表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/53

第22話 男たちの微妙な関係

 ~霧の谷の軍事総長 ルイーズ~



「サーシャと言い、ラーナと言い……女と言うのはつくづく良く分からん」


 『ニヴルヘイム』最大の大浴場の湯船に漬かりながら、キロンは不満そうに言った。

 彼の右腕には、四本の蒼い線がくっきりと残っている。


「かすり傷とは言え、君の鋼の肉体を素手で傷つけるなんて、あの子すごいね……」


 私は苦笑で答えた。


「その通りだ。あいつ、侍女より〈戦士〉になった方が良かったんじゃないか?」


「ははは、確かにね」


「いや、今からでも遅くないな。侍女なんかやめて、〈戦士〉に転換すれば良いのだ。明日にでも言ってやろう。侍女なんかやめてしまえと」


「キロン、頼むからそれを言うのは止めてあげて……」


「何故だ」


 キロンはたぶん本気だ。

 それにラーナは、もしかしたら本当に〈戦士〉の素質があるかもしれない。


 それでも、もしラーナが本当に〈戦士〉になったとしたら、もう姫さまの傍使いではいられなくなる。

 それはつまり……()()()()の傍にいられなくなるということだ。


「ええと……ラーナは、きっと姫さまの侍女であることを誇りに思ってると思うよ」


「むう。まあ、それもそうか」


 キロンは一応、納得したようだった。


「俺も姫様付の護衛の座を誰かに譲る気はないしな」


 そう。いつも姫さまのそばにいるのは私ではない。

 彼だ。


 羨ましい、と正直思ってしまう。

 けれど、さすがに彼にそんなことは言えない。


「……それにしても、一緒に風呂に入るのなんて、随分久しぶりだね、キロン」


 私は話題を変えた。


「お互いに忙しい身だからな。それに俺は、別にお前と語らいたいとは思わん」


「手厳しいね。僕たちも、昔はよく一緒に風呂に入っていたじゃないか」


「ふん、そんな昔の話、忘れたな。俺達はもともと性格が合わん。昔っからな」


「覚えてるじゃないか……」


 私は苦笑した。


 確かに、昔から私たちの性格は正反対だった。


 キロンはいかにも〈戦士〉だった。

 どちらかと言えば、私のほうが、〈戦士〉らしくなかったんだ。


 それは今でも変わらない。

 そもそも、〈戦士〉を志した動機が、不純なものだったから。


 それでも、昔は仲が良かった。

 少なくとも私はそう思っていた。


 いつからだろう。

 関係が変わり始めたのは。


 いや、そんなこと、考えるまでもない。分かっている。

 あのときからだ。


 一つしかない幸せを、同じ幸せを求めた、あのときから。


 ザバッ――


 キロンが湯船から立ち上がった。

 小山のような巨躯。鍛え上げられた、鋼鉄の身体。


「……俺はもう出る。じゃあな」


 そう言って、キロンは湯船から上がっていく。


「もう少し、ゆっくりしていっても良いんじゃないかい?今日はマルティナさまが護衛を代わってくれているんだろう?」


 私はその大きな背中に声を掛けた。


「久しぶりなんだしさ。たまには男同士、裸の付き合いも悪くないだろ?」


 彼の答えは分かっていたけれども。


「……断る。俺はお前が嫌いだ」


 キロンは立ち止まった。けれど、振り返らない。


「そう……だよね」


「……お前はお前のやり方で勝手にやればいい。俺は俺のやり方で、姫様を守るだけだ。なに、心配するな。お前が死んでも、俺が必ず姫様を守ってやる」


「ああ。そうだね。僕も……君にもしものことがあっても、僕が必ず姫さまを守るよ」


 キロンは私の言葉には答えず、フン、と鼻を鳴らしただけで、更衣室へ向かって歩き出した。


「……一応言っておくが」


 けれど、扉に手を掛けたところで、こちらを振り返った。

 そして眉間に皺を寄せて、私を睨む。


「お前、自分のことを“僕”と呼ぶのは、せいぜい俺の前だけにしておけ。軍のトップがそんなでは、周りの者に舐められるぞ」


 私は思わず噴き出した。

 それから肩を竦めて見せる。


「ご忠告どうも。気を付けるよ。……というか、君の前以外では、僕も自分のことを“私”って呼んでいるよ」


「ふん。ならいい。俺も外ではお前を『軍事総長殿』と呼んでやる。部下どもへの示しは必要だからな。……それに万が一にも、親しい仲とでも誤解されたらかなわん」


 最後にそう言い残し、キロンは扉の向こうへ消えて行った。


「やれやれ……」


 一人残された私は、曇る眼鏡を指で拭ってから、星空を見上げた。



「本当に……不器用なお人好しめ」


お読みいただきありがとうございました。

ここまでで、第三章は終わりです。

もしよろしければ、感想や評価、ブクマやリアクションなどいただけると、とても嬉しいです。


第四章からも、どうぞよろしくお願いいたします^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ