二章 隠者の休息 ④
二人の子供は、短い時間で随分仲良くなったようだ。二人並んで、お湯に浮かんだおもちゃで遊んでいた。リョータがふと俺に気づくと、興奮した様子で猛然と駆け寄ってくる。
「せんせえ!せんせえ!」と、俺の手を引いて、その浅い浴槽の中に引っ張り込もうとしてきた。
「わかったわかった、どうしたの?」
問うと、ものすごい勢いで何事かを話し始めた。おもちゃのこと。この浴槽に飛び込めること、どっちが勢いよく飛び込めるか、比べっこをしたこと…。
浅い浴槽に一緒に浸かり、うんうんといちいちうなずいて聞いていたら、つと先ほどの男と目があった。…リョータのおかげか、先ほどよりは視線がやさしくなっている。
「じゃ、俺らは先にあがるわ。」自分の子供と連れ添い、そう声をかけてきた。
「あ、はい。」あわてて頭をぺこりと下げた。
「なぁ、あんた、ほんとは何者なんだぃ?」
「ぅえ?」いきなり突拍子もないことを聞いてきた。ぎくり、と心臓がうごいて、息をのんでしまう。
「………ただの薬売りですけど?」
「ふーん…、そうかい。」男は鼻をならし、頭をかいて言葉をつづけた。
「気を悪くしないでくれよ。あんた、そこらの傭兵にも負けないガタイしてんのに…、顔はやさしいのな。すごく人間臭い。ホントに獣人か?ってくらいだ。荒くれ者って感じが全然しない。言葉づかいも丁寧だ。でも…、…なんだ。あんた、なんか不思議だな。」
俺はどう答えていいかわからなかった。
「あんた、歳はいくつくらいなんだぃ?」
…げ。困った。歳のことを聞かれてしまった。どうしよう。
なんせ、年齢に関しては二〇〇を超えておきながら、「二〇か三〇くらい」とかテキトーなことをのたまう、年齢詐称の達人が親代わりなのだ。実は、自分の年齢がよくわかっていなかった。
「…二〇から三〇くらいだと思うんですけど…。」
正直に言ってしまって、しまったと思った。師弟そろって同じことを言っている。
「…は?くらい?」
観念して、俺はさらに正直に答えた。
「俺も、親なし子だったんです。戦場かどこかで行き倒れて死んだ妊婦の腹を裂いて、取り出した子が俺だったと聞いています。それで、生年があいまいで。」
男の顔が、見るからにこわばった。
「…すまん、悪いことを聞いた。」
「いえ。」ぜんぜん悪くないのだが。むしろ、そこから年を数えるのを忘れたアホな師がぜんぶ悪い。しかし、ややこしくなるのでそこは言わないでおいた。
「じゃあ、ま、ゆっくりしていってくれ。」
そう言い残すと、その親子は連れ立って歩いて行った。
「じゃーリョータ、まったねー!」
「うん、またねー!」
子供たちが声を掛け合う。
…え?またね?
驚いてリョータを振り返ると、「なぁに?」と首をかしげて答えてきた。
意味が分かってて、今の返事したのか…?
……まぁ、少し考えれば、俺たちはまだ数日逗留するし、同じ公共浴場を使うのであれば、また会う時もあるわけか。このときは、それで納得した。
次の日、驚いたことに、本当にその子がリョータを遊びに誘いにやってきた。
さすが地元の子。リョータのつたない説明でも宿泊先がわかったらしい。常備薬の生成を手伝っていたリョータは、呼び声を聞いて、俺を見て…、戸惑った表情をあらわにした。
慣れない経験におろおろとしている。俺はそれを見て笑いながら、「いいよ、行っておいで。」と言ってやった。
手伝いとはいっても、リョータにできることはたかが知れている。じっと待っている時間の方が多いのでは、この子もつまらないだろう。リョータも子供の例外にもれず、はじけんばかりのあり余るエネルギーを、いま、この時でも持て余している。子供に慣れていない俺は、おっかなびっくりそれに対応しているだけだ。子供同士の方が、分かり合えることもあるだろう…。
少し不安げに、緊張した面持ちで向かうリョータを見送りながら、考えた。
――なんだろう、このちょっとさびしげな感じ…。友達ができて、ほっとしているのにな。
親離れする子を見る親の心境って、こんなものなのだろうか。
――まだ親離れってほどでもないのだろうが…、考える。いつかリョータも、こういうところに居ついて、市井に混じって普通の生活をしていくのかもしれない。いつまでもこの生活が続かないことを考えると、ふと物寂しさを覚えた。
俺と師のような人生を、リョータが選ぶとは限らない。
そういえば、リョータの将来など、考えるいとまもなかった。――慣れない子育てに振り回されていたこともあるが――、そもそも、よくぞここまで回復した。はじめて“この先”のことを考えた。それを考えると、町に友達関係ができたことは、掛け値なしにいいことだった。
俺にはそういう縁はなかったなぁ、と、この年でずいぶんと情けないうらやましさを覚えながら、アタマを振ってそれを追い払い、作業に戻った。
思考を切り替える。一人で持つ最低限の常備薬の量だと、すぐに底をついてしまう。補給しておかねばならないものが何種類かあった…。




