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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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三章 邪馬台国 十一話 復興

 狗奴国軍を退けた後も、那岐はすぐには山門壱国への帰還を命じなかった。


 戦いが終わった南部の村々には、勝利の喜びよりも深い傷跡が残されていた。焼け落ちた家々は黒く焦げた柱を晒し、田畑は無数の足跡に踏み荒らされ、倉に蓄えられていた食料も敵軍によって持ち去られている。敵を追い払っただけでは何も解決しない。冬を迎える前に家を建て直し、種籾を確保し、人々へ食料を行き渡らせなければならなかった。


 夕暮れ時、那岐は丘の上から被害を受けた村を見下ろしていた。その隣には月読が立ち、眼下では兵たちが瓦礫を運び出し、負傷者の手当てを続けている。しかし兵たちが持つ兵糧にも限りがあり、このままでは復興どころか、村人たちが冬を越すことすら危ういのは明らかだった。


「勝ったはいいですが、これは酷いですね」


 月読の呟きに、那岐は腕を組みながら頷いた。


「このままでは、冬を越せないかもしれないね」

「山門から食料を運ばせますか」

「どう説明すればいいかな」


 月読は少しだけ口元を緩めた。


「正直に、復興支援が必要だと報告しますか?」

「姫が許可を出すまでに、長老達が何日会議すると思う?」

「ああ……」


 月読は納得したように頷いた。日巫女なら事情を理解してくれるだろう。だが各地への配分や手続きの話になれば時間がかかり、その間にも村人たちは飢えてしまう。

 しばらく考え込んでいた那岐は、ふと何かを思いついたように顔を上げた。


「敵の残党が山に散ったのは事実だよね」


 月読はその言葉の意図を察したらしく、わずかに眉を上げる。


「……それを長期掃討戦の可能性あり、と報告するわけですか」

「嘘ではないよ。全部を言わないだけだからね」


 那岐は眼下の村へ視線を向けた。焼け落ちた家々、崩れた水路、仮小屋で暮らす人々。その光景を見れば、今優先すべきことが何なのかは明らかだった。


「敵を追い払うだけなら終わっている。でも人々の暮らしを立て直すまでは終わりじゃない。このまま兵を引き上げれば、せっかく守った人たちが冬を越せなくなるかもしれないからね」


 月読も同じ景色を見下ろしながら静かに頷いた。


「なるほど、各地への配分や手続きの話になれば時間がかかります。その間にも村人たちは飢えてしまうでしょうね」

「だから少し急いでもらおうと思ってね」


 月読は苦笑を浮かべた。


「姉上は怒りますよ」

「怒るだろうね。でも事情を知れば許してくれると思うよ」


 そう言いながら那岐は近くに置かれていた竹簡を手に取り、筆へ墨を含ませる。さらさらと筆を走らせる姿を横から覗き込んだ月読は、やがて深いため息を吐いた。


『敵残党が山岳地帯へ潜伏。完全な掃討にはなお時日を要する見込み。長期行動に備え、兵糧および補給物資の輸送を求む』


 文面には嘘は一つも書かれていない。しかし復興支援が本当の目的であることも、一言たりとも記されてはいなかった。


「事実しか書いていないのが、なおさら質が悪いですね。復興支援については綺麗に触れていませんから」


 月読が呆れたように言うと、那岐は肩を竦めながら竹簡を丸める。


「聞かれなかったからね。それに姫なら、これだけで全部察してくれると思うよ」


 あまりにも当然のような口調に、月読は思わず吹き出した。


「父上はたまに姉上より狡猾です」

「そんなつもりはないんだけどね」


 苦笑する那岐を見ているうちに、月読の口元にも自然と笑みが浮かぶ。こういうところは昔から変わらない。人を騙そうとしているのではなく、困っている誰かを助けるためなら理屈より先に体が動いてしまうのだ。


 その結果として周囲を振り回される者は大変なのだが、それでも月読は嫌いではなかった。




 山門壱国の主祭殿では、日巫女が祭壇の前に据えられた銅鏡を静かに見つめていた。

 磨き上げられた鏡面には、妖力によって遠く離れた南方の景色が淡く映し出されている。そこに映るのは狗奴国との戦いを終えた戦場の光景だった。敵軍はすでに壊滅し、生き残った者たちも山中へ散り散りに逃げ込んでいる。その様子を見れば、大規模な反攻などもはや不可能であることは明らかだった。

 やがて前線からの使者が到着し、主祭殿の中央で膝をつく。


「申し上げます。那岐様より伝令です。敵残党が山中へ潜伏しており、掃討にはなお時日を要するとのこと。長期戦に備え、兵糧の追加支援を求めております」


 報告を聞き終えた日巫女は、わずかに眉をひそめた。


「父上も月読も……私を欺けると思いましたか」


 声は静かだったが、その額にはうっすらと青筋が浮かんでいる。敵残党が山中に逃げ込んでいること自体は事実だろう。しかし、それを理由に追加の兵糧を要求した本当の目的が別にあることくらい、日巫女にはすぐに分かった。


 戦場周辺の村々は焼かれ、田畑は踏み荒らされ、倉に蓄えられていた食料も失われている。那岐がそうした被害を見過ごして帰還するはずがなく、月読もまた父の考えに同調しているに違いなかった。


「復興支援のためでしょうね」


 日巫女はため息混じりに呟く。しかし実のところ、その程度のことは戦が終わる前から予想済みだった。


 主祭殿の裏手には、すでに数十台の荷車が整然と並べられている。兵糧、種籾、布、薬草、鍬や鋤などの農具に加え、大工道具や建材まで積み込まれた荷駄隊は、数日前から出発準備を終えて待機していた。那岐が戦後復興を優先するであろうことも、月読がそれを支えるであろうことも、日巫女には容易に想像できたのである。


 しばらく考え込んだ後、日巫女は使者へ視線を向けた。


「承知しました。前線の要請を受理します」

「はっ」

「直ちに追加兵糧と支援物資を送ってください。復興に必要な物資も、すべて積載するように」

「承知いたしました」


 使者は深く頭を下げると、足早に退出していった。その直後から主祭殿の外では号令が飛び交い、待機していた荷駄隊が次々と動き始める。傍目には、今まさに要請を受けて準備を整えたように見えるだろう。しかし実際には、すべて日巫女の想定の範囲内だった。


 やがて部屋に静寂が戻ると、日巫女は再び銅鏡へ視線を落とした。鏡の向こうでは、那岐と月読が地図を広げながら何やら真面目な顔で話し合っている。その姿を見つめているうちに、先ほどまでの怒りも次第に薄れていった。


「父上は民が困っていれば放っておけない。月読はそんな父上に甘い」


 呆れたように呟きながらも、その口元には自然と微かな笑みが浮かぶ。


「そして二人とも、私なら気付かないと思っているのですから始末が悪いですわ」


 しばし鏡の中の二人を見つめた後、日巫女は肩を竦めた。


「まったく……似た者親子ですね」


 そう言って立ち上がる。その声には呆れと諦め、そして家族への愛情が入り混じっていた。


「ならば私は、父上がやりたい事を支えるだけです」


 女王として、そして家族の長女として。




 その頃、南部の村々では、那岐たちの復興作業が本格的に始まっていた。焼け落ちた家々からは未だ焦げた木の匂いが漂い、踏み荒らされた田畑には雑草が伸び始めている。逃げ遅れた老人や子供たちは粗末な仮小屋で身を寄せ合い、明日の食事さえ不安な状況だった。


「まだ終わっていないよ」


 荒れ果てた村を見渡しながら那岐は言った。


「敵を追い払うだけでは、まだ終わりとは言えないよ。本当に難しいのは、その後だよ」


 その命令により兵たちは故郷へ帰ることなく各地へ配置され、槍を鍬へ持ち替え、弓を置いて木材を運び始めた。焼け落ちた家の柱を立て直し、崩れた井戸を掘り返し、破壊された堤や水路を修復する姿は、もはや兵士というより復興を担う労働者そのものだった。


 最初は戸惑っていた兵たちも、家を失った子供たちや老人たちの姿を見るうちに、誰に命じられるまでもなく黙々と働くようになっていく。


 やがて山門から到着した荷駄隊が長い列を作って村々へ入り、米や粟、種籾、干魚、薬草、布などの物資を次々と運び込んだ。それらは本来なら戦功を立てた兵たちへ与えられる褒賞だったが、那岐は一切受け取らせなかった。


「腹を空かせている者がいるのに、勝者だけが満腹になる国は長く続かないよ」


 その言葉どおり、運ばれてきた食料は村人たちへ優先して配られた。久しぶりに温かな粥を口にした老人は涙を流し、幼い子供たちは夢中で握り飯を頬張った。


 一方、月読は各地から集まる報告を整理していた。どの村に何人が暮らし、どれだけの田畑が被害を受け、食料は何日分残り、種籾は足りているのか。月読は竹簡へ数字を書き込みながら、不足する地域へ優先的に物資を回し、井戸の使えない集落には掘削要員を派遣するなど、膨大な復興計画を着実に進めていく。


「この村は三日後には食料が尽きます」

「なら二十俵回して」

「南の集落は井戸が使えません」

「掘削要員を十人送るよ」


 若き将でありながら、その働きは熟練の政務官にも劣らなかった。

 那岐もまた毎日のように各地を巡り、倒れた家屋の柱を自ら担ぎ上げ、老人たちと共に畑を耕し、ときには泣いている子供を肩車して歩いた。

 その姿を見た村人たちは次第に心を開き、


「本当に助けてくれるのか」

「見捨てられたと思っていた」

「山門は違うのだな」


 と語るようになる。

 そんな言葉に対し、那岐はいつも同じ答えを返した。


「同じ国の民だからね」


 その言葉はどんな戦勝の演説よりも強く人々の胸に残り、復興が進むにつれて皆が一つの事実を理解し始める。


 山門壱国は強い国だった。しかし人々が本当に敬意を抱いたのは、その強さではない。傷ついた民を見捨てず、勝利の果実を独占せず、守るべき者のために力を使う国だったからだ。


 勝つために戦うのではない。

 守るために戦う国。

 それこそが山門壱国だった。




 一方、少し離れた場所からその様子を眺めていた須佐之男は、積み上げられた木材へ腰を下ろし、退屈そうに大きな欠伸を漏らした。


 復興に励む兵士たちを見ても、竹簡を抱えて走る役人たちを見ても、どうにも体が落ち着かない。戦の最中は朝から晩まで駆け回っていたのだ。こうして何もせずに座っている方が、須佐之男にとってはよほど苦痛だった。


「父上」


 須佐之男は唐突に立ち上がった。


「どうかしたの?」

「海へ行ってくる」

「魚でも獲りに行くの?」

「ああ。腹の足しにはなるだろ」


 須佐之男はそれだけ言うと、海の方角へ歩き出した。那岐はその大きな背中を見送りながら、苦笑まじりに声をかける。


「無茶だけはしないでね」

「任せろ」


 振り返りもせず片手を上げる須佐之男の姿に、月読は竹簡から顔を上げ、わずかに眉を寄せた。


「……嫌な予感がしますね」

「魚を獲りに行くだけ……だよね」

「須佐之男ですよ」

「……そう言われると不安になる……」


 そして三日後、海辺の村から駆け込んできた使者の報告を聞いた那岐と月読は、揃って言葉を失うことになる。


「須佐之男様が鯨を仕留めました!」


 急ぎ浜辺へ向かった二人の目に飛び込んできたのは、魚などという言葉では到底収まりきらない、小山のような巨大な鯨だった。数十人の男たちが総出で解体に当たっているが、それでも作業は追いつかず、浜辺には血と潮の匂い、そして久しく聞くことのなかった村人たちの歓声が満ちている。

 その中心で、須佐之男は満足そうに胸を張り、村人たちへ声を張り上げていた。


「肉は全部配れ! 子供がいる家から先だ! 干せる分は干して、脂も捨てるな! 骨も髭も使える奴に渡せ!」


 村人たちは声を揃えて応じ、次々と肉を切り分けていく。戦で疲弊し、食料の先行きに怯えていた人々の顔には、久しぶりに明るい笑みが浮かんでいた。腹を満たせるという事実は、それだけで人の心に力を戻す。

 月読は巨大な鯨と弟の顔を何度も見比べたあと、深々と息を吐いた。


「須佐之男、お前に一度『魚を獲りに行く』という言葉の意味を教えるべきでした」


 呆れ半分に言うと、須佐之男は心底不思議そうな顔をする。


「魚じゃないのか。海で獲ったぞ」

「そういう問題ではありません」


 那岐は思わず口元を押さえた。戦場でも冷静な月読がここまで困惑する姿は珍しい。

 しかし月読は再び浜辺へ視線を向ける。そこでは村人たちが声を掛け合いながら鯨肉を切り分け、子供たちは久しぶりのご馳走に歓声を上げていた。戦によって沈んでいた空気が嘘のように明るい。


「もっとも、結果としては見事です」


 月読は素直に認めた。


「これだけの肉があれば多くの村を支えられますし、脂も骨も無駄になりません。食料不足に苦しむ今の状況では、これ以上ない成果でしょう」


 須佐之男は満足そうに腕を組んだ。


「だろう」

「ただし次からは事前に相談してください。これほどの獲物になると、運搬も保存も配分も大仕事です。知らせてもらえれば、人員も荷車も用意できます」


 須佐之男は少し考え込んだあと、ようやく納得したように頷いた。


「なるほど。俺が獲って、兄上が配るわけか」

「そういうことです。お前はこういう時、本当に頼りになりますからね」


 月読が苦笑しながら言うと、須佐之男は照れ隠しのように鼻を鳴らした。


「当たり前だ」


 その様子を見ていた那岐は、静かに笑みを浮かべる。


「二人とも良い働きをしているよ」


 浜辺には人々の笑い声が響いていた。戦で疲弊した村々にとって、この巨大な鯨は単なる食料ではない。再び前を向いて生きていくための希望そのものだった。



 さらに数週間が過ぎる頃には、戦の爪痕も少しずつ薄れ始めていた。


 焼け落ちた村々では新たな家々の建築が進み、崩された堤や水路も修復されて再び水が流れ始めている。山門から運び込まれた種籾は各地へ配られ、農民たちは来年の収穫へ向けて田を耕し、避難していた人々も少しずつ故郷へ戻り始めていた。


 もちろん、すべてが元に戻ったわけではない。家族を失った者もいれば、傷を負い、今なお苦しみを抱える者もいる。それでも人々は荒れ果てた土地に再び種を蒔き、壊れた家を建て直しながら前を向いて歩き始めていた。


 丘の上から復興の進む村々を見渡した那岐は、小さく息を吐いた。田では農民たちが鍬を振るい、修復された道には荷車が行き交い、港には漁船が戻っている。その光景は、失われた日常が確かに戻りつつあることを物語っていた。


「もう大丈夫そうだね」


 隣に立つ月読も静かに頷く。


「はい。あとは各村が自力で立ち上がれます」


 その言葉を聞いた那岐は満足そうに頷いた。

 各地へ駐留していた兵たちへ召集がかけられ、復興支援に従事していた軍勢は再び一つに集結する。だが、その姿は出征した時とは大きく異なっていた。


 鎧には土埃がこびり付き、多くの兵は剣よりも鍬や斧を握っていた時間の方が長い。彼らは戦場で敵と戦っただけではなく、村を再建し、食料を運び、荒れた土地を蘇らせるためにも力を尽くしてきた。


「帰ろう、山門へ」


 その一言とともに大軍は山門壱国への帰路についた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。『邪馬台国叙事詩―神代建国譚―』は、日本神話や古代史に残された伝承をもとに、「神とは何だったのか」「国はどのように生まれたのか」という問いを、自分なりの解釈で物語として描いている作品です。


 歴史として語られる出来事と、神話として語り継がれる伝承。その境界には、今では失われてしまった多くの人々の営みや想いがあったのではないか。そんな想像を膨らませながら執筆しています。


 本作には史実や伝承を参考にした部分もありますが、多くの独自解釈や創作を含んでいます。一つの物語として楽しんでいただければ幸いです。


 少しでも面白いと感じていただけましたら、感想や評価、ブックマークなどで応援していただけると励みになります。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


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