満月の夜に⑦
突然、僕は真上へとほっぽり出された。
おもちゃがばねで、弾かれたみたいだった。とんでもない速さで僕自身が跳ね上げられる。
しかもその勢いが止まらない。ほとんど一瞬で木々の樹冠を飛び超えた。驚愕で頭が真っ白なまま、ぐるぐると視界が回り、何回も地面と夜空が入れ替わる。その視界の隅に一瞬、僕を見上げる先生の姿が見えた。その腕の中に、くたりと力を失くした子供が受け止められている…。
…?!
…あれは、僕だ!
…何がどうなってる?!
でもすぐにその二人の姿は林の木々に掻き消された。僕は天に向かって、まっさかさまに落ちていく!
体を支えようにも、手も足も何もとっかかりを見つけらず、ぐるぐると回る。自分でも意味不明のわめき声を上げながら、ぐるぐる、ぐるぐると視界が回る。地面がどんどん遠くなる。その代わり、月明かりに照らされた柔らかい雲が近づいてくる。大混乱の中で、僕は何度も悲鳴を上げる。地平線が現れては消え、現れては消えて、空と地表が交互に入れ替わる。低い雲の群れを一気に突き抜けた。目の端を通り抜けた街の姿は、もう手のひらに収まりそうなくらい小さい。月明かりに照らされた雲海は、はっと息を呑むほど美しかった。
“あ…”
冷や水を飲んだように、すっと体の中を何かが通り抜けた。
途端に余裕が出てきた。
僕の目は悪い方じゃない。先生に鍛えられてる。こんなぐるぐる回ってても、その気になれば、周りの風景をちゃんと把握することができる。
満月に照らされた雲海は、地表とは全く別の、静かな世界だった。
深い青い色の濃淡だけで、柔らかい雲に波間が出来ている。
雲の波頭。文字通りの雲の海。
真下の波の合間には、町の灯がか細く、小さい蜘蛛の巣のような模様を作っている。
町に比べるとこの海は圧倒的に雄大で、いつでもその灯を簡単に呑みこんでしまいそうだった。
でもそれにも負けず、町の灯は小さくても、しっかりと輝いている。
淡い灯の蜘蛛の巣が浮かぶ、群青と青藍と紺、青色だけでできた、不思議な深い海。
その蒼い海を見おろして、僕はくるくると回りながら、中天へと落下していく…。
くるくる、くるくると、空に向かって、落ちていく…。
まんまるな月へと、引き寄せられてるみたいだ。
でも、心はずっと、眼下の光景に奪われている。
空がとても広い。
月に照らされた雲が、ゆっくりと流れている。
夜の表情を見せる彼らは、恥らいつつも、すこしお月様に顔を向けて、挨拶しているみたいだ。
実際は、すごく速く動いていると思うのに、その大きさから、もうゆったりとした動きにしか見えない。
ほんものの海の波よりも緩やかに、吹きすさぶ風をものともせず、全てを包み込むように、ゆっくりと流れていく。
ゆっくりと、ゆっくりと…、藍色の海を、流れていく…。
街の灯が、もう豆粒よりも小さい。それが藍色の海に、波間に、呑まれていく…。
なぜだか、いつまでも目が離せなかった。
どれくらい上昇したんだろう?
地表の果ての、山々の起伏が平たくなり、はるか向こうの地面が…平らじゃない…、丸っこく見える。
天と地の境目、水平線と地平線。もう、そのどちらかも分からない。
大気に包まれたそれらが、その全部が、月の光を受けてぼんやりと輝いていた。
その向こうに、月明かりに負けない星々が、輝いている…。
…きれいだった。
唐突に、視界の端に何かが閃いた。
疑問に思い、確かめようとする間にその光は大きくなる。
すさまじい勢いで、流れ星のようなものが、こちらに直進してきた!
真っ白い閃光が迫ってくる!避けようもない。目の前で光芒が膨れ上がった!まぶしい!目が焼かれる!反射的に腕で目をかばった。ぶつかる!と思った矢先、僕は固く目を閉じ、体を縮こまらせて衝撃に備えていた。
何もかもが真っ白に塗りつぶされ、全てが白い闇に包まれた。




