八章 国譲り 十話 因果応報
大国主と事代主が殺されたという噂は、瞬く間に出雲中へ広がった。
ただ殺されたというだけではない。二人が建御雷に誘われて船へ乗り、沖へ連れ出されたこと。
そこで縄を掛けられ、重い石を括り付けられたうえで、海へ沈められたことまで、妙に詳しく伝わっていた。
どうやら建御雷に従った兵の一人が、長年の恨みを晴らしたことを誇るように周囲へ語ったらしい。
人から人へ、邑から邑へ。
話は尾ひれを付けながら広がり、やがて出雲の民で知らぬ者がいないほどになっていた。
国を譲り、武器を置き、これでようやく戦が終わる。
そう信じていた者たちにとって、大国主と事代主の死はあまりにも突然であり、そしてあまりにも受け入れ難いものだった。
天之菩卑は重臣たちを集めて協議の場を設けると、建御雷を呼びつけた。
広間へ姿を現した建御雷を前に、天之菩卑は怒りを隠そうともせず、開口一番に鋭い声を響かせた。
「何ということをしてくれたのだ!」
建御雷はその怒声を正面から受けながら、しばらく黙っていたが、やがてわずかに頭を下げた。
「天之菩卑殿には申し訳ないことをした。だが、これは儂の悲願だったのだ」
「悲願だと?」
天之菩卑は思わず声を荒らげた。
長年にわたって続いた戦がようやく終わり、出雲は大倭壱国へ国を譲ったばかりである。
出雲兵の武装解除も進み、大国主も事代主も抵抗することなく新たな支配を受け入れていたため、このままなら大きな混乱を起こすことなく、出雲の地を平和的に統治していけるはずだった。
ところが、その矢先に建御雷が大国主と事代主を独断で殺したのである。
二人はすでに戦う意思を捨て、国譲りにも応じていた。
それを大倭壱国の正式な命令もなく処分したとなれば、出雲の民が新たな支配者に不信と反感を抱くのは避けられない。
これまで何度も和平交渉を重ねてきた天之菩卑にとって、建御雷の行いは今後の統治そのものを危うくしかねない暴挙だった。
「お主が不弥国で戦災孤児になったことは知っておる! だが、それとこれとでは話が違う。すでに国を譲り、武器を置いた者を、個人的な恨みで勝手に殺してよいはずがなかろう! そんなことを許していては国家として成り立たぬのだ!」
天之菩卑の言葉を聞いていた建御雷は、ゆっくりと顔を上げた。
その表情には自らの行いが問題を招いたことへの自覚がないわけではなかったが、それ以上に、長い年月にわたって胸の奥へ押し込め続けてきた感情が滲んでいた。
「では、忘れろと?」
「何?」
「儂に忘れろと言うのか?」
建御雷の声が低くなり、膝の上に置かれていた拳が強く握り締められる。
「両親を目の前で殺された。家にあった食糧は根こそぎ奪われた。最後には家へ火まで放たれた。儂はまだ子供だった。何もできぬまま、父と母が殺されるところを見ていることしかできなかった」
幼い頃から何度となく脳裏に蘇ってきた光景を思い出したのか、建御雷の握り締めた拳がわずかに震えた。
「あの日、出雲軍は儂から何もかも奪った。父も母も、家も、食う物も、帰る場所もだ! 昨日まであったものが、たった一日ですべてなくなった。儂が何をしたというのだ。父も母も何をしたというのだ。ただそこで暮らしていただけではないか!」
広間にいた者たちは誰も言葉を挟めなかった。
建御雷が不弥国で戦災孤児となったことを知る者はいたが、本人の口から当時の話をここまで聞いた者は多くなかった。
「それから儂はずっと忘れたことなどない。腹が減って眠れなかった夜も、帰る家がなく震えていた夜も、父と母のことを思い出した。そのたびに考えた。いつか必ず出雲へ行く。いつか必ず、奪われたものの報いを受けさせるとな」
建御雷は天之菩卑を正面から見据えた。
「それを忘れて、何事もなかったように生きろというのか!」
広間に重い沈黙が落ちた。天之菩卑はすぐには答えず、建御雷の顔をじっと見つめていた。
建御雷が受けた苦しみそのものまで否定することはできず、まして両親を目の前で失った人間に、その恨みを忘れろなどと簡単に言えるはずもなかった。
やがて天之菩卑は大きく息を吐くと、先ほどまでより幾分抑えた声で口を開いた。
「忘れろとは言わん」
建御雷の眉がわずかに動いた。
「忘れろとは言わん。お主が受けた苦しみも、失った父母への思いも、儂には否定できぬ。忘れられるものではないことくらい、儂にも分かっておる」
天之菩卑はそこで一度言葉を切った。怒りが消えたわけではなかったが、その声には先ほどまでとは違う重さがあった。
「だがな……」
建御雷は黙ったまま、その続きを待った。
「だからといって、お主自身が裁きを決めてよい理由にはならぬのだ」
建御雷と天之菩卑のやり取りを、八島士奴美は少し離れた場所から黙って聞いていた。
何かを口にすることなどできなかった。建御雷が語った不弥国での惨劇、そのすべてを八島士奴美は誰よりもよく知っていたからである。
かつて不弥国の砦を攻め落とした時、殺されたのは兵だけではなかった。
武器を持たぬ者も、老人も、女も、逃げ惑う者たちまで容赦なく討ち取られ、蓄えられていた食糧は奪われ、家々には火が放たれた。
そして、それを命じたのは八島士奴美自身だった。
父、須佐之男の戦を支えるためだった。
飢えに苦しむ出雲へ一粒でも多くの米を運ぶためであり、父が目指すものを実現するには必要な犠牲なのだと、あの頃の八島士奴美は信じて疑わなかった。
戦場では敵と味方に分かれる。敵を倒さなければ自分たちが死ぬ。
食糧を奪わなければ出雲の民が飢える。そう言い聞かせながら何度も戦い、命令を下し、そのたびに犠牲を積み重ねてきた。
だが、その先に何が残るのかなど、一度として考えたことはなかった。
不弥国で生き残った一人の子供。両親を目の前で殺され、食糧を奪われ、住んでいた家まで焼かれ、帰る場所もなく戦場跡を彷徨うことになった子供。
その子供が成長し、今、自分たちの前に立っている。
建御雷。
八島士奴美は震える手を膝の上で強く握りしめた。老いて節くれ立った指には、かつて剣を振るっていた頃の力など残っていない。
――儂が、この男を生み出したのか。
胸の奥へ鉛でも流し込まれたような重苦しさが広がっていく。
建御雷が大国主と事代主を殺したことは許されるものではない。それでも、建御雷の中にこれほどまでの憎しみを植え付けた者は誰だったのか。
その始まりをたどれば、不弥国で虐殺と略奪を命じた自分へ行き着いてしまう。
何十年も前に自分が蒔いたものが、長い年月をかけて芽を出し、憎しみという形で成長した。そしてその刃が向かった先は、八島士奴美自身ではなかった。
大国主と事代主だった。
大国主は倭国大乱から帰還した後、寒冷化と戦乱によって荒れ果てた出雲を立て直すために生涯を費やした。
田を拓き、川を整え、堤を築き、自ら泥にまみれて民と共に働いた。戦で失ったものを取り戻し、これ以上戦をしなくてもよい国を作ろうとして、ようやく復興の道筋をつけた。
最後には出雲の民を守るため、長く受け継がれてきた国さえ手放した。
事代主もまた、その父の考えを受け継いでいた。
国を失うことより民の命が失われることを恐れ、これ以上一滴の血も流させぬために大倭壱国への国譲りを受け入れた。
その二人が殺された。
戦場でもなく、抵抗したわけでもなく、降伏した後に海へ連れ出され、石を括りつけられて沈められた。
その原因の一つが、遠い昔の自分の行いだった。
「…………」
八島士奴美の唇がわずかに震えたものの、声になることはなかった。
今さら何を言えばよいというのだろう。
知らなかったでは済まされない。当時は戦だったと言い訳することもできる。
父の命に従っただけだったと言うこともできる。飢える出雲を救うためだったと、自分たちにも事情があったことを並べ立てることもできる。
だが、どれほど言葉を重ねたところで、不弥国で死んだ者たちが戻るわけではない。
幼い建御雷が失った父も母も帰ってこない。
ましてや、今度はその憎しみによって失われた大国主と事代主まで戻ることはない。
八島士奴美はゆっくりと自分の両手へ視線を落とした。
若い頃、この手には剣があった。父の背中を追い、戦場を駆け、敵陣へ飛び込み、ためらうことなく命令を下した。
須佐之男の息子として戦えることを誇りに思い、その威光を守り、その理想を継ぐことこそ自分の役目だと信じ続けてきた。
今では手の節々は腫れ、指を曲げることさえ難しい。身体も思うようには動かず、剣を持つことも、馬に乗ることも、戦場へ立つこともできなくなっていた。
ただ老い、生きている。
若い頃の八島士奴美にとって、須佐之男は絶対だった。父こそ出雲を救う王であり、父が選んだ道ならば間違っているはずがないと信じていた。
だから敵を殺した。国を奪った。食糧を奪い、人の暮らしを焼いた。
それらすべてが出雲を守るためであり、父の理想を実現するために必要な犠牲なのだと考えていた。
その理想を最後まで信じ、父の死後も戦い続けた。
だが、長い年月の果てに残ったものは、若い頃に思い描いていたものとはあまりにも違っていた。
須佐之男はもういない。数十年に及んだ倭国大乱も終わり、出雲は大倭壱国へ国を譲った。
須佐之男の威光を知る者も少なくなり、父の名を掲げて戦い続けた自分も、今ではまともに歩くことさえ難しい老人になっている。
そして、自分が過去に残した憎しみだけが消えることなく生き続け、その果てに大国主と事代主まで奪っていった。
八島士奴美は静かに目を閉じた。
戦場で討たれていれば、どれほど楽だっただろう。
父の名を叫びながら敵の中へ飛び込み、剣を握ったまま死ねていたなら、自分は最後まで父を信じた武人として終われたのかもしれない。
だが現実は違った。
自分は生き残った。
老いるまで生き、父が始めた戦の結末を見届け、自分たちが敵地に残した傷が何十年経っても消えず、次の憎しみを生み出すところまで見届けてしまった。
死ぬことが罰なのではなかった。
自分が何をしてきたのかを理解し、その結果から目を逸らすこともできないまま、生き続けること。それこそが八島士奴美に残された罰なのかもしれなかった。
許しを乞う相手すら、もうほとんど残ってはいない。
だから八島士奴美は何も語らなかった。自分を正当化することも、誰かに責任を押し付けることもなく、ただ目の前で起きている出来事を受け止めていた。
父の理想だけを信じ、父の背中だけを追って戦い続けた男は、その生涯の最後になって、自分たちの戦いが残したものと向き合うことになった。
そして八島士奴美は、過去を消すことも償い切ることもできないまま、生き恥を抱え、それでも最後の日が訪れるまで生き続けるのだった。
天之菩卑は建御雷に帰国を命じた。
「建御雷、そなたは宇佐へ戻れ。この件についての処分は、女王日巫女様に委ねる」
建御雷はしばらく黙ったまま天之菩卑を見つめていたが、やがて反論することなく静かに頭を下げた。
「……承知した」
天之菩卑には、この場で建御雷を処断する権限までは与えられていなかった。
建御雷は長年にわたり出雲方面軍を率いて数々の戦功を立て、ついには出雲本国を降伏にまで追い込んだ大倭壱国連合の将であり、その功績を考えても、個人的な判断だけで処分を決めてよい人物ではない。
まして今回の件は、降伏した国の前王と現王を独断で殺害したという重大な問題である以上、最終的な判断は宇佐にいる大倭壱国の女王、日巫女に委ねるべきであった。
建御雷への帰国命令を下した天之菩卑は、それとは別に、これから出雲を治めていくために必要となる新たな方策についても考えていた。
大国主と事代主が殺されたという話はすでに出雲各地へ広まりつつあり、大倭壱国に対する民の反感が急速に強まっていることは明らかだった。
長い戦いの末とはいえ、出雲は最終的には武器を置き、国譲りを受け入れている。
それにもかかわらず、その後になって大国主と事代主が殺されたとなれば、出雲の民が納得できるはずもない。
そこで天之菩卑は、大国主を祀る社を建立することを出雲全土へ知らせることにした。
しかも、それはこれまで各地に建てられてきたような小さな社ではなかった。
大国主ほどの人物を祀る以上、それにふさわしいものとしなければならないと考え、過去に例がないほど大規模な大社を建立することを決めたのである。
高くそびえる本殿を建て、その周囲には多くの人々が集まることのできる広大な場所を整え、出雲の各地から人々が訪れて大国主を偲び、その御霊を祀ることのできる場所とする。
単に死者を慰めるためだけの社ではなく、これから先も出雲の人々が大国主という存在を忘れることなく、その功績を語り継いでいける場所にするつもりだった。
もちろん天之菩卑に、これだけで出雲の民の怒りが消えるなどという楽観的な考えはなかった。
国を失っただけでなく、長年国を支えてきた大国主まで失った民の心が、社を一つ建てた程度で簡単に収まるはずがないことくらい理解している。
それでも、大倭壱国が大国主の存在そのものを否定するのではなく、その功績を認め、出雲の人々がこれまで敬ってきた人物をこれからも祀ることを許す姿勢を示すことには意味がある。
武力によって出雲を押さえつけるだけでは、いつか必ず再び反乱が起きる。
新しい支配を根付かせるためには、出雲の民が大切にしてきたものまで奪ってはならないと、天之菩卑は考えていたのである。
大国主を祀り、その名と功績を残し続けることで、少しでも出雲の民の反感を和らげたい。
そうした思惑も込められながら、出雲の地にこれまで例のない巨大な大社を建立する計画が動き始めることになった。
建御雷は命に従い、帰国の準備を進めていた。兵の編成を整え、必要な物資をまとめ、出雲を発つ日も間近に迫っていた。
その夜、建御雷は宿舎で深い眠りについていたが、突然、胸に焼けるような激痛が走った。
「ぐっ……!」
建御雷は苦鳴と共に目を見開いた。胸には剣が深々と突き刺さっており、息を吸おうとするだけで肺の奥まで鋭い痛みが広がっていく。
何が起きたのか理解できぬまま視線を上げると、寝床の傍らには一人の若者が立っていた。
まだ若い男だった。しかし、その顔に浮かんでいるものは恐怖でも迷いでもなく、ただ激しい憎しみだけだった。若者は両手で剣の柄を強く握り締め、建御雷を睨みつけていた。
「よくも……」
震える声が漏れたかと思うと、若者は堰を切ったように叫んだ。
「よくも大国主様を殺してくれたな!」
建御雷は何も言えず、ただ目の前の若者を見つめていた。若者は荒い息を吐きながら、胸の内に長く溜め込んでいたものを吐き出すように言葉を続ける。
「俺の父は、大倭壱国との戦で死んだ! 母も、その後に病で死んだ!」
握り締めた剣が小刻みに震えていた。それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか、それとも初めて人を刺した恐怖によるものなのか、建御雷には分からなかった。
「行くところもなくなった俺を、宮へ引き取ってくださったのが大国主様だった!」
若者の目から涙が流れ始めた。それでも剣を握る手の力が緩むことはなかった。
「飯を食わせてくれた! 寝る場所をくれた! 働く場所まで与えてくださった! 俺だけじゃない! 戦で親を失った者を何人も助けてくださった!」
建御雷は黙ったまま、若者の言葉を聞いていた。
「あのような偉大で慈悲深い方を……よくも殺したな!」
建御雷のすぐ傍には布都御魂が置かれていた。幾度となく自分の命を守り、出雲との戦いを勝ち抜く力となった剣である。
しかし今は、わずかに手を伸ばせば届きそうでありながら、到底届かない場所にあった。
身体を動かそうとした瞬間、胸に突き刺さった剣が揺れ、耐え難い激痛が全身を走った。
「ぐ……」
建御雷の口元から血がこぼれた。若者はそれを見ても怯むことなく、むしろ剣をさらに強く握り直した。
「貴様は俺から全部奪った!」
若者は叫ぶと、建御雷の胸に突き刺した剣をさらに深く押し込んだ。
「実の父も!」
建御雷の身体が大きく震えた。
「育ての父も!」
胸元から溢れ出した血が衣を濡らし、そのまま寝床へと広がっていく。
「二人とも貴様らに殺された!」
若者は涙を流しながら、なおも建御雷を強く睨みつけていた。その瞳には悲しみ以上に、長い年月をかけて膨れ上がった憎悪が宿っている。
「報いだ!」
その言葉を聞きながら、建御雷は若者の顔をじっと見つめていた。
怒り、悲しみ、憎悪、そして、どうしても許すことのできない相手を前にした剥き出しの殺意。その全てが混ざり合った目を、建御雷は知っていた。
ずっと昔、自分も同じ目をしていた。
焼け落ちた家の前で両親の亡骸を見つめ、何もかもを奪われた少年だった頃の自分。
食べるものもなく、帰る家もなく、ただ生き延びるだけの日々を送りながら、それでも胸の中では何度も同じ言葉を繰り返していた。
いつか必ず復讐する。
出雲に復讐する。
自分から父と母を奪い、食糧を奪い、家まで焼き払った者たちに、いつか必ず報いを受けさせる。
その日のために生きるのだと、それだけを支えにして生き延びてきた。
目の前で自分を睨みつけている若者の顔が、いつしか幼い頃の自分自身と重なって見えた。
建御雷の目から、少しずつ力が抜けていった。
『……そうか』
胸の奥で、ようやく一つの答えに辿り着いた。
『これは……昔の儂だ……』
自分は出雲への復讐を果たした。長い年月をかけ、軍に入り、戦場を駆け上がり、ついには出雲そのものを屈服させ、大国主と事代主を自らの手で海へ沈めた。
ようやく父と母の恨みを晴らし、人生を懸けて追い求めたものを手に入れたはずだった。
しかし、その復讐によって今度は、自分を殺したいと願う者を生み出していた。
かつての自分と同じように、父を奪われ、家族を奪われ、大切な者を失い、その恨みだけを胸に抱いて生きる者を、自分自身の手で新たに生み出してしまったのである。
建御雷はもう、布都御魂へ手を伸ばそうとはしなかった。
手を伸ばせたとしても、もはや若者を斬る気にはなれなかった。目の前にいるのは敵ではなく、遠い昔の自分そのものに見えたからである。
若者を見つめたまま、建御雷はゆっくりと息を吐いた。
その呼吸は次第に浅くなり、やがて身体から完全に力が抜けた。
若者はしばらく動かなかった。剣を握ったまま、建御雷を睨み続けていたが、やがて建御雷が二度と動かないことを確かめると、ようやく剣から手を離した。
若者の呼吸は荒く、肩は大きく上下していた。復讐を果たした喜びを口にすることもなく、建御雷の亡骸を見下ろしたまま、ほんの一瞬だけ立ち尽くしていた。
そして何も言わず、その場を飛び出した。
若者は夜の闇の中へ駆け込み、その姿はほどなく見えなくなった。
建御雷は帰国を目前にして、出雲の名も知れぬ若者の手によって、その生涯を終えた。




