九章 神武 二話 狭野の側近たち
西暦二百三十六年。
日向で暮らす那岐のもとへ、大倭壱国から一人の武人が訪ねてきた。
男の名は刺田比古。代々、大倭壱国に仕えてきた武人の家系に生まれ、その一族は各地の豪族に仕えながら、長く武をもって国を支えてきたという。
その刺田比古の傍らには、まだ幼い少年が立っていた。
「伊邪那岐様。本日はお願いがあり、参りました」
「お願い?」
「はい。この子は私の息子、日臣と申します。歳は六つ。狭野皇子と同い年にございます」
名を呼ばれた少年は一歩前へ出ると、幼いながらも背筋をまっすぐ伸ばして頭を下げた。
「日臣です。よろしくお願いいたします」
六歳とは思えないほど堅い挨拶に、那岐は少しだけ目を丸くした。
「ずいぶんしっかりしているね。それで、この子をどうしたいんだい?」
「狭野皇子の護衛として、お側に仕えさせていただきたく存じます。今はまだ幼く、護衛と呼べるほどの働きはできませぬが、幼少より皇子のお側で育てていただき、いずれは近習としてお仕えできればと考えております」
刺田比古の家は、代々主君に仕えることを重んじてきた武人の家系だった。
一族の者たちも大倭壱国の各地で様々な豪族に仕えており、息子の日臣にもまた、幼い頃から仕えるべき主を定めようと考えたらしい。
そして、その相手として選ばれたのが狭野だった。
那岐はすぐには答えず、父の隣に立つ日臣へ視線を向けた。
「日臣。これはお父さんが決めたことなのかい?」
「はい」
「君自身は?」
日臣はわずかに間を置いたものの、視線を逸らすことなく答えた。
「父より、狭野皇子にお仕えするよう申しつけられました。ですから、私はその務めを果たします」
いかにも武人の家で育てられた子らしい答えだった。
那岐は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「わかった。ただし、ここでは狭野の護衛だからといって特別扱いはしないよ。日臣にも他の子たちと一緒に文字を学んでもらうし、外へ出れば畑仕事も山歩きもする。狭野と同じように学び、同じように働いてもらう。それでもいいかい?」
「もちろんでございます」
刺田比古が即座に答え、日臣も力強く頷いた。
「承知しました」
「それなら、私は構わないよ。今日から一緒に学ぶといい」
こうして日臣は、狭野の護衛役として那岐のもとで暮らしながら学ぶことになった。
日臣は幼いながら、驚くほど厳格な少年だった。幼少より相当に厳しく躾けられてきたのだろう。
文字を習うときは那岐の話を一言も聞き漏らすまいと背筋を伸ばし、外へ出て土地や植物、地形について学ぶときにも、遊び半分になることなく真剣に取り組んだ。
分からないことがあれば尋ね、教えられたことは繰り返し確かめる。決められた時間を守り、道具を使えば必ず元の場所へ戻し、他の子供たちが騒いでいれば注意することさえあった。
それまでどこか遊び場の延長のようだった那岐の学びの場も、日臣が加わってから少しずつ空気が変わっていった。
「狭野様。まだ終わっていません」
「えー……もう疲れたよ」
「伊邪那岐様が終わりと言うまで終わりではありません」
「日臣は真面目すぎるよぉ……」
「若様が不真面目すぎるのです」
そんなやり取りが交わされることも増え、那岐は思わず笑ってしまうことがあった。
教えれば熱心に覚える者がいて、その姿につられるように周囲の子供たちも少しずつ学ぶ姿勢を身につけていく。
最初は成り行きで始めたようなものだったが、那岐自身もいつしか子供たちに何かを教えることが楽しくなっていた。
しかし、その一方で日臣には一つの不安があった。
それは、自分がこれから仕えることになった狭野皇子についてだった。
父からは、狭野皇子を守り、いずれ近習として生涯仕えるようにと言われている。武人の家に生まれた日臣にとって、父の言葉に逆らうという考えはなかった。
だが、実際に狭野を間近で見るようになると、どうしても不安を抱かずにはいられなかった。
何しろ狭野は、よく泣いた。
双子の姉である竹に叱られて涙を浮かべている姿など、一度や二度ではない。座学も得意とは言い難く、長く机に向かっているとすぐに集中が切れてしまう。
文字を書かせても間違え、難しい話になると露骨に困った顔をする。
さらに体つきも細く、武芸に秀でているようにも見えなかった。
日臣は幼いながらも武人の家に生まれ、主とは家臣を率いるに足る者でなければならないと教えられて育っていた。
強く、賢く、堂々としており、家臣が命を預けるに値する人物。それが日臣の思い描く主君の姿だった。
ところが、目の前にいる狭野はその姿からあまりにも遠い。
竹に叱られて肩を落とし、難しい文字を前に頭を抱えている狭野を横目に、日臣は胸の内で何度目か分からない疑問を抱いた。
――俺の主として、この皇子は本当に大丈夫なのだろうか。
父がなぜ狭野を選んだのか、今の日臣にはまだ分からなかった。
外での学びを終え、狭野と日臣が家へ戻る途中のことだった。
先を歩いていた狭野が突然足を止め、そのまま道端へ駆け寄っていく。日臣が何事かと視線を向けると、草むらの脇に一人の子供が倒れていた。
年頃は自分たちとそう変わらないように見える。しかし、その体はひどくやせ細り、頬はこけ、手足にもほとんど力が残っていないようだった。
「大丈夫?」
狭野はすぐにその場へ膝をつき、恐る恐る子供の顔をのぞき込んだ。返事はないものの、胸はかすかに上下している。
「息はしてる……よかった」
ほっとしたのも束の間、狭野は倒れている子供の腕を持ち上げようとした。
「連れて帰ろう。那岐なら、きっと助けてくれるよ」
「お待ちください、若様」
日臣はすぐに止めた。
「見ず知らずの者を連れて帰るなどしてはいけません。どこの者かも分かりませんし、何があって倒れているのかも分からないのですよ」
幼いながらも、父から厳しく教え込まれてきた日臣にとって、それは当然の判断だった。
狭野は大倭壱国の皇子であり、自分はその身を守るために仕えている。素性の知れない者を不用意に近づけるなど、本来なら許すべきではない。
けれど狭野は困ったような顔で倒れた子供を見つめた。
「でも、このままだったら、この子は死んじゃうよ」
「それは……」
「ほっとけないよ。生きてるのに」
日臣は言葉に詰まった。
理屈で考えれば、自分の方が正しいはずだった。それでも、目の前で今にも命を失いそうな子供を残して帰ることが、本当に正しいのかと問われれば答えに困る。
しばらく狭野と倒れた子供を交互に見たあと、日臣は深いため息をついた。
「……分かりました。ですが、若様一人では運べません。私も手伝います」
「うん! ありがとう、日臣!」
「お礼を言われるようなことではありません」
二人は左右から子供の体を支え、何度も休みながら家へと向かった。
その頃、家では那岐が竹と浦と共に夕餉の準備をしていた。
二人ともこれまで料理などほとんどしたことがなかったが、那岐から「護衛として長く旅をするなら、自分たちの食事くらい作れた方がいい」と教えられ、最近では一緒に台所へ立つようになっていた。
「浦、そこはもう少し小さく切った方が火が通りやすいよ」
「これくらい?」
「うん。それくらいなら大丈夫」
那岐がそう答えたところで、戸口の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「那岐!」
狭野の声に振り向いた那岐は、二人が見知らぬ子供を抱えているのを見た瞬間、手にしていたものを置いて駆け寄った。
「どうしたんだい?」
「道端で倒れてたんだ。すごく弱ってて、かわいそうだったから連れて帰ってきた。どうしたらいい?」
「そうか。よく連れてきてくれたね。えらいぞ」
那岐は狭野の頭を軽く撫でると、すぐに子供を抱き上げた。
手足の様子を確かめ、額に触れ、口元へ耳を寄せて呼吸を確認する。目立った傷がないことを確かめると、そのまま床へ静かに寝かせた。
「うん……かなりやせているね。しばらくまともに食べていなかったんだろう。胃も弱っているはずだ」
狭野は不安そうに那岐のそばへ座り込んだ。
「助かる?」
「今のところ大きな怪我はないし、息もしっかりしている。少しずつ体に食べ物を戻してあげれば大丈夫だと思うよ」
それを聞いて、狭野の顔がようやく少し緩んだ。
那岐は立ち上がると鍋の方を振り返った。
「竹、浦。鍋に湯を増やしてくれ。今日は重湯にしよう」
「えーーっ」
真っ先に不満の声を上げたのは浦だった。
「せっかくお米をたくさん食べられると思ってたのに……」
「この子は胃が衰弱しすぎているからね。いきなりたくさん食べさせたら、かえって体がつらくなる。最初は薄いものから少しずつだよ」
「そうなの……」
浦が残念そうに鍋を見つめる一方、竹は何も言わずに水を汲み始めた。
ふと横を見ると、狭野はまだ床に横たわる子供のそばから離れず、心配そうに顔をのぞき込んでいる。その様子を見た竹は小さく息を吐き、鍋へ静かに湯を足した。
それから数日、那岐は少量の重湯から始め、子供の様子を見ながら少しずつ食事を増やしていった。
やがて子供は自分で起き上がれるほどまで回復し、ようやく名前を話せるようになった。
「……大久米」
「大久米というのかい?」
那岐が尋ねると、少年は小さくうなずいた。
年は六歳。狭野や日臣と同じだった。
話を聞けば、大久米の両親は少し前に病で亡くなったという。
残された幼い大久米を引き取ろうとする者はおらず、さらに両親の病がうつることを恐れた村人たちによって、村から追い出されてしまったらしい。
頼れる親類もなく、どこへ向かえばよいかも分からないまま歩き続け、とうとう力尽きて倒れたところを狭野に見つけられたのだった。
事情を聞き終えた那岐は、少しだけ考えたあと、大久米へ穏やかに告げた。
「行くところがないなら、ここにいればいい」
大久米はしばらく那岐の顔を見つめていたが、やがて小さく頭を下げた。
「……はい」
それ以来、大久米は那岐の家で暮らすことになった。
もともとの性格なのか、それとも両親を失ってから口数が減ったのか、大久米はほとんど自分から話そうとはしなかった。
ただ、那岐に何か言いつけられれば素直にうなずき、掃除でも薪運びでも、黙ってきちんとこなした。
そして自分を道端から連れて帰ってくれた狭野に対してだけは、ときおり言葉にはならない感謝を見せることがあった。
狭野が近づけば少しだけ表情が和らぎ、何かを頼まれれば誰よりも早く動く。
その様子を見ていた日臣は、何も言わなかった。
ただ、あの日もし自分の言う通り大久米を置いて帰っていたなら、この少年はもう生きていなかったかもしれない。
そう考えると、泣き虫で頼りないと思っていた狭野の行動を、以前と同じようには見られなくなっていた。
共に学ぶ日々が続く中、その日は珍しく皆で海へ出て、釣りをすることになった。
普段は文字を学んだり、山や野へ出て草木や土地について教わったりすることが多いため、子供たちにとって釣りは遊びに近い。
とりわけ狭野は朝から楽しみにしていたらしく、魚がかかるたびに大きな声を上げ、その隣では日臣も普段の堅い表情をいくらか崩していた。
大久米も口数こそ少なかったものの、釣り糸を垂らしたままじっと海面を見つめ、魚がかかれば黙々と引き上げている。
しばらくすると夕食には十分な量が釣れたため、那岐は竹と浦を連れ、先に家へ戻ることにした。
「私たちは、この魚を持って帰って夕飯の支度をしておくよ。あまり遅くならないうちに戻ってくるんだぞ」
「はーい!」
元気よく答えた狭野だったが、釣りを切り上げる様子はない。日臣と大久米もまだ続けたそうにしていたため、那岐は苦笑しながら三人を残し、竹と浦と共に浜をあとにした。
ところが、それまでよく釣れていたのが嘘のように、那岐たちが帰ってから魚は一匹もかからなくなった。
「全然釣れなくなっちゃった……」
狭野が残念そうに竿を上げると、日臣も海を見ながら息を吐いた。
「もう帰りましょう、若様。これ以上遅くなれば、伊邪那岐様たちを心配させます」
「うん。しょうがないね」
三人は道具を片づけ、家へ戻ろうと浜辺を歩き始めた。
その途中、狭野が不意に足を止める。
「……あれ?」
波打ち際から少し離れた砂浜に、人らしきものが倒れていた。
狭野は持っていた道具を放り出すように置くと、すぐさま駆け寄った。
「大丈夫?」
倒れていたのは、自分たちとそう年の変わらない少年だった。衣服は海水を吸って重くなり、髪には砂がまとわりついている。
狭野が恐る恐る顔を近づけてみると、かすかではあるが息をしていた。
「生きてる。日臣、この子を連れて帰ろう」
その言葉を聞いた日臣は、思わず眉を寄せた。
「……またですか」
「だって、このまま置いていけないよ」
「それは、そうでしょうけど……」
少し前にも道端で倒れていた大久米を拾い、そのまま家へ連れて帰ったばかりである。
まさか今度は浜辺で人を拾うことになるとは思っていなかった日臣は、呆れたようにため息をついた。
その横では、大久米が何も言わず少年の傍へしゃがみ込み、その体を抱えようとしている。
「あ、大久米。僕も手伝う」
狭野もすぐに手を貸し始めた。
日臣はそんな二人を見て、もう一度深いため息をついた。
「……仕方ありません。私も手伝います」
三人で少年を抱え、ゆっくりと浜辺を離れていく。
歩きながら、日臣は自分の前を進む狭野の背中を見つめていた。
泣き虫で、武芸も得意ではなく、学問も決して優れているとは言えない。
自分が仕える主として、この皇子で本当に大丈夫なのかという思いは、今も消えたわけではなかった。
けれど狭野は、目の前で誰かが困っていれば迷わず手を差し伸べる。
相手が誰なのかも、自分に何の得があるのかも考えない。ただ放っておけないという理由だけで、助けようとするのだ。
日臣はその姿に、これまでとは違う何かを感じ始めていた。
それが何なのか、まだ六歳の日臣にはうまく言葉にすることができなかった。
家へ戻ると、那岐たちは夕飯の準備を始めていた。
戸口から入ってきた三人と、その腕に抱えられた見知らぬ少年を見るなり、那岐は手を止める。
「……また誰か連れてきたのかい?」
「浜辺に倒れてたの。息はあるんだけど、起きなくて……」
狭野が申し訳なさそうに答えると、那岐はすぐに少年を受け取り、濡れた衣服や顔色、呼吸の様子を確かめ始めた。
幸い息は安定しており、大きな傷も見当たらない。
「海水を飲んだようだけど、命に別状はなさそうだね。冷えているから、まず身体を温めよう」
那岐がそう言うと、鍋の前にいた浦が嫌な予感を覚えたように振り返った。
「……もしかして、また重湯なの?」
「そうなるね」
「ええー……」
「仕方ないでしょ。ほら、準備して」
竹に促され、浦は不満そうな顔をしながらも鍋へ向かった。
「ごめんなさい。でも心配で、このままほっとけなかったんだ」
狭野が小さく頭を下げると、日臣は呆れたような顔をしながらも、以前ほど強く咎めることはなかった。
「わかっています、若様。仕方ありません」
翌朝になると、少年は自分で身体を起こせるまでに回復していた。
名を椎根津彦という。
歳は七つ。竹と浦より一つ下で、狭野、日臣、大久米より一つ上だった。
こうして八歳の竹と浦、七歳の椎根津彦、六歳の狭野、日臣、大久米と、那岐の家には同じ年頃の子供たちが次々と集まることになった。
椎根津彦の話によれば、一家で海を渡り、新たに暮らせる土地を探していたらしい。しかし航海の途中で海が荒れ、乗っていた船が転覆してしまったという。
「それから先は……覚えてない」
そう話した椎根津彦は、家族がどうなったのかもわからなかった。
那岐はしばらく考えたものの、身寄りも行く当てもない七歳の子供を一人で放り出すという選択肢は、最初から持っていなかった。
「それなら、しばらくここで暮らせばいい。これから先のことは、ゆっくり考えよう」
椎根津彦は戸惑ったように那岐を見たあと、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その様子を眺めながら、那岐は密かに苦笑していた。
大久米に続いて、今度は椎根津彦である。
それにしても、狭野は本当によく人を拾ってくる。
けれど、それは誰かを見捨てることができないということでもあった。
泣き虫で、弱音も多く、まだ幼い皇子ではある。それでも、困っている者に迷うことなく手を伸ばせる慈悲深さは、教えたからといって簡単に身につくものではない。
もしかすると、それこそが狭野という子の、人を惹きつけるところなのかもしれない。
那岐は新たに加わった子供たちを見渡しながら、そんなことを考えていた。
翌日から、那岐は子供たちとともに家の増築に取りかかることになった。大久米に続いて椎根津彦まで加わり、さすがに今までの家では手狭になってしまったからである。
とはいえ、家を広げるといっても柱や壁を継ぎ足せば済むわけではない。
まずは山から使えそうな木を選んで伐り出し、枝を落として必要な長さに整えなければならなかった。
その後も柱を立てるための基礎を作り、建て込みをして、壁を張り、最後には屋根まで仕上げる必要がある。
せっかく自分たちが暮らす家なのだからと、那岐はできるだけ子供たちにも作業を任せることにした。
意外だったのは竹である。普段は狭野を叱ってばかりいる印象が強かったが、いざ作業が始まると誰より真面目に取り組み、那岐から言われたことを黙々とこなしていった。
日臣も手を抜くことはなく、幼いながらも自分にできる仕事を探して進んで動いている。
大久米も相変わらず口数は少なかったが、頼まれたことには素直に従い、重そうな木材を運ぶ時には真っ先に手を貸していた。
一方で浦は、那岐や竹の目が離れるたびに休もうとしている。木陰に座り込んでいるところを何度か竹に見つかり、そのたびに渋々作業へ戻っていた。
椎根津彦は力仕事があまり得意ではないらしく、木を運ぶよりも縄を結んだり、小さな部材を整えたりする仕事を選んでいた。
ただ、作業そのものには強い興味があるようで、那岐が何かをするたびに近くまで寄ってくる。
「伊邪那岐様。どうしてここの木は、こうやって削るんですか?」
「そのままだと、柱とうまく噛み合わないからだよ。少し削って形を合わせておけば、ずれにくくなるんだ」
「じゃあ、こっちをもう少し深くしたら、もっと動かなくなりますか?」
「深くしすぎると今度は木が弱くなる。試してみるかい?」
「はい」
椎根津彦は余った木片を拾うと、那岐に教わった形を自分なりに変えながら削り始めた。
しばらくしてから出来上がったものを持ってきては、また疑問を口にする。
その様子を見ながら、那岐は感心していた。言われたことをそのまま覚えるだけではなく、どうしてそうするのかを考え、自分で試して確かめようとしている。
この子は、工夫することそのものが好きなのだろう。
そうして皆がそれぞれの仕事を続けている中、最初に音を上げたのは狭野だった。
「疲れたー……。手が痛いよー」
木材を抱えていた狭野は、その場にしゃがみ込むと赤くなった掌を那岐へ見せた。
「伊邪那岐様ぁ、もう少し休んでもいい?」
その声を聞きつけた竹が、すぐに振り返った。
「伊邪那岐様に甘えない! 自分たちの家でしょ!」
「だって、本当に手が痛いんだもん……」
すると少し離れたところで休んでいた浦が、狭野に同意するように大きく頷いた。
「そんなこと言っても、手が痛いのはしょうがないじゃない。ねー」
「ねー」
狭野も嬉しそうに頷く。
竹の眉がぴくりと動いた。
「あなただって、ちょっと目を離したらサボってばかりじゃない! 真面目にしなさい!」
今度は浦まで叱られ、二人は顔を見合わせた。
「「はぁーーーい」」
揃って気の抜けた返事をすると、狭野はのろのろと立ち上がり、浦も仕方なさそうに木材へ手を伸ばす。
そんな二人を竹が目を光らせながら見張り、日臣は呆れたように作業を続け、大久米は何も言わずに木を運んでいる。
少し離れた場所では、椎根津彦がまた何か思いついたらしく、木片を手に考え込んでいた。
那岐は賑やかになった家族の姿を眺めながら、思わず頬を緩めた。




