満月の夜に⑤
「さてと、じゃあ、何から話したもんかの~?伝えたいこと、伝えねばならんことはわんさかあるのだが…、…はて最初、となると困ったもんだ。どうするかの。」
僕らは今、二人並んで切り株に腰を下ろしている。
「最初、となると…、やはり、あれかの。第一原則のことかの。わしらの始まり、全ての起因――、お前もリゲルとともにいるなら、一度くらいは聞いたことがあるだろう?」
僕はうなずく。思い出していた。
この世界を始めた力。第一の原則――、先生たちの使う魔法はすべて、この力を元にしている、と聞いていた。
いわく、『全ての始まり、第一原則から、再び世界の創造を呼び起こす。』
「そう。世界の始まり、全ての起因。第一の原則、そして原因。原初の力。存在。大生命。大霊。――まぁ、呼び名は何でもよいよ。わしらの扱う技術はすべて、これを元にしている。」
そう言って、何かを示するようにくるくると指を回す。僕はつい、それを目でおいかけた。
「第一原則とは、法則にして力。純粋な力であり法則でもある。…ではこれはなにか?…実はこれはどこにでも在る。万象に隠れ、誰の手にも届くところにもあるものだ。でも、皆そうと知らないだけ。その溝を埋めるのも魔法使いの知恵ではある。お前は何よりもまず先に、これについて学んでいくことになる。」
僕が話についてきているか目を覗きこみ、確認する。満足気に頷くと、そのままなんでもないようなことみたいに告げた。
「うん。では、お前に言っておく。このわしらの起源をなすものは、わしではなく、リゲルに学べ。」
「……へっ?」
「もちろん、わしも教える。何分知識に関しては、わしの方が一日の長どころか100年以上の先達だからの~。リゲルにとってはしんどい所も出てくる。得手不得手、というやつじゃな。だからこそ、その点についてはわしが補う。だが原則については、わしよりもリゲルに学べ。そちらの方こそふさわしい。お前はリゲルの弟子でもあるのだから、当然のことだ。」
「……へ?……ええ?」僕は何が何だか分からなくなる。
…知識……原則?…なんでいきなり、お師匠さまじゃなくて先生なの?
「原則とは力だ。だがそれを理解するにはどうしても知識がいる。実は、法則も力も、知恵も、すべてが一つなんだ。一つの所から来ている。結局はそれを理解する過程の中で現れてくるものであるがゆえに、全てが同じものとなる。わかるか?」
「…はい????」
何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。
「あ、あ、あー~…、ええとなぁ…。うーん…。単純に力と言っても、それを表現するには、言葉というものがいるだろう?それと同じだ。力といっても、それは本来、熱のような形のないもの、と思えばいいか?…力とはただ働き、あるだけだ、とすると、その働きや本質を説明するにも、言葉がいる。いま、こんな風にな。」
そう言って、お師匠様がぱくぱくと動かす先生の口元を指さした。
「こんな風に、物事を現し、理解するにも、言葉がいる。知識・知恵がいる、ということじゃな。…それと同じ。その必要な知識や言葉は、わしの方が補填できるが、力そのものを学ぶにはリゲルの方がふさわしい、ということだな。」
「先生の方が、その力を持ってるってことですか??」
「そういうわけではない。断じてない。この辺りは何と言っていいのか…、説明が難しい部分でな。例えば因と果の法則なんじゃが、因と果の法則と言っても、その因と果の間にある力の事を理解せねばならんのだから、過程の中でしか、力を見れない。それを表すには言葉がいる。だが、過程の中でしか、動きの中でしか、お前は力を実感できないだろう。だから、リゲルともにいろいろ行動していくといい、ということだ。――力があれば、法則が働く。法則を理解すれば、それが知恵となり、また己の力となる。これでこの流れとして、一つになっとるじゃろ?法則 ― 理解 ― 力だ。つまり法則は力となる。そもそも法則は力そのものなんだ。まったく同じものに見えないかもしれないが、お前はこの流れの中で初めて、全てが一つであるということ、大きな流れ、力とは何か、ということに気付くだろう。そしてその中で、いずれお前は、己の内に力を見る。そこで気付く。理解する。法則とはなにか。本質とは何か。法則を生きるということは何かをな。過程の中で理解するんだ。」
…?????
頭の中がこんがらがった僕を置き去りに、お師匠様の説明が続く。
「根源的にはすべてが一つに由来する。実は力も法則も全てが一つなんだ。だが、利己性により、一つから少し離れてしまった我々にはそれが分からん。時間を絡めた過程の中で、それを理解していくことになる。思い出していく、といった方が正しいかな?法則・理解・知恵・力と別々に見えるが、ほんとうは一つなんだ。」
………。
…どうしよう、ぜんっぜんいみがわからない。
「あっはっはっは!まだ気付いていないだけだよ、リョータ。お前はすでに力を見た。お前はすでに、原則を感じたことがある。お前にもあったはずだ。これまでに、うきうきとして、わくわくとして、そわそわしてどうしようもなく、いてもたってもいられずに、思わず何かに向かって走り出したような経験が。」
「…へっ?」
「思い出せないか?今日お前はリゲルを待ちきれず、現実に走り出していたじゃないか。あの時あの場所に、ちゃんとわしもいたんじゃぞ?」
「…え?ええ?……あの、先生を迎えに行ったとき?」
「うん、そう。」
「……え…、…あ!」
そう言えば、今日、先生を迎えに行くとき、僕は…!
「ああ…!」
確かに。確かに、今お師匠様が言ったような…、
うきうきして、そわそわして…、元気がいっぱいで、自分でも胸の中の活力を、どうしていいか分からないような状態だった。あの胸の中から湧き上がってきた、浮き立つような、あの感覚、あの力…!
「そう。それだ。それが始原の力。生きる力だ。…それはいずれ現実を変える力となる。魔法の源。全ての原点じゃな。…実はわれわれはみんな、そういった力を元に生まれている。」
そうして静かに僕の胸を指さし、お師匠様が告げた。
「そしてそれが内にある。心の中にもある…ということは、我々の中にも、はじまりのかけらが眠っている、という証拠なんだ。」
にやり、と、笑ってつづける。
「そしてその力を、性欲などの肉欲にしか使わない者もおれば、創作などの芸術に使う者もいる。悪いことに使う人もいれば、良いことに使う人もいる。それは個人の意志に任されており、その結果として、それぞれが、それぞれの行動の結果を正しく受けることになる。それがこの世界の実情ということだ。因と果の法則…、因果応報、というものだ。」
お師匠様は、いったん言葉を切った。
「内に対してはそんな感じだ。外に置いては…、それらは愛、真、善、美、喜び、笑い、おおよそ、人がいいと思うもの・惹かれるもの、全てに現れる。自然・人・歌・美術。森羅万象、例を挙げればきりがない。実は、間違った事の中にも、正しい事の中にも、闇の中にも分け隔てなくやどり、現れている。日光の中にも嵐の中にも、美しいものの中にも醜いものの中にも。空にも海にも山にも稲妻にも。悪にも魔にも邪にもよどみにも。そして、それぞれが己にふさわしいものを、己が作り出したものを、受け取っていくことになる。」
そしてなぜか、一つ溜息をついた。
「我々が物質として現れた時に、同じ次元からしか気づけなくなったんだ。それも、それぞれの認識で見るようになったんだ。人がいれば人の数ほど、発現がある。これらは人をかきたてる。どうしようもなくかきたてる。何も見当たらなくても、何もせずに生きていける人間はいない。何かしたい、何かしなければ…。つまらない。退屈には耐えられない…誰かといたい。一人ではいられない。…人は恋をする…。自死を望む人ですら、その力がなければ死にたいとも思えない。望みそのものをもたらす力だからな。まぁ、これはほぼ、誤った方向に力が動いていることが多いが…。…つまりはまとめると、この焦燥や希求・願望をもたらす力、そんなものが、わしらの起源を示唆している。…そんな物言わぬ証左でもある。だが、これはあまり知られていない。ここで知恵を持たず、道を誤るものが多すぎるんだ。本当に多すぎるんだ。始まりは正しかろうと、人は悲劇を呼ぶことも多い。要らぬ輪転を作ったりな…。」
なぜか、お師匠様はここで悲しそうな顔をしていた。また少し溜息をついた
「己をどう使うか、という点を見誤れば、いずれ、だれでも悲劇や苦難の中へと放り込まれることになる。それが因果だ。絶対的な。死してなお続くもの。だが逆に、正しく使えば正の流転が始まり、力は強まり、世界中が味方をしてくれるようになる。まぁ、この辺はおいおいな。教えていこう。」
そして気を取り直したように続ける。
「この原則を学ぶことは、生きることに力となる。これはどんな世界でも、どんな道でもそうなんだ。なにも魔法使いに限ったことではない。大工だって料理人だってそうだ。魔法など技術の一つでしかない。技術よりもまず、始まりの灯を知る必要がある。どんな道であれ、この灯を知る人ほど、誰もゆるがせに出来ない力を持っていく。特に魔法使いとしては、素晴らしい世界を垣間見ることが出来るぞ?万物が語りかけてくれるんだ。万象が力を貸してくれるんだ。そうしてすべてが大きなうねりとなって、たとえようもないほど美しい歌を歌う。心の琴線をつま弾くような人たちと出会い、人生の物語が精緻で、美しいタペストリーのように織りなされる。わしはそれを空から見ることが出来た。素晴らしい全体としての流れ…。お前にもその世界を見せたい。三人でその空をいつか飛べたらと思っている。お前にその歌を聴かせてやりたい。リゲルの歌を聞いてみろ、あいつの歌はすばらしいぞ?お前はどんなふうに歌うんだろうな。いつかお前の歌も聞かせておくれ。わしの歌も聞いてくれよ?ああ歌って言ってもホントの歌じゃあないぞ。魂の鳴動だ。そして三人で、いつかあの空を飛ぼう。三人で歌うんだ。本当に素晴らしいんだ。本当に自由で…、ああもうなんて言ったらいいのか言葉が足らんわ!」
もどかしげに首を振って強く言うと、そこでお師匠様は、自分が昂奮して、まくしたてていたことにハッと気が付いたみたい。一つコホン、としわぶきをすると、口調を元に戻した。
「つまり、お前にはそのすべてに通じる生き方を、何よりも先に学んでもらうことになる。良いな?」
え?…ええっと…。…良いな、って、ええっと…、
僕は考える。ところどころ分からない所もあったけど、分かったところはええっと…。
とにかく、僕は初め、その原則についてから学ぶんだ。世界を始めた力であり原則。でもこれを学ぶには知識が必要で…、それはお師匠様が助けてくれる?…でも、先生から学ぶって…?
今聞いた話だけでも、とてもつかみどころがない。何をどう先生から学べばいいんだろう?
困って見上げると、先生の顔をしたお師匠様がにやにやと笑い、僕を見下ろしている。
「疑問は出来るだけ口に出すこと。はい、どうぞ。」
「あっあっ…はい!じゃあ、実際どう学んでいけばいいんですか?」
「学び方まで教えてやるほど、わしはやさしくはないぞ~、と、いいつつ、かわいいお前のためだ。もちろん教えてやるさ。」
とても意地悪く笑ったかと思うと、茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせた。先生の顔でそういうことをされると、僕は唖然と見上げるしかない。
「まずは、リゲルについていけ。そして、たくさん話すんだ。これまで通り、たくさん、たくさん、な。そしてやりたいことを探せばいい。」
「はい?」
「とりあえずはそれだけだ。」
「へ?それだけ?」なんだそれ??それって…
「うん、そうだ。本当にこれまで通りだ。気付いていなかったか?お前はすでに学んでいるんだよ。だからこそ、真名を名乗れるほどの祝福を受けた。それが無かったら、お前はわしらの名すら聞こえなかったはずだ。」
謎めいたことを言いつつ、厳かに告げる。
「原則は、それを生きようとするものから、最も深く教えられる。わしは、リゲルほど原則を生きようとしているものを他に知らない。原則を学ぶならば、リゲルこそがふさわしい。わしに教えたのがリゲルなんだぞ?」
僕はまた目を見開いた。お師匠様はまた、いたずらっぽく片目をとじる。
「言っただろう?魔法など技術の一つだと。魔法など持っていても余技に過ぎん。わしにほんものの力をくれたのはリゲルだ。考えてもみろよ。こやつはわしが百年以上を経て得たものを、たかだか数十年で理解しつつあるのだぞ?わしに言わせれば、こやつの方がよっぽど天才なのだよ。できすぎた弟子、というのも困ったものだ。」
その言葉は、静かな衝撃となって僕の中を通り抜けた。
「今度、リゲルに原則について聞いてみろ。こやつは面白い。なかなか独特の答えが返ってくるぞ?」
そう言って笑うお師匠様を、僕は眺めることしかできなかった。




