一章 隠者の旅路 ①
独りの旅がはじまった。
こうする生活しか知らなかったし、他に考えることもできなかった。
のろのろと、旅の支度を整える。借り宿を野の獣に返すため、人の匂いがするものを片付けていった。
一人だけの足音が、洞内に響く。
一人だけの息遣い。心音。…習慣になってしまった鍛錬。研ぎ澄まされたその感覚の全てが、己が一人であることを告げていた。
焦らずとも、他の全ての支度は整っていた。
荷を確認する。借り宿に住まう間に作った、売る用の薬、常備薬、保存食、水袋、外套…。
まるで師がそうと図ったかのように、全てそろっている。
自分も後片付けと一緒に片付けて、さっさと先に行ってしまえということだろうか。いかにも、師が言いそうなことではあった。
次に来る時のための品を、洞内の奥に隠し、封印をして、結界を張る。野の獣とて気づかない、いじれない。においも痕跡も封じられる。この法もすべて、師に教わった。
封印を枯草で隠し、足跡を消す。最後の最後に、この空間からも人の匂い・気配を消す。これはいろいろな方法があろうが…、術に頼るのが一番だった。大気から地面から空間から、人の匂いと気配まで、その残滓をきれいに消してしまう。
洞内に向かい、定められた手順にそって術を行使す…。
………ふと、その過程の中で、これで師の存在した痕跡も全てが消えてしまう、と気が付いた。
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どのくらい、呆然としていたのか…。自分でもよく分からない。
ふと、だれかに肩をたたかれたような気分で我に返ると、俺は残り香と気配、すべてを消し去った。
外套を羽織る。外套は雨よけとしても使えるので、旅では必需品となる。服は簡素な麻の上着と、ズボンしか着ていない。我々獣人には天然の毛皮がある。黒灰色の狼の体毛は、すでに冬用へと生え変わっていた。これだけでもけっこう暖かい。あと身に着けているものと言ったら、首にかけているお守りくらいだ。その首の上に、狼にしてはのほほんとした、おのれの顔が乗っかっている。
我々は師弟そろっての獣人だ。獣人が多い地域ではないのに、縁というものは不思議なものだ。こうなると排斥されることもあるが、俺としては獣人として生まれて良かったと思っている。この毛皮なしでは、真冬の旅には耐えられなかっただろうから。
上着からはみ出た自分の二の腕をみて、少し溜息をつく。やはり、師の服を貰い受けるのは無理があったか…。
師と俺では体格が異なるので、服の大きさが異なるのは当然だ。師の方が胴回りは太かったが、背丈は俺の方がかなり高い。ズボンも俺には短く、少し不格好な見かけとなっている。全体的に俺の方が筋肉質だ。この服では上着の二の腕あたりが張って、少し動きにくい気がした。脚も、あたり前だがゆとりがない。股の間から大きな、もさもさとした尻尾が揺れている。…ズボンには無理に穴を空けた。師の尻尾は短かった。もともと自分用のつくりではないのだ。
師弟そろって服を多数そろえていない。受け継ぐのは当然の流れといえた。しかしおのれの心情的な理由があったことも否めない。バカなことをしているな、と情けなくなって、少しもぞもぞとみじろぎしてみる。動きにくかった。でも、この服をまとっていたかった。いつも隣にあった匂いがなくなるのは、自分でも驚くほど落ち着かなかった。狼の鼻のせいなんだろうか。
いいさ、と俺は独り言をつぶやいた。いずれ治療がはじまれば、着替えることになる。
俺は荷を背負い、師の棍を手に取った。この棍は、歩くときには杖として使い、護身用には武器となる。野営するときには、テントの支柱としても使用していた。
完全に旅の支度を整えて、洞を振り返る。
「いってきます。」
そう言ってここを後にするのは、実は初めてではないかといぶかしんだ。
最初はちょっと、ウツ展開気味かもです。




