十章 神武東征 八話 長髄彦の脅威
東征軍の船団は、浪速国の白肩津へと到着した。先頭を進んでいた彦五瀬の船団が岸へ近づくと、船から次々と兵士が降り立ち、武具や物資を陸へと運び始めた。
後続の磐余彦の船団は、彦五瀬の率いる部隊が上陸を終えるまで、少し沖合に船を留めて待機していた。
彦五瀬は上陸すると、ただちに兵を周辺へ展開させ、港とその背後に広がる土地の警戒に当たらせた。
全軍が陸に降り立つまでの間、先に上陸した兵たちで周囲の安全を確保し、後続の船団を迎え入れるつもりだったのである。
しかし、白肩津は大軍の上陸に適した広い土地ではなかった。
海岸から少し進むだけで平野は狭まり、その先には木々の生い茂る山々が連なっていた。
斜面には背の高い草木が密集し、入り組んだ地形が視界を遮っているため、たとえ兵が潜んでいたとしても、海岸からその姿を見つけることは容易ではなかった。
彦五瀬の兵たちは周辺を警戒しながら上陸を進めていたものの、木々の奥に潜む敵の存在には気づいていなかった。
海岸ではなおも兵士たちが船から降り立ち、武具や荷を受け渡す声が響いていたが、その背後に迫る危険を察知した者は誰もいなかった。
そして、彦五瀬の率いる全部隊が上陸を終えるよりも早く、静まり返っていた山の木々の奥から、おびただしい数の矢が一斉に放たれた。
木々の奥に陣を構えていたのは、長髄彦率いる登美の軍であった。
長髄彦は、眼下で混乱する大倭壱国の兵たちを見下ろしながら、呆れたように鼻を鳴らした。
「物見の知らせだけでは半信半疑であったが、まさか本当に我らの懐へ飛び込んでくるとはな。大倭壱国の小童どもめ、よほど戦を知らぬと見える。よかろう、儂が戦というものを教えてやろう!」
長髄彦の号令を受けた登美の軍は、木々に身を隠したまま一斉に矢を放ち、上陸を終えたばかりの東征軍へ容赦なく攻撃を浴びせた。
四方から降り注ぐ矢によって兵たちは次々と倒れ、敵の姿さえ確認できないまま被害だけが増えていく状況に、東征軍の陣形はたちまち乱れ始めた。
「狼狽えるな! 態勢を立て直せ! 盾をかざし、互いに身を守りながら陣形を整えるのだ!」
彦五瀬は声を張り上げ、混乱する兵たちを立て直そうと懸命に指揮を執ったが、登美の軍から放たれる矢は衰えるどころか、ますます激しさを増していた。
盾を構えて身を守ろうとする兵たちにも容赦なく矢が襲いかかり、中には盾を貫通して背後の兵士に突き刺さるものまであり、これまで経験したことのない攻撃の威力に、兵たちの間には恐怖が広がっていった。
それでも彦五瀬は退こうとせず、必死に兵たちへ指示を飛ばし続けていたが、その最中、敵の放った一本の矢が彦五瀬の腕に深々と突き刺さった。
激痛に思わず体勢を崩した彦五瀬は、すぐさま矢を引き抜こうとしたものの、矢尻には返しがついており、無理に抜けば傷口をさらに広げてしまうため、容易に取り除くことができなかった。
「くそっ、この程度の傷で……! 儂に構うな、兵たちを立て直せ!」
彦五瀬は腕に矢が刺さったまま指揮を続けようとしたが、その姿を見た側近たちは、これ以上戦場に留まらせるわけにはいかないと判断し、抵抗する彦五瀬を取り囲んで半ば強引に船へ連れ戻すことにした。
しかし、混乱する兵たちを辛うじて統率していた主将が戦場を離れたことで、東征軍はついに統制を失い、押し寄せる矢の雨から逃れようと、兵たちは我先にと海岸へ向かって後退し始めた。
彦五瀬の兵が次々と船へ逃げ戻ってくる様子を、磐余彦は甲板から見つめていた。
兄が負傷し、側近たちに支えられながら後退していることも見て取れた。
しかも登美の軍は攻撃の手を緩める気配がなく、このままでは撤退する兵が次々と討たれてしまう。
「兄上が危ない。直ちに上陸して兄上を支援する!」
磐余彦が命じると、傍らに控えていた椎根津彦が即座に制止した。
「いけません! 今すぐ沖へ出て、速やかに撤退するべきです!」
「今向かっても、向こうは混乱している最中です。俺たちまで巻き込まれかねません」
日臣も険しい表情で進言した。すでに彦五瀬の軍は統制を失い、船へ向かって後退を始めている。
その只中へ新たに兵を上陸させたところで、味方の混乱に巻き込まれ、かえって被害を広げる恐れがあった。
「引きましょう、磐余彦様。今なら我らの船団は、まだ無傷で撤退できます」
椎根津彦は重ねて進言したが、磐余彦は陸へ向けていた視線を戻し、その顔をじっと見つめた。
「椎根津彦、万が一の対策とはこのことか? 兄上を見捨てろと?」
「私の主は磐余彦様ただお一人です。必要とあらば……」
椎根津彦はそこで言葉を切った。
彦五瀬を見捨てれば、少なくとも磐余彦の軍は救える。軍師としては、それが最も確実な選択だと考えていたのである。
しかし、磐余彦は静かに首を振った。
「駄目だ、椎根津彦。すまないが、その策は受け入れられない。兄上をあのまま置いていくことなど、私にはできないんだ」
磐余彦は再び陸へ目を向けた。矢の雨が降り注ぐ中、味方の兵は必死に船へ戻ろうとしているが、敵の攻撃は激しくなる一方だった。
「少しの間だけでよい。兄上と兵たちが無事に撤退できるまで、敵を食い止める策を出してくれ。全軍を救えなどと無茶は言わない。撤退するための時間が欲しいんだ」
椎根津彦の額から汗が流れた。敵の猛攻によって崩れかけている前線へ向かい、味方の撤退が完了するまで踏みとどまれというのである。
しかも、ただ敵を食い止めるだけではない。混乱した味方を船へ戻し、追撃を防ぎながら自分たちも撤退しなければならないのだ。
今から兵を上陸させたところで、敵の攻勢に呑み込まれ、そのまま敗走する可能性が高い。
どうすればよいのか、椎根津彦は必死に思案を巡らせた。磐余彦の命を守りながら、彦五瀬とその兵たちも救う。
その両方を成し遂げる策を、今この場で考え出さなければならない。
――椎根津彦、お前は今こそ試されているのだ。
自らにそう言い聞かせた時、大久米が静かに目の前へ進み出た。
何も言わず、ただ椎根津彦を真っ直ぐに見つめている。その表情には迷いも恐れもなく、まるで自分を前線へ向かわせろと訴えているようだった。
椎根津彦はその姿を見つめ、ようやく腹を決めた。
十分に練り上げた策とは到底いえないが、今は手持ちの兵と仲間たちの力を信じて、できる限りのことをするしかなかった。
「申し訳ありません。大した策ではございませんが、やってみます」
「すまない、椎根津彦」
椎根津彦は戦況を見据えながら、船上の兵たちに向けて声を張り上げた。
「全兵士に告ぐ! 必ず盾を持て! 敵の矢は強力だ、決して無防備で前へ出るな! 大久米、お前は盾と槍を持って先に上陸し、味方の撤退が完了するまで前線を維持しろ!」
大久米は無言で頷くと、盾と槍を手に取って船を降り、混乱の続く岸辺へ向かった。
次々と兵が船へ逃げ戻ってくる中、ただ一人、逆方向へ進んでいく巨漢の姿に、周囲の兵たちは思わず道を開けた。
「日臣、お前は兵を率いて速やかに上陸し、盾を並べて壁を作れ! 必ず一塊となって隊列を維持しろ、決して敵に突破させるな!」
日臣は思わず唾を飲み込んだ。
敵の矢が降り注ぎ、先行した味方が敗走している戦場へ自ら飛び込み、その撤退を援護しろというのである。
しかも敵の勢いを食い止めるだけでなく、味方が船へ戻るまで防御陣形を維持しなければならないのだから、相当に厳しい任務であった。
果たして自分にやれるのかという不安が頭をよぎったが、日臣はすぐにその考えを振り払った。
ここで自分たちが踏みとどまらなければ、彦五瀬の軍は撤退することすらできず、東征軍そのものが壊滅しかねないのである。
「者ども、俺に続けぇぇぇ!」
日臣は声を張り上げると、盾を掲げた兵たちを引き連れて上陸を開始した。
兵たちもその号令に応じ、逃げ戻ってくる味方をかき分けながら岸辺へ進み、日臣の指示に従って盾を並べ始めた。
その一団には磐余彦も加わっていた。
彦五瀬の軍を救うためとはいえ、総大将の弟である磐余彦まで前線へ出ることに、日臣は気が気ではなかった。
「磐余彦様、どうか船にお戻りください! ここは我らにお任せを!」
「日臣、今回はせめてここにいさせてくれ。兄上を助けに来たんだ、私も一緒に戦うよ」
磐余彦は退くつもりがないらしく、盾を構えたまま日臣を見つめていた。
その表情に決意を感じ取った日臣は、これ以上言い争っている暇などないと判断し、まずは防御陣形を完成させることに集中した。
「大久米! 一旦こっちに戻れ! 防御陣形を構築するのが先だ!」
前方で敵の進撃を食い止めていた大久米は、日臣の声に振り返ることなく反応した。
盾を前に掲げ、槍で敵を牽制しながら一歩ずつ慎重に後退すると、最後まで敵に背を向けることなく、日臣が兵を並べている防御陣形へ合流した。
長髄彦は、浜辺で盾を並べて防御陣形を築こうとする東征軍の姿を見て、すぐさま全軍に追撃を命じた。
「小癪な、その程度で防げると思っているのか。前進だ! 大倭壱国の連中を叩き返せ!」
その号令に応じ、木々の間から登美の兵たちが次々と姿を現した。
弓兵が後方から矢を放ち続けるなか、盾と槍を構えた兵たちが一斉に前進し、浜辺に陣を敷く東征軍へ迫ってくる。
狭い浜辺に続々と敵兵が押し寄せ、磐余彦たちの前には、たちまち幾重にも連なる敵の戦列が広がった。
「来たよ」
磐余彦が迫り来る敵軍を見据えて声をかけると、隣で指揮を執っていた日臣は、思わず顔をしかめた。
「まじか、予想以上に敵が多いじゃねーか……」
額に汗を浮かべながらも、日臣はすぐに兵たちへ号令をかけ、盾を構え直させた。
ここで陣形を崩せば、後方で撤退を続けている味方まで敵に飲み込まれてしまう。
敵の勢いを前にしても、今は一歩も引くわけにはいかなかった。
やがて両軍の先頭が激突し、盾と盾が激しい音を立ててぶつかり合った。
登美の兵たちは数の優位を生かして力ずくで押し込もうとするが、日臣の指揮する兵たちも肩を寄せ合い、盾を密着させて必死に踏みとどまる。
前列の兵が押されれば後列の兵が背中を支え、わずかに生じた隙間には別の兵がすかさず入り込み、何とか戦列を維持していた。
「盾の構えを崩すな! 槍を突き立てろ!」
日臣は自らも前列で敵兵と刃を交えながら、声を張り上げて兵たちを叱咤した。
その号令に応じて盾の隙間から次々と槍が突き出され、押し寄せる登美の兵を迎え撃つ。
敵も負けじと槍を繰り出し、盾を押し合う兵たちの頭上や肩越しに鋭い穂先が飛び交った。
浜辺には怒号と悲鳴が入り混じり、槍が盾を打ち、武具が激しくぶつかり合う音が絶え間なく響いていた。
双方が一歩も譲らぬまま、戦闘はますます激しさを増していった。
「じれったい! あの程度の兵を崩せないのか!」
長髄彦は苛立ちを露わにすると、傍らに置いていた長槍を掴み、自ら最前線へと歩み出した。
七十をとうに超えた老将とは思えぬ堂々たる体躯を持ち、その背丈は六尺を優に超えている。
長年の戦場で鍛え上げられた巨体が兵たちの間を進むと、登美の兵は道を開け、老将の姿を認めた者たちから次々と歓声が上がった。
長髄彦は日臣の築いた防御陣形へ迫ると、並べられた盾のわずかな隙間を見逃さず、長槍を突き入れた。
槍の柄を強引に押し込んで盾を持つ兵の姿勢を崩し、さらに巨体をぶつけるようにして盾の壁をこじ開ける。
その凄まじい力に耐えきれず、数名の兵が盾ごと吹き飛ばされ、辛うじて維持されていた防御陣形の一角が崩れた。
「どうだ! 大倭壱国の小童共!」
長髄彦の怒声が戦場に響き渡り、開いた隙間へ登美の兵たちが殺到しようとする。
日臣は慌てて周囲の兵を呼び寄せ、崩された陣形を立て直そうとしたが、目の前の敵を押し返すだけで精一杯だった。
「くそったれ! ここを破らせるな!」
その様子を見た磐余彦は、これ以上敵を入り込ませては防御陣形そのものが崩壊すると判断し、自ら武器を構えて長髄彦の前へ進み出た。
「防がなきゃ!」
「ほう、その身なり、この軍の将のようだな。よかろう、相手をしてやるわい!」
長髄彦は目の前に現れた若い将を見据えると、長槍を構え直し、間合いを詰めるなり鋭い突きを繰り出した。
磐余彦は咄嗟に武器を合わせて受け止めたものの、腕に伝わってきた衝撃は想像を遥かに超えており、踏みとどまろうとした足が地面を滑った。
受けた瞬間、両腕が痺れ、握っていた武器を取り落としそうになった。
長髄彦の攻撃は単に力任せというわけではなく、長年の経験で磨かれた槍の技に、巨体から繰り出される凄まじい膂力が加わっていたのである。
――なんて力だ……! この老人、一撃の重さだけで私の姿勢を崩してきた……!
磐余彦は必死に体勢を立て直そうとしたが、長髄彦はその隙を見逃さず、さらに前へ踏み込んだ。
「磐余彦様! お下がりを!」
日臣が叫んだものの、彼自身も押し寄せる敵兵との戦闘に追われ、主君の援護へ向かうことができない。
周囲の兵もそれぞれ敵を食い止めるのが精一杯であり、磐余彦は長髄彦の前に取り残される形となっていた。
「なんだ、その程度か! ならば覚悟!」
長髄彦は磐余彦に狙いを定め、再び長槍を突き出した。
先ほどの一撃で腕の痺れが残る磐余彦は、迫り来る穂先を前にして、受け止めることも避けることも間に合わないと悟った。
だが、その槍が磐余彦に届くことはなかった。
横合いから大きな盾が割り込み、長髄彦の槍を受け止めたのである。盾の後ろに立っていたのは大久米だった。
大久米は盾を構えたまま長髄彦の攻撃を受け流すと、すかさず槍を突き出して反撃した。
思いがけぬ横槍に長髄彦が一歩後退した瞬間、大久米はその隙を逃さず、盾を前面に押し立てて巨体を躍らせた。
長髄彦が槍を構え直すより早く、大久米の盾が真正面から激突する。
全身の力を込めた凄まじい突進を受け、さしもの長髄彦も踏みとどまることができず、その巨体が後方へ吹き飛ばされた。
周囲の登美の兵たちは、長髄彦が押し返されたことに驚いて足を止めた。
そのわずかな間に日臣は兵を呼び戻し、大久米が守った隙間へ新たな盾を並べさせると、槍を突き出させて防御陣形を修復した。
「よし! そのまま押し返せ! 絶対に崩すんじゃねえぞ!」
一方、長髄彦は地面に叩きつけられたものの、すぐさま起き上がり、槍を構え直していた。
自分を吹き飛ばした若い大男を鋭く睨みつけ、その力量を確かめるように全身を見据える。
大久米もまた盾と槍を構え、長髄彦から一歩も目を離さなかった。
両者の間には、周囲の喧騒さえ遠ざかるような張り詰めた空気が漂っていたが、再び長髄彦が踏み出そうとしたところで、側近たちが慌てて駆け寄ってきた。
「長髄彦様! これ以上、御自ら前へ出られてはなりませぬ!」
「ここは我らにお任せください! どうか後方へ!」
長髄彦はなおも大久米を睨みつけていたが、側近たちの必死の説得を受け、ようやく槍を下ろした。
しかし、その表情から怒りが消えることはなく、修復された大倭壱国軍の盾の壁を見据えると、後方に控えていた兵たちへ新たな命令を下した。
「ええい、後続の兵を投入せい! あの盾の壁を今度こそ突き崩すのだ!」
もう長くは持ちこたえられない。長髄彦の猛攻を前に、磐余彦たちは防御陣形を維持するだけで精一杯となっていた。
日臣は声を張り上げて兵たちを鼓舞し、大久米も最前線で敵の攻撃を押し返していたが、次々と押し寄せる登美の兵を前に、盾の壁は少しずつ後退を余儀なくされていた。
その時、海上から無数の矢が飛来し、長髄彦の部隊へ降り注いだ。磐余彦たちが乗ってきた船団からの援護射撃であった。
突然、横合いから矢を浴びせられた登美の兵たちは、盾を海側へ向ける者や後退する者が現れ、前進の勢いが鈍り始めた。
「ええい、小賢しい!」
長髄彦は苛立たしげに声を上げたが、船団からの射撃は途切れることなく続き、磐余彦たちを追い詰めていた登美の軍勢に、わずかながら隙が生まれた。
船団を指揮していた椎根津彦は、その機を逃さず甲板から身を乗り出し、磐余彦たちへ向けて大声で呼びかけた。
「主力部隊も彦五瀬様も、無事に撤退されました! 磐余彦様も、速やかにお戻りください!」
その報告を聞いた磐余彦は、ようやく胸をなで下ろした。
兄と主力部隊が無事に船へ戻ったのであれば、これ以上、この地に踏みとどまる必要はない。
磐余彦はすぐに日臣へ視線を向け、撤退を命じた。
「わかった。日臣、我々も引こう!」
「承知いたしました! 全軍、撤退だ! 盾を下げるなよ! 陣形を崩さず、そのままゆっくり引くぞ!」
日臣の号令を受け、兵たちは盾を構えたまま少しずつ後退を始めた。
敵に背を向ければ、たちまち追撃を受けてしまうため、互いの間隔を保ちながら、迫り来る槍を防ぎつつ海岸へ向かうしかなかった。
大久米も最前線に残って敵を牽制し、日臣の指揮する兵たちとともに、最後まで防御陣形を維持し続けた。
海上からは椎根津彦の指揮する船団が矢を放ち続け、登美の兵たちが不用意に追撃できないよう援護していた。
その援護を受けながら、磐余彦たちは負傷兵を先に船へ乗せ、残る兵も順次乗船させていった。
日臣は最後まで兵たちの動きを確認し、全員が船へ戻ったことを確かめてから、自らも船へ飛び乗った。
こうして磐余彦たちは、日臣の指揮と椎根津彦の援護によって、かろうじて全軍の撤退に成功した。
船団は次々と岸を離れ、登美の兵たちの矢が届かない沖合へ向けて進み始めた。
長髄彦は海岸に立ち、遠ざかっていく大倭壱国の船団を睨みつけていた。
あと一歩で敵の防御陣形を崩せたというのに、船団からの援護によって取り逃がしてしまったのである。
だが、その眼に落胆の色はなく、むしろ久しく味わうことのなかった戦場の高揚と、なおも燃え上がる闘志が宿っていた。
長髄彦は槍を握り直すと、遠ざかる船団をいつまでも睨み続けていた。




