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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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一章 徐福伝説 十二話 見果てる地にて

 紀元前二百八年 冬。


 不死山の麓に築かれた墓地は、かつてない騒ぎに包まれていた。


 夜明けとともに異変を発見した者たちが悲鳴を上げ、集落中の人々が現場へ押し寄せる。掘り返された墓穴。圧し潰された衛士たちの死体。そして周囲に広がる焼け跡。


 何が起きたのか、誰にも分からなかった。


 獣の仕業にしては不自然だった。衛士たちの体は巨大な力で押し潰されたように変形しており、傷跡の形状も獣の爪や牙によるものではない。


 やがて騒ぎを聞きつけた徐福も現場へ姿を現した。


 徐福は焼け焦げた地面を見つめながら周囲へ視線を巡らせた。墓地の一角だけが黒く焼かれている。既に判別出来ない状態であった。


「なぜ燃やした……」


 低く漏れた声には困惑と警戒が滲んでいた。死体を燃やした理由、その答えは分からない。だが徐福の脳裏には、不老長寿、不死草、そして妖術という、自らが長年追い求め続けてきた言葉が次々と浮かび上がっていた。今回の異変がそれらと無関係であるとは到底思えなかったのである。


 徐福は振り返り、居並ぶ方士たちへ命じた。


「山中を探せ。不死山全域だ。麓も谷も洞窟も残らず調べろ」


 方士の一人が戸惑ったように口を開く。


「ですが、何を探せば……」

「分からぬなら全てだ」


 徐福は即座に言い放った。


「人でも獣でも構わぬ。異常な痕跡を見つけたら報告しろ」


 その目には異様な光が宿っていた。もはや冷静な学者の瞳ではない。長年積み上げてきた知識や理性すら呑み込むほど膨れ上がった執念だけがそこにあり、始皇帝から命じられた不老長寿探索という使命と、自らが生き延びるための願望が一体となって徐福を突き動かしていた。彼は既に引き返せない場所まで来ていたのである。


 その日以降、捜索はさらに苛烈さを増していく。

 不死山の山頂に存在する不死草の群生地からは、見つけた草が片端から採取された。

 方士たちは根まで掘り返し、乾燥させ、煎じ、粉末にし、ありとあらゆる方法で実験を繰り返した。


 実験台となるのは奴隷たちだけでなく、周辺の地域から人狩り行為をしてまで実験を続行した。

 一人が死ねば次の者が選ばれ、二人が死ねばさらに別の者が連れて来られる。徐福は犠牲者の数には目も向けず、ただ結果だけを追い求め続けた。

 しかし奇跡は起きない。

 死体だけが増え続けた。そして……


 不死草は絶滅した。


 山頂を覆っていた群生地は荒れ果て、かつて緑に覆われていた大地は血に染まり、最後の一本まで採り尽くされたにもかかわらず、だが、それだけだった。

 徐福が得たものは何一つない。

 数え切れぬ命を失いながら、不老長寿は遂に姿を現さず、彼が追い求めた夢だけが空しく消えていった。


 そして徐福は、生涯にわたり不老長寿を得ることはなかった。




 一方その頃。

 那岐は漣を抱いたまま北へ向かい続けていた。なぜ北なのか、自分でも分からない。ただ何かに追われるように不死山から遠ざかりたいという衝動だけが胸を支配していた。


 怒りによって覚醒した妖力は、那岐自身にも理解できない力だった。空を飛び、炎を生み出し、衝撃波で敵を圧し潰すことはできる。しかしその力がどこまで及ぶのかも、どうすれば制御できるのかも分からない。ただ願えば応える。それだけだった。


 ただ北に飛び続け、幾つもの山を越え、幾筋もの川を越えた果てに、どれだけ飛び続けたのか自分でも分からなくなった頃……。

 那岐はやがて日本海を望む地へ辿り着いた。灰色の空の下では冬の海が荒々しく唸りを上げ、海岸近くにそびえる岩山の頂上へ降り立つと、その眼下には果てしない水平線が広がっている。


 吹きつける潮風は冷たかったが、その景色は不思議なほど美しかった。那岐は漣の亡骸を抱いたまま周囲を見回し、掠れた声で呟く。


「……ここにしよう」


 妖力で岩を砕きながら墓穴を掘る作業は決して容易ではなかったが、不思議と手が止まることはなかった。やがて一人が眠るには十分な深さの穴が完成し、那岐はそっと漣を横たえる。

 穏やかな顔だった。苦しみも悲しみも消え去ったような静かな寝顔を前に、那岐は長い時間言葉もなく立ち尽くした。


「ごめんね。本当なら……故郷へ帰してやりたかった」


 返事はない。吹き抜ける風だけが耳元を通り過ぎていく。


「斉でもない、筑紫でもない」


 金立山で過ごした日々が脳裏に浮かんだ。泥だらけになって畑を耕したこと、皆で囲んだ温かな食卓、そして何より屈託なく笑う漣の姿。そのどれもが鮮明に思い出されるのに、もう二度と戻ることはない。


「知らない土地でごめんね……」


 震える声でそう呟くと、那岐はしばらく墓の前に立ち尽くした。


 やがて近くに転がる大岩へ歩み寄り、静かに手を当てる。妖力が淡く揺らめくと鈍い音とともに岩の一部が砕け、浮かび上がった石片は見えない力に導かれるように削られながら形を整えていった。そうして完成した人の背丈ほどもある石を墓の前へ据えると、那岐は墓標となったその表面へゆっくりと指先を伸ばした。


 漣から教わった文字は今も忘れていない。土の上に何度も書かされ、木の板へ刻みながら読み書きを覚えた日々も、笑い合った時間とともに鮮明に記憶に残っていた。だから名前を刻むことなど難しくはなかった。


 漣。


 たったその名を書けばいいだけだった。

 しかし那岐の指は最後まで動かなかった。名を刻んでしまえば、この土の下に眠る者が本当に漣なのだと認めてしまう気がしたのである。もう二度と笑顔を見ることも、声を聞くことも、隣を歩くこともできない。その現実を受け入れることだけは、どうしてもできなかった。


「……ごめん」


 掠れた声とともに指を下ろす。

 結局、墓標には何も刻まれなかった。


 那岐は小さく呟いたものの、涙は流れなかった。漣が息絶えた時から何度も泣き続け、流せるだけの涙をすでに流し尽くしていたのである。

 那岐はその前へ静かに腰を下ろした。離れるつもりはなかった。どこへ行けばいいのかも分からず、これから何をすればいいのかも分からない。胸の中に残っているのは、漣を失った喪失感だけだった。


 妖力を使い続けた反動は確実に身体を蝕んでいた。視界は薄く霞み、指先には力が入らず、意識も少しずつ遠のいていく。それでも墓の傍から離れようとは思わなかった。


 墓標代わりに置いた大岩へ背を預けると、眼下には果てしなく日本海が広がっていた。荒波は絶え間なく岩礁へ叩きつけられ、そのたびに白い飛沫が舞い上がる。冬の空の下に広がるその雄大な景色を見つめながら、那岐はふと、漣にも見せてやりたかったと思った。

 最後にもう一度だけ墓へ視線を向ける。


「……おやすみ」


 静かな別れの言葉は海風にさらわれ、やがて波音の中へ消えていった。

 那岐はゆっくりと目を閉じる。衰弱しきった身体は抗う力を失い、そのまま深い眠りへと沈んでいった。


 岩山には絶えず海鳴りが響き続け、その音だけが、漣の眠る墓を見守るようにいつまでも続いていた。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


流行りのジャンルでも、激しい格闘ものでもない作品ですが、テーマを出来るだけ伝えられるよう頑張っていきます。


もしよろしければ、反応いただけると執筆の励みになります。

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