一章 隠者の旅路 ②
幸いというべきか、俺には待っている人たちがいた。
最初にいつもの街の、いつもの薬問屋に荷を卸す。―――評判のいい師の薬は、かなりの高値で取引される。
当たり前だ。全て本物しかそろっていない。完全に物質的なものから、魂にまで響く魔法使いの秘薬まで。なじみの店長にとっては看板商品だ。いつも無口な店長も、ほくほく顔で引き取ってくれる。
一人だけの自分をみて、師はどうしたのか、と問われた。身罷られたと伝えると、たいそう驚かれた。無理もない。―――自分があまりにひどい顔をしていたのだろう。もう少し休んでいけ、と誘われたが、言葉少なに断った。
なぜ、冬にかけて、わざわざ寒い時期に旅をするのか、師に問うたことがある。
“草や木が喜んで生きる時期は、生薬の仕込み時と作り時。草や木が眠るときは、その作った薬が役立つ時だ。体調を崩す人が多くなるからな。医術が役に立つことがある。我々を必要とする人もいる。”
そういって村から村を一定のルートで廻り、患者がいれば癒すのが、我々の生活だった。
そもそも、そんな厳しい時期に、旅をする奇特な御仁はそういない。はっきりいえば、獣人であり、魔法使いである我々だからこそできることだ。獣人には自前の毛皮があり、装備が少なくて済む。いざとなれば魔法が使える。遭難の危険も、死の危険も、避けることができた。
そしてそんな時期では、どんな村でも、優れた医師とわかると歓迎された。
この辺境では『獣人』であると倦厭されがちな風潮だが、師の医師としての腕は、それを払拭するに有り余るものだった。小柄な白熊の獣頭の亜人で、魔法使いで医師。当たり前だが患者が獣人でも断らない。同じ立場としては気安く、亜人の村では特に重宝された。
師はもともとが隠者として暮らし、巡回を始めたのは晩年の数十年だ。だが、それでもいつの間にか巡回するべき村が増えていき、俺も師と並んで治療を行うようになっていた。師のいない今、俺がその巡回を果たすのが、当然の流れのように思えた。
そうやって、師の旅を引き継ぐことで、雪のように静かに時が降り積もっていった。
やるべきことがあるのは、ありがたい。
人を癒すことは、そもそもなまなかなことではない。自分が別のことでいっぱいになることで、喪失感を思い出さずにいれた。そしてもはや、頼れる師はいない。すべて一人で、となると、ことさらにすべきことへと傾注せざるを得なかった。責任と重圧がそうさせた。
村から村を巡る道中にて。
雪の降るときに、歩きながら吐くおのれの白い息を見た。
隣に誰もいない、もういない影を探している。そんな時に、ふと思い起こした。
……師が自らの旅立ちを予見したのは、いつだったか。
当時は、寝耳に水の話だった。
師が医師であれば、弟子の俺もまた医師。こんな健康体が死ぬなんて、何を寝惚けたことを、と、はたき倒さんばかりに思っていた。
おのれの一足ごとに、新雪が踏み固められる音がする。びょうびょうと、遠くの風の音が耳の奥でこだまする。凍りついて落ちていく己の吐息。それに構わず、心は別のところへと飛んでいた。
師匠は死ぬ、と言いながら、その現象が普通とはまるで異なっていた。死体すら残らなかった。あれは、なんだったのか…、…教えてもらって…、…いない。その意味をいつしか考えていた。




