第23話 滅亡のカウントダウン
~人間の戦士 ザック~
「もう一か月以上だぞ!結局、手掛かりは何もなしかよっ!?」
「申し訳ありません……私が余計な期待を持たせることを言ったばっかりに……」
「問題はそこじゃねえだろっ!」
項垂れる『学者』に、思わずオレはヒートアップしてしまう。
「……ザック、落ち着くんだ。『学者』のせいじゃない」
「分かってるよっ」
落ち着いた声でオレを窘めるレオンにさえ、イライラをぶつけてしまう。
「ちっ、結局は八方塞がりかよ……クソが!」
ジェラルドも忌々しそうに吐き捨てた。
掘っ立て小屋の、いつもの幹部会議室。
いつもの幹部メンバー四人。
だが、いつも以上にオレたちの表情は暗かった。
当たり前だ。
オレたちが霧の中に入ってから、もう二か月になろうとしている。
いつの間にか、季節は春から初夏へと移り変わっていた。
霧の外では相変わらず『大地の民』が大軍で陣を敷き、オレたちが出てくるのを今か今かと手ぐすね引いて待ってやがる。
奴らがいないところには、代わりに魔物がウヨウヨ群がっているのも変わらない。
対するオレたちは、すでに食糧が底をつきかけていた。
その上、今や唯一の希望となった『霧の王国』も『黄金の魔剣』も、未だ手掛かりはゼロ。
『学者』の魔法をもってしても、何も見つからない。
霧の壁の中にどれだけ調査隊を送っても同じだ。
魔物もいないが、魔人もいない。影も形もない。
「これだけ探して何もねえなら、やっぱり見当違いだったってことか……ただ霧があったってだけだしな」
「……残念ながら、今は私も……同意見です」
オレの呟きに、『学者』は力なく頷いた。
イライラを吐き出したことで、オレは少し冷静になった。
オレだって分かっている。コイツのせいじゃない。
むしろ、コイツがいなけりゃ、もっと前にオレたちはとっくに全滅してたはずだ。
感謝こそすれ、文句を言う理由などない。
「……悪かったよ、『学者』」
「……いえ」
『学者』は申し訳なさそうに首を振った。
「食糧は、持ってあと三週間ってところだ。それ以上は……」
ジェラルドが淡々と言った。
「……体力のないやつから、順に死んでいく」
(三週間、か……)
そのとき、オレの脳裏にふと一人の女の顔が浮かんだ。
たった一目見ただけの女だ。素性も知らなければ、名前すら知らない女。
「せめて名前くらい、聞いておけば良かったな……」
「あのときの……ポルックス村の娘か」
オレのくだらない呟きを拾ったのは、ジェラルドだ。
「実は、俺も今同じことを考えてた。不本意だけどな」
「へえ、お前もか。奇遇だな……ん?でもなんで不本意なんだ?」
「ザックと思考回路が同じなんて、不本意以外の何物でもねえだろ」
「ジェラルド、てめえコラ」
三人ともやたらイイ女だった。もちろん見た目の話だ。
当たり前だ。一度しか、しかもほんのちょっとの間しか会っていないんだから。
でも、何故かオレは、中でもあの子に強く惹かれた。
見た目だけで言えば、他のふたりのほうがさらに美人だったかもしれない。
けど、自分でも理由は良く分からないが、何となくあの子の内面が見えた気がしたんだ。
不器用だけど、実は結構優しい――んじゃないかと、勝手にオレは感じていた。
何かを強く恐れていて、今にも不安に押しつぶされそうな。
思わず“護ってやりたい”、と思ってしまうような。
……いやまあ、何せオレも、なんだかんだ言ってずっと追い詰められた精神状態な訳だ。
全部オレの理想と幻想と妄想が入り混じっただけだって可能性も、超濃厚だけどさ。
ジェラルドのヤツはオレとは別の、もう一人のあの子に惹かれているようだった。
アイツにしては珍しいことだ。
オレと違って、女からモテまくってるくせに。
けど、結局のところオレもジェラルドも、あの時の三人の娘とは、あの後一度も会うことはなかった。
未練がましくも、時間があるときはそれとなくポルックスのやつらが固まっていそうなところに顔を出してみたりしたが、やっぱりあの子は見つからなかった。
いや、あの子だけじゃない。他のふたりも、一度も見かけていない。
もしかしたら避けられてるのかも知れない。あの時、オレたちが傷つけるようなことをしちまったみてえだしな。
それでもいよいよ全滅が迫った今、一目くらい会いたいと思ったって、別に女神さまのバチも当たらないだろう。
まあ、名前すら知らないのだから、残念ながらこれ以上探しようもない訳だが。
「ポルックス村の娘……か」
オレとジェラルドの話に何故かレオンも少しだけ反応した。
あの時、アイツはあの場にいなかったが。
けれどやはり、それ以上レオンは何も言わなかった。
「?」
『学者』だけがオレたち三人の顔を見回して怪訝な顔をしていた。
「……それより、これからどうする、レオン?」
ジェラルドが、落ち着いた声でレオンに尋ねた。
「……このままここで飢えて死ぬか、『大地の民』と戦って死ぬか」
「“どうする”じゃなくて、“いつにする”の間違いだろ?」
オレも静かな声でそう言った。
その言葉は自分でも驚くほど、冷たく響いた。
――“飢えて死ぬ”。
それはつまり一人、また一人と、弱い者から順に死んでいくということだ。
それは決して穏やかな『死』じゃない。
仲間同士で、同じ『星の民』の同胞同士で、奪い合いも殺し合いも起こるだろう。
誰も死にたくなどないのだから。
いずれにせよ、最後にはみんな死ぬ。
女も子どもも老人も、怪我人も病人も。
かと言って、例え投降したとしても、やつらは女子どもも容赦なく殺すだろう。
あいつらの目的は『星の民』を滅ぼすことだ。
唯一の救いは、『大地の民』のやつらも、最低限の人の情を持っているということ。
女を慰みものにしたりはしないだろうし、子どももできるだけ苦しまないようにくらいはするだろう。
けど、それだけだ。
結局は殺す。一人残らず。
今まで占領された『星の民』の村々が全てそうであったように。
それがあいつらの結論であり、あいつらなりの覚悟だ。
あいつらなりの、この戦争の“終わらせ方”なのだ。
この、百年以上も続いた民族間戦争の。
――皆殺し。根絶やし。
それが、この先祖代々延々と続く復讐の連鎖を断つ、唯一無二の解決なのだと。
だからオレはレオンに聞いたんだ。
“いつにするのか?”、と。
どうせ死ぬ運命なら、戦って死ぬ。
仲間同士で奪い合うなんて、まっぴらごめんだ。
そもそも頭の悪いオレは、戦場でしか役に立てない男だしな。
「くそっ!本当に……本当にそれしかないのか……!何が……何が“勇者の血を引く者”だ……!ちくしょうっ!」
ドンッと、レオンがテーブルを拳で叩いた。
いつも冷静なあいつが、珍しく感情を露わにしていた。
レオンはこの期に及んでまだ、みんなが生き残る方法を考えている。
コイツはきっと、死ぬ瞬間までその荷物を下ろせない。
だから、辛いんだ。
「レオン……」
『学者』が悲痛な顔で黒髪の男を見つめた。
「すまない……おれが不甲斐ないばかりに」
ちがう。
コイツは何にも悪くない。
オレたちが、勝手に期待して、勝手に担ぎ上げただけだ。
勝手にコイツの身体に流れる血に期待した挙句、勝手にオレたちの英雄に、いや救世主に祭り上げたんだ。
それからどのくらい経っただろう。
しばらくして、レオンは顔を上げた。
その時には、いつもの冷静な顔に戻っていた。
「……おれは諦めない。最後まで諦めない」
そしてテーブルに置いた拳を握りしめた。
「約束したんだ。パンを腹いっぱい食わせてやると。いつでも水浴びができるように、もっと上手いコーヒーを飲ませてやると。……必ずこの戦争を終わらせてやると」
橙の瞳が、燃えている。
「……突撃は二週間後。三〇〇のみをここに残し、それ以外の全軍一七〇〇で霧の外の敵軍に奇襲をかける。ただし、死にに行くわけじゃない。全速の一点突破で包囲を破り、友軍の本隊と合流する。そして物資を調達して、ここに――仲間たちのところに戻る」
「……あくまで、足掻くってか」
ジェラルドが溜め息をついた。
それから不敵に笑う。
「なら、簡単には死ねねえな」
「いいんじゃねえか、オレたちらしくてな」
オレが言うと、
「ええ、確かに……私たちらしいですね」
『学者』も微かに笑った。
オレたちを見回して、レオンも力強く頷いた。
その時だった。
「――お母さんっ!!」
扉の向こうで、幼い少女の悲鳴が響いた。




