満月の夜に③
「さて、こんな夜分に呼び出して、すまなかったな。…でも、どうしても今晩中に、今日という一日が終わる前に、どうしてもやっておきたいことがあったんだ。」
切り株に並んで座る僕に、いたずらっぽく笑いながら言ってきた。何か秘密をばらしたくて、仕方のない子供のような感じがする。
「お前を師匠に会わせようと思う。」
「…へっ?」僕は間抜けな声を出した。
「実際に、話してみてくれ。向こうも乗り気みたいだから。話したいことがいっぱいあるみたいだぞ?」
思わず聞き返す。「出来るんですか?そんなこと。」
先生の笑みが深くなる。
「うん、出来る。と思う。俺の推論だったけど…、やっぱりできるだろうってさ。もう師匠にも確認は取ってある。」
そわそわと先生が落ち着かない。興奮しているんだろう。でも、僕にはまだ、話がよく分からない。普段から、そばにいる、と思う人だけど、こういう風に、お話ができる人なの?
「今日はお前が魔法使いの弟子になった、記念すべき日だ。そして今宵は記念すべき夜。なのに俺だけじゃあ片手落ちだ。お前はまだ、本物の師に会っていない。—―俺よりも、師の方が向いてるんだ指導役は。…俺とお前で二人になって、杖が二つ。今は前より、「こちら」へ干渉しやすいらしいし…。やってみるのは初めてだけど、師の魂を、俺の体に降ろしてみようと思う。いわゆる、降霊術・憑依ってやつだ。師は、声帯と呼吸器あたりの支配権さえ渡してもらえば、話すことはできるぞって言ってたけど、俺は完全な憑依を試すつもりでいる。」
どうして今まで思い付かなかったんだろうな、と一人ごちて苦笑する。そしてふと、少しためらう様子を見せ、続けた。
「よく見ておいてくれ。リョータにも、これが出来るようになってほしいから。」
「へえぇぇええっ?」
頓狂な声をだして驚く僕をなだめながら、先生が話を続ける。
「大丈夫大丈夫。いきなり出来るようになれって話じゃない。――でも、どうしてこういう話になったのかは、ちゃんと理由がある。それを今から説明する。」
その説明によると、先生は自分より知恵もあれば力もある、お師匠様を頼るのが当然。都合よく師は魂の形でいつもそこにいてくれているから、手助けは受けやすい。
そして、僕には『憑坐』になる素養がある。…そもそも魔法使いの素養が高いらしい。どうも、僕の頭の中の杖の部分は、お師匠様と非常によく似ているらしいのだ。
それに、降ろすことになるお師匠さまとは、もう無意識的にはすごく親しい中だから、後は現実でももうちょっと親睦を深めれば、あっという間に出来るようになるんじゃないか?という話だった。――そうなると、僕はすぐに魔法を使えるようになる。
「それ、ほんとですか?!」最後の部分が信じられずに、喰いつくように問いただす。
「うん。ほんと。――師もやってみなければ分からないけど――、おそらく出来る。という結論を下してる。もちろん、それなりの練習は必要だよ?」
先生はそう請け合った。「本当に?」
「そう。本当に。…お前と師の杖は――、…つまり、頭の中の、芯の所だよ、が、ひどくよく似てるんだ。よく似たつくりになってる。これが簡単によりましになれる、っていう根拠の一つ。そして魔法使いとして才能がある、という理由の一つでもある。師は優れた魔法使いだったから。」
さらに、僕は小さい頃から先生とお師匠様にアタマを治療されてきたから、お師匠様も、僕の体の構造・動かし方をよく分かっている。ぜんぜん知らない身体ではない、とのことだ。
「だから師匠は、お前の身体を自分のもののように使える、というわけ。…まぁ、それで魔法が使えるようになるって言っても、それはあくまで師が行使するわけだから…、お前自身が魔法を使えるようになるってわけじゃないよ? お前自身が自分でそうなるには、まだまだずっと修行が必要だろう、…でも、お前は師にお願いすれば…、それが正当であれば…、その願いを師が叶えてくれる、ということになる。そういった意味で魔法が使える。わかるか?」
僕はうなずく。なんとなく分かる。分かるけど…、実感がわかない。
「ただ、」とここで先生が神妙に付け加える。
「お前は師が憑依している時、おそらく意識を保てない。わけが分からないまま、師が勝手に魔法を使い、気がついたら全部終わってる、ということになると思う。…だから、いきなり眠ってしまい、目が覚めたら自分の体が勝手に使われていて、『何かが起こってしまった結果』を目にすることになるだろう。…お前はそういうの、いやじゃないか?」
自分の体が勝手に使われ、目が覚めた時は状況から置き去りにされている。
お前はそういうの、いやじゃないか?と、もう一度重ねて聞いてきた。
…僕はそんなこと、経験したこともないからよく分からない。答えあぐねていると、先生は、いやかもしれないが、どうか、それを了承して欲しい、と頼み込んできた。
そうすることが、さらに、僕の治療になるからなんだそうだ。驚いたことに、お師匠様が僕のアタマを使う、ということは――、それがそのまま、僕の治療になるのだそうだ。
魔法を使う時は、僕が発作を起こすときとは正反対のアタマの動きで、つまり、僕のアタマの中はより安定しやすくなる。
さらに、僕がお師匠様と親しくなっておけば、たとえ発作の起こった時でも、――もしかしたら先生の助けがすぐには間に合わない時でも――、僕は一人でもお師匠様の力を使い、何とかすることが出来るようになるかもしれない。真摯に頭を下げられ、頼み込まれてしまった。
「これは大きいことなんだ。俺の手では足りないことでも、対処できるようになるかもしれない。いやかもしれないが、了承してくれ。頼む。」
「うわわわ!」
僕はあわててその頭を起こそうと手をかける。引っぱりながら、とにかくうなずいた。
「分かりました!分かりましたから!アタマ上げてください!」
先生は頑として動かない。そのままの姿勢で口にする。
「…リョータ、大切なことなんだ。本当に分かってるのか?」
むぎ~、と今度は反対から体を突っ張って踏ん張る僕に、そんな冷静な言葉が届いてくる。とにかく思うままを口にした。
「よく分かんなかったところもあったけどよく分かりましたから!僕のためでもあるんでしょ!?アタマ下げる意味がわかんないです!やりますやります!やってみていやだったら、ちゃんと言いますから!」
そういうと、先生はようやく合点してくれたみたいだ。頭を上げてくれた。僕は胸をなでおろす。
「そうだな、今はそれでいいと思う。…ありがとう。」
どうして先生がありがとうって言うのか、疑問に思うことしきりだった。




