↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠者の系譜《ハーミッツ・ライン》~~師匠を亡くした獣人医師は、それでも巡回医療の旅を続けます~~  作者: shin


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/88

~知られざる苦悩~⑥

 今思い返しても、苦い思い出だ。笑い話だが、笑うどころの話ではない。裏にはそれぐらいの危険性を孕んでいる。快楽に狂い死にさせることもできるのが我々なのだ。


 実際、これ以降、何かとクィードが俺に酒を飲ませようとしてくるのが気にかかった。

 ………あの経験に、溺れているわけではないだろうが……、一度知ってしまうと、大体人間、こんなようなものだ。俺が中毒にするつもりはさらさらないので、大丈夫だろうが。それでも俺の節制に甘えないでほしかった。自制をしろ自制を。

 大体だ。別に酒など飲ませなくても、そりゃまぁ、同じ男としてですな?奥さんを誘いにくい時もあるんだよ、とか、怒らせて気まずいんだけど、とか言われれば相談には乗る。相談にはのるが、媚薬代わりに使うのは勘弁して欲しかった。習慣性もなくタダだからって、そうお手軽にやるものでもないんだぞ?時々でいいんです時々で。こういうのは。まったくもう……。


 …………………………………………………………………。

 

 ………あれ、何?なんだろ…、俺…、別にうらやましいとは思ってないぞ。たぶん。



 用を足した後、溜息をつきながら公衆便所を後にした。

 ほとほとと夜道を歩いていく。淡く清涼な満月の光が、固い石畳を柔らかく照らしていた。

 行先には、宴もたけなわの人の集まりがある。中央にたき火を囲み、所狭しと食卓を囲み、談笑する人たちの影が見えている。

 ――俺は行程の中ほどで足を止めた。しばらくその光景を見やる。真新しい木の香りがする横の柱に、なんとなく寄りかかって体重を預けた。

 

 

 不思議な、気分だった。

 


 俺は、さっきまであの光景の中にいたのだ。師と二人では、生涯入ることのなかった光景に。

 あの光景は、俺たちにとって憧れですらあった。ずっと二人だけで旅ばかりだった、俺たちにとっては。


 少し離れたその場所で、仲間たちが笑いあい、ふざけ合っている。…街の喧騒とはまた少し違う、たくさんの人の、声の相乗による騒音。一つ一つに耳をすませば、それぞれの人が、それぞれの友と、それぞれの話をしている。たき火と満月の光の中で。


 ……。


 目を細めた。自分がさっきそこにいたのが信じられなかった。

 師がはるか昔にそこにいて、隠者となって、もう戻ることのなかった、人の光景。

 ――正確には、戻らなかったというより、もう戻れなくなった、という方が正しいだろう。師には帰りたくても帰れなくなった、懐かしい場所のはずだった。その理由を、俺は知っている。


 ……。


 俺にとっては、全くの未知で、不明の場所。師がそうだったから、誰からも教えてはもらえなかった、そんな場所。ずっと二人で旅をしてきたから。俺にとっては未踏の憧憬。――でも師が悲しむから、絶対に行きたい、とは言わなかった…、そういう禁じられた場所。


 ……。


 そろそろ、認めざるを得なくなった。戻れなくなってしまった。このまま、どこに戻ればいいのかが分からない。

 あの中に、俺の戻る場所はあるのだろうか。リョータや、クィード一家しか、深い知り合いがいないが…、彼らはそれぞれ独自の友と、ばらばらに談笑している。俺のような何も話せない大きな異物が邪魔しても、よさそうな感じはしない。そうなると、俺はもうどこに戻っていいかが分からなかった。こういう場所では、こういう時、どうすればいいのだろう?


 ……。


 …落ち込んできた。

 孤独は集団の中でこそ、最も強く浮き彫りにされる。

 今まさにその状況だった。あたかも強い光の下でこそ、影がその闇色を深くするように――、集団を前にすると、孤独感は強まる。たぶん、周りに集団があれば――つまり、比較対象があれば、嫌でも自分が孤独だと思い知らされてしまうのだろう。自分だけがその集団に入れない。

 ずっとおのれ一人でいれば、己が一人であることにすら、気づかないでいられる。他人の笑い声を聞くことも、楽しそうな風景を見ることもない。凍りついた時間の中で、ずっと一人で、凍り付いていられる。師を亡くしてから、俺は…。


 そんな分析的な思考が、とても無為だった。また溜息を一つついていた。

 強い光の前で、己の孤独が浮き彫りにされていく。

 気が沈み、ゆらりと暗いものがおのれの足元へとまろびでた。

 己の影だった。

 いつの間にか下を向いている自分――、二つの光源からなる淡い影は、それぞれが二方向へと別れ、さびしげに別れて静かにたたずんでいた。

 ――己の闇、己の孤独――、師を思い出した。共有するしかなかった、師の闇、師の思い、もう戻れなかった、憧憬の場所。


 ――追憶は滑るように、己の内へと去来した。俺は逆らわず、追憶に心を奔らせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。