~夢の終わりに~②
構造…血管系か。脳底動脈瘤がある……。
少し暗い気分になりながら、さらにその部分を限局走査する。血圧との緊張状態を測った。
己の感覚器官を利用し、触覚とつなげるように、情報を置き換える。
すなわち、生体内部を触診しているような感覚となる。この触れてもたらされる情報を、通常感覚と比較検討し、つなげることも、訓練によって俺は可能になっている。
……あまりよくない。形もいびつだし、もういつ破裂してもおかしくなさそうだ…。
俺は師を見やる。師が得心顔をしてこちらを見詰めている。俺は師に手を伸ばす。師も俺に手を伸ばす。お互いの手が触れあった。
いや。注釈しておくが、何もこれ、診察の合間に、二人で仲良く手をつなごうとしているわけではない。
俺も師も、触れていれば己の思考を相手に伝えることが出来る。これで立派な意思疎通の手段となるのだ。しかも、発声もいらず、ものすごい速さでの情報のやり取りができる。疑問も答えも細かい感情まで、瞬時に相手に渡せるのだから当然だ。この会話は特に、患者に知られずにやり取りするのに便利だった。
“脳底動脈瘤があります。”
“知っとる。だから見せた。”
“どうします?あまりよくない状態です。”
“うん。お前、この間考案した方法があるだろう?あれ、やってみんか?”――“!?本気でいってるんですか?!”――“本気も本気”―“ダメですよ何考えてるんですか?!試しにやるようなものじゃな”“わしはお前が練習してきたことを知っとる。できると思うから言っとる。いつか、というのが今になっただけじゃろ?”“しかし患者が”“では今患者に承認をとればいいのじゃな?”“問題はそれだけじゃ”
後半は一気に思考が加速した。ああだこうだと知られざる場所で言い合いが始まる。…最後は子供の捨て台詞のようなところまで行って、結論がついた。
…結局、俺が説得された。そもそも、俺が師に理屈でかなうわけがないのだ。
お互いの手が離れた。一呼吸もかかったか?くらいの時間だった。師の言い分はこうである。
“自分に都合のいい患者を待っているヒマはない。都合のいい患者がいつも来てくれるわけがない。――その中でお前、わしがいない時や手が離せない時、一人でどうするつもりだ?――お前一人でも何とかできる、という技術を早めに増やしておくに越したことはないんだよ。次に治療すべき類似の血管瘤症例がいつ来るかなんて、誰にも保証できんのだぞ?――悪いが危険性で言ったら、こういう症例の場合、わしにかかればどこでも一緒。脳だろうと変わらん。お前が失敗したら、その瞬間にわしがその血管系を全部作り直してやる。患者に危害を加えることをわしが許すと思うか?逆に、わしがいない時にやってもらう方が末恐ろしいわ!…――なんじゃ~?お前、怖いのか?できんのか~?手取り足取り教えてやってもよいぞ、ん~?――…エロおやじみたいって何だお前師に向かって。あんまり出来んとか言ってると、小さい頃ちょうちょ結びができないってべそかいてたことみんなにバラすぞ。――…あー、だからといって、わしが昔、ズボンの前綴じ全開で、診察をつづけ、果ては、したり顔でお前に講義しとった時のことなんか引き合いに出さんでよろしい。――うんわかった、お互い言いっこなしだからな。――…おい、ほんとに分かっとるのか?――ちょっと!言わないでよ!!?――うん、分かった。分かっとるならいいんだ。”
まったくもー、師はいつもいきなりなんだから…。
ぶちぶちと心の中で文句を言いつつ、手早く己の準備を整える。すぐに頭は切り替えた。
今日は治療を目的に肉体の調整、清めなどを行っていないから、簡易的にすべてを済ませる。
それが終わるころには、ほかの全ての準備は整っていた。対処すべき患者はそこで仰向けに横になり、穏やかな寝息を立てている。
…いつもながら、師が補佐すると、手が早い。
俺が施術することを伝えて患者に了承を取り、その後、もうこの状態にして、すでに昏睡させている。ほとんど時間がかかっていない。さすがだ。まったくもって、こういう時の師はすべてが早く、迷いがない。
きっと、頭の中に、次何をすべきかの計画表が出来ていて、それを臨機応変に組み替え、常に最適化しているのだろうと思う。
次の患者が何人か待っているのが目に入る、そう待たせるほどの時はかからないと思うが…。
「少し、待っておいてくだされな。」
思った傍から、師が断りを入れている。まいった。頭をかきながら思う。
迷っているヒマも、迷う必要もなさそうだ。師が、静かに俺を待っている。
俺は行動で応えた。膝をつき、患者に触れる。すぐさま患者の脳底動脈を走査・その構造を心中に投影した。




