~始祖の天啓~⑥
楽しかった記憶―――、俺の中の光と、目の前の宴の光が、いつの間にか対等に並んでいた。
師のかつての憧憬の場所。――いつか、俺がこの中に、師を連れてこられたら、とずっと思っていた。
でも、それはかなわなかった。
――そのころに、リョータがいてくれたらよかったのに。
ほんとうにそうだったらよかったのに。今、心の底からそう思った。
リョータをみやる。人ごみの中で、仲間たちと笑っている。
リョータは、我々の系譜の中で、もっとも高い社交能力を獲得している。
因としては、この町で友となった、クォンのおかげだ。二人には縁があったのだろう。彼の影響で、我々では教えることが出来そうもなかったものを、リョータに渡すことができた。心からありがたいと思っている。
巡回の時も、訪れる村々でリョータは同年輩の子供たちと遊んでいる。頼もしい限りだ。
そして、かつての自分と比較し、分かったこともある。
リョータはそのように人と交わる術を覚えた分、俺よりは知識の蓄えが遅れている。
俺はリョータくらいの頃なら、すでに解剖学を修め、生理学も修め、病理を学び始めていた。
俺はどんな時も師を離れなかったから、毎日が勉強だった。だが勉強のためだけではなく、それは師が俺に離れて欲しくないと思っているのが、なんとなくわかっていたからなのだ。
師は、傍に俺がいれば、その感覚を俺の方に同調させることができた。育ての親だから、俺の調子が深くわかっている。俺も完全に師を受け入れていた。つまり、俺が師を刺すことはない。触れなくても傍にいるだけで、俺の鈍い感覚へ調子を合わせることができる。
すなわち、師は見ないでいいものを見ずに済ませることが出来たのだ。そうして、より長く人の間にいることが出来るようになった。…その応用で、人に触れられる時間も増えた。――師にとっては、何にもまして、ありがたいことだったらしい。その記述を後で手記に発見した。――そこには多分、涙の跡が一すじ、残されていた。
俺は何も言われていなくても、師の“そばにいて欲しい”、という願望に気付いていた。なんとなく。そうするとうれしい、ということに。たぶん、物心つくかつかないか、のころからだ。
そしてここにも因があった。これはリョータという子供を見ていて分かったことだ。子供は元気ならふつう、じっとしてはいない。活力に満ち溢れた子供が、何もしないで仕事中の親のそばに居続けるなんて、拷問に等しい。退屈は猫をも殺す。手持無沙汰で死んでしまうんじゃないのか?
だから俺は何も分からない時分、体操や武術の型を習ったら、一人でそれを練習していたのだ。治療する師のそばで。ヒマでヒマでしょうがなく。確かに、そんな記憶が沢山あった。
その果てに人に褒められ、俺は体を動かすことが好きになり、得意になり――、武術に興味を持ち、人の体の構造に興味を持った。武術と人体の構造は、切っても切れない関係にあったから。
それが解剖学の始まりとなり、興味がつのって…さらに医学へと発展した。医学まで興味が発展すると…、もう、師のそばにいることは苦痛ではなくなっていた。毎日が興味と、疑問の答えを得ることのできる喜びの連続だった。師は“知の探究者”という側面を持つ。俺のその流れを、何にも増して喜んでいたに違いない…。
ここでも、全てはつながっていた。
全てに存在する、因と果。法則そのものの現れ。良いものは良いものをうむ、ということ。
それぞれが、それぞれの因からそれぞれの果を受け取って、それぞれの場所にいるにすぎないのだ。俺はぼんやりと遠きにいるリョータを見ながら、いま俺とリョータのいる場所の違いを思い、そう思っていた。
いつの間にかその場にしゃがみこんで、頬杖をついている。
…リョータをうらやましい、とも、正直に思うが…。いつか、リョータも、我々の楽しみを知ってくれるのだろうか……。我々と同じ光を知り、同じ空を、飛んでくれるのだろうか?……来てくれると、うれしいが…。
リョータに関しては、不安がある。
リョータを闇に落とすことは、我々には出来ない。あの子はおそらく、魔法使いとしては…、とんでもない可能性を秘めている。いくつかの所見から、俺はそう見積もっている。
師の意見を聞かねばならないが――俺個人の意見としては――。
その魔法使いとしての才能は破格。師に匹敵する。そう結論付けている。
産まれつきなんだろうか?それとも師や俺がいつも近くにいた影響か?――いや、しかし――。
遠きの笑顔を見やる。――そしてあの社交能力だ。人を恐れずに人の中にいることが出来ている。――確実に、導き手が必要だった。
もうすでに、性教育に関しては予防線を張ってしまった。クォンに頼み込み、あまりその話題には踏み込まないよう、誘導してくれるよう申し出ている。暗示までかけようかと思ったが…、クォンを信じることにした。
彼の両親は、俺の手の危険性を知っているので、彼の説得にすごい勢いで加担してくれた。
――いわく、十代の若造が踏み込んでいい領域じゃない!
確かに――、何も分かっていない年頃が我々の手法を手に入れたら――、知恵が伴わない。確実に破滅を呼ぶ。
たとえばリョータなら、百人単位の女性のひもにもなれれば、欲望を操作して何人もの男たちを従わせ、真名を用いて俺たちすら自由に使役できる、夜の帝王にでもなれるだろう。
性の欲望に溺れることは、灰の中で真に熱い埋め火を探すことに等しい。燃え尽きたあとの灰にまみれながらも、真に燃え続ける炭をなかなか見つけることが出来ない人も多いではないか。だが我々は違う。最初にその消えない火を見つけなければならない。そうでないと道を誤る。すぐに灰となってしまう偽りの火を最初に知ってしまうのは、とても困るのだ。特に、才能のあるリョータには。
どうしても、先にそれがいる。どうしても、最初に真実がいる。その火を得るか、かりそめの火に目をくらまされてしまうか、どちらか――果たして間に合うのか――、危ない橋である気はしている。
…師は今頃、笑っていることだろう。俺の性教育では、師も相当に悩んだようだ。影響を受けない人はいない所だけに。俺に関してはキリキリと胃の痛む思いをしたらしい。手記にそうあった。先ほどの話ではないが、悩んだ末に何やってんだよ、と思うところもあったが。天才は行き過ぎるとどこかぶっとんでしまうらしい。だがそこは今述べるところではない。
――次はお前の番だ――絶対そう笑っているな。そんな顔が想像できた。
憮然としてそんなことを考えていたら、不意にリョータが顔をあげて、首を巡らせているのが目に入った。
…何か探している?…俺と目があった。表情が変わった。どうやら俺を探していたらしい。友達に断りを入れて、そのままこちらに駆けよってくる。
……オイオイ、せっかく同年輩の友達といたのに……。俺に気を使わないでもいいんだぞ?これはちゃんと言っておかないとならないかな…。
そう思いながら、リョータがたどり着くのを待った。
「先生!…どうしたの?」
「ん?ちょっとお酒が入ったから、休憩に。」
俺はウソをついた。言っておこうと思った言葉は、出てこなかった。
「…お酒飲んだんですか?普段飲まないのに。」
「うん、少しだけ。」実際は、飲むというほど飲んでいない。舐めただけだ。
「先生、お酒弱いんですか?」
「強いとは言えないかな。」苦笑して答えた。それ以降、しばらく沈黙が降りてくる。リョータがなにか言いよどんでいる。なんだろう?目で問いかけ、辛抱強くまってみた。
「あの、先生、打ち上げに誘ったの、迷惑でした?」恐る恐る聞いてきた。
「えっどうして?」俺は驚きながら答える。
「え、え~と、あんまり楽しそうじゃないし…、みんなと離れてここにいるし…、…さっきも、みんなといてなんだか困ってる感じでした。」
…驚いた。よく見てるな。
「あー…、さっきのはね、ちょっと。でも迷惑だってことはないよ。ただ…、こういうところに、慣れていないだけなんだ。」
目を合わせ、うまく言えないものごとの説明を試みる。
「だから、すごくリョータには助けられてるよ。」
「…???なんでそれで、僕に助けられてるってことになるんですか?」
「リョータがいなかったら、俺がこういうところに来ることはなかっただろうから。リョータがいなかったら、俺は多分、この先知ることも無かったよ。お前にいろいろ教えてもらってる。助けられてるだろ?」
そういって、もう一度その光景を見やる。
「…不思議だよな。初めて知ったよ。友達や仲間って、ああいうものなんだ?こうゆう席でも、みんながみんな、一緒の話をしてるわけじゃないんだな?大きな集団の中にも小さな集団があって…、みんなそれぞれ、自分の好きな集団で喋ってたんだ。知らなかった。みんな全員で一つになって、和気藹々としているんだと思ってたよ。」
驚いたままを口にする。そしてその小さな集団を行ったり来たりして――いろんなところを巡っている人もいる。こういうものだったんだ。知らなかったと話していたら、リョータがあの人とあの人の集まりは、実は仲が悪いんですよ、だの、あの人とあの人は、実はすごく仲のいい友達なんだけど、今は違う集団にいますね、直属の先輩の所についているみたい、だの、そういう人間関係を教えてくれた。本気で新鮮な驚きだった。そんな人間関係って、こういうところでも影響しているの?考えてみれば当たり前だが。本当に俺は、遠くから見ていただけだったのだ。それを思い知らされた。
しばらくそんなことを教えてもらっていたら、人影がふらり、と俺たちのもとに現れた。




