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第21話 ふたりの男と女心

 ~霧の谷の第二王女 マルティナ~



 夕闇が、『ニヴルヘイム』の美しい街並みを覆い始めている。


 私たちが市壁の正門をくぐると。


 ギィィィン!!

 ガキィィィィィィン!!


 ――剣戟。


「まだまだぁ!!軽い!軽いぞぉ!!こんなものかっ!ルイーズ殿!?」


「そう言う君のほうこそ、技の速度が落ちてきているよ!その程度で姫さまの護衛が務まるのかな!?」


「貴方こそ!その程度で姫様の婿になろうとは、片腹痛いわ!」


「言ってくれるね!なら僕ももう少し本気を出そうかな!」


「……」


 私たちは、ただただ呆れていた。


「あの方たちは……何といいますか、控えめに言って――アホなんでしょうか」


「ええ、サーシャ。私もその評価は間違ってないと思うわ……」


 いや、正確には、“私たちは”ではなく、“私とサーシャは”、だ。


「……まだやってる!」


 ラーナは熱い視線を注ぎ、


「ラッキー!これなら気付かれないわね。じゃ、みんな。私はお先ね~」


 姉さまは私たちに向かって悪戯っぽく笑うと、


「今日は楽しかったわー!また行きましょう。……やり残したこともあるし!」


 お互いに夢中で全く気付かない男ふたりを他所(よそ)に、すぐそばの大通りを堂々と渡っていく。


「姫さま、“次”もある気でいますね」


 サーシャが笑い、


「“やり残したこと”って何かしら……」


 私は苦笑で返した。


 一方、男たちの死闘(私闘?)はまだ続いている。


 すでに二人とも上半身裸だ。

 青い肌に大粒の汗を浮かべている。


「キロンはともかくルイーズまで……」


 私は深い溜め息を一つついてから、ふたりの間に割って入った。


「ルイーズ総長、キロン将軍。ふたりとも、そろそろおやめなさい」


「マルティナさま!」

「副総長殿!」


 ふたりの視界に強引に割り込んだことでようやく、彼らは私たちに気づいたようだった。


「いつまでやっているの。もう間もなく夜ですよ」


 朝、私たちが『ニヴルヘイム』を出てからおよそ九時間。

 まったく、この人たちのこの無尽蔵の体力は、一体どこから来るのだろう。


「おや、もう日没でしたか」


 それすら今気づいたように、ルイーズは武器を下ろして空を見上げた。


「試合好きのキロン将軍はともかく、ルイーズさままで、今日は随分と真剣でしたね」


「そうよ。貴方らしくないじゃない。どうしたの、ルイーズ」


 サーシャが首を傾げ、私もそれに賛同する形で眼鏡を掛けた屈強な優男に尋ねた。


「やあ、お恥ずかしい。……ついつい熱くなってしまいまして」


「軍事総長殿と俺と、どちらのほうが姫さまをお守りする力があるか、どちらのほうがおそばでお仕えするのにふさわしいか、男の勝負をしておったのです」


 ルイーズが照れたように後頭部に手を当てて笑い、キロンは腕を組んでふふんと笑った。

 春とは言え、夜はまだ冷えるというのに、二人の青い身体からは熱気が陽炎のように立ち上っている。


「あ……そう」


 私は呆れて肩を竦めた。


「……そろそろレッスンも終わる頃だね。キロン、今日はここまでにしよう」


 ルイーズがタオルで汗を拭いながらキロンを振り返った。


「ふん、残念だが仕方がありませぬ。どちらが姫さまをお守りするのに相応しいかの結論は、また次回にお預けですな」


(……姉さまが『ニヴルヘイム』を抜け出したのに気づかない時点で、ふたりとも失格ね)


 私は内心苦笑してから、


「もう、夕食の時間よ。今日は私が姉さまの護衛を代わるから、貴方達は浴場で汗を流していらっしゃい」


 両手を腰にやって、ふたりの男にそう言った。


「いや、しかし俺は護衛ですので。レッスン後にはお迎えに行かねばなりませぬ」


(レッスン自体、今日はなくなってるわよ……)


 私は呆れつつも、


「今日の護衛は私が代わるから。いいから浴場に行ってらっしゃい。そんな汗だくのままで姉さまのおそばに行くつもり?」


「むう」


 さすがの頑固者キロンも、この一言はそれなりに聞いたらしい。


「それもそうだ。キロン将軍、僕たちは風呂に行こうか。姫さまに嫌われたくはないしね」


 ルイーズがそう言うと、キロンも渋々、と言う形で納得した。


 ちなみに、その鍛え上げられた青色の裸体を、さっきからラーナが顔を赤くしながら、ちらちらと見ている。


 これはいつものことだ。


 ――でも、今日はもう一人。


「サーシャ?……貴方何してるの」


 サーシャが、ルイーズとキロン、二人の身体をジーっと見つめている。

 こっちはラーナと違って遠慮がない。それに、やたら近い。


「どうしたんだい、サーシャ?」

「何か用か?」


 ルイーズとキロンが首を傾げるが、サーシャは答えずしばらく二人の裸体を凝視していた。


 それからふいに自分の身体に視線を下ろすと、おもむろにその豊かな胸に両手を下から持ち上げて――


「……触ってみます?」


 唐突に男たちに向かってそう言った。


「ぶっ!サーシャ!?あ、あ、あんた何を……!」


 ラーナが顔を真っ赤にして喚く。


 けれどサーシャは気にせず、もう一度両手で胸を挟んで、


「どうです?触ってみたいですか?」


「さ、さ、サーシャがインランに……!」


 ラーナが悲鳴をあげる。


 でも――


「いや?別に……どうしたんだい?急に」


 ルイーズがちょっと困ったように尚も首を傾げ、


「触ってどうするんだ、バカか、お前」


 キロンは怪訝そうな顔をする。


 ラーナがあからさまにほっとした顔をするが――


「はっ、ま、まさかお前……!」


 キロンが何かに気づいたように、突然興奮し始める。


「お、お前、侍女でありながら、俺の鋼の肉体をも超えるほどの硬度を身に着けたと――まさかそういうことか!?」


 私の隣で、サーシャが急速に冷めていくのが分かった。

 相変わらずの無表情。

 だけど分かる。感じる。


「とすると、超硬金属(アダマンタイト)級か!?鎧なくして、マルティナさまの装甲級の硬度に到達したと言うのか!?であれば是非触れてみたい!!」


「……あ、もういいです」


 そう言ったサーシャの顔は、私でも怖くて見られなかった。


「良いな?行くぞ!?」


 けれど何も察していないキロンは、巨大な掌をくわっと開いた。


 ――なに、その手。

 この人、サーシャの胸をむしり取る気じゃあるまいか。


「ちょっと――」


 私が思わず間に割って入ろうとした、その時。


「や・め・ろーっ!!!」


 咆哮を上げて突っ込んできたのは、ラーナ。


「グォォッ!?」


 次いで、野獣のような悲鳴を上げたのは、キロン。


 ラーナが獰猛な猛禽類の如く飛びかかったと思うと、その小さな指先にある長い爪で、キロンの丸太のような腕を引っ搔いていた。


 そして彼女は叫んだ。



「キロンの変態ーっ!!」


「な、なにぃぃ!?」


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