~夢の終わりに~⑨
母親が呼ばれてきて、伴侶の様子に力をなくし…、それでもふらふらと寄って行って…、同じように泣き崩れた。痛ましい光景だった。あたりの誰も何も言えず、ただ遠巻きに彼らを見つめることしかできなかった。
「おい、あんた…」
不意に泣き続ける父親から、声がかけられる。ふらふらとこちらに寄ってきた。俺が前に出ようとするが――、師に制された。
「あんた、魔法使いなんだろ…?もう、なんとか…、なんとか、できないのか?娘を生き返らせることも、できるんじゃないのか…?」
「…………彼女の因果、…結果はもう、確定してしもうとった。わしらが来るだいぶ前だった。確定した結果を改変することは大変な反動を伴う。人が認知していなくても彼女の死はすでに世界に認知され、その改変には」
「よく分からんことはきいてねぇ!できるのか、出来ないのか?!」
先ほどと同じようにその男が、師の胸ぐらをつかみあげる。俺はそれをやめさせようと身を乗り出す。が、再び師に片手で制された。
「…できない。」
「どうして?!他の二人は助けたじゃないか?!どうして俺の娘だけ?!」
「二人はまだ息があった。わしが駆け付けた時、その子はすでに息絶えておった。」
「うそだ!!服にも体にも、傷一つないじゃないか!」
「……物質的な修復だけはしておいた。足りなかったところは作ってある。」
俺はその言葉にぞっとする。ちょっとまて。足りなかったところは作ってある、だって?
最初に治療した子の、あの痛ましい姿が脳裏にちらつく。
ちょっと、ちょっと待って?それって、まさか。獣に、喰われ…?
「……、お前、俺がアタマ悪いからって、わけのわからないこと言ってごまかしてるだろ?!どうしてエリーを助けなかった!?」
これは師のとんでもなさが仇になっている気がする。俺の予測が当たっているなら、この子の体は獣に喰い散らかされてたんじゃないのか?…いくら男の子が囮になったとしても、子供が、飢えた野生の獣の群れから逃れられるか…?でも普通、そんな完璧に死体の修復など出来やしない。血糊すら無いじゃないか!恐怖の目で師の瞳を覗き込む。俺の疑問は分かっているはず。かくして、師はちらりと俺を見つめ返した。そして何も語らない。…語るべきでない、と態度で語っている。だがそれが俺にとっては、何よりも雄弁な答えとなってしまった。
…沈黙が深く胸を穿ち、顔がこわばる。これでも師の一番弟子だ。分かっている。
さらに悲嘆の種をまくことを、師がやろうとするはずがない。たとえ誰かにそれが分かったとしても、誰にも救いがないじゃないか。この様子だと、俺にすら、この先見たものを口にすることはないかもしれない。
「………。」
「どうして、エリーを助けない?!」
やめてくれ、と言いたかった。けど言葉が出ない。おそらく、一番凄惨な現場を見たのは師なんだぞ?傷ついていないと思うのか?
「………。」
「あんた、エリーを助ける力はあったんだろ?どうしてエリーを助けなかった?!」
「…………。」
沈黙に引きずられる。俺まで動揺してしまって、何も言えない。
まさか…?推測を口にもできない。幼い女児が、獣たちの牙に引き裂かれ、臓腑を引きずり出される様が目の裏に浮かんだ。柔らかい肉は骨から削がれるように、獣たちからしゃぶり落とされたのだろう。獣たちの、群れでの食事は見たことがある。そんな惨い情景など想像もしたくなかったが…、人の想像力とは時に残酷なものだ。
「……だよ。」
「………。」
「何とか言えよ。」
「………。」
「何とか言えぇっ!!」
男の拳がとんだ。不覚にも俺は動揺し、反応できなかった。思い切り師が顔面を殴打され、ふらついて、膝をつく。
「師匠?!」
あわてて師を支え、男との間に割り込んだ。
「あんた、何を…」
俺は最後まで言うことが出来なかった。急にがくんと膝が崩れ落ちる。ぺたんとしりもちをついた。両腕がだらりと垂れさがる。出そうとした言葉が出てこない。……え?…、いったい、何が…?
「少し、黙っとれ。」
静かな声が耳朶を打つ。師がゆっくりと立ちあがり、再び父親の前に立った。
俺はそれを横目で追う。目だけは生きている。でも、声が出ない…。混乱した頭で、師の背中を見上げた。振り返った師が一瞥してくる。その様子に悟った。…俺は今、師に体機能を奪われた?!…運動神経系の広範麻痺…!、束縛されて、動けない!!
師は何も言わずに向き直る。そして黙って、目の前の男へと頭を下げた。
「……何だよ、それ。」
男の声が震えている。
「何だよ、それぇっ!!」
もう一撃、その拳が師の横っ面へと食い込んだ。
まともに受けて、師の体がふらふらとたたらを踏む。
それをすぐ後ろで目の当たりにし、俺は歯を食いしばった。まるで自分が殴られたような気分だった。
焦りと恐怖で心臓が縮み上がる。かばおうにも駈けつけようにも、四肢がまったく動かない。声も出ない。俺は全く動かない己の体を、全力で動かそうとし、すべてが空回りするのを自覚した。何の手ごたえも感じない!
焦りが募る。どうなってる?…俺にこんなことをして…、まさか師は、このまま黙って殴られるつもりなのか?!
はたして体勢を整えた師が、また深く父親に向かって頭を下げた。
対するその男は、師の胸ぐらをつかみあげる。
「あんた、できるんだな?」
その声に込められるのは怒りだろうか?詰問する声は震えていた。
「あんた、エリーを生き返らせること、できるんだなっ?!」
「……。」
「どうして、そうしない?!!」
「……それは一つの願いのため、百万の悲しみを呼ぶことになる。――因果の重複混乱、その因になってしまう。それは関わるもの全てに大きな業を呼ぶ。――わしには、できん。」
「だまれぇっ!!」
もう一度、その拳が師の顔にめり込んだ。俺はもう、心臓どころか股間まで縮み上がる気分だった。自分が殴られるより痛かった。錯乱した男が師を責め立てる、なんでもいいから娘を助けろと、何だって俺はしてやるからと。…師はうつむいたまま応えない。また拳が飛んだ。もう、見てられなかった。
目を閉じ、外界を拒絶する。真っ暗な中で…、俺は唐突に、ふつふつと怒りが胸の中に湧き上がってくるのを感じていた。
なんだよこれ…。なんだよこれ!こんなの、ふざけるな!ふざけるなよ?冗談じゃない!何をやってる!!
何に対しての怒りなのかも分からない。訳も分からず怒っていた。その流れに逆らわず、怒りを基軸にして己の杖を立て直す。強い怒り、強い想いは、人から刺される心の刃すらはねのける。そのまま己の中枢、生命の杖に干渉。肉体に仕組まれた生命の歯車を回し――、股間から脳天まで、一息に、一つの想いを突き抜けさせた!
――あなどるなよ師匠…!俺はあんたの弟子。呪縛の解き方も、あんたから習って知っているっ!!
一瞬で、見えない光芒が俺の中心を突き抜けた。呪縛を破り、俺は即座に動いている!!
ゴッ…!




