~知られざる苦悩~④
むちゃくちゃ釈然としない。誰にか知らないが、心の中で弁明してみた
我々魔法使いは、欲望を否定しない。
我々の生活がどうしても禁欲的になってしまうのは、我々の生活が、知恵に基づいているからなのである。
本来、世に多く言われがちな戒律とは、実際のところ、知恵に基づいていることが多い。戒律が先なのではない、知恵の方が先なのである。
簡単に説明してみよう。性の過剰は、性病の罹患率を大幅に上げるし、暴飲暴食は確実に健康を損ねる。
人の欲望には限りがないから、この二つは誰にでも分かるいい例だと言えよう。魔法使いの知恵もなしに説明できる。禁欲とは身を守ることに通じるのだ。
性を自由に満喫できて、安全に暮らしていけるのは、よほど衛生観念が発達し、医療の進んだ世界だけだ。
避妊の知識も知悉されたところでないと無理だろう。出産が命がけとなるところで、どれだけの女性がその覚悟もなく、己の命を懸けることになるのか、あまり考えたくはない。
これをよくあらわした古い言葉が、医の世界にはある。先輩から後輩へと、まことしやかに伝えられる、悲しい人のサガを表した、医師の教訓。
すなわち「男をみたら性病と思え。女をみたら妊娠と思え。」
進んだ医術ではまったくそんなことありえないが、ちゃんとした知恵のないところでは、悲しいがそんなようなものだ。人のサガとは、まこと悲しいものなのである。
暴飲暴食に関しては、そもそも大前提として、食糧生産の背景が問題となる。
食糧生産が恒常的に、しかも豊富にできる地域でないと、まず暴飲暴食は不可能である。そしてそれを成すための経済的余裕も。これを余裕のないところで無理に求めれば、必ず争いが起こる。少なくとも不平等が生じ、諍いの温床となる。真に知恵あるものが争いを好むのか…、…その判断は、それこそ各々の知恵に任せるしかないが、少なくとも我々は、争いの種を持ち運べるほど、ヒマではない。必要な分量だけでよい。この辺境では貴族病となる人も少ないくらいだから、暴食による身体への害は、あまり触れなくてもいいだろう。肥満や高血圧、血管の硬化などだ。
さらに、我々の手は…、知る人ぞ知る、触れるだけで人の生体機能を操れる。
他人の運動機能も、呼吸機能も、いくつかの反射・調整機能も、思いのままだ。
中枢機能まで操れる、ということは…、ちょっと考えればわかるだろう。我々は人の快感中枢まで、自由自在に操れるのである。
現に俺は、触れるだけで男性を絶倫にできるし、女性をこの場ですぐにその気にさせることもできる。不能にもできるし、果てまでいってもらうのも、自由自在だ。無限の快楽を供給できる。
この知識を教わるとき、実例として、いたずら心を起こした師から、ものの数秒で射精させられたときはマイッタ。
性の目覚めが遅く、精通も知らなかった俺だから、実例は効果的だったのだろうが…。…その時の事を、深く触れるのはやめておこう…。
ちなみに、後で同じことができるようになった俺は、師の不意をついて同じことをやり返してやったが。師匠に対して何するんだ、とか怒られても、平気の平左。ちゃんとそのあと弟子として、汚れた下着まで洗ってやり、師にいたたまれない思いまで味わせてやったぞ。いたいけな俺をからかいやがって、全部総返しだ。はん、ざまぁみろっての。
……いやまぁ、市井に暮らしておらず、他にお互いしかいない男家族二人で、性の知識を教えておくとなると、こういうふざけたものにしてた方がマシだと考えたのかもしれないが。師はアレだ。町でそういう場所に連れてくとか、ありえないヘタレだったし。ほんともういろいろ、何考えてんだよと今でも思う。
…そんなアホな昔話はさておき、つまり我々の手は簡単に人を操り、堕落せしめるキケンな手、なのだ。
例えば中枢から快感を引き出せるだけ引き出し、脳をダメにする寸前まで何回もそれを繰り返し、中毒者を量産するなんて簡単なことだ。そんなことするつもり全くないが。
しかしそういう悦楽を深く知らず、人生を終える男女も世の中には多いというのに、この危険性は計り知れない。知ってしまえば、俺たちの場合は普通にヤルより直に引き出す。つまりは段違いの快楽。欲望を自制できる人間でないと、いとも簡単にそれに溺れてしまう。
だからこそ、我々はそういった意味で人に触れるのは慎重にならざるを得ないし、めったなことでは触れられないのだ。そこに我々の寂しさ、忍耐というものがあるのである。
さらに、触れただけで刺されることもある我々は、めったなことで人に触れられないのだ。
これはこの手を得たことに対する代償、耐えるしかない忍苦なのである。
…つまり、なんだよ、あーもう、こむずかしいことはどーでもいいよ。
簡単に要約してみよう。
『ヤりたくてもそんな簡単にできねーの!!俺たちは!!』
そう心の中で絶叫してみた。
…………………………………とてもむなしかった。
頭ががっくりと自然とおちる。
………なにコレ、本気でむなしい………。
そんなこともつゆ知らず、この二人は……。
勝手にがばがばと、果実酒をもう全部飲み干した。口元をぬぐい、心に決める。我ながら目が据わっているなと思った。
「わかりました。」
まだじゃれ合っている二人に声をかける。会話になる前に畳み掛けた。
「じゃあお二人には魔法使いの手がどんなにキケンか、身を持って知っていただきましょう。」
無造作にクィードの肩に触れる。操作した。
「…うっ…あ?」
途端にクィードが驚きの声を上げ、股間を押さえて机に突っ伏した。前かがみの姿勢になる。
はい、これで準備完了。連続10発はいけるかな?休みながらやれば、その倍でも軽いだろ。
次だ。疑問が思考として形になる前のホルンさんに、素早く手を走らせる。
「…へっ…?」
途端に彼女が脱力し、体が机に落ちた。顔が赤みを増し、目が潤み始める。ハイ、これでできあがり。あと数呼吸もすれば、腰もたたなくなるだろうが…、その後の処置は旦那に任せよう。下着が汚れる前に、早く脱がせてもらえるといいですね、と他人事のように考えた。
……実際、他人事だった。
この後のことを考え、俺はふと思いついた。この二人なら、大丈夫だろう。
当惑する二人の額に指先を付ける。円を描き、特定の印章を加え、それに念を走らせて術式とする。
「これでよし、と。お互いの魂を近付けましたから、それはそれはいい夜を楽しめますよ?」
魂の触れ合い、というものを経験してみるといいんだ。この二人はそれができる夫婦だろう。そしておそらく、それに耐えられる。
「安心してください。子供たちは何があっても、どんな騒音がたっても――、朝までは絶対に起きないようにしておきますから。」
この家は小さく、居間と寝室の二部屋しかないから――二人も気兼ねするだろう。
俺は立ち上がり、子供たちの眠る寝室に向かった。もう遅い時間だから、子供たちはとっくにおネムの時間。リョータもそこを借りてひと眠りさせてもらっていた。眠る子供たちの額に触れ、眠りをそう調整する。リョータはこちらで引き取って宿で眠るから、その必要はない。起こさないようにリョータを抱きかかえ、居間に戻る。二人は顔を赤くしたまま机に突っ伏し、当惑もそのまま、俺を見上げていた。
「我々のような魔法使いがどんなにキケンか、分かったでしょ?」
そう言ってにやりと笑ってみる。…あまり様にはならなかった。まぁどうでもいいか。
俺は戸口へと歩いて行った。扉を開けて、外へ出る前に思いつき、二人に声をかけておく。
「我々が何故、忍耐し、何のために秘匿しているのか――、その魔法使いの秘密を一つ。今宵、十分にご堪能あれ。」
扉を開け、外にでる。
「では、いい夜を。」
扉を閉めた。後は二人の時間だった。
…………………今思い出しても、げんなりする。溜息をついた。この話にはまだ、続きがあるのである。




