二章 隠者の休息 ①
「い~ち、に~ぃ、さ~ん…」
穏やかな日和の青空の下、子供の無邪気な声が響いている。
「…さ~ん、さ~ん…」
三の次の数が出てこないリョータに、俺は声をかけた。
「三の次はなんだった?」
「えーと、え~と~…、よん??」
「正解。じゃあ、四の次は?」
「ご~ぉ、ろ~く、し~ち、は~ち…」
明るい緑の草原を、二人連れ立って歩いている。目的地はもう見えてくる頃だった。
「…は~ち、きゅ~う、きゅ~う…」
そこでまた止まった。リョータが俺を見上げ、目で問うてくる。俺は笑いかけながら答えた。
「九の次は一〇な。」
「じゅう?じゅうのつぎは?」
「一〇の次は一一。」
「つぎは?」
「一二。」
数の数え方を教えながら、歩いていた。
リョータは随分と話せるようになって、いろいろな概念を理解するようになっていた。
今、五歳くらいだと思うのだが…、年相応なのだろうか。もしかしたら、知恵の進みは遅いのかもしれない。だがいずれにしろ、以前と比べれば格段の進歩だった。
今は麻の上着とズボンを着せ、子供用のフード付き外套をまとわせている。子供なのでまだ重い物はもたせていないが、いくらかの荷は背負ってもらっている。その体は、もうかつてのボロ雑巾と言われる要素はどこにもない。きれいに小麦色の体毛でおおわれている。夕日を受ければ黄金に輝く稲穂の色だ。毛並みもつややかで、栄養状態もよい。ただ、この子は犬の頭の真ん中に、金色の鬣のような頭髪が生えていた。人の髪?――母親の遺伝かもしれなかった。
「あっ!せんせえ、たてもの!!」
「お、そうだな。」
目的地のタナン――その石造りの街並みが見えてきていた。
「けむりも!!」
「――あー、あれは、煙じゃなくて水蒸気…、おっきな湯気な。」
「ゆげ?」
「そう、湯気。」
そんな会話をしながら先に進む。タナンは辺境に位置する、一つの温泉郷だった。
子供のペースに合わせてゆっくりと進んでいるが、リョータは目的地が見えると、だいたいが勝手に走り出し、先に行ってしまう。今もそうなった。
「せんせえ!はやくはやく!」
「はいはい。」
やれやれ、と、歩くリズムとペースを少し早める。一人で街に入るんじゃないぞ、とその背中に声をかけた。




