↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新説古事記】邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見
八章 国譲り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/169

八章 国譲り 六話 建御雷対建御名方

 西暦二百十九年。出雲への侵攻が始まってから、すでに十年の歳月が流れていた。


 前線の砦が陥落したとの報せは、ほどなく建御雷のもとにも届いた。


 建御雷は報せを受けると、ただちに前線へ戻り、各地に分散していた兵を集めて軍の再編成を急がせた。


 失われた砦をそのまま放置するつもりはなかった。出雲軍に勢いを与えれば、これまで十年をかけて積み上げてきたものが崩れかねない。


 再編成を終えると、建御雷は軍を東へ向け、奪われたばかりの前線の砦へ進軍した。


 やがて遠くに環濠と柵を巡らせた砦が見えてきた。見張り台や門の上には出雲兵が立ち、すでに砦は完全に出雲軍の手へ落ちている。


 その砦には建御名方が駐屯していた。見張りの兵から大倭壱国連合軍が接近しているとの報告を受けると、建御名方はすぐさま立ち上がった。


「来たか」


 先の戦で奪い取ったばかりの砦である。


 ここで敵を退ければ出雲軍の士気はさらに高まるが、奪い返されれば、せっかく得た勢いを失うことになる。建御名方に退く考えはなかった。


 ただちに兵を集めて砦の外へ出るよう命じると、門が開かれ、武装した出雲兵たちが次々と姿を現した。


 槍や剣、弓を手にした兵たちは砦の前で陣を整え、建御名方自身も大槍を手にしてその先頭へ立った。


 平野の向こうから迫ってくる大倭壱国連合軍の先頭には、建御雷の姿がある。


 建御名方は大槍を地面へ突き立て、迫る軍勢を睨みつけた。


「ここで追い返すぞ」


 周囲の兵たちが一斉に武器を掲げた。


 建御雷もまた、出雲軍が砦へ籠もらず外へ出てきたことを確認すると軍を停止させた。


 奪われた砦を取り戻そうとする大倭壱国連合軍と、それを守り抜こうとする出雲軍。


 両軍は平野を挟んで対陣した。




 両軍が激突するまでに、さほど時間はかからなかった。建御雷も建御名方も攻勢を好む武将であり、相手の出方を待つことなく軍を前へ押し出した。


 鬨の声とともに大倭壱国連合軍と出雲軍が正面からぶつかり合い、槍と槍が交差し、剣が激しく打ち合わされる。


 押しては押し返され、押し返しては再び踏み込み、両軍とも一歩も退こうとはしなかった。


 その激戦の中央、最前線に異様な武人がいた。全身に妖気を纏った建御名方が大槍を振るい、立ちはだかる兵を次々と薙ぎ倒していた。


「おおおっ!」


 大槍が横薙ぎに振るわれるたびに兵がまとめて弾き飛ばされ、突き出せば盾ごと押し倒される。


 刃や矢が身体へ届いても、建御名方を覆う妖気に阻まれ、まともに傷を負わせることすらできない。


 その姿はまさに鬼神そのものであり、出雲兵は勢いづいて建御名方に続いた。


 戦況を見ていた建御雷も、すぐにその異様な武人へ目を留めた。


 陽炎のように全身を包むものが、忍穂耳から聞かされていた妖気なのだろう。


「あれか……」


 建御雷は建御名方から目を離さなかった。


「見つけたぞ。あれが妖気……あれが建御名方か」


 腰の鞘へ手を伸ばし、女王日巫女から下賜された布都御魂を抜く。鞘から現れた剣身は赤い光を放ち、周囲の兵が思わず目を向けるほどの妖気を漂わせた。


 建御雷は赤く輝く布都御魂を握り締め、立ちはだかる出雲兵を斬り払いながら戦場の中央へ進んでいく。


 やがて建御名方も、自分へ真っ直ぐ近づいてくる大男に気づいた。


 赤い光を放つ布都御魂を手にした建御雷は歩みを止め、妖気を全身に纏って大槍を構える建御名方の前に立った。


「儂は建御雷、大倭壱国の将だ」


 赤い光を帯びた剣を下段に構え、建御雷は名乗った。


 対する建御名方は大槍を握り直す。全身を覆う妖気が揺らめき、足元の草が風もないのに震えていた。


「おう、貴様が建御雷か、俺は建御名方! 大国主の息子にして出雲の将だ」


「ではいくぞ!」


挿絵(By みてみん)


 建御雷は地を蹴って一気に突進した。建御名方も大槍を構えて迎え撃ち、間合いに入った二人は激しく得物を打ち合わせる。


 だが、その攻防は長く続かなかった。赤い光を放つ布都御魂が建御名方の大槍を捉えた瞬間、硬い柄はあっけなく真っ二つに斬り落とされた。


 建御名方は手元に残った槍を見て呆気に取られたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて折れた槍を投げ捨て、腰に差していた剣を抜いた。


 出雲でも一、二を争う業物で、硬く厚い刀身を持ち、これまでどれほど激しく打ち合っても折れたことはない。


「槍が駄目なら、こいつで相手をしてやる!」


 この剣なら勝てる。そう確信した建御名方は妖気を全身に纏わせ、再び建御雷へ襲い掛かった。二人の剣が何度も激突し、甲高い音とともに火花が飛び散る。


 しかし、打ち合うほど異変は明らかになった。


「……なんだ?」


 建御名方の剣だけが刃こぼれを起こしていた。一方、建御雷の握る布都御魂には傷一つなく、変わらず赤い光を放っている。


「まさか、そんなことが……」


 信じられないまま、それでも建御名方は剣を振るった。


 だが次の一撃で、布都御魂は出雲一の業物を真っ二つにへし折った。その勢いのまま赤い刃が建御名方の鎧へ斬り込み、妖気を突き破って身体にまで達する。


「ぐっ!」


 建御名方は後ろへ退き、胸元を見下ろした。傷は浅い。しかし斬り裂かれた鎧の隙間から、確かに血が流れている。


「妖気を破っただと……」


 妖気を纏えるようになって以来、刃で身体を傷つけられたことなど一度もなかった。


 建御名方は初めて自分の血を見つめ、それからゆっくり顔を上げた。


 その視線の先では、建御雷が赤い光を放つ布都御魂を構えたまま、建御名方を睨み据えていた。


「妖気を破っただと……そんな馬鹿な。俺の妖気を纏った身体に、刃が届くはずがない……」


 建御名方は斬り裂かれた鎧の隙間から流れる血を見つめた。妖気を自在に纏えるようになって以来、刃を恐れたことなど一度もない。


 出雲の武人たちが振るう剣も槍も妖気に阻まれ、まともに身体へ届かなかったからだ。


 それが今、建御雷の握る布都御魂は妖気をものともせず鎧を斬り裂き、その下の肉体にまで刃を届かせている。


 傷は浅い。それでも建御名方の胸中には、これまで戦場で感じたことのない恐怖が生まれていた。


「まだだ! たまたま一度通っただけだ! 武器ならいくらでもある。こんなところで俺が負けるものか!」


 建御名方は叫んで折れた剣を投げ捨てると、乱戦の中で倒れた兵の傍らに転がっていた二本の剣を拾い、それぞれ左右の手に握った。


 再び全身から妖気を噴き上げ、二本の剣を構える。


「今度はこちらから行くぞ、建御雷! その怪しげな剣ごと叩き折ってやる!」


 雄叫びとともに建御雷へ襲い掛かり、右手の剣を横薙ぎに振るった直後、左手の剣を下から斬り上げる。


 だが建御雷は一歩も退かず、赤い光を放つ布都御魂を振るった。


 甲高い金属音とともに右手の剣が折れた。


「なっ――まただと!」


 驚く暇もなく返された布都御魂がもう一本の剣を捉え、二本目の刃も半ばから断ち切った。折れた刃が宙を舞い、建御名方の両手には短くなった剣だけが残される。


 建御雷はそのまま間合いへ踏み込んだ。


「武器を何本持とうが同じだ。布都御魂の前では、お前の剣も妖気も役には立たん!」


 赤い光が横薙ぎに走る。


「くっ、来るな!」


 建御名方は反射的に右腕を上げ、妖気を集中させて刃を防ごうとした。しかし布都御魂はその妖気を再び破り、右腕を斬りつけた。


「ぐあっ! また妖気を……そんなはずはない! どうして俺の妖気が通じない!」


 鋭い痛みが走り、血が流れる。傷そのものはいずれも軽い。それでも建御名方にとっては、傷の深さなどもはや問題ではなかった。


 また妖気を破られた。


 それも一度ではない。


 自分を無敵だと思わせていた力が、目の前の男には通用しない。


 建御名方の手から折れた二本の剣が落ち、戦場の土の上で乾いた音を立てた。


「…………」


 足が震えていた。止めようとしても止まらない。


 周囲では出雲兵と大倭壱国連合の兵が怒号を上げ、激しく武器を打ち合わせている。


 それでも建御名方の耳には、周囲の喧騒が次第に遠ざかっていくように感じられた。


 目の前の建御雷しか見えない。


 血と土に汚れた大きな身体。その手には赤い光を放ち続ける布都御魂が握られ、建御雷は凄まじい殺気を放ちながら建御名方を睨みつけている。


「どうした、建御名方。もう拾う武器はないのか。それとも、その妖気とやらもここまでか?」


「黙れ……俺は出雲の建御名方だ。こんなところで……こんなところで死ぬわけには……」


 言葉とは裏腹に、建御名方の足は後ろへ下がった。


 死だ。


 これは戦場に現れる死そのものだ。建御雷が一歩前へ出る。建御名方はさらに一歩下がった。


「どうした。先ほどまでの威勢はどこへ行った。まだ戦うというのなら来い。儂は逃げも隠れもせん」


「来るな……それ以上、俺に近づくな!」


 戦わなければならない。自分は出雲軍を率いる将であり、自分を信じて兵たちはここまで戦ってきた。


 頭では分かっている。それでも身体は言うことを聞かなかった。


 次にあの赤い剣を振るわれれば、今度は腕では済まないかもしれない。首を斬られるかもしれない。胸を貫かれるかもしれない。


 死ぬ。


 その考えが建御名方の頭を埋め尽くした。


「俺は……俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない……!」


 建御名方は踵を返した。


 そして、そのまま走り出した。


 撤退の号令すら出さず、自分が率いてきた兵たちを振り返ることもない。ただ建御雷から少しでも遠くへ離れようと、恐怖のまま戦場から逃げ出した。


「待て、建御名方! 兵を置いて逃げるつもりか!」


 建御雷はすぐさま後を追おうとしたが、主将を逃がそうと数人の出雲兵が前へ立ちはだかった。


「建御名方様を追わせるな! ここは我らが食い止める!」


「そこを退け! 邪魔をするなら容赦はせんぞ!」


 建御雷は布都御魂を振るい、立ちはだかる兵を退けて前へ出た。しかし乱戦の中で追跡するには遅く、建御名方の姿はすでに兵の群れの向こうへ消えていた。


 建御雷は追撃を諦めた。敵将一人を追うために自軍の指揮を放棄するわけにはいかない。


 まず目の前にいる出雲軍を崩すべきだと判断し、布都御魂を掲げて兵たちへ命じた。


「建御名方は逃げた! 敵将はもうここにはおらん! 今こそ全軍で押し込め、一気に出雲軍を崩すぞ!」


 大倭壱国連合の兵が一斉に前進する。


 一方、出雲軍には急速に動揺が広がっていた。一騎打ちの様子を見ていた兵は少なくない。


 出雲で無敵とまで謳われ、妖気を纏って敵兵を薙ぎ倒していた建御名方が武器を次々と折られ、最後には自分たちを置き去りにして逃げ出したのである。


「建御名方様が逃げたぞ! 俺はこの目で見た、建御雷に敗れて東へ逃げていった!」


「嘘だ! 建御名方様が我らを置いて逃げるはずがない!」


「本当だ! もうここにはおられぬ! このまま戦っても我らだけが取り残されるぞ!」


 その声は戦場の各所へ瞬く間に広がった。


「建御名方様はどこだ! 誰か居場所を知らぬのか!」


「誰が指揮を執るのだ! このままでは敵に押し切られるぞ!」


「もう駄目だ、退け! 包囲される前に退くのだ!」


 軍を率いていた者がいなくなり、誰の命令に従えばよいのかも分からない。


 一人の兵が後ろへ下がると、その隣にいた兵もつられて後退し、一人が逃げ出せば周囲の兵も次々と背を向けた。


 戦列の一角から始まった崩れは止まらなかった。


 十人が逃げれば、その姿を見た数十人が続く。


 さらに後方の兵まで敗北したと思い込み、我先にと逃げ始める。つい先ほどまで激しく抵抗していた出雲軍は、指揮官を失ったことで急速に統率を失っていった。


「押せ! 敵はすでに崩れている! ここで立て直す暇を与えるな!」


 建御雷は布都御魂を高く掲げた。


「建御名方は逃げた! 出雲軍に我らを止める者はもういない! 全軍、前へ出ろ!」


「おおおおおっ!」


 大倭壱国連合軍が雄叫びを上げ、一斉に出雲軍へ圧力をかけた。


 もはや踏み止まって戦おうとする兵だけでは戦列を維持することができず、押された兵が後方の兵とぶつかり、さらに混乱が広がっていく。


 やがて出雲軍の戦列は完全に崩壊した。


「逃げろ! もう戦えぬ!」


「東へ退け! 出雲へ戻るのだ!」


「置いていくな、待ってくれ!」


 兵たちは武器を抱えたまま逃げる者、武器を捨てて走る者、仲間を呼びながら後退する者に分かれ、散り散りになって戦場を離れていった。


 建御雷は逃げていく出雲兵を見据えながら、血の付いた布都御魂を握り締めた。


「追い立てろ。ただし隊列を崩すな。敵に立て直す機会を与えず、このまま砦まで押し戻すぞ!」


 建御名方が逃げたことで、勝敗は決した。


 出雲軍は大倭壱国連合軍に押し崩され、そのまま敗走していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。