二章 隠者の休息 ②
追いついてリョータの手をとり、街並みと雑踏をすり抜ける。何はともあれ、まずは馴染みの宿に荷を下ろした。
「お、また来たね。」
いつものように老主人に声をかけられ、思わず笑顔を返した。
「はい、よろしくお願いします。」
「おお、その子、大きくなったねぇ~」
リョータは宿の主人をみて、俺の外套の陰に隠れてしまった。
「…ほら、リョータ、挨拶して。」
そういわれてリョータは、俺と主人をしばし見比べた後、意味もなく元気よく声をだした。
「……こんにちは!」
「はい、こんにちは。リョータ君、いくつになった?」
「…?」リョータが上を向いて救いを求めてきた。その頭をなでてやりながら、俺は苦笑して答えた。
「すいません、この子は生まれが分からないもので…、五歳くらいだとは思うんですが。」
「あああ!そうだったそうだった。ごめんごめん、リョータ君、飴たべる??」
「あめ?」
「もらっておいで。」
肯定して、その背中を押してやる。だいぶ物怖じしなくなってきたけど、まだ他人には慣れていないな、と内心でも苦笑していた。
タナンの町は、我々の回る辺境の、ちょうど中心くらいに位置している。
ただ中心近くにある、とは言っても、それなりに距離はある。そう易々と来られはしないが、食料の補給や、必需品の購入によく利用していた。
この町の温泉は万病によく効き、季節に関係なく湯治客が訪れる。このため、辺境にしては常ににぎわっていて、ここで大抵のものをそろえることができた。
雑踏には、それこそいろいろな人々が集まっている。湯治客の老若男女、獣人、裕福な商人からすねに傷のあるお尋ね者まで。そのため、我々のように少しはずれた人種でも、街並みに入ってしまうと、違和感なく背景の一つとして溶け込んでしまう。そこが、師も自分も気に入っていた。
それもあり、この町ではいつのまにか、我々が医師であり、魔法使いであることを隠すようになっている。
深く聞いてくる人もいないし、話す必要もない。この町には医師も魔法を使えるものもいるし、我々がでしゃばる必要もない。むしろ話してしまうと、何かしら相談を受けることが多くなる。話さなければ、我々はそういうことから無縁でいられた。
つまり、この町は唯一、ほんのひと時だけ――我々が普通の人に混じって、普通の人に近い生活を送れる――そうやって休息がとれる、唯一の場所だった。
屋根があって壁があり、風雨の心配もなく眠れ、水も食料もすぐ近くにふんだんにある。野宿生活を続けることの辛さをこの年で知ってしまった、リョータがとてもはしゃいでいる。――ふと、不憫さが心をよぎった。
「すごい!これ、おふとん?!」リョータが喜び勇んでベッドに飛び乗る。安宿のベッドでも、我々にはかなりの喜びだ。俺もリョータの人後に落ちるわけではない。
「今日はゆっくり眠れるな。」
笑いながら、リョータの頭をなでてやった。
宿に荷を下ろした後、いつも利用する公共の浴場へと、連れ立って向かう。
石造りの街並みに、石畳の通り。タナンはそのほとんどが石で作られている。壁は石組みでも天井は木造、もしくは完全な木造建築もあるが、完全な木造は高級な家屋だった。まれにしかその姿はない。
見渡すと、それぞれの家屋がそれぞれの大きさ・古さ・色を映し出し、雑多な街並みを作り出している。
一つ共通しているのはその古さ。新しいものとて、古臭く見えるような気がする。よく言えば味のある風景だ。都会の活気・はじけるような若々しさは感じられない。タナンは都会と比べればもう老年にかかり始めた、と言ってしまえそうな落ち着いた田舎町だった。
歩きながら思う。…人が暮らす匂いがする…、とても濃厚に。
旅ばかりの我々には慣れない、だがとても懐かしい匂い。おそらく普通の人より色濃く感じている。たくさんの人の匂い、食事の匂い、下水の匂い…。
足裏に冷たく硬い石畳の感触がする。建物の影と踊るように何度も交差する。人とすれ違っても、誰も自分たちを気にも留めない。我々はよそ者なのに。不思議だ。でもなんだかくすぐったいような気分だ。我々のようなよそ者でも、この町はいつも、受け入れてくれているのだろうか…。
「うっわ~!」
目的地について料金を払い、中に入ると、リョータが歓声を上げた。
「でっかい!!ひとがいっぱい!!」
この公共浴場には来たことがあるはずなのだが、物心つくとその感動も違うのだろうか。俺の手を引っ張り、指をさして言ってくる。
「うんうん、そーだな。じゃあ体洗って、とっとと入ろうか。」




