうとしても、身体はまるで地面に縫い付けられたように動かなかった。


 ただ一人、不弥国の王だけは生かされていた。


 王は両腕を縛られ、血と泥にまみれたまま須佐之男王の前へ引きずり出される。周囲には家臣も兵も、もはや誰一人立ってはいなかった。見渡す限りに横たわるのは、自国を守るために戦い倒れた者たちの亡骸だけだった。


 須佐之男は静かに王を見下ろした。


「選べ。ここで国と共に滅ぶか、儂に従い民を生かすか」


 王は唇を噛み締め、しばらく俯いたまま動かなかった。誇りある王としては剣を取って果てたかった。しかし、自らがここで死ねば、生き残った民まで皆殺しにされるかもしれない。


 やがて王は震える膝を折り、深く頭を垂れた。


「……不弥国は、須佐之男王に服します」


 その瞬間、不弥国は滅び、一つの国が歴史から姿を消した。

 後に倭国大乱を語る者たちは、この日の出来事を『不弥国砦の惨劇』と呼び、倭に生きた者でその名を知らぬ者はいなかったという。




 防衛のために築いた柵は補強され、見張り台には昼夜を問わず兵が立ち、伊都国は総力を挙げて迎撃の備えを整えていた。兵数では劣るものの、堅く守り抜けば援軍が来る……誰もがそう信じようとしていた。


 しかし、その決意は東から届く報せによって少しずつ崩れていく。

 奴国陥落。

 続いて、不弥国攻防戦での大敗。


 さらに、不弥国の砦では降伏を拒んだ兵だけでなく、多くの者が容赦なく斬り伏せられたという噂まで流れ始めた。戦場から逃れてきた難民や敗残兵の口から語られる光景はあまりにも凄惨で、聞く者は皆、顔色を失っていく。


「出雲軍は鬼だ……」

「砦は血の海だった」

「子供も老人も見境なく……」


 真偽を確かめる術はなかった。

 だが、怯えきった者たちの震える声だけは嘘には思えなかった。


 城門を守る兵の表情にも不安が広がり、槍を握る手には力が入らない。町では荷をまとめて南へ逃れようとする者が現れ、宮では最後まで戦うべきか、それとも民を守るため降伏すべきか、豪族たちの議論はまとまらなかった。


 出雲軍が迫る前から、伊都国の心は静かに揺らぎ始めていた。

 伊都国へ迫る出雲軍の先頭には五十猛が立っていた。


 やがて城門が静かに開き、伊都国王は重臣たちを従えて姿を現す。その両手には国の象徴である神器が抱えられており、五十猛の前まで歩み寄ると、その場に膝をつき深く頭を垂れた。


「伊都国は戦いませぬ。どうか民の命だけは、お救いください」


 王の言葉に、五十猛はしばらく無言でその姿を見つめていたが、やがて静かに頷くと兵たちへ向き直る。


「戦は終わりだ。武器を収めよ」


 その命令とともに出雲兵は城内へ進み、武器庫や倉を接収して各所へ兵を配置していく。略奪も放火も行われることはなく、城門には、亀甲きっこう剣花菱けんはなびしを染め抜いた出雲の旗が掲げられた。伊都国は一矢も交えることなく出雲軍の支配下へ入った。


 こうして筑紫北部の海岸沿いに位置する奴国、不弥国、そして伊都国の三国は、すべて出雲王国の勢力圏へ組み込まれることとなった。




 月読を乗せた船は、静かな海を東へと進んでいた。 


 甲板に立つ月読は、遥か彼方に霞む陸地を静かに見つめている。吹き抜ける潮風が長い髪を揺らしても、その表情に焦りはなく、不弥国での敗北によって正面から出雲軍と戦えば勝てないという現実を、誰よりも冷静に受け止めていた。


 ならば戦い方を変えるしかない。


 勝負を決めるのは一度の合戦ではなく、敵の兵を減らし、補給を断ち、味方を増やし、敵を孤立させること。そのために一つ一つ布石を積み重ね、最後に勝利へ繋げればいいと考えていた。


 月読は静かに目を閉じ、小さく呟く。


「急がなくていい……戦は、一手で決まるものじゃない」


 やがて船首の向こうに、豊かな平野と大きな港を抱く熱田の地が姿を現した。

 月読は船縁から静かに手を離し、その景色を真っ直ぐ見据える。


「さあ……布石を打とう」


 その瞳には、すでに次の一手、そのさらに先まで見据えた静かな決意が宿っていた。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 日本神話や古代史に残された伝承をもとに、「神とは何だったのか」「国はどのように生まれたのか」という問いを、自分なりの解釈で物語として描いている作品です。


 歴史として語られる出来事と、神話として語り継がれる伝承。その境界には、今では失われてしまった多くの人々の営みや想いがあったのではないか。そんな想像を膨らませながら執筆しています。


 少しでも面白いと感じていただけましたら、感想や評価、ブックマークなどで応援していただけると励みになります。


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