十章 神武東征 七話 白肩津上陸
西暦二百四十八年、初夏。
宇佐の地に移り住んだ那岐は、東へ向かった磐余彦たちの動向を気にかけながら、もう一つの問題に頭を悩ませていた。
それは、宇佐の宮を中心に広まりつつある女王日巫女に関する噂であった。
長らく人前に姿を見せていない日巫女について、民の間ではさまざまな憶測が飛び交っていた。
妖力が衰えて老い始めたという者もいれば、すでに亡くなっているのではないかと疑う者まで現れている。
那岐は、そうした噂が娘の権威を損なうだけでなく、大倭壱国の統治にも影響しかねないことを心配し、何かできることはないかと月読に相談することにした。
「噂の件は私も把握していますが、人の噂を取り締まるのは現実的ではありませんからな」
月読は困ったように答えた。宮の役人たちも噂の広まりを警戒していたが、口伝えに広がる話を一つ残らず取り締まることなどできず、かえって人々の疑念を深める恐れもあった。
「原因は、やはり姫の神秘性を疑いだしていることなのかな?」
「根っこはそこでしょう。姉上が姿を見せなくなって久しく、今ではその存在そのものを疑っている者すらおります」
那岐はしばらく考え込んでいたが、やがて何かを思いついたように顔を上げ、月読へ穏やかに話しかけた。
「神秘性か……それなら、何か儀式でもしたらいいのかな。そうだ、月読、舞えるよね?」
「何を言い出すかと思えば……舞えません」
月読は間髪を入れずに答えた。そのあまりにも素早い拒絶に、傍らで護衛として控えていた竹と浦が思わず顔を上げる。
「ひいおじい様も舞うのですか?」
「私、見てみたいです!」
それまで大人しく話を聞いていた双子だったが、月読が舞を披露するかもしれないと知るや、すっかり興味を引かれてしまった。
竹は珍しく期待を込めた眼差しを向け、浦に至っては、今にも舞を始めてほしいと言わんばかりに身を乗り出している。
「舞いませんよ。まったく……消し去った遠い昔の悪夢を蒸し返さないでいただきたい」
月読は露骨に嫌そうな顔をした。
若い頃、父に振り回されながら巫女舞を披露させられた記憶は、長い年月を経た今でも忘れられないらしい。
その苦々しい表情を見た那岐は、当時のことを思い出したのか、申し訳なさそうに笑いながらも、どこか楽しげに肩を揺らしていた。
「あはは、悪い悪い。昔のことを思い出したら、つい懐かしくなってしまってね」
那岐が楽しそうに笑うと、月読は呆れたように息をつき、話を本題へ戻すことにした。
「現在も東征軍の勝利を願う祈祷は、各地でこまめに行われておりますが、父上にも奉納舞をお願いできるのであれば、民もさぞ喜ぶことでしょう」
「そっちはしないよ。私は今回の戦に賛成しているわけではないからね」
那岐は穏やかな口調ながらも、その点だけははっきりと断った。
三輪山には亡き邇芸速日が築いた国があり、今もその子や一族が暮らしている以上、どちらか一方の勝利を願うことなどできなかったのである。
「では、東へ向かった者たちの航海の無事と、皆の健康を祈る奉納舞ではいかがでしょう。勝敗には関わらず、民の安寧を願うものであれば、父上のお考えにも沿うかと存じます」
「無事の航海と健康か……うん、それならやってもいいかな。磐余彦たちにも無事でいてほしいし、姫のためにもなるのなら、今回は本気でやってみようかな」
那岐が少しばかり乗り気になった様子を見せると、月読は思わず笑みを浮かべた。
父が人前で舞を披露するのは久しいことであり、まして今の那岐は隠居してからというもの、妖術を使うことさえ滅多になくなっていたのである。
「姉上のことになると、父上は昔から甘くなりますな。久しぶりに父上の舞を拝見できるとは、私も楽しみでございます」
「今回は普通の儀式よりも、少しばかり神秘性を表に出してみようと思うんだ。せっかくだから、見に来てくれた人たちが驚くくらい派手にしてみようかな」
「それは楽しみですな。父上が本気で舞われるのであれば、民の間に広がっている噂も収まり、姉上の権威を取り戻すきっかけになるやもしれません」
月読が期待を込めてそう告げると、那岐はしばらく考え込んだ末、何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ、月読。姫と偽って舞ってもいいか、本人に訊いておいてね」
「……はい?」
あまりにも唐突な提案に、月読は思わず聞き返した。
父が久しぶりに舞を披露するだけでも十分に驚くべき話だというのに、今度は女王である姉に成りすまそうというのである。
月読は目の前の父を見つめたまま、しばらく言葉を失ってしまった。
那岐たちが部屋を辞した後、月読は主祭殿の三階へ上がり、日巫女の私室を訪れた。
近頃は体調が優れず、床に伏していることの多かった姉だったが、部屋に入ってみると、今日は珍しく上体を起こし、どこか楽しげな表情を浮かべている。
その目には久しく見ていなかった輝きがあり、月読は思わず足を止めた。
『さては、先ほどの話を聞いていたな……』
口には出さなかったものの、姉の様子を見れば察しがついた。
長年仕えてきた月読には、日巫女が何かを楽しみにしている時の表情など、手に取るように分かるのである。
「姉上、実は折り入ってご相談がありまして」
「何でしょう?」
日巫女は何事もなかったかのように問い返したが、その声は普段よりも明るく、月読には既に相談の内容まで承知しているように思えた。
「その……父上が姉上の権威を回復するため、姉上に成りすまして巫女舞を披露されたいと願い出ておられます」
「それは……随分と突然のお話ですね。儀式の準備は大丈夫なのですか?」
日巫女は少し驚いたような顔をしてみせたが、声には隠しきれない弾みがあった。
ここ最近の衰弱ぶりを知る月読にとっては、むしろそれほど元気な声を出せることの方が驚きである。
『白々しいな、もう……』
月読はそう思いながらも、姉の機嫌がよいこと自体は喜ばしく、あえて何も指摘せずに話を続けた。
「儀式の準備はこちらで手配いたします。日取りが決まり次第、宇佐の民にも告知いたしましょう」
「そうですか。それでしたら、儀式はこの部屋から見える場所で行いなさい。父上が私に成りすます以上、何か不都合があっては困りますから、私もこの目で見届けさせていただきます。それならば許可いたしましょう」
日巫女はもっともらしい理由を並べ、女王としての威厳を保ちながら命じたが、月読には姉の本音が分かっていた。
民に姿を見せることさえ避けてきた姉が、わざわざ自室から見える場所を指定したのである。
『父上の巫女舞を、間近で見たいだけでしょうが……』
しかし、月読はその思いを胸の内にとどめた。久しく人前に姿を見せず、政務のほとんどを自分に任せていた姉が、父の舞を見られるというだけでこれほど嬉しそうにしているのだ。
今さら野暮なことを言って、その楽しみを奪う必要もあるまい。
「承知いたしました。姉上のお部屋からよく見える場所に祭壇を設け、滞りなく儀式を執り行えるよう手配いたします」
月読が深く頭を下げると、日巫女は満足そうに頷いた。
その表情は、倭国の諸王を従える女王というよりも、父が舞う日を心待ちにしている、幼い頃の姫そのものだった。
数日後、月読が手配した巫女舞の奉納の儀式が、いよいよ執り行われようとしていた。
東へ向かった者たちの航海の安全と無事を祈り、今宵に限り女王日巫女自らが舞を奉納するという知らせは、たちまち宇佐の町中に広まった。
長らく人前に姿を見せていなかった女王を一目見ようと、宮の周辺には朝から大勢の人々が詰めかけ、日が暮れる頃には祭場を埋め尽くすほどの賑わいとなっていた。
その頃、主祭殿の奥では、那岐が鏡を前にして最後の身支度を整えていた。
白い化粧を施し、眉や目元を丁寧に整え、日巫女が身につけていたものに似せた華やかな巫女装束に袖を通している。
もともと中性的で可愛らしい顔立ちをしている那岐は、化粧と衣装を整えるだけで見違えるほど美しくなり、長い黒髪を結い上げた姿は、若き日の女王を思わせるものになっていた。
「月読、どうかな? ちゃんと姫に見える?」
那岐は鏡から顔を上げると、傍らに控えていた月読へ向き直り、少しばかり首を傾げて尋ねた。
月読は父の姿を改めて眺め、化粧の具合から髪の結い方、衣装の着こなしまで確かめてから、感心したように頷いた。
「はい。実によく似ておられます。弟の私ですら、こうして間近で拝見しても判別に迷うほどです。これならば、祭場の者たちも疑いますまい」
「そうかい? それならよかった。せっかく姫の代わりに舞うのだから、ちゃんと姫らしく見せてあげたいものね」
那岐は安心したように微笑むと、もう一度鏡に向かい、わずかに乱れていた髪を指先で整えた。
今夜の奉納舞が日巫女の権威を取り戻す助けになるのなら、多少目立つことも、久しく封じていた妖術を披露することも構わないと思っていた。
「よし、これでいこう。姫のためだもの、今夜は精一杯舞ってみせるよ」
「父上は、本当に姉上がお好きですね」
月読が穏やかに笑いながらそう言うと、那岐は不思議そうに振り返った。何を今さら当たり前のことを尋ねるのだろうとでも言いたげな表情だった。
「当たり前じゃないか。姫は私の宝だよ」
あまりにも自然な返事だったため、月読は思わず笑みを深めた。
幼い頃から姉は父にとって特別な存在だったが、それは幾十年もの歳月を経ても少しも変わっていないらしい。
月読の脳裏には、まだ山門で家族が共に暮らしていた頃、父の傍らで書物を読み、時には生意気な口を利きながらも、誰よりも父に甘えていた姉の姿が懐かしく蘇っていた。
あの頃は姉も自分もまだ幼く、父がいつまでも変わらぬ姿で傍にいてくれることを、何の疑いもなく信じていた。
やがて姉は女王となり、自分も壱岐や瀬戸内の政を担うようになって、家族が一つの家で暮らしていた日々は遠い昔のものになってしまったが、目の前で娘のために張り切っている父の姿だけは、あの頃と少しも変わっていなかった。
月読はそんな父の横顔を見つめながら、久しく忘れていた家族の温もりを思い出し、胸の奥に懐かしさが広がっていくのを感じていた。
儀式が始まったのは、日が暮れ、夜の帳が宇佐の宮を包み込んだ頃だった。
篝火に照らされた祭壇に、一人の巫女が静かに姿を現した。
白く化粧を施した肌に、紅を差した唇。艶やかな黒髪には美しい髪飾りが添えられ、純白の巫女装束が篝火の光を受けて淡く輝いている。
それは、女王日巫女に扮した伊邪那岐だった。
その姿が現れた瞬間、祭場を埋め尽くしていた人々の間から歓声が湧き上がった。
絶世の美女とは、まさにこのような姿をいうのだろう。夜の闇に浮かび上がるその美貌は、まるで天上から舞い降りた女神のようだった。
那岐の両脇には、同じく巫女装束をまとった竹と浦が控えていた。二人は静かに頭を下げ、祭壇の中央に立つ那岐へ場を譲った。
やがて、祭場に木鈴の澄んだ音色が響き渡った。
――しゃらーん。
その一音を合図に、那岐はゆっくりと両腕を広げた。
すると、那岐の身体から淡い光がこぼれ始めた。
最初は衣の裾を照らすほどの、かすかな輝きだった。
それが指先から髪へ、肩から足元へと広がり、やがて那岐の全身を柔らかな光が包み込んでいく。
木鈴が再び鳴った。
――しゃらーん。
那岐は音色に合わせ、静かに舞い始めた。
白い袖が夜風を含み、ゆったりと弧を描く。
指先が宙をなぞるたびに、小さな光の粒が生まれ、蛍のように舞い上がっていった。
足を運び、身体を巡らせ、袖を翻す。
その一つひとつの所作に合わせて光が流れ、祭壇の周囲を少しずつ明るく照らしていく。
そして、那岐の足が静かに地を離れた。
初めは誰も気づかなかった。
しかし、木鈴の音色が重なるにつれて、那岐の身体は少しずつ宙へ浮かび上がっていく。
「おお……!」
観衆の間から、驚きの声が漏れた。
那岐は地上を離れてなお、舞を止めなかった。
夜空を舞台とするかのように、ゆるやかに身体を巡らせる。
長い黒髪がふわりと広がり、白い袖が光の軌跡を描きながら宙を流れていった。
――しゃらーん。
木鈴が鳴るたびに、無数の光が那岐の周囲に生まれた。
金色の輝きが夜の闇に溶け、淡い光の粒となって祭場へ降り注ぐ。
その中で那岐は、重さというものを忘れたかのように軽やかに舞い続けていた。
ときには両袖を大きく広げ、ときには指先を胸元へ寄せ、静かに身を翻す。
華麗でありながら、どこまでも優雅だった。
艶やかな所作には少しの乱れもなく、舞うたびに衣が柔らかく揺れ、周囲の光までがその動きに寄り添うように流れていく。
夜空に浮かぶ白い巫女と、星々のように瞬く無数の光。
観衆は、もはや歓声を上げることさえ忘れていた。
ただ息を呑み、天上の女神が舞うかのような幻想的な光景を、夢中になって見上げていた。
舞が終わりへと近づくと、那岐はゆっくりと両手を天へ掲げた。
その指先から放たれた光が夜空へ昇り、たちまち巨大な光の球となって宇佐の上空に浮かび上がった。
まるで地上にもう一つの太陽が現れたかのように、眩い輝きが夜の闇を押し広げ、祭壇も、宮も、集まった人々の顔も、柔らかな金色に染め上げていく。
やがて光の球は静かに脈打ち、幾千もの小さな光へと分かれた。
無数の光は夜空いっぱいに広がると、流星のように長い尾を引きながら、ゆっくりと地上へ降り注いだ。
金色の光に混じって淡い青や白の輝きが瞬き、まるで天の星々が一斉に舞い降りてくるようだった。
人々は息を呑み、誰もが天を仰いだ。
光は人々の頭上を漂い、風に乗る花びらのように舞いながら、触れる寸前で静かに消えていく。
その光景はあまりにも美しく、夜空と大地の境さえ曖昧になるほど幻想的だった。
そして、最後の一筋が夜の闇へ溶けていった。
人々が名残惜しそうに視線を祭壇へ戻した時、そこには誰の姿もなかった。
先ほどまで天に向かって両手を掲げていた日巫女の姿は、忽然と消えていたのである。
両脇に控えていた二人の巫女も、いつの間にか姿を消していた。
ただ、祭壇には木鈴の余韻がかすかに残り、夜風に揺れる白い布だけが、そこに誰かがいたことを物語っていた。
しばしの静寂。
やがて観衆の中から、誰ともなく祈りの声が漏れた。
それは次第に広がり、人々は次々と膝をつき、誰もいなくなった祭壇へ深く頭を垂れていった。
この夜、宇佐の人々は、女王日巫女が天の光を従え、星々を降らせ、そして人知れず姿を消す光景を目の当たりにした。
神の姿を見たのだと、人々は信じた。
その夜の出来事は、やがて宇佐から倭の各地へと語り継がれ、海を越えた大陸にまで伝わっていく。
後の世に編まれた『魏志倭人伝』には、卑弥呼が鬼道に仕え、よく衆を惑わしたと記されることになるが、その記述の背景には、この夜に人々が目撃した常人には到底なし得ぬ奇跡と、それを神の御業として語り継いだ人々の存在があったのである。
彦五瀬と磐余彦率いる東征軍は、浪速国の白肩津を目指して航海を続けていた。
後世の大阪府東大阪市日下町付近と伝わるその地は、登美の領地にも近く、三輪山の纒向の宮へ向かうには都合のよい上陸地点であった。
船団の先頭では彦五瀬が指揮を執り、その後方に磐余彦の率いる船団が続いていた。
長い航海を経て目的地が近づいたこともあり、兵たちの間には安堵と期待が広がっていたが、磐余彦の船に乗る椎根津彦だけは、険しい表情を崩さずにいた。
椎根津彦は以前から白肩津への上陸を危険視しており、磐余彦を通じて彦五瀬にも進言していたのだが、最短の道を選びたい彦五瀬に、その意見は退けられていたのである。
「なんだ、まだ心配しているのかよ。さっきから眉間に皺を寄せっぱなしじゃねえか」
日臣が呆れたように声をかけると、椎根津彦は前方を進む船団から視線を外さないまま、重々しく口を開いた。
「白肩津は登美の領地に近すぎます。敵の動向も把握できていない状況で、あの地に大軍を上陸させるのは危険が大きすぎるのです」
「兄上は、最短で三輪山の纒向の宮に向かいたいのだろう。兵を率いて長い航海を続けてきたのだから、少しでも早く目的地に着きたい気持ちは分かるよ」
磐余彦も椎根津彦の懸念を理解していたが、兄が上陸地点を決めた以上、今さら進路を変えるのは難しいと考えていた。
しかし椎根津彦は、それでも納得できない様子で言葉を続けた。
「第一、こちらから送った使者が、まだ戻ってきていないという話ではありませんか。三輪山が我らの申し入れにどう応じるつもりなのかも分からないのですから、ここは一旦距離を取り、周辺の情報を集めてから陸路で迫るのが順当かと存じます」
「だがよ、もう兄上に進言して却下されているんだから仕方ねえだろ。それに、兵たちは長い航海ですっかり疲れているんだぜ。この上さらに陸路を長くしたら、今度は士気に影響しかねないぞ」
日臣の言い分にも一理あった。宗像から阿岐国、吉備国を経て東へ進んできた船団には、各地で加わった兵たちも乗っており、これ以上の移動は彼らの負担を増やすことになる。
彦五瀬が白肩津からの最短経路を選んだのも、そうした事情を考慮してのことだった。
それでも椎根津彦は、使者が戻らないまま敵の勢力圏に近づいている現状を、どうしても楽観することができなかった。
「磐余彦様、やはりもう一度、先行する彦五瀬様の船へ向かい、進言申し上げるべきです。上陸してしまってからでは、取り返しのつかないことになるやもしれません」
「気持ちは分かるよ。私もできることならそうしたいけれど、兄上はもう意見を変えないと思う。それよりも、何かが起きた時にどう動くべきか、今のうちに対策を考えておいた方がよいのではないかな」
磐余彦の言葉を聞いた椎根津彦は、しばらく黙って前方の船団を見つめていた。
上陸を取りやめることができないのであれば、万一の事態に備えて兵の動きや船団の配置を考えておくしかない。
そう判断した椎根津彦は、船上から見える海岸線に目を凝らし、周辺の地形を確かめ始めた。
一方、大久米は皆の話を黙って聞きながら、近づいてくる陸地を見つめていた。
椎根津彦のように地形や敵の動向を理屈で分析できるわけではなかったが、どうにも胸騒ぎがしてならず、時折、木々の生い茂る陸の方角へ鋭い視線を向けていた。
やがて、先頭を進む彦五瀬の船団が速度を落とし、後続の船もそれに合わせて進みを緩め始めた。
海岸には上陸できそうな場所が見え、その背後には木々に覆われた山々が連なっていたが、遠目には人の動きらしいものは見当たらなかった。
こうして彦五瀬と磐余彦の率いる東征軍は、ついに浪速国の白肩津へ到着した。




