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邪馬台国叙事詩―神代建国譚―  作者: 月見


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一章 徐福伝説 十話 崩壊

 両手を縄で縛られた二人は集落へ引きずるように連れ戻され、そのまま館の広間へ連行された。

 そこには方士たちが並び中央に立つ徐福は、縄で縛られた二人を静かに見下ろしていた。その声は怒鳴りつけるようなものではなく、むしろ感情を削ぎ落としたような平坦さを帯びていたが、それがかえって那岐の背筋に冷たいものを走らせた。


「逃げたか、申し開きはあるか」


 那岐は睨み返した。


「俺たちは人じゃないのか」


 那岐の言葉が響くと広間は静まり返り、並ぶ方士たちも息を潜めたまま二人を見つめていた。

 徐福はしばらく沈黙したまま那岐を見つめていたが、やがて感情を感じさせない声で口を開いた。


「不老長寿の霊薬を得るためには犠牲が必要だ」


 その声に迷いはなく、那岐はその瞬間に悟った。徐福はすでに後戻りのできない場所まで踏み込んでいた。不死への執念だけが彼を突き動かし、その瞳には人命への躊躇も罪悪感も、もはや欠片ほども残されていなかった。


「連れていけ」


 徐福は短く命じた。

 その日のうちに二人は実験台へと回された。

 煎じられた不死草は鼻を刺す異臭を放つ薬液となって器に注がれ、縄で拘束された二人の口へ容赦なく流し込まれた。


 薬液が喉を通った直後、全身を焼き尽くすような激痛が駆け巡った。まるで内臓が溶け、血管の中を炎が流れているかのような苦しみに那岐は絶叫し、隣では漣も同じように悲鳴を上げる。


 二人の身体は激しく痙攣しながら床を転げ回ったが、方士たちは苦悶する様子を観察しながら淡々と記録を取り続けるばかりで、その場に救いの手を差し伸べようとする者は一人としていない。


 漣は苦しむ身体を引きずるように那岐へ近づいた。全身を焼かれるような激痛に身体は痙攣を繰り返し、呼吸をするたび肺の奥が裂けそうだったが、それでも震える手を伸ばして那岐の頬へ触れる。


「ごめん……」


 涙が頬を伝う。


「漣……」


 那岐もまた苦痛に喘ぎながら手を伸ばした。

 触れ合った指先は冷たく震えていた。


「もっと……一緒にいたかったな……」


 漣は微かに笑ったが、次の瞬間には全身を貫く激痛に顔を歪め、大きく息を吐いた。自分が助からないことだけは理解していた。それでも最期まで心を占めていたのは自身の恐怖ではなく、苦しみ続ける那岐のことだった。


 せめて那岐だけは楽に逝かせてあげたい……その想いだけを胸に、漣は震える腕で那岐を抱き寄せ、そのまま唇を重ねる。激痛に喘ぐ那岐が少しでも早く意識を失い、苦しみから解放されるよう願いながら、呼吸を奪うように何度も口づけを繰り返した。


 漣自身も呼吸は限界に近く、身体は激しく痙攣していたが、それでも唇を離そうとはしない。自分が受ける苦痛よりも、愛する人が苦しむ姿を見続ける方が遥かに辛かったからだ。


「那岐……」


 絞りだした声が漏れ、その言葉を最後に那岐の意識はゆっくりと暗闇へ沈んでいった。

漣はようやく安堵したように微笑んだ。愛する人だけでも苦しみから解放できたことに小さな救いを見出しながら、意識を失った那岐の顔をそっと見つめる。苦しみに歪んでいた表情は静かになり、その寝顔はまるで眠っているだけのようだった。


 その時、喉の奥から熱いものが込み上げた。


「ごほっ……」


 咳とともに鮮血が口元から溢れ、床へ赤い染みを広げていく。内臓はすでに限界を迎え、全身を焼く激痛はなお続いていたが、漣は悲鳴を上げることなく那岐の顔を見つめ続けた。


 初めて言葉を教えた日、山で山菜を採りながら笑い合った日、不器用な口づけを交わした春の日――これまで共に過ごした時間が走馬灯のように脳裏を流れていく。本当はもっと一緒に生きたかった。もっと笑い合い、もっと未来を見たかった。だが、その願いが叶わないことを漣は理解していた。


 涙で滲む視界の中、それでも最後に映るのが愛する人の顔であったことに微かな幸福を感じながら、漣は震える唇を動かした。


「愛してる……」


 かすかな囁きが漏れた直後、再び血が口元から流れ落ちる。

 次の瞬間、漣の身体を襲っていた痙攣がふっと止まった。力を失った腕が床へ落ち、焦点を結んでいた瞳からゆっくりと光が消えていく。

 最後まで那岐を見つめ続けていたその視線は、二度と動くことはなかった。

 静寂だけが残る。


 徐福はその一部始終を無言で見つめていた。二人の関係については以前から把握していたが、二人の最後の行動を止めようともせず、感情を動かされることもない。

 他の奴隷とは違い、二人は通訳として重宝されてきた。しかし今では倭語を理解する者も増え、徐福自身も言葉を習得しつつある。

 もはや代えの利かない存在ではなかった。それが徐福の判断だった。


 方士たちは脈と呼吸を確かめる。

 一人が静かに首を振った。


「被検体二十三号、二十四号。ともに死亡」


 記録係が淡々と筆を走らせる。その声にも表情にも感情はなく、二人の死は数多く積み重ねられてきた実験結果の一つとして処理されたに過ぎなかった。


 やがて那岐と漣の遺体は館の外へ運び出される。かつて通訳として重宝された二人も、今となっては他の奴隷たちと何ら変わらぬ被検体でしかなく、冷たくなった身体はこれまで命を落とした者たちと同じように死体置き場へと運ばれていった。




 半日後、遺体仮置き場に運ばれていた那岐の身体では、本来なら死とともに止まるはずの変化がなお続いていた。不死草の毒は肉体を蝕むだけでは終わらず、人の身体そのものを変質させようとしていたのである。


 しかし通常であれば激烈な苦痛によって肉体がそれを拒絶し、融合が起きる前に死に至る。那岐だけは違った。漣との最後の口づけの中で意識を失ったことで、その拒絶反応が極限まで弱まっていたのである。


 死体置き場に並べられた亡骸の中で、那岐の指先だけが微かに震えた。その異変に気付く者はいない。既に日は西へ傾き、死体置き場には見張りすら置かれていなかった。


 やがて那岐の胸がゆっくりと持ち上がる。死者であるはずの身体は再び息を吹き返し、その内部では傷ついた脳や臓器を修復するかのような異常な治癒現象が静かに進行していた。


 それから数時間後、閉じられていた瞼がかすかに震え、那岐はゆっくりと目を開く。全身は焼けるような痛みに包まれ、息を吸うたび胸の奥が軋んだが、それでも確かに生きていた。


「……あ……」


 ぼやけた視界の向こうに暗い天井が見える。ここはどこだろうと思った次の瞬間、すぐ傍に横たわる人影が目に入った。


「……漣?」


 那岐は這うように身体を引きずりながら近づき、震える手でその肩に触れた。


「漣……」


 呼びかけながら肩を揺する。しかし反応はない。


「起きろよ……」


 もう一度強く揺すった瞬間、肩越しに伝わった冷たさに那岐の動きは止まった。

 冬の石に触れたような冷たさだった。


「……違う」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、那岐は漣の身体を抱き起こした。力なく垂れた腕。閉じられたままの瞼。そして、その身体にはもう命の気配がない。


 共に逃げ、共に捕らえられ、同じ苦しみに耐えてきたはずだった。それなのに今、漣は何も返してくれない。


「漣……」


 那岐は震える腕でその身体を抱き寄せた。しかし伝わってくるのは残酷な現実だけだった。

 もう、その身体に命はない。

 那岐の瞳の奥で、かすかに金色の光が揺らめく。


「嫌だ……」


 掠れた声が漏れた瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。胸の奥が引き裂かれるように痛み、声にならない嗚咽だけが喉を震わせる。


 失われた温もりを求めるように漣を抱き続けるが、どれほど願っても彼女が目を開くことはなかった。


 いつの間にか空は夕暮れに染まり、西日が天幕の隙間から差し込んでいる。しかしその光が二人を救うことはない。


 那岐は冷たくなった漣を抱いたまま、声も枯れるほど泣き続けた。共に逃げ、共に生き延び、いつか故郷へ帰るはずだった。漣と笑い合う未来を信じていたのに、その願いは二度と叶わない。腕の中にいるにもかかわらず、もうあの温もりはどこにもなかった。


 西日が天幕の隙間から差し込み、静かに二人を照らしている。しかし、その光が失われた命を呼び戻すことはない。


そしてこの日、那岐の中で人として最も大切な何かが、音もなく崩れ落ちた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


流行りのジャンルでも、激しい格闘ものでもない作品ですが、テーマを出来るだけ伝えられるよう頑張っていきます。


もしよろしければ、反応いただけると執筆の励みになります。

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