間章 一つの魔法
この世にはただ一つの原則があり、ただ一つの法則がある。
それはこの世にあらゆる形で応用され、現出している。
しかしそのことは、知るものにしか、知ることはできない。
第一原則は法則であり力。どこにでもある些細なそれ。
もし、普通の人へとそれが何か明かしたのなら、いったいどうしてそれが万象を操る奇跡の源となりえるのか、おそらくかなり、疑問に思うだろう。
だが、知恵と理解を持つ、魔法使いにそれを与えるとどうなるか…、それを立証したのが、我が師である。
…いや、ここは少し違うな。第一原則は、在るものだ。そう、どこにでも。誰にでも。
となると、やはり自ら気づき、自らそこにたどり着いた師が、稀有な存在だったと言うべきだろう。俺は、知恵も杖も、その力も、すべて、師から与えられた。一人でたどり着けたかどうかは、自信がない。
理屈だけを述べよう。
ものごとには順番がある。すべてのはじまりは第一原則だ。生命で言うなれば、法則があらわれたところに生命が生まれ、それを調律する歯車ができた。ならばその最初の始まりからたどっていけばよい。俺が一から歯車を作る必要はどこにもない。つまり、原則を現出させれば歯車は自然と現れる。
外からの助けもある。
この世の人はすべて、己のみで生きるわけではない。俺もリョータも、一人一つで、ぽつねんと生きているわけではない。魔法使いであれば、自分たちよりも高次の存在を知っている。何よりも俺のそばには、その世界に一歩足を踏み入れた、師がいてくれている。
自分以上に知識と力をもった、彼らの手をすべて余さず借り受けて、示すことができる選択肢が俺にはある。ともに世界の始まりをたどるのだ。
全ての始まり、第一原則から、再び創造を呼び起こす。
そう、つまりはこれが、師のたどりついた理論である。
あとはこの一つの魔法。それを、リョータが俺から受け取るかどうか、だ。
一つ懸念は残る。今のリョータはいなくなってしまうかもしれない。その可能性が消えてはいない。
でも俺は、魂の旅路を見た。――師ほどの才がない自分には、それでも不安が残るが――、でもこれだけは言える。魂は変わらない。今のリョータがいなくなっても、表層の皮が一枚変わるだけ。外身が少し変わっても、新しく生まれたリョータと、俺はまた友達になれるだろう。
そして、新しく生まれるかどうかは、リョータ自身が決めることだ。今のリョータがそのまま魔法を受け入れて成長するかもしれない。
…元来、我々の魔法とはそういうものなのだ。おそらく、俺がリョータに何かしても、リョータ自身がはねのければ、何の反応も起こらない。リョータが受け取るかどうか、という意味はそこにある…。
リョータは、世界の始まりの力を、俺から受け取るだろうか?
結論として、それを受け取れば治る。受け取らなければ、そのままのリョータとともに、生きるだけだ。俺には覚悟と忍耐がいる。俺がいれば、調節機構が頼りなくても生きていけるからだ。俺が外から調節してやればよい。今のリョータを殺してしまうことになるかもしれない俺だ。それくらいの覚悟はしてしかるべき。だから俺は、リョータがどうなっても、受け入れる。俺は己を捧げよう。
お前は、どうする?応えるか?
魔法使いの最秘奥の中で、俺は想いを純化し、祈り続ける。
…リョータ、お前に祝福と、幸いがあるように。




