↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠者の系譜《ハーミッツ・ライン》~~師匠を亡くした獣人医師は、それでも巡回医療の旅を続けます~~  作者: shin


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/88

~始祖の天啓~⑦


 しばらくそんなことを教えてもらっていたら、人影がふらり、と俺たちのもとに現れた。


「楽しんでますか?」

「あ、親方。」

 レーンさんだった。この組合集団の総元締め。俺はあわてて立ち上がり、頭を下げる。リョータが世話になった人だ。礼は尽くさねばならない。

 彼が会話に加わる。

 簡単なあいさつ。しばらく俺があまりこういう席に慣れていないこと、先ほどの現象――レーンさんは、話をごまかすために使った俺の魔術に気が付いていた。さすがだ。――それはなんだったのか、という会話になる。

 そんな話をするうちに俺は妙な感覚を覚えた。

 

 ……なんだろう?言葉に意気を感じない…?

 …この人は……、今こういうことを話していても、こういう話をしたいんじゃないな。こころ上の空だ。でも、何かを話したいんだろう。そんな気がする。そんな意気を感じる。でも、なんだろう?俺は水を向けてみた。


「あの、何かお話したいことでもあるんですか?私でよければ、伺いますけど。」

 その言葉にレーンさんは一瞬硬直した。その後、ため息が漏れ、言葉を紡ぐ。

「魔法使い殿は、ごまかせませんか。」

 いや、魔法でもなんでもなく、ただの洞察なのだが……。これでも医者なんだけど、俺。

 しかし、ささやくような声だった。俺が魔法使いという秘密を、守ろうとしてくれているのか?俺はちゃんと聞き取ろうと、耳を傾ける。

「ちょっと、こちらへ。」

 余人には聞かせたくないのか、宴席とは反対方向に誘われる。…え?なんだろう。進もうとしたら、後ろからリョータが声をかけてきた。

「あ、あのっ!じゃあ僕、向こうに戻ってますね?!」

「うわっ!ちょっと待って!!」

 俺はあわててリョータの腕をつかんで引き止めた。自分でもびっくりするくらいのあわてぶりだった。

だが…、それが自分の正直な気持ちだった。

 

 ……とても情けないが……、置いていかれる。そう思った。


 もうこの光の中で、俺を一人にしてほしくなかった。しかしそんな自分の情けなさを、この子に見せていいのか困惑した。そしてその困惑だけが、己の手から伝わってしまったのだろう。リョータは小さい頃からの慣れで、触れてしまうと、俺の心情を読むのに長けている。


「……ゔ?」(どうしたんですか?)


 耳にはくぐもった唸り声の肉声が、手からは明瞭な心の声が、同時に飛び込んできた。

 リョータは、気付いてはいるが、自分では普通に話しているつもりだ。俺はこれに得心の笑みを漏らした。よし、治療がうまくいっている…。



 リョータは最近、昔の自分を取り戻した。ほぼ白痴で、獣のようだった…障害のあるころの、幼いリョータの人格回路だ。それが今、リョータの中枢内部で復帰している。

 昔のリョータは片目しか見えず、耳は聞こえず、しゃべることが出来なかった。これが今のリョータの人格に突然復帰したら、日常生活で困る。

 いきなりしゃべれなくなったり、目が見えなくなったり、では困るのだ。

 だから、直近で昔のリョータが出てきたときの経験を利用した。

 すなわち、俺が手を触れている時である。

 そう、つまりそれを、反射機構として組み込んだのだ。俺の膝に座れば昔のリョータが顔を出しやすいようで、試行は難しくなかったといえる。


 つまり、俺が手を触れているときは、しゃべれなくなる昔のリョータの回路が働く、という条件反射を意図的に反復練習・操作して、脳の中に作ったのである。放置し、不規則性に任せるよりは、こちらがあえて、出現する機会を限定してしまった方がコントロールしやすい。使えば使うほど、その脳の中の回路は強化され、同時に限定されていく。そして習慣化されていく。寝小便の治療、排泄習慣の徹底と同じ方向性を考えている。幼子は最初、排泄の自由がきかないものだが、成長するにつれて自分でコントロールできるようになっていく。無意識の中に排泄の抑制機能が出来ていくのだ。これと同じで、不規則な発動を少なくしたい。

 同時に本人の意識にこの性質を教えることになるので、突然の発生時でも混乱を避けることが出来る。もちろん「先生が触れている時だけ」という限定的な暗示を繰り返しかけていく作業にもなっている。完全にその回路が本人の意識下まで登ってしまえば、自分で切り替えができるようになるはずだが…、…そこまでは、難しいかもしれない。


 ただ、俺が触れてさえいれば、こちらは意志を魔術的に手で本人に伝えることが出来るし、リョータもその状態で俺の心を読み、自身の意志をこちらへ伝える手段に長けている。何の問題も生じない。治療中にこの条件反射を強化し、強めていくうち…、やがてそのしゃべれない回路に引きずられて他の回路――昔のリョータの人格回路まで、連動して動くようになった。


 すなわち、今、リョータは俺が手で触れると「ゔ」とか「あ」とかしか喋れなくなるが、さらに触れ続けていると…、完全に昔のリョータの人格へと戻ってしまう。手を放すと、もとの今の人格に戻る。そんな条件反射・習慣化がうまくできるようになってきていた。


 いいぞ、安定化が進んでいる…。


 昔のリョータは知能がほとんどないので、人格の統合が難しい。言葉を覚えていないから、今の人格と思考形態があまりに違うのだ。それを受けてか、脳の回路としても、個々の器質的な結びつきが別々に強化されてしまった。中身の動き方がぜんぜん違うのだから、仕方ない。

 ここで二つの心が争って、混乱の末に全てがばらばら、ぐちゃぐちゃにくっつき、互いの人格が崩壊することを招くよりも……、それぞれを独立させて安定させ、住み分けによる健全化を図っている。二つの心、どちらかを消すよりはずっといいし、もうそんなこと出来やしない。二つの脳の回路が同じ場所で複雑に絡み合いすぎている。


 簡単に要約してみよう。つまりは二重人格である。

 リョータは今、人格の顕現という脳の働きに置いて、その機構が二つに分かれるという、たぐいまれな脳をもっている。

 心因性でなく、脳の器質的なものからなる二重人格だ。リョータには心が二つある。


 その安定し始めたうまい働きをみて、俺は心からホッとする。だいたい、魂は一つなのだ。肉体の性質上、その心の現れ方に二つ、通り道が出来てしまっただけ。本質は変わらない。リョータはやさしく、穏やかな子だ。

「…ゔゔあ?」(昔の僕に用なんですか?)

 意味は分かっていなくても、なんとなくこちらの思考を読んでしまったリョータが聞いてくる。俺は慌てて否定した。

「ああ!違う違う!ちょっと、治療について考えてただけで……、えーっとね。」

 俺は一度手を放し、考える。

 考えて…。

 結局は、ありのままを口にするしかないのか、と悟った。

 己の情けなさ、自身の至らなさを思う。

 知恵は時に、認めたくない己の影すら暴き出す。


 だが師の声が聞こえる。闇にのまれるな。自ら闇に向かうな。と。

 笑いが漏れた。ワケの分からない言葉を、いろいろと何度も言われたものだ。



 因と果だけに惑わされるな。全ての物事は一つから始まり、今でも一つで在り続ける。

 因と果の法則すら、人の見出した表現の一つであり、全てに内包される現出の一つの形。

 人と人との間に現れると、それがなんと言われるか忘れたか?愛憎はコインの裏表。何も起こらないのが無関心。だがその実、何もしなかったという「行動」すら、因となり、何かが起こりうる。それが『法則』だ。だったら、できる限りよいものを選んでいきたいじゃないか?


 それが宿る、己の一つを見つけろ。己を見つけるんだ。我々はいつからでも、そこから始めることが出来る。どんな時にでもまず因を生み出せる。もうすでにある因果だけにとらわれるな。過去のことは後ろに置いて行け。今、ここにいる己から新たに因を生み出し、全てを始めろ。


 知恵の用い方を誤るな。暗い方に意味づけできるなら、お前は明るい方にも意味づけできるはずだ。なんといっても、その判断できる、選択できるというのが人に与えられた特権だ。ならばお前は光の道を歩め。闇を歩きたいものには闇を歩かせておけばいい。いいものをたくさん受け取るだけ受け取っていいのも、この世界の真実なんだ。泣いてばかりいないでくれ。


 知恵に振り回され、知恵の奴隷にはなるな。できれば、光も闇も公平に見ろ。もっとも大切なことを一つお前に教える。それは己を知る、ということだ…。そのために知恵は利用できる、ということだ。

 我々はそこから、始めるんだ。どんな己であっても。その場所から、始めるんだ。



 そういって、気弱でも意気地がなくても血反吐を吐きながらでも、精一杯虚勢をはって、最後まですべきと決めたことからは逃げ出さなかった人を、俺は知っている。

 尊敬する背中――、俺もその後ろ姿に、習うしかなかった。


 “ごめん、リョータ、今は一緒にいてくれ。”


 でも、結局は口に出来なかったから、ちょっとだけズルをした。その手を握り、そこから素直に、そのまま意志を伝える。

 “ここは俺の全然知らない世界で、たくさんの人がいる世界で…、真っ暗な夜の海に一人だけで放り込まれたような気分なんだ。一人だけだと、どこに向かっていいのかもわからない。どうすればいいのかもわからない。リョータの助けがいる。今は一緒にいてくれ。お願いだ。”

「……ゔ――、ゔ―あ?」(…そんな心地がするのは、僕のせい?僕が先生を誘ったから?)

“あああ違うよ!ここの世界は、リョータの方が詳しいんだ。だからお前を頼りにしてるんだ。一人は不安で寂しくて…。でもリョータがいてくれると、大丈夫だと思う。”

「…ゔゔ、う?」(…僕が一緒にいると、大丈夫?)

「うん、そう」


 肉声に戻した。そのまま手を放す。かくしてリョータはほっこりと笑いながら答えてきた。

「じゃあ、先生と一緒にいます。」

「うん、ごめん、ありがとう。」


 なんともはや、情けない話だった。早くも自分の弟子に頼ってしまった。…まぁ、俺も師のこういう姿を知っているし。どうしていいか分からない時は、結局真似をするしかない、やってみるしかないのだった。


 レーンさんに断りを入れ、もうこの子も正式な弟子だから、と話に同席する許可をもらう。

 内密の話は、診察の依頼だった。

 …なるほど、合点がいった。実はレーンさん、腕のいい医師をずっと探していて、網を張っていたのだそうだ。

 クィードの命を救った魔法使いの医者には興味があったのだが、頑としてクィードは教えてくれない。今回知り合えたのは幸運だったと漏らしていた。クィードは男気のあるやつだから、恩人であるあなたとの約束を死ぬ気で守っている。今回リョータを預からねば、こういう話をする機会も持てなかっただろうと。そうぽつりと漏らしていた。俺は少し感動して聞いていた。


 ――話を聞くに――。なるほど、難しい患者のようだ。おそらくレーンさん、その話をしたいがために、わざわざ俺みたいなやつをこの会に誘ったな…?すごい意気を感じた。どうも、その患者は大切な人らしい。

 …俺の手に負える案件だろうか?腕のいい医師は師匠であって、俺ではない。師と相談することが増えてしまった。取り急ぎ、師と話したい。師とちゃんと話さなければ…。


 結局、晩餐を食べそびれたが、もうそれどころではなくなっていた。リョータに後で呼び出す旨を伝え、俺は一人すべきことをすべく、荷を背負い、町のそばの林の中に入っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。