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隠者の系譜《ハーミッツ・ライン》~~師匠を亡くした獣人医師は、それでも巡回医療の旅を続けます~~  作者: shin


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~知られざる苦悩~③

 クィードの命を救って以来、俺たちはタナンの町によるたびに、クィード宅に招待され、晩餐を共にするようになっていた。

 息子であるクォンは、俺たちが普段ひいきにしている宿屋に毎日一度は顔をだし、今でも確認しているらしい。俺たちの来訪はすぐにこの家族に知れ渡る。リョータと仲のいい友達で、父親を救ったことに恩を感じてくれているのだろう。来ているとわかると、必ずすぐに飛んできて、リョータとお守りを交換しあい、俺に「せんせい、いらっしゃい!!」と笑顔で言う。


 …それがいつの間にか、約束事のようになっていた。


 俺の呼び方は、「せんせい」に改められてしまったが…、まぁ、このさい、俺の意向はどうでもいい…。

 宿の老主人が亡くなって代替わりしても、俺はこの笑顔のためだけに、いつもの宿を変えなかった。寄る辺ない身で歓迎される、というのは、…やはりうれしいものだ。自然とこちらも顔がほころんでいた。


 晩餐では毎回、おかみさんであるホルンさんが、つつましくも心のこもった料理を出してくれた。

 普段の食生活からすると、なんでもご馳走となってしまう我々だったが、この家庭料理はやはり絶品だった。――多分、最初の一回で俺とリョータが喜びすぎたんだろう。巡回の途中で不定期に立ち寄るたび、晩餐に招待されるようになっていった。


 彼女手製の果実酒や砂糖漬けはとてもおいしい。絶賛すると――、実はとっときのものだったらしい。高価な果物や砂糖は、つつましやかな家庭ではなかなか手が出せない。俺に気を使ってのものだったのだ。悪い気がして金を出すと、困った顔をされた。なので、じゃあまたこれで同じものを作っておいてくださいよ、ときどき分けてもらいに来ますから、…と無理に手渡す。

 そうすると、彼女は“とっとき”を毎回仕込むようになっていた。

 クィードや子供たちは、おかげでそれを飲み食いする機会が増えたと喜び、彼女は彼女で、料理や仕込みが好きなものだから、喜んでそれを作る。果実酒や、保存食の種類・工夫も増えた。俺がおまけとして、時々幾分かお金をだし、それを分けてもらう。実際、旅にはとても重宝した。そんな心づくしが随所に見えた。こんな風に、この家族とは円満によいことが回る関係になっていた。


 そうして、何回か晩餐を共にし、お互いがうちとけてきたころだった。


 「な、先生、いい人はいねぇの?」

 「いい人」と言われて、それが何を指すかくらいの世情は心得ている。たぶん、恋人とか妻、情婦とかいった意味だよな?そう考えながらお答えする。

 「はぁ、残念ながら。」

 「ほんとにー?――そりゃあ、そんな厳しい巡回してたら、ムリないかもしれないけどサ。先生、さみしくないの?」

 疑問を覚えるよりも、「やっぱり」という口調で、同席するホルンさんが話を継いでくる。

 俺はあいまいに答えるしかない。

 「まぁ~、さみしいと思うヒマもないですからね。やることはいっぱいありますから。」

 「それにしたって、なぁ。下の処理はどうしてんの?その年とガタイで、まさか涸れてるってことはないだろ。」

 「あ――、ま―――、」

 俺は内心、冷や汗をかいていた。むちゃくちゃ率直だなオイ。こうゆう時、どう答えればいいんだ?

 だいたい、こうゆうことっていきなり聞いていいものなのか?

患者であれば秘匿したい場合も多いので、医師として必要なければ、深く触れないのが不文律だ。だがこの場合…、どうすれば??

 半ばひきつった顔で硬直する。顔に血が上って熱くなっているのが分かった。焦りと羞恥でぐるぐると頭が回りはじめ、思考がうまく働かない。ええっと、ええと…。

 「ちょっと、なんてこと聞いてんのよアンタは!」

 俺の様子を見かねたホルンさんが叱責する。俺はその隙に、ごまかすように杯の中身を一口飲んだ。

 「先生ってもしかして童貞?」

 「ぶっ!!」

 意表を突いたホルンさんの切り返しに、俺は口腔の中身を吹き出した。…目の前の彼らに吹き出さないだけの分別があったのは…、我ながらよかった。

 ゴホゴホとむせてせき込み、涙目になる俺を、夫婦が二人そろって「あ―…。」と微妙に分かった風な表情で眺めている。

 差し出された手拭いを受け取り、息を整えると、さらなる追い打ちが待っていた。


 「でも、なんで?なんか魔法使いはやっちゃいけないとか決まりでもあるの?」

 「その年でどーてーって悲しすぎるだろ。ありえねーぞ。」

 「魔法が使えなくなっちゃうとか?」

 「だったらやめちまえやめちまえ魔法使いなんざ。生きてても意味ねーぞ。」

 「あんたもそんな簡単に言っちゃあね……。でも、どうして?なんかイミあるの?」


 俺を完全に置き去りにして、勝手に話が進んでいく。

 いや、えーと……、こちらもなんとか思考を整える。こうゆう話を知人とするのはあまり慣れてない。こんなあけすけに聞いてきていいものなのか?多くの人がこうゆう話が好きなのは知っているけど、赤の他人にこう、ずけずけと聞いてこられたのは初めてだ。――考えてみると、本気で生まれて初めてだ。師以外でこういう話をすることは。


 「……別に、そういうのは我々の魔法に関係ありませんけど。」


 やっと、それだけを答えた。

 「じゃあ、どうして?先生したことあるの?」

 さらに追及が来た。オイ、ちょっと待て。冷や汗を垂らす。なんだこれ。どうすればいい?

 額にだらだらと汗がにじんできてるような気がする。考えろ考えろ、どうやってはぐらかす?答えたくない。もうごまかしてしまおう。何かいい案はないか?

 しばらく必死に考えて、俺は素晴らしい妙案が思いついた。一筋の光明が自己のうちに走ったようだ。おお、師よ、感謝します。

 

「ちなみに師はですね。」


 俺の養父でもある師は、一種独特の筆おろしを経験している。一種の通過(イニシ)儀礼(エーション)だ。

 師がはるか昔、まだ魔法などの知識がつたなかった頃、ある学院に入学し、学んでいた時期がある。

 その学院のある地域では、当時、師の年代ではすでに経験を果たしておかないと、恥ずかしいことだったらしい。その地方には一つの風習があった。未経験の若者男児には、年配の先輩が自分の妻を貸し出して、行為の正しい知識を教えておく、というものだ。

 ――遠方からその学院に来た師は、まだ、ということが知られると、その日の夜に、当時の教師の自宅に呼び出された。

 そしてその奥さんとの行為を目の前で見せつけられ、ことが済んだあと、こう言われたそうな。

 「次、お前やってみろ。」

 師の目の前には、完全に出来上がった状態の妙齢の女性が、裸で横たわり、師を待っていた…。

 

 ……いいことなのか、悪いことなのか、一概にはよくわからない。とにかくその地方の風習だ。間違ったやり方を信じたまま、使う穴が間違っていて老年になるまで子が出来なかった、という実例もあるから、それを避けるための風習でもあるんだろう。だが、師にはこれが悪い方向に働いた。これがトラウマになったらしく、師はこれ以降、ずいぶんと長いこと、そういった意味で女性に触れることはなかったという…。

 一体、何があったのか?この俺は聞いてしまったが…。

 これは、男として、師の沽券にかかわることなので、言うわけにはいかない。と、いうか言えない。同じ男として、師の名誉のために。

 ちょっと落涙を禁じ得ない気分になりながら、そう話を締めてみた。

 そしたら、

 『逆にむちゃくちゃ気になるわ!!』

 と、怒られた。

 …ええっ?なんでどうして?そっとしといてあげようよ。

 かなり焦って戸惑う俺をよそに、夫婦二人がまた勝手にきわどい会話を交わしている。

 「えーなんだそれ?初めてっつったら…そんなにもたなかったのか?」

 「あ、そゆこと…。私は早いの、そんなに気にしないけどなぁ。その前を十分やってくれれば。」

 「えっ?お前そうだったの?」

 ………………本気できわどい会話だ………。

 顔を赤くしながら聞き流す。一口、杯の中の果実酒を飲んだ。だがどうやらうまく話はごまかせたらしい。よかったよかった。

 「で、先生の場合は?」

 「ぶふっ!!」

 また口の中のものを吹いてしまった。だらだらと汚らしく水滴を垂らしながら、茫然と二人を見やる。

 二人の顔色を見て悟った。まったくもって、話を逸らせていなかった。

 ……くっ……、話を逸らしたつもりが……。


 師は犠牲にすらならなかったか…。この方面ではまったくもって、本気でカケラも師は頼りにならないな……。

 そんな師が聞いたら、泣きながら怒りそうな勝手なことを言いつつ、俺は狩人に追い詰められた獣のような気分になっていた。

 「なんでー?やっぱ、まだなの?じゃあ、こいつ貸そうか?」

 そういって伴侶を指さし、クィードがむちゃくちゃなことを言ってきた。

 「ちょっとあんた何勝手なこと言ってんのよ?!」

 「そうですよ!!むちゃくちゃ言わないでください!!」

 俺まであわてて、思わず席を立ち声を荒げてしまう。…そんなこちらのあまりの様子に、二人はやや驚いたらしい。――しばらくの間のあと、こんなことを言ってきた。

 「――や。冗談のつもりだったんだけどよ。」

 「――ま、亭主がいいって言うんなら、私もやぶさかではないけれど?」

 「オイお前まで何いってんだよ?!!」

 「何よ!先に言い出したのはそっちでしょ?!!」

 ……そんな、じゃれあいのような夫婦喧嘩が始まった。

 ……こ、この夫婦は…。

 もう仲裁する気にもなれなかった。二人の仲の良さは知っている。…微妙に腹立たしい気分になってきた。何だこれ?俺、当てられてるだけなんじゃないのか?

 なんだか釈然としない気分で、俺は一息に杯の中身を飲み干した。さらに勝手に手酌し、追加に口をつける。

 二人は俺にもかまわず、まだ言い合っている。…こちらも酔いが回ってきた。やや据わった目つきで二人のじゃれあいを眺めやる。

 

 ……このふーふは……、我々の手がどんなにキケンか、まったくもって、知らないのだ。

 そしてその手のために、我々がどんな忍耐を強いられるか、まったくわかっていないのである。我々の知恵に関しても。

 

 むちゃくちゃ釈然としない。誰にか知らないが、心の中で弁明してみた。


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