一章 隠者の旅路 ⑫
結局、リョータは俺が引き取ることになった。
誰より、一番俺になついていたし、俺しか、意思疎通ができなかった。
――何より俺は、覚醒しているのに、また深淵の闇を歩かせるような真似をしたくなかった。ここで俺が見捨てたら、そういうことになってしまう…。…控えめに言っても多分…、いまこの子の希望となれるのは、俺くらいしかいなかった。
ずっと考えていたことを村の者に伝えても、どこからも反対意見は出なかった。むしろ、ほっとしていたのかもしれなかった。口数を増やす余裕が、誰にでもあるわけではないのだ。
リョータを伴ってねぐらへと帰りながら、俺は中枢神経の回復・再生治療を、考え始めていた。
病魔は消えても、一度壊れた中枢機能は再生していない。右目は失明しているし、難聴のまま。言語中枢は創造途上で壊されて、しっちゃかめっちゃかのままである。この子は生き残った脳の部分で、かろうじて活動しているに過ぎない。
一番の気がかりは、恒常性の維持・調節機能が鈍い反応しか示さないこと。長く生きられない可能性が、まだ消えていない。
脳の再生は…、重大な記憶障害、人格障害を引き起こす可能性がある。もしかしたら、今のリョータはどこにもいなくなってしまうかもしれない。もし、そうするとしたら、せめて母親と幸せだったころの記憶は残してやりたかったが…。恐ろしく精妙なところだけに、そんな自信などあるわけがなかった。調節中枢など、さらに推して知るべし、である。
はっきり言う。それは師ですら、足を踏み入れたことのない領域である。
ただし、できないわけではない。必要がなかったから、やらなかっただけではないか。師ならば、完璧にこなしたかもしれなかった。
末端の神経細胞の再生なら、俺でもやったことがある。同じ神経細胞であるならば、中枢でできない事はないはず。
師なら、どうするだろう。どこから、手をかける??
末端からなら、問題はないのでは?しかし、たとえば視神経のみを再生させても、その情報を受けとる根本、中枢もどうにかしなければ、何の意味もない。両者は相互に深くかかわっている。片方だけでは文字通り片手落ちになる。
と、なると、中枢から?いや、同時にかからねばならないということか…?しかし同時であればどうやって、人格と記憶を守る?
師の助言が欲しかった。
師なら、なんと言うだろう。
わしにできることだったら、お前にできないはずがない、とか?
思うに、道に沿っているかどうかがまず問題だ。お前はまず、何をもってそれを成したい、と思うのか。動機を精査しなさい、…とかか?
…道か…、そして動機。
第一原則がかかわる言葉だ。原点に戻れということか。世界のすべてのはじまりに。
道を誤まるな、とも言われるかもしれないな、俺は道が見えているのか、疑わしい時もある。直近の例で言えば、今回だってそうだった。
俺は両手をあげ、頭の後ろで組んだ。思案投げ首だった。考え疲れたので空を見上げた。結局、具体的な解決策は、全く目の前に現れていない。
道を誤まるな、か…。
何気なくつぶやきながら、ふと、その言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。
道を、あやまるな?
頭の中に残ったその言葉を、口の中で反芻する。なにかが引っかかっている。
道を誤まるな。
復唱して歩きながら、そのたびに、あまりに重くなっていくその言葉の意味に、俺は思わず足を止めてしまった。
道を誤るな。リゲル。
まさしく、師の言葉だった。
驚愕に身が震えた。俺は今、師の声を聞いたと思った。
俺は今、ともすれば、おもちゃでも作るように、人を自分の手で簡単に作れる、と、考えていなかったか。
とんでもない思い上がりだ。末恐ろしい思いがした。俺はまさしくいま、道を踏み外していた。
“そうか……”
だが、逆にそれでわかった。
“治せる。”
根拠のない確信が降りてきた。
師の理論、第一原則、原点に戻る、世界の仕組みの歯車、魂、…すべてがつながった。
おのれ一人の力に頼ることこそおろか。難しく考える必要はない。こういう時、ままあることだが、結論が先に来て、あとから論拠がついてきた。
思考をなぞり返し、確認する。
師ならばこうする。そして成功する。
そう思いながら、俺はリョータが先に行って待つねぐらへと、のんびり歩いて行った。




