ささやかれた祈り⑩
患者宅にて、二人をベッドに座らせ、俺はその前に立つ。リョータは横で静かに見学させている。
「では、これから治療に入ります。…が、まず、最初にしておかねばならない話があります。そこから片づけましょうか。」
俺は首にかかったお守りを取ると、無造作に上へ放った。ぽん!と、先と同じようにすぐに簡易の結界が起動する。
「これは簡易の結界です。チェリスさんはもうご存知ですよね?――これは昨日のものとは少し違って、輪の中と外で音が聞こえなくなります。では最初にレーンさん、すいません、しばらく我慢していてもらえますか?先にチェリスさんとの話を片付けますので。…いいですか?音が聞こえなくなりますよー?」
そうやって、ふうわりと浮かぶ輪をレーンさんの周りにかけた。
「はい、これでこちらの会話はもう、レーンさんに聞こえません。レーンさん、聞こえますか~?」
そうして、全く聞こえないことを患者二人に確認させる。よし、段取り通り。
「では、チェリスさん、前置きはとっぱらって、単刀直入に言います。チェリスさんのその病気、完全に治せます。」
「…え?」
「あなたの中にはいま、それだけの力が眠っているんです。その使い方さえ学べば、いくら難しい病気と言っても物の数ではありません。自己免疫疾患だと思うのですが、それすら恐れるに足りません」
驚いて声も出なくなった彼女に、理解が追いつくようにゆっくりと告げる。
「だからこそ、あなたには覚悟が必要になります。あなたには、その覚悟がありますか?」
「……??覚悟?」
「はい。覚悟です。あなたは病気が治ってしまったら、もう、全てを病気のせいにすることはできません。この家に閉じこもっていることも、うまく外で働けないことも、自分がうまく話せないのも、全てです。もう、病気のせいには出来ません。」
「……!?」彼女の顔があからさまに強張った。浮かぶ不満、明確な怒りが現れそうになる。が…俺は畳み掛ける。
「レーンさんから逃げることも、もうできません。レーンさんがわざわざあなたに会いに来る理由も、もう無くなってしまうかも知れませんね?…その時はここで、レーンさんともお別れです。…それでもあなたはほんとうに、治りたいと言えますか?」
「………!!!」彼女の全てが凍りついた。その衝撃の余韻を狙って、俺は結論を告げる。
「実は、これがあなたの一番の問題になっています。あなたはあの秘薬を飲んだ回数分、病気を治す機会があった。体そのものをすべて作り変えてしまえるほどの秘薬だから。でも、そうなってはいないんです。それが答えです。心が身体を作る…、その原理のごとく、秘薬はあなたの心に従ったんです。」
他人から心をあばかれるのは辛いことだ。心中は察して余りあるが、ここは向き合ってもらわねばならない。
「これはあなたの心の問題なんです。」
しばらくの沈黙があたりを支配した。くるくると水晶球が回る輪の向こうから、レーンさんが気遣わしげにこちらをうかがっている。やがて苦々しく、彼女が口を開いた。
「…何を、バカなこと…。私が治りたくない、って…、思ってるっていうの?」
「信じる信じないはご自由に。答えを知っているのはあなた自身です。でも、あなたの中にあるその力は、俺みたいな魔法使いなら、外からでも操れるんです。今回はレーンさんの依頼として、俺がその力の流れを外から調整します。たぶん、しばらく…、一気にものすごく、回復するでしょう。その効果を見てください。ほんとうに驚くほど、楽になるはずです。…でも、あなたの心が変わっていなければ、またすぐに同じ状態に戻ります。それが薬の力ですから。それが悪く働きすぎないよう、封印は残していくつもりですが…。その流れはあなたにしか、変えることができません。これはあなたの、心の問題なんです。」
理解を深めてもらうため、同じ結論を二度口にした。そしてさらに、補足する。
「もし、本式で治療していく場合は、あなた自身にこの調整法を覚えてもらうことになります。この調整を自分でできる様になれば…、あなたはこの先、病で悩むことはなくなるでしょう。」
それどころか、若返ったり、もっと違ったことだってできるようになるかもしれないが…。…蓄えた力が大きすぎる。そこは教えなかった。まずはまっすぐ純粋に、治療の道を登るのが先だ。
仮面がにこりと笑いかける。
「大丈夫ですよ。チェリスさん。そもそも病気じゃない自分を、うまく想像できないんでしょう?今日の調整で、本当に、驚くくらい、良くなると思いますから。たぶん、ウソみたいって思いますよ。それは本当に信じられないかも。あなたの中には今、ほんとうにそれだけの力があるんです。レーンさんのおかげです。」
…もう少し、ゆっくりと、穏やかに己自身と向き合っていければよかったのかも知れないが…。
これだけ時をかけてもこうなのだとしたら、一時の荒療治も必要かと判断した。
少なくとも俺には、他にうまい誘導の仕方を思いつけなかった。自分の至らなさを嘆きたくなるが、この最善しか見つけきれなかった。ならば断行する。それしかない。
ややこわばってしまった彼女の表情を前に、何とか心に届くように言葉を選ぶ。
「今回の治療のあと、しばらくしたら、また来ます。その時に答えを下さい。効果を見ないと、実感できないでしょう?多分、『病気ではない自分』、を垣間見ることができます。考える時間もいります。あなたはほんとうに、治りたいんですか?」
そこで、一瞬の間をおいた。
「その時はレーンさんでなく、あなた自身の口から、その答えを伺います。レーンさんではいけません。あなた本人の意志から、あなたの治療は始まります。…それがあなたの最初の一歩です。」
おのずと病の身でいることもまた、患者の自由。これは我々の踏み込めない領域だった。
呆然としている彼女に、
「…ゆっくり考えてください。俺は急ぎません。いつまでも、待っていますから。」
俺は結界の輪に手をかけた。
「いいですか?覚えておいてください。俺はいつまでも、待っていますから。…では、交代です。」
ひゅん、と俺は結界を移動する。今度はチェリスさんの方にその輪をかけた。
「レーンさん、話、聞こえてました?」
「…いや、全然。獣人は唇も読みにくいし…」多少驚きつつ、彼が答える。
「そうでしょう?狼の口から口唇を読むのはやりにくいですからね。みなさん、ホントに何話してるか分からないようで。実はこれ、よくやる手なんです。便利でして。」
そういって、口をパクパクと開けて、話しているふりをして見せた。いたずらっぽく笑う。――関係ない話をふって、場を和ませるのも技術の一つ…。こんなもの慣れれば、技術とすら思わずにできるようになる。師をマネしてたらできるようになったーー、仮面の技能。
そのまま、彼女の状態を簡単に説明する。今の彼女の状態は、心の問題が大きい。そしてその問題には、あなたも関与する。
「私も?」
「はい。だって秘薬を供したのは、あなたですから。あなたの想いが反映しています。――レーンさん、確かにあなたの想いは純粋だった。――でも、正直あなたも、怖かったんでしょ?」
「…怖かった、とは?」
「はい。彼女の病気が治ってしまうことが。――会う理由もなくなってしまいますからね。――少し踏み込んで言うと――、――彼女が本当に自分を受け入れてくれているのか、自分を好いてくれているのか、不安だった。違いますか?」
「……!?」
レーンさんは言葉もない。だが、思いそのものに触れてしまった俺には、ごまかしはきかない。言葉にしてしまうと、こうなってしまう。
「彼女の病気が治ったら、あなたは彼女とどう付き合っていきますか?」
「どうって…、……そんなの……、決まっているだろう。」
「それは病気が治らないとダメなんですか?」
「……?」レーンさんが怪訝な顔をする。たぶん、もう少しだ。俺はトドメをさすことにする。
「もっとぶっちゃけて言いましょうか?…つまりあなたはフラれるのが怖かった。そうでしょ?」
ぐぐぐっ…、と口をへの字にまげて、彼がつまった。俺は苦笑し、助け船を出すことにする。
「では、魔法使いが秘密の答えをバラします。彼女の答えは決まってますよ、両思いですから。」
「……はっ?」
「大丈夫。今の彼女には聞こえてませんから。…こういう問題に踏み込むのはよした方がいいかもしれないんですけど、あえて踏み込みます。俺には分かるんです。彼女の中にある魔法の力は、お互いにそういうのが無いと成立しないんです。お互いの想いがないと壊れてしまう。今、彼女がバケモノになってしまわずに済んだのは、あなた方の間に在るものが、ホンモノだったからです。」
ここで俺は苦笑する。もうそうするしかない内容だった。
あのレーンさん宅周りの花々を、誰にも言わず、見返りもなく、植え続けたのは誰なのか?分かるでしょう?
「そりゃもー、7回も鈴を鳴らした時点で、とんでもない祝福なんですけどね?あなた方の周り、全てが応援してるってことですよ。すれ違ってるのは、実は当人、あなた方二人だけ。」
俺は肩をすくめて見せる。ぽかん、と口をあけてこちらを見上げるレーンさんに、俺は笑いかけながら問うた。
「彼女の病気が治ったら、どうしますか?」
「………………そんなの、だから、決まっているだろう。」
しばらく呆然とした後、レーンさんが言ってくる。しかしそのあと、何かに気付いたように思案するそぶりを見せた。…やがて、つぶやくように言う。
「…いや、そうか…、…チェリスが病気だとか、関係ないのか。」
今、気が付いたようだった。そして再び沈黙。その後観念したように首を振り、言った。
「…なら、もう告白するか。…ああ、つまり、そういうことか。そうなんだろ?」
驚いた。理解が早い。さすがだ。彼の目には強い光が宿っている。俺はにやりと笑い、彼をたたえた。
「いいですね、それでこそ男です。」
同性として、かなり応援したくなった。助言する。
「大丈夫ですよ。ちょっと戸惑ったり…、彼女卑屈になってる所もあるから、何かとゴネるかもしれないけど…、…最終的には受け入れますよ。ずっと待ち望んでたようなものでしょうから。」
そして俺にはまだ腹案がある。ごにょごにょ、と彼に耳打ちした。
「…そんなことまでできるのかね!」
かなり驚いた表情でレーンさんが感嘆する。俺はまぁ…、歯切れ悪く答えておいた。
「ま、まぁ、クィードさんにはたまに媚薬代わりに使われてますから…。…部下なんですよね?訊いてみてください。真偽のほどは分かります。…心の問題よりこっちを先に解決するのは、あまり薦められない話なんですけど…、あなたの場合は、完全に別です!俺は応援しますッ!」
同志よっ!…という感じで、イミもなく適当にぐっと拳を突きだしてみた。
……あ…、レーンさんに苦笑された…。
何やってるんだろう。俺も我に返った。こほん、と咳払いし、居住まいを正す。




