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隠者の系譜《ハーミッツ・ライン》~~師匠を亡くした獣人医師は、それでも巡回医療の旅を続けます~~  作者: shin


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一章 隠者の旅路 ⑦

 誰かに揺り起こされたような気がして、目を開けると、ちょうど朝日が出てくる頃合いだった。

リョータをおいてテントから出る。眠い目をこすった。昨晩は薬を準備していて、あまり眠れていない。

 彼方にある稜線(りょうせん)から、払暁(ふつぎょう)の光が全身に当てられてきた。柔らかな雲間からも、黄金色の光がこぼれおちている。空気はまだ刺すように冷たい。吐く息が白む。それも忘れて、しばらく稜線の陽に見入っていた。


 今日も一日が始まった。

 瞑想・体操・食事と、自分の準備を終え、リョータの治療に入る。

 まだ寝ているリョータの額に触れ、意識を走らせる。――昨晩の処置のおかげで、体機能がやや正常に戻ってきていた。もう、免疫反応が始まりそうだ。あれだけ泥と垢と膿と雑菌にまみれていたのだ、こちらの方が正常な反応。エネルギーがあれば、さらに細胞が動き出す――このすべての流れを利用する。


 リョータを起こし、小便をさせて膀胱を空にさせた。粥を与え、水に溶いた薬を飲ませる。その間ずっと具合が悪そうにしていた。飢餓と緊張で忘れられていただけで、これが本来の反応、本来の状態なのだが…、それもきっと、わかってもらえないだろう。今までが異常だったのだ。精神の過度な緊張は中枢神経にも効果が及ぶ。人は痛みすら忘れることがある。加えて重度の先天感染。主要菌が寛容に受け入れられて、免疫応答が起こりにくい。…ようやく、治療への足掛かりを踏み出したに過ぎない。


 額に手をあて、免疫反応をさらに加速させる。これからかなりの熱が出るが、それが自然な反応だ。脱水を避け、熱が上がりすぎないように細かく管理する必要がある…。この子は今、その調節中枢の働きが心もとない。


 しばらく考えて、妙案を思いついた。

 荷物の中から手ごろな、厚手で大きめの巾着袋を引っ張り出す。リョータにその中に入ってもらい、手足を胎児のように丸めてもらった。苦しくないように、首のところは袋の口を固定して縛る。顔だけが袋から出ている格好になった。額に手を当て、眠りを導入する。当然だが、すぐに眠った。

 テントの支柱でもある棍を引っ張り出し、その先に袋の紐をひっかける。リョータは袋の中で丸まって、吊るされた状態になった。みのむしリョータの完成だ。同じところに水を入れた皮袋と、薬を溶かした栄養剤をかける。準備万端。

 こうして、みのむしリョータをお供に、今日の治療が始まった。


 師の医術の基本理念は、生命に組み込まれた世界の仕組みの歯車を、正しく円滑に回すことだ。


 リョータと同じような治療を、他の重度の感染者にも行うつもりでいた。自己治癒能力と薬…抗菌薬のことだが…、が、二つそろえば、かなりの効果が望める。巷では菌という概念自体、知識人しか知らないので…、我々はもはや一律に、ただの“病魔”やら、“薬”、として呼称していた。

 すでに重度の人は何人かあたりをつけ、記録していた。その家々から向かう。

 昨日の処置で、リラックスと自己治癒能力の増進が図れていれば、もう免疫反応が加速していてもおかしくない。それをさらにこちらの手で加速・もしくは調整をする。皮膚病変部は新陳代謝を活発化させる。新しい皮ができるほど、菌の存在する古い皮は廃棄される。こちらからは、抗菌薬の内服で菌の増殖を抑え、油分を含む軟膏で新しい皮膚を保護し効果を高める。

 できれば説明して、仕事は休んでもらって、発熱・発汗までするよう薦めるつもりだった。これもまた抵抗力の一環だからだ。体には、自然な抵抗力が備わっている。発熱は免疫反応自体を高めるし、発熱そのものに弱い菌もいる。発汗は、体温調節の一環としての役割が主だが、毛穴から汚れを浄化し、洗い流す働きもある。汗の成分で抗菌される菌種もいる。ちなみにこの原因菌は高熱に弱いので、どうしても発熱が推奨された。

 脱水と体調不審の恐れがあるので、保水・体調管理が大変だが、覚悟はしている。今日は眠れないかもしれなかった。ただどちらにしろ、免疫反応が起こっている間は、こちらがさらにうまく誘導した方が、強い抵抗力が付きやすい。師がいない今、手を抜くつもりは毛頭なかった。


 一つ目の家を後にした。患者は、昨日すっきりしたと思うのに、今日はなんだか具合が悪い、と言っていた。説明し、治療する。これからまた熱が上がるから、と、家族に看護を頼み、次へと向かう。

 向かう途中で、ぶら下がるリョータの額に手を置いた。――熱が上がってきている。水と栄養剤を少し飲ませて、先を急いだ。


 二つ目の家を後にした。病変が膿瘍となってしまった人だった。昨日の処置で膿は出してある。体の抵抗力はでき始めている。その活動をさらに加速して、次の家へ。


 三つ目の家を後にした。ぶら下がるリョータの額に手をやる。膀胱がいっぱいになっていた。下ろして小便をさせ、水と栄養剤をやり、もとに戻して、また次へ…。


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