↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠者の系譜《ハーミッツ・ライン》~~師匠を亡くした獣人医師は、それでも巡回医療の旅を続けます~~  作者: shin


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/88

三章 隠者の系譜 ①

 夏がはじまろうとする頃、緑がまばゆい草原で、先生が言った。


「じゃあ、遅くても三か月くらいで、またここに来るよ。その時に答えを出そう。」

「はい。」

「…ちゃんと、分かってるんだろうな?この町での滞在そのものも試験なんだぞ?ちゃんとお世話になるクィードさん達の言うことをよくきくこと。ちゃんとお手伝いすること。そういうこともできない人は、弟子としてとりません。」

「はい。」僕は折り目正しく答える。もう何度も聞いた内容だった。

「うん。大丈夫かな。じゃあ、後は…。」


 先生はしばらく顎に手を当てて考えた。言い残したことはないか、頭の中で点検しているようだ。やがて口にした言葉は、なんだか少し、しんみりする内容だった。


「…あとは、元気でいること。…風邪とか引いても、俺の手は届かないから。」


 先生が少しさみしげに、鼻を鳴らしながら言った。


「……はい。」


 物心ついてから、この親代わりの先生と離れるのは、生まれて初めてだった。そんな自分の顔を、先生がまじまじと覗き込んでくる。

「…そんな顔するなよ、リョータ。」

 …僕はどんな顔をしているんだろう?自分では、憮然とふくれっ面をしているような気がしている。僕はまだ、この“試験”に納得がいっているわけではなかった。でも、先生の言い分もある。僕は僕の言い分を証明するために、この“試験”に合格しなければならない。

 顔を見られたくなくて、ぷいと横を向いた。苦笑した先生が、自分の頭に手を伸ばし撫でてくる。ちょっと抵抗があったけど、先生の好きにさせた。

 

 ――でも、先生の手がいつもと違う。それが余計、僕の心をずしりと重くさせた。

 先生の手は、いつも何かかが伝わってくる不思議な手だ。でも、それが何も伝わってこない時――、たとえばこういう時は、僕が先生に壁を作っているのだという。そして、先生にはそれがわかってしまう。先生はそういう時、無理に壁を越えてこようとはしない。ちらりと横目で見ると、案の定、先生は少しさみしそうな顔をしていた。それを見て僕は、さらにまた泣きたくなった。


 僕の身長は、ちょうど先生の腰あたりで伸びるのが止まってしまった。

 先生に言わせれば、遺伝か、小さい頃の治療のせいかもしれないらしい。

 僕は小さい頃とても重い病気で、頭までおかしくなっていた。

 でもそれは先生が治してくれた。治療は今までにないものだったらしく、どんな影響が出るかが分からない。二次性徴が遅れているだけなのか、その変化のエネルギーを頭の治療に代替したのか…とか、なんだか難しいことを先生は言っていた。とりあえず、よくはわからなくても、僕の背丈は伸びないままである。

 先生が手を貸して、無理に促進をかければ、もっと背を伸ばせるかもしれない。けれどそれは生命の本来のありようを曲げることになる。お前はそれでも伸ばしたいか?と、僕は問われて――。

 僕は、先生のようにかっこよくなりたいんです、と答えた。

 そしたら、人の手は自然の働きに及ばない。俺がやったら、不格好になるかもしれないよ、と言われた。手だけ長くなったり、足だけ長くなったりするらしい。――僕はとてもがっかりした。

 でも、今ちょうど僕の頭は、先生の手が置きやすい高さにあるらしい。そういわれて――“だったらいいか”――、と考えたことは、小さいころからの秘密である。


 ――先生と暮らして、何年もたって――まだ秘密にしている。それ以降、身長のことを言ったことはない。


 でも、子ども扱いしないでほしい時くらいは、分かってほしかった。並んで目を合わせる身長があったのなら、もうちょっと違ったのだろうか。先生の手が離れる――、認めたくないけど、名残惜しかった。――涙がにじんできて、悔し紛れに口にする。

「泣いてなんか、いませんよ?」

「うん。わかってるよ。」先生は僕のウソに付き合ってくれた。

「じゃあ。」先生が下ろしていた荷を背負い、体に固定する。これから夏の借り宿に向かうだけだから、その荷も軽い。僕の分の荷物はない。出発しようとする先生に、身を引かれるように焦りを覚えて、思わず僕は声をかけていた。


「先生。」

「うん?」

「ほんとに迎えに来てくれるんですよね。」


 “僕がいらなくなったわけじゃないですよね?”後の言葉は飲み込んだ。それは子供がいうことだと思った。


「リョータ。」

 また頭に先生の手が触れる。今度は壁を無理に超えてきた。言葉そのものが胸の奥に透き通って落ちてくる。

“大丈夫だよ、約束は守る。”

 同時にいろいろな言葉にならない感情も、ほんわかと伝わってきた。

「俺だって、さみしくないわけじゃないんだぞ?でも、必要なことなんだ。」先生はそういう。

「なぁに、そんなに長い時じゃないさ。また夢でも会いに来るから心配するな。でも、ほんとに俺の弟子になりたいなら、ちゃんとここでもやるんだぞ?――なまなかな決心じゃ、最後の“試験”には答えられないぞ。」

「だから、その最後の“試験”ってなんなんですか。」

 この“試験”だけは、ほかならぬ先生も受けたのだという。

「教えられるものじゃないんだ。考えるものでもない。――魔法使いの試験だからな。勉強したって意味ないぞ?リョータがどれだけ本気かってことがカギだ。――ま、リョータなら、答えちゃいそうな気もするんだけどな。」

「だったら、なんで。」僕は何度も聞いたことを口にした。

「だから、必要なことなんだ、リョータ。俺は必要だと思うんだ。――小さい頃の俺には一つの道しかなかった。けど、リョータには二つの道がある。町で暮らす、というもう一つの道がね。それを知ってなお、こちらの道をリョータが選べるかどうかだよ。知った上で、答えきれるかどうかが問題なんだ。」

「答えはもう決まってます。」

「だから、それを試してみよう。実際に。」

 もう何度も繰り返した問答だった。納得できないけど、納得するしかない。口先でうまく丸め込まれている気分だ。大人にはかなわない。口惜しくて口惜しくて、涙が出た。初めて、先生が嫌いになりそうだった。


「僕がそれで、町で暮らすって言ったら、先生はどうするんですか!?」

 自分でもどうしようもなく、ほとんど泣き声で叫んでいた。――先生は静かに答えてくる。

「…それがリョータの幸せなら、そうするしかないだろう。」

「…!!」もう何が何だか、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

「先生なんか…、一人じゃなにもできないぐぜに!…知っでるんですよ!ぼぐがいないど…」

 わけもわからず、みっともなく泣き始める僕に、触れようと先生が手を伸ばしてくる。僕はその手を振り払った。もう知らない。勝手にやればいいんだ。僕は先生に背を向け、町の方へ歩き出した。涙と鼻水が止まらなかった。




 俺は、振り払われた手を所在なく見下ろした。あんなふうに邪険に手を払われたのは、久しぶりだった。

 …あんな風に泣かせたのは、初めてかもしれない。

 重い気分で小さな背中を見送っていると、少し離れた場所で待っていてくれたクィードが、リョータと入れ替わりで近づいてきた。


「――よぉ。あれでよかったのかぃ?」

「…はい。」ふさぎ込んだ気分で答える。

「大将がそんな泣きそうな顔しててどうするんだよ。自分で決めたことなんだろ?」

「そうですね…。」言われて自嘲した。本当にその通りだった。ひとまず切り替える。今回は、この一家に大変お世話になる。それどころか、この一家があったからこそ、リョータにもう一つの道が見いだせた。恩人だ。

「リョータのこと、よろしくお願いします。」俺は頭を下げた。

「いや、あんたの頼みなら、いいけどよ。断るわけないだろ。でも…。」

「でも?」

「よかったのかぃ?」

 そういって親指で、まだ見える小さな背中を指し示した。クォンがおずおずとそれに近寄っていくのが見える。同年輩のそのあられもない姿に、どう対応していいか困っているようだった。

「……はい。」

「俺には魔法使いの考えてることは分からんが…、あんまイミないことの気もするけどな。たかだか三か月で町の暮らしがどうとか、わかるのか?」

「それでも、三か月、普通の町の生活を知ることができます。」

「形だけになる気がするな。」

「でも、それがリョータの言い分だったんです。俺が治療に入ったら、リョータは心配するから…、治療のほとんどない夏、薬を作る時期なら、納得できるはずですから。」

「聞いたぜ?他人は診れても、自分はうまく診れないんだってな。――俺の時も、リョータに助けてもらったんだって?それであの子を手放そうってのか。理解できないぜ。」

 俺は苦笑した。

「他人の助けが必要になるのは、自分で自分の調整ができなくなった時なんです。――普通の巡回なら、本来そこまでなることはほとんどないんですよ。急患の時はどうしても…、ですね。でも実は、他人なら、リョータじゃなくてもいいんです。信頼して、調子の分かる人間が一番いいのは確かなんですけど。」

「つまり、リョータがいた方がいいってことだろ。…なぁ、何がダメなんだ?子が親の後を継ぎたいっての、自然な流れだと思うけどな。」


 俺は、どう答えていいか悩んだ。分かってもらえるのだろうか。どう説明したらいいのだろう。あの感覚を。俺はつと視線を逸らした。リョータを見やる。

「――雨ざらしの中の山道を、一日中歩いた経験がありますか?」

「…は?」

「うまい雨宿り場所も見つからず、そうせねばならない時もあるんです。本当は雨の日は歩かない方がいい。雨水で靴が濡れると、足の皮がふやけて靴擦れができやすくなるから。――でも、それでもわかっていて、歩かねばならない時もあるんです。」

「……。」クィードは黙って聞いていた。

「ずぶぬれになってしまうと、火をつけるのも難しくなるから…、そんな日は保存食だけで終わるときもあります。毎日毎日、日が暮れるまでには、寝床になりそうな、いい場所を探して…、準備して、次の日にはそれも全て片付ける。水と食料には常に気を配る。湧水だって、いつも湧いているとは限らない。毎日毎日歩き進むことを中心に生活を考えて、治療がはじまったら、次は治療が生活の中心になって…。」


 俺は溜息をついた。ほとんど挑むような気分で言った。


「己(おのれ)の選んだ道です。俺に悔いはない。でも、自分の子供にもし、他に幸せになるかも知れない道があったとしたら、それを試させない親が、いますか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。