第20話 深まる迷い
~霧の谷の第二王女 マルティナ~
結局、姉さまがどこに行っていたのかは良く分からなかったが、本人曰く、森の中にいたらしい。
森の中から、人間達を観察していたのだそうだ。あくまで“本人曰く”だけれど。
何かを隠しているような気がしないでもないが、聞いたところで話してはくれないだろう。
もしかしたら、魔物でも見つけてこっそり退治でもしに行っていたのかもしれない。
キロンやレノラあたりが知ったら卒倒するだろうけど、実は姉さまは時々そんなこともしているのを、私は知っている。
姉さまは昔から勘が良いというか、鼻が良いというか。
ときどき、王城の魔素探知装置顔負けの察知能力で、魔物の出現を知覚してしまうのだ。
流石に探知範囲は魔導具より大分狭いけれど。
私は以前、探知装置の警報を受けて魔物の討伐に向かった際、偶然姉さまと鉢合わせたことがあるからそれを知っている。
だから今日も、姉さまが本当はどこに行っていたのかは分からない。
分からないのだけど、どうやら姉さまなりにはすでに十分“人間観察”ができたようで、帰路に着く私たちに素直に従ってくれた。
私たちと離れていた時に、何か良いことでもあったのだろうか。
それに比べて、ラーナは帰り道、少し元気がなかった。
あの時の私の対応が、やはりよくなかったかもしれない。
あの時――つまり金髪と茶髪のふたりの男に遭遇した時のことだ。
私自身は“恋”を知らないけど、どういう訳か私は昔から他人の感情の機微には敏感だった。
だから姉さまとルイーズの気持ちも、キロンのこともラーナのことも、たぶん本人たちが自覚するより先に私は気づいていた。
だからすぐに分かった。
さっきの男たちは間違いなくラーナとサーシャに惹かれていた。
金髪はラーナに、茶髪はサーシャに。
ラーナは戸惑っていたけれど、サーシャは少なからず興味を抱いていた。
だから私も、安易にも思わず背中を押したいと思ってしまった。
でもそのせいで、ラーナを傷つけてしまった。
ラーナは、この件で却って人間への拒絶反応を強めてしまったかもしれない。
それに結果的には、あのときに人間達の誘いに乗らなくて正解だったようにも思う。
そもそも、サーシャのためになったかも怪しい。
相手は人間だ。私たちとは寿命が違い過ぎる。
万一お互いに本物の恋が芽生えたとして、果たしてそれが幸せなのかは分からない。
それに私もやっぱり、まだ人間を心の底からは信じきれない。
サーシャのアレも、どちらかというと、“恋”そのものに“恋”をしているだけな節もあるし。
いつか彼女が本当の“恋”をするのなら、できるならやはり蒼い血が相手であってほしい。
……そんなことを思っている時点で、私も心が狭いのかもしれないけれど。
ちなみに、私たちが最後に見た人間達の“アレ”は、サーシャが言うように確かに“恋”なのかもしれないけれど、正直、私には良く分からない。
“恋”なのかもしれないが――少なくとも“恋”の一つの形なのかもしれないが、私たちの場合、“恋”からああいう形に発展していくのには、たぶん時間がかかるのだと思う。
私たちより寿命の短い人間の場合は、あっという間なのかもしれなけれど。
それに、私たちにとって、”子を為す”というのは、それそのものが命がけだ。
何故なら私たち蒼い血の一族では、子を為すとはすなわち魂の一部を子に譲渡することだから。
しかも生まれた後も、おおよそ二十年はどちらかの親の魂を吸い続けて成長する。
だからたいていの場合、子が二十歳になる前に、選ばれた方の親は魂を吸いつくされて死ぬ。
例え運よく一人目で命を繋いだとしても、二人、三人と子に魂を奪われれば、いつかは必ず死ぬ。
そしてそれは必ずしも母親とは限らない。魂が繋がれたほうだ。
もちろん子ども自身も選べないし、親たちも選ぶことはできない。
運命が、勝手に決めるのだ。
ルイーズの父上のように、私たちの母上のように。
サーシャやラーナやキロンだって、それは同じこと。
私たちは皆、そう言う宿命の下で生きているのだ。
Ψ
西日が人間の集落を照らし始めた頃、私たちは帰路についた。
『寂寥の森』を抜け、穏やかな草原を渡り、『ニヴルヘイム』に着く頃には夕陽も沈みかけていた。
今日の“偵察”は、果たして収穫があっただろうか。
少なくとも、何も知らない昨日までよりは、人間というものを多少なりとも学んだはずだ。
けれど、その結果、何を得たのだろう。
迷いは消えただろうか。
――否。
却って難しくなった気もする。
人間の子どもたちは、力が弱いことを除けば、『ニヴルヘイム』の子たちと何ら変わることはなかった。
それから人間達は、思ったよりずっと理知的な種族だった。
けれど、それは必ずしも安全とイコールを意味しない。
たったの三週間足らずで、三千人もの人間が当面暮らしていくには十分なレベルの家屋を建設し、清潔な地下水を汲み上げる井戸も至る所に作られていた。
魔法を使える者はごく少数だったが、それを補完できるだけの技術力がある。
それに、三千の内のおよそ二千は戦闘員だ。
武器だって、新たな鉄鋼の精製はでいないだろうが、現状でも十分な装備があることも確認済み。しかもその気になれば、『寂寥の森』の資源からそれなりの武具を生産する程度の技術も有しているだろう。
一方で、彼らの食糧事情は深刻だった。
そもそもは戦争で追われた避難民たちだ。
十二分な備蓄があるとも思えない。
そしてなにより、大人たちのあの瞳の奥に燻る、昏い炎。
一体、何が正しいのだろう。
私たちは、どうするのが正解なのだろう。
――分からない。
……ダメね。
結局、私は迷ってばかりだ。




