九章 神武 十六話 曾於族侵攻
西暦二百四十五年。磐余彦が那岐のもとを離れ、自らの館を構えてから一年の歳月が流れ、竹と浦は十七歳、椎根津彦は十六歳、磐余彦、日臣、大久米は十五歳になっていた。
幼い頃には瓜二つに見えた竹と浦の双子も、成長するにつれて少しずつそれぞれの個性が外見にも表れるようになってた。
竹は以前にも増して身だしなみに隙がなく、髪はきちんと結い、衣の襟や帯がわずかに乱れているだけでも気になって自分で直していた。
もともと姿勢が良く、生真面目な性格も立ち居振る舞いにそのまま表れているため、黙って背筋を伸ばして立っているだけなら、実際の年齢以上に落ち着いた娘に見えることも多かった。
一方の浦は竹ほど几帳面ではなく、朝に髪を整えても一日動き回っていれば横髪が少し崩れていることも多かったが、本人は昔ほど無頓着でもなくなっていた。
鏡代わりに水面へ自分の姿を映して髪を直したり、新しく仕立てた衣を身につければ竹の前で一度くるりと回って、似合っているかどうかを確かめることも珍しくなくなっていた。
二人とも背丈が伸びただけではなく、ここ数年ですっかり娘らしい体つきへと変化し、肩や腰の線、衣を身につけた時の見え方まで幼い頃とは違っている。
子供だった頃には走り回るのに邪魔にならなければ衣など何でもよく、髪が多少乱れていようが気にも留めなかった二人だったが、今では互いの髪型や衣の着こなしを確かめ合うようになり、その変化を本人たちが強く意識するようになったのは、何より磐余彦が婚姻したことが大きかった。
吾平津媛という正妻が磐余彦の隣に立つ姿を実際に目にしたことで、竹と浦は、自分たちもいつまでも磐余彦を叱り、世話を焼き、弟のように扱ってきた「年上の姉」のままではいられないのだと嫌でも思い知らされていた。
以前なら考えもしなかった髪の結い方や衣の似合い方まで気にするようになり、二人で並んで互いの姿を確かめることも増えていた。
「竹、その帯、少し上の方がいいんじゃない?」
「そうかしら。浦こそ襟がずれているわよ」
「え? どこ?」
「ほら、じっとして」
そんなやり取りも今では珍しいものではなく、浦が竹の帯の位置を気にすれば、竹は竹で浦の襟元や髪の乱れを直してやり、以前なら武器や弓具の手入れをしている時くらいしか互いの細かな違いなど気にしなかった双子が、今では身なりについても遠慮なく指摘し合うようになっていた。
成長に伴って胸元の衣の収まりにも少しずつ違いが出始めており、双子だからといって体つきまでまったく同じように成長するわけではないことにも、二人は自然と気づいていた。
幼い頃なら何の意味も持たなかった違いだったが、衣を仕立て直す時には互いの身体に合わせて寸法を変えなければならず、そうして目に見える違いが増えていくにつれて、どちらからともなく相手と自分を比べてしまうこともあった。
もっとも、二人にとってそれは単に自分の容姿を飾りたいという浮ついた興味だけではなかった。
武芸なら今でも誰にも簡単に負けるつもりはなく、槍も弓も剣も幼い頃から鍛え続け、磐余彦を守るという役目に関して、自分たち以上の者などそう簡単にはいないという自負も持っている。
しかし吾平津媛という女性が、武器など持たずとも磐余彦の正妻として当然のようにその隣にいる姿を見てしまったことで、武芸が強く、護衛として役に立つだけでは足りないのではないかという思いが、二人の心の中に消えずに残るようになっていた。
髪の整え方も、衣の着こなしも、立ち居振る舞いも、そして成長して変わっていく自分たちの姿も、以前なら考える必要すらなかったことまで自然と意識するようになっていたのである。
磐余彦への想いを自覚してから一年が過ぎても、二人がその気持ちを口にすることはなかったが、だからといって消えてしまったわけでもなかった。
むしろ吾平津媛という正妻の存在を知り、自分たちが磐余彦の傍に立てる理由が今のところ「那岐の護衛として共に育った幼馴染」でしかないことを理解したからこそ、竹も浦も、自分たちがもう幼い少女ではなく、一人の娘として成長していることを以前より強く意識するようになっていた。
この年、日向の海では例年とは異なる異変が起きていた。海流が変わったのか、それとも別の理由があったのかは誰にも分からなかったが、沿岸で獲れる魚や貝が目に見えて減り、漁に出た舟が空に近い籠を抱えて戻ってくる日が続いていた。
「今日もこれだけか……」
浜へ戻ってきた漁師が、わずかな魚の入った籠を見下ろして肩を落とす。
そのような光景は日向のあちこちで見られるようになっていたが、幸いにも日向では稲作が広く行われ、米や粟などの蓄えもあるため、すぐさま民が飢えるほどの事態には至っていなかった。
しかし、日向よりさらに南では事情が大きく異なっていた。
南方に暮らす曾於族の土地には火山灰が厚く積もった台地が広がり、水を張って稲を育てるには適さない土地が多かった。
そのため彼らは古くから山野で獣を狩り、海へ舟を出して魚介を獲り、それらを糧として暮らしてきたのである。
その海から食糧が消えた。
「このままでは冬まで持たぬぞ」
「山へ入っても獣が足りん。魚も獲れぬ。子供らに何を食わせろというのだ」
曾於の村々では、そのような声が日を追うごとに増えていった。
蓄えのある家でさえ底が見え始め、もともと余裕のなかった家では一日の食事を減らすようになり、それでも足りず、老人や幼子の口に食べ物を回すため大人が何日も満足に食べないことすら珍しくなくなっていた。
このまま何もしなければ、やがて大勢が飢える。
曾於族に残された選択肢はあまりにも少なかった。
民の数を減らして残った食糧を分け合うか、それとも食糧のある土地へ出て奪うか、そのどちらも彼らにとって決して望んだ道ではなかったが、生き残るためには何かを選ばなければならなかった。
やがて曾於族の者たちは北へ動き始めた。
最初から大軍を率いて攻め込んだわけではない。はじめは小舟を出し、日向側の漁場へ入り込んで魚を獲る程度だった。
それでも日向の漁師たちにとっては、自分たちの生活を支える漁場を荒らされていることに変わりはない。
「また南の連中だ!」
「追い払え! ここは我らの漁場だぞ!」
海上や浜辺で言い争いが起こり、やがて櫂や槍まで持ち出されるようになった。
日向側も兵を出して曾於族を追い返したが、追い返された者たちは数日もすれば再び姿を現した。
空腹に追い詰められている以上、一度の敗北で諦められるはずもなかったのである。
小さな衝突は何度も繰り返され、そのたびに双方の負傷者が増え、ついには死人まで出るようになった。
そしてある日、南方から早馬が駆け込んできた。
「急報! 急報にございます!」
使者は息を切らしながら日向の長である鵜葺の館へ入り、深く頭を下げると、一息も置かずに報告した。
「曾於族の大部隊が北上しております。これまでの漁場荒らしとは規模が違います。武装した者だけでも相当な数に上り、後方には荷を運ぶ者たちの姿も確認されました!」
鵜葺は表情を険しくした。
「ついに来たか……。漁場だけでは足りず、こちらの土地そのものへ入るつもりだな」
曾於族がなぜ北上してくるのか、その理由は想像できた。食糧である。
だからといって、日向の村々を好きに襲わせるわけにもいかなかった。
ここで退けば、その先には田畑があり、倉があり、そこで暮らす民がいる。
鵜葺はすぐに立ち上がった。
「日向全土へ触れを出せ。兵を集める。南の村には念のため避難の準備をさせよ。倉の食糧も、運び出せるものから北へ移すのだ」
「はっ!」
命令は各地へ走り、その日のうちに日向の空気は一変した。
磐余彦の館にも召集の知らせが届いた。
まだ自らの館を構えて一年ほどしか経っていなかった磐余彦であったが、すでに周辺の村々から兵を預かる立場にあった。
急な招集にもかかわらず、館の周囲には槍や弓を携えた男たちが次々と集まり、最終的には三百名ほどの兵が磐余彦の指揮下に入ることになった。
磐余彦は集まった兵たちを前にしながら、無意識に拳を握りしめていた。
「……三百人かぁ」
隣に立っていた日臣が振り向く。
「何を今さらおっしゃっているのです。磐余彦様が呼ばれたから集まった兵ですぞ」
「分かっているよ。でも、こうして並ばれると重いなと思ってね。私が命じれば、この人たちは戦うことになるんだろう?」
日臣は一瞬だけ黙ったが、すぐに胸を張った。
「だからこそ我らがおります。磐余彦様一人で全て背負われる必要はございません」
そう答える日臣の顔には、緊張よりも高揚の方が強く表れていた。
幼い頃から武人として育てられ、何度も竹や浦に負けながら武芸を磨き続けてきた彼にとって、これは初めて自らの力を本当の戦場で試す機会でもあった。
「ようやく……」
日臣が小さく呟いた。
「何がようやくなんだい?」
「い、いえ、何でもございません!」
慌てて姿勢を正す日臣を見て、磐余彦は苦笑した。
一方、大久米はいつもと変わらなかった。
槍を背負い、荷をまとめ、必要なものを黙々と運び続けている。
その顔からは恐れているのか、それとも何も感じていないのか、初めて見る者にはまるで読み取れない。
「大久米、緊張している?」
磐余彦が尋ねると、大久米は手を止め、しばらく磐余彦の顔を見つめたあと、小さく頷いた。
「しているんだ」
もう一度頷く。
「でも行く?」
今度は迷いなく頷いた。
磐余彦は微笑んだ。
「そうだね。私もだよ」
その少し離れた場所では、椎根津彦が兵の数、携行する食糧、南方までの距離、道路の状態、周囲の山や川の位置などを確認しながら、一人でぶつぶつと呟いていた。
「三百……行軍速度を考えると一日に進める距離は……。敵の数はまだ正確ではない。ならまず確認すべきは……いや、南側の水場も調べておく必要がありますね……」
日臣が呆れたように声を掛ける。
「おい椎根津彦、さっきから一人で何をぶつぶつ言っているんだ」
「考えているんですよ。戦場へ着いてから考え始めたのでは遅いでしょう」
「まだ敵も見ていないのにか?」
「だからこそですよ。分からないことが多いなら、何が分からないのかだけでも整理しておくべきです」
「相変わらず面倒くさい奴だな……」
「日臣はもう少し考えてから動いてください」
「なんだと?」
普段と変わらない二人のやり取りを聞いて、磐余彦は少しだけ肩の力を抜いた。
怖くないわけではない。
これまで武芸の稽古は何度もしてきたし、熊を相手に命の危険を味わったこともある。
しかし、人と人とが集団で殺し合う戦場へ向かうのは初めてだった。
しかも今度は、自分だけの命ではない。
三百の兵を率いている。
磐余彦は集まった兵たちを見渡したあと、大きく息を吸った。
「では父上の軍へ合流する。皆、出発しよう」
日臣はすぐに姿勢を正した。
「承知!」
大久米は黙って槍を握り直し、椎根津彦も考え事を止めて磐余彦の後ろへついた。
こうして磐余彦、日臣、大久米、椎根津彦の四人は、自分たちにとって初めてとなる戦へ向け、鵜葺のもとへ参陣することになった。
那岐の家にも、曾於族が北へ兵を進めているという知らせはすでに届いており、さらに磐余彦が自ら兵を率いて父・鵜葺のもとへ参陣したという話も、村人たちの噂を通じてほどなく伝わってきていた。
磐余彦にとって初めての戦になるということも、竹と浦は当然知っていた。
その話を耳にしてからというもの、二人の様子は目に見えて落ち着かなくなっていた。
竹は何でもないような顔を作りながら、使う予定もない槍の穂先や弓具を何度も確認し、浦も家事をしている途中でふと手を止めては、南の方角へ目を向けている。
互いに磐余彦のことを口には出そうとしないものの、考えていることは同じなのだろうと那岐にはすぐに分かった。
とりわけ食事の時は分かりやすかった。
いつもなら浦が何かしら話題を持ち出し、それを竹がたしなめたり、逆に竹の細かさを浦がからかったりするものなのだが、この日は二人とも妙に静かで、箸を動かしながらも心ここにあらずといった様子であった。
那岐はしばらく黙って二人を横目に見ていたが、とうとう小さくため息をつき、わざとらしく一度咳払いをした。
「ゴホン。曾於族が攻めてきて、狭野が兵を率いて戦場へ向かっているという話は、二人とも知っているかい?」
竹は箸を置くと背筋を伸ばし、努めて平静を装いながら答えた。
「はい、伺っております」
浦も続いて口を開いたが、いつもの快活さは少しだけ影を潜めていた。
「うん。もう村中の噂になっているから、もちろん知ってるよ」
那岐は二人の顔を順番に眺めながら、少しだけ困ったように笑った。
わざわざ訊くまでもなく知っていることくらい分かっている。
それでも敢えて口にしたのは、二人がいつまでたっても自分から磐余彦の話をしようとしないからだった。
「でも狭野たちは初陣なんだよね。兵を率いるのも、実際に戦場へ立つのも、みんなこれが初めてなんだ。大丈夫かなぁ」
途端に、竹も浦も言葉を失った。心配していないはずがない。
むしろ心配でたまらないからこそ、口にすれば気持ちを抑えられなくなりそうで、二人とも避けていたのである。
那岐はそんな二人の様子を見つめながら、さらに静かな声で問いかけた。
「心配にならないのかい?」
竹は一瞬だけ視線を伏せたものの、すぐに顔を上げた。自分に言い聞かせるような口調だった。
「だ、大丈夫です。日臣だっておりますし、大久米だっております。二人とも、もう子供の頃とは違います」
浦も竹に続いた。磐余彦を心配していることを否定するのではなく、大丈夫なのだと思える理由を必死に並べているようだった。
「椎根津彦だって、すっごく賢くなったもの。那岐様から誰よりたくさん学んで、兵法だって地形のことだって、いっぱい知っているし……きっと大丈夫だよ」
那岐は黙って二人の言葉を聞いていたが、その内容とは裏腹に、二人の表情が少しも安心していないことには気づいていた。
そこで、少しだけ悪戯っぽく目を細めた。
「でも狭野はきっと不安だと思うなぁ。ずっと自分を守ってくれていたお姉さんたちが、今回は傍にいないんだからねぇ」
竹の手が止まった。
浦も何かを言い返そうとして口を開いたものの、結局言葉は出てこなかった。
二人の間に長い沈黙が落ちた。那岐は急かすことなく、そのまま待った。竹も浦も、自分たちの役目が那岐の護衛であることは誰より理解している。
それゆえに、自分から磐余彦のもとへ行きたいなどとは言えなかったのだろう。
やがて那岐は静かに箸を置き、二人に向き直った。
その表情から先ほどまでのからかうような色は消えており、今度は主人として二人へ命を下す時の顔になっていた。
「竹、浦。しばらくの間、私の護衛としての役目を解除します」
二人は同時に顔を上げた。
「!?」
竹は驚きのあまり言葉を失い、浦は身を乗り出すように那岐を見つめた。
「いいのですか!?」
那岐はゆっくり頷いたあと、そのまま言葉を続けた。
「代わりに新しい役目を命じます。二人とも狭野の軍へ向かいなさい。そして軍に合流したら、今度は狭野の護衛を務めるんだ。戦が終わるまで、できるだけ傍を離れないようにね」
竹は嬉しさを隠しきれない表情を見せたものの、すぐに自分の本来の役目を思い出したのか、戸惑うように那岐を見た。
「で、でも……私たちの役目は、那岐様をお守りすることでは……」
那岐は竹の言葉を遮ることなく最後まで聞いてから、柔らかく微笑んだ。
「私は大丈夫だよ。それに狭野を守ることだって、立派な役目じゃないか。長い年月を一緒に暮らして、姉弟みたいに育ってきた仲なんだから、こんな時くらい助けに行ってあげなさい」
竹と浦は顔を見合わせた。ほんの一瞬だったが、それだけで互いの気持ちは十分に伝わったらしい。
次の瞬間には二人そろって姿勢を正し、那岐に向かって深く頭を下げた。
「承知いたしました!」
その返事には、ここしばらく聞くことのなかった力が戻っていた。
本当のところ、那岐は二人を戦場へ送り出したくなどなかった。
磐余彦たちが幼い頃から育っていく姿を見続けてきたように、竹と浦もまた、那岐にとって大切な子供たちである。
戦場へ向かう以上、絶対に安全だという保証などどこにもない。
それでも、ここで自分の傍に縛りつけたまま磐余彦に万が一のことが起きれば、二人はきっと一生そのことを悔やみ続けるだろう。
それを分かっていたからこそ、那岐は自分の寂しさや不安を理由に引き留めることはしなかった。
「二人とも、しっかり役目を果たしておいで。でも無茶だけはしないこと。狭野を守るのと同じくらい、自分たちもちゃんと生きて帰ってくるんだよ」
竹は力強く頷くと、すぐさま立ち上がって保管していた槍と弓具の点検を始めた。
弓弦の張りを確かめ、矢の本数を数え、槍の穂先に緩みがないか何度も確認していく。
その動きには一切の迷いがなく、先ほどまで食卓で沈んでいた娘と同じ人物とは思えないほどだった。
浦も負けじと立ち上がり、旅に必要な衣や食料、武具を次々とまとめ始めた。
途中で竹に何を持っていくべきか訊いたり、自分で思いついて荷を増やしすぎて竹に減らされたりしながらも、その表情は久しぶりに明るかった。
那岐はそんな二人の姿を少し離れたところから眺めていた。
磐余彦の婚姻以来、二人はどこか心の一部を置き忘れてきたように沈んでいた。
それが今では、まるで居場所を取り戻したかのように生き生きと動いている。
二人にとって磐余彦の傍にいることが、それほどまでに大切なのだということを、那岐は改めて思い知らされるのだった。
翌朝、まだ朝の空気が冷たく残るうちに、竹と浦はそれぞれ槍や弓、旅に必要な荷を整え、那岐の家を後にした。
昨日までどこか沈んでいた二人の姿が嘘のように、その足取りには迷いがなく、これから磐余彦のもとへ向かえるというだけで自然と歩みも速くなっていた。
「竹、急ごう!」
少し先を行く浦が振り返りながら声を弾ませると、竹も負けじと歩調を速めた。
「わかっているわよ! そんなに急がなくても置いていかれたりしないわ!」
そう言いながらも竹の足取りも浦とほとんど変わらず、やがて二人は並ぶようにして小走りになり、そのまま磐余彦たちのいる南の地へ向かっていった。
那岐は家の前に立ったまま、その背中が道の向こうへ小さくなっていくまで見送っていた。
竹も浦も、ここへ来たばかりの頃はまだ八歳の幼い少女で、武芸ばかりに夢中になり、勉学も家事も嫌がっては何度も手を焼かせたものだった。
それが今では、自分の意思で守りたい者のもとへ向かい、自分たちの役目を果たそうとしている。
二人の姿が完全に見えなくなると、先ほどまで賑やかだった家の周囲には急に静けさが戻り、那岐はしばらく誰もいなくなった道を眺め続けた。
「巣立つのがみんな早いよ……寂しいじゃないかい」
困ったように微笑みながらそう呟き、那岐はゆっくりと家の中へ戻った。
狭野たちが去り、今度は竹と浦まで出ていった家は以前よりもずっと広く感じられ、子供たちに振り回されていた日々が、思っていた以上に自分にとって大切な時間だったのだと、那岐は静かな家の中でしみじみと思うのだった。




