ささやかれた祈り⑪
「さてと。」
俺はひょい、と結界をはずすと、元のお守りに戻し、首にかけた。
「では、実際の治療に入りましょうか。…まず、これから全身の筋骨格系の調整をやります。どんなものかは、チェリスさん、よく分からなくて不安になるかもしれないので、レーンさん、先に受けていただけますか?…大丈夫です。健康増進の目的もありますから。そこでチェリスさん、レーンさんにするところを見ておいてください。どんなことをされるかが、分かります。そして次にあなたをやりますから。…あなたの場合は、そこで同時に力の流れを調整します。」
彼女の場合は刺される可能性もある。どうしようもない時は眠ってもらおうかと考えている。
「じゃあ、このベッドを施術台にして…」と準備を始めようとすると、いきなりレーンさんから声がかかった。
「ちょっと待った。その前に。チェリス、話がある。」
…えっ?
俺は当惑して振り向いた。…え?レーンさん?
…まさか…。
これから?!いますぐ?!
…レーンさんの目が…。
…マジだった!!
「…な、何よ急に。」雰囲気に気圧された彼女が、どもりながら答えてくる。明らかにそれだけの気合があった。
「チェリス、俺たち、幼馴染だろ?だから、言わなくても分かる、と思ってた。言わなくてもいいと思ってた。」
「な、何を?」
「正直、かっこ悪ぃと思ってたんだ。お前に全部を用意してから、お前を迎えに来なきゃと思ってた。その病気だって、町で一番の医者捕まえて…、それでだめなら世界で一番の医者でも引き連れて、治してやるつもりだったんだ。そうでもしなきゃ、かっこがつかねぇ、そう思ってた。」
「……?」
「でも、この先生がいうことにゃ、そういうことじゃあねぇらしい。…なるほどな。よくわかったわ。」
一人の男が頭をがりがりとひっかき、溜息をつく。告げた。
「お前、俺んとこに嫁に来いよ。病気なんざどうでもいい。病気ごと、俺がお前を引き受けてやる。――つーか、もう俺が面倒見てやってるようなもんなの。気付いてたろ?この家だって、お前の親戚に俺が根回しした結果。…だから分かんだろ?俺にはもう、それくらいの甲斐性があんの。病気持ってるお前一人くらい、軽いもんなの。背負ってやれんの。だから、気兼ねなんていらねぇの。」
つと視線をそらして、また頭をがりがりとひっかきながら、ふてくされたように言う。
「下級職人の子でかたわだった俺を、いずれ親方になる、って信じてくれたのは、お前だけだ。あの時から、俺はお前に惚れてんの!…お前が自分のはじめて売って作った金で、買ったあの薬。それで俺のかたわは治ったんだ。その時から、俺の嫁になるのはお前だけだと決めてたの!」
「…ちょっ…ちょっと待った!あんた今…」
「…あ?」
「…カラダ売ったって…、どうして?…なんであんた、知って…?」
「……知らねぇわけねぇだろ、この小さな町で。噂にならないわけがねぇ。だいたいそうでもしねぇと、お互いに薬買う金もなかったろ?」
「……でも、あんた、何も言って…。」
「言えるかよ!言っちまえば男がすたる。…だからちゃんと、随分時間はかかっちまったけど、俺は親方になって帰ってきたろ?あとはお前の病気が治れば完璧だったんだけどな。…あーー、でもこの先生がいうにゃあ、治るんだ。だから、これから完璧になるのか。……じゃあ、文句ねぇよな?」
「……???文句って、何の?」
「俺の嫁になることに!だよ!!」
怒った様にむっつりとしながら、レーンさんが怒鳴る。その顔は真っ赤に染まっていた。
…かくして彼女は…。
しばらく、魂が抜かれたように呆けていた。
ぽかん、と、ありていに言えば間抜けな顔をさらして、しばらく…、…つと下を向いて…、こらえかねたように吹き出した。肩を震わし、くっくっくっと笑いだす。
「…あんた、バカでしょ?」
「…はん!バカなのは承知してる。なげぇ付き合いなんだ。お前なら分かってると思ってたけど?」
「バカ。昔っからそういうとこあったよね。ほんっとバカだわ、あんたは…。」
彼女のこぼれるような笑いは、すぐにどんどん小さくなり…、やがて、下を向いた顔から涙の滴がこぼれ始めた。
「……………………………私を、あわれんでただけじゃ、なかったんだ?」
もうほとんど嗚咽だったから、その声は聞き取りにくかった。
だが、はっきりと俺でも意味は取ることが出来た。
「……………………言うのが遅れた。すまなかった。」
「ほんと遅い。遅すぎよバカ…、文句なんてない。…でも言わないとわかんないでしょ?ほんと悩んだのよ?…このバカ…」
レーンさんが苦い表情で言う。何をどうすれ違っていたのか、ようやく気付いたのだろう。そりゃ、この場面じゃ謝るしかないよな。俺も納得してしまった。
しかし…、俺は考える。
な、何この空気……。むちゃくちゃ居ずらい。
これじゃ俺とリョータ、完全に邪魔者じゃないスか、レーンさん…?!
途方に暮れた気分で冷や汗をかく。どうしよう。身動きできない。いま、動いたらいけない気がする。ここはただの置物と化して、じっと待っている他にないのではないか…。
そんな風に硬直していたら、泣き止まない彼女を前に、救いを求める様にレーンさんが見上げてきた。
ばっ…!このばっかやろ!俺に救いなんて求めるなぁ!!
心の中で絶叫しながら、それでも身振り手振りで意志を伝える。
これはあれだろ!男なら、こう!するしかないだろ!こう!!
抱きしめるしぐさをして見せた。レーンさんが途惑う。俺はキレそうになった。
…いいからさっさとやれ!!
たぶん年上相手に、怒った顔で口だけ動かし、指をさして指示してしまった…。
果たしてレーンさんがおずおずとそう行動し、俺はそれを見届ける。
その後、抜き足、差し足で移動。途中で興味津々のリョータの首根っこを引っつかみ、引きずって、できるだけ音を立てずに外に出た。
外に出て、へたり込み、盛大に息を吐いた。
「っだぁ~~~~~!!」
何だコレ。どっと疲れた。まったくもう、いい面当てだ。
「だから親方、ずっと独り身だったんですね~。仲間内でもいろんな噂があったんですよー?組合内部でも外からでも、いろんな縁談が来てたんですけど、全部断ってた、って…。まぁ忙しいひとなんですけど、でもなんでだろう?って、みんな噂してたんです。僕、今分かりました。だからだったんだぁー、うわぁ~。」
そわそわとしながら、のほほんとリョータが説明してくれた。
ああ、そうだったんですね?…いや、リョータくらい、部外者でいられれば良かったけど…。俺はヤブをつっついた張本人ですからね?もうかなり疲れましたよ。
そんなことももう言葉にならず、俺はしばらくへたり込んでいた。




