ささやかれた祈り⑦
リョータは以前より俺との意思疎通の感度が格段に上がっている。ただ触れているだけで伝わってしまうほど。
昔の自分を取り戻したことが原因。それが裏目に出た!
一瞬だったのに!伝達が速すぎる!!
だがそう理解した瞬間、俺の思考は電光より早く飛躍する。
経験に基づく直感はすさまじく速く、俺はそれを知っている。まさしく直観。俺はすぐさま、とるべき行動を取っていた!!
一つの激情、自分のことより優先される、それらがあっさりと己の闇を押しのける。
そうと気づかず体機能が戻っている。俺は瞬きする間もかけずにしゃがんでリョータを抱き寄せる。思い切り腕に力を込めた。そこから全身全霊、すべての力、持てる力の全てを注ぎ込んで、心に声を届かせる!
リョータを、すぐにでも来る激流から守らなければ!!
腹に力を入れる。身体の芯が熱くなる。魂にまでキズをつけるほど!ムリやりにでもねじ込んで刻み付けるように!己の純粋な想いを叩きつける!!!
……襲い来る闇や恐れなど、全部、打ち砕いてやる!!!
“お前を愛してるんだ!!お前をほんとうの家族だと思ってる…!必要なら俺の命だってくれてやる、だから死ぬな!闇にも落ちるな!!”
…。
……。
…。
…全力を行使した後の、数瞬のけだるさの中で、俺はリョータの体を走査した。
「…ゔ?……え?あ?」
体機能は正常。呼吸も循環もさほど狂っていない。
触れた手から、思考が思考として形になっていないのを感じる。漏れている言葉もそうだが、混乱している。見た目は文字通り、くるくると目を回していた。…だがとりあえず、ショックは回避された。
「…っはぁ~~~~~!!」
俺はどっと疲れを感じて、長々と溜息を洩らした。
良かった。間に合ったか。
一種のショック療法である。リョータが心に受けた衝撃を、本人が何が起こったか理解する前に…、心のキズだと認識する前に、別のさらに強い『事実』で塗り替えたのだ。
俺の全力、衝撃はすさまじいものだったはずなので…、脳の全ての回路が一瞬でまっさらに塗り替えられたはず。そしてそれ以外、思考は何もなくなったはず。つまりはそれで、俺のような事態は生じない。
この塗り替えるものごとは、真実で、強いものごとであるほど良い。そして疑いや恐れを生じないもの、悪いものを生じさせないもの、本人が心地よく、抵抗なく受け入れられるものだ…。結果はご覧の通り。衝撃を受けても、混乱だけで負の連鎖が始まっていない。自律神経は多少、失調があるようだが…、多少ふらふらとする程度のものだろう。これなら、しばらくすれば回復する。
もし、後で衝撃を思い出して、これがトラウマとなってしまっても…、真実の力の方がどうあっても強いから…、俺がつけたキズはほとんど残らず、いずれ癒されて消えてしまうだろう…。…何の訓練もしていない今のリョータでは、まともに刺されると身が持たない。これが最善の手法であるはずだった。
「……ゔ??……あ゛…?」
混乱した声を上げながら、目をぐるぐると回し、首まで落ち着かずに回している。…あれ?ちょっと全力で、衝撃が強すぎたかな…?俺は冷や汗をかく。
…でも何一つ嘘はない、真実だ。くらくらとして、まだ思考も形になっていないようだが、そのことだけは分かっているはず。俺は苦笑しながら、そっと心で語りかけた。
“後で説明する。今は静かに、黙っておいてくれ。”
「…ゔ?」反応して、リョータの思考が戻り始める。
“頼む、今、俺の仮面をはがさないでくれ。これをあばかれたら、俺はここにいられなくなる。”
「…え゛?」(…どうイウ…イミ?)
目の焦点があってきた。ぱちぱちと目をしばたたかせている。俺はまた苦笑した。
そして、この体勢がちょうど良いことに気が付いた。
“ちょうどいい、お前で涙を拭うぞ?すまん、今、患者に気取られたくないから。”
そう断りをいれ、一度だけ俺は顔を伏せる。リョータのほほと肩口に顔を摺り寄せた。そこで、にじんでいた涙を茶色の毛並みに吸い取らせる。
そして何事も無かったようにすっと立ち上がった。
「すいません、驚かせてしまいましたか?」
完全に状況から置いてけぼりの患者に声をかける。呆然とこちらを見ていた。
自分の口から出た声は完全に仮面の声だった。穏やかで落ち着いている。深く考えなくても、ごまかす算段はすでについていた。
「え、ええと…、何が起こったんですか?」
「すみません、魔法使いには、時々あることなんです…。…これは自分でもうまく扱えないので、こんなことになるんです。驚きましたよね?ごめんなさい。」
俺はなめらかに言葉を続ける。
「我々のような魔法使いは、人に触れると…、その人の未来まで、見えてしまうことがあるんです。本人相手の意志関係なく、突然に、ですね。」
これは師に限っては本当だが、俺にとっては嘘である。
だが師がそうだっただけに、その真似をすればすぐにこういう対応を取ることが出来た。完全なモノマネである。
チェリスさんが驚愕して息を呑む。俺は続けた。
「大丈夫ですよ、そんな悪い未来は見えなかったから。」
これは本当だった。俺はこの人がどうなっているか、大体もう分かっている。未来など見えなくても、もう展開は読めはじめていた。
「ちょっと、突然こういうことがあるもんだから、リョータもとっさに動いてくれたんですね。本当に驚いたと思います。ごめんなさい、お騒がせをしました。」
横目で見やると、リョータは自分のほっぺたにつけた手を鼻にやり、何やらふんふんと匂いを嗅いでいた。
「?」
何をしているのかよく分からなかったが、俺はさらにその場をごまかすべく、言葉を続けていた…。




